23話『修道院の子供たち』
慎重に、切り出された石の道を歩んでゆく。
場所はスクータヴ迷宮第4層。様相の変わったダンジョンに警戒しながら、俺とミルは進んでゆく。
会話は少なく、モンスターの奇襲を警戒しながらの行軍、先ほどよりもゆっくりと進んでいた。
というのも、
「左下。穴、気を付けて」
「ああ、見えてるよ」
4層の石畳の迷宮からは、壁の所々に小さめの穴が開いているのだ。
小型の地上性の蜘蛛型モンスターが掘った通路で、そこから奇襲される恐れがある。
ただの蜘蛛なら、ヴァンパイアの再生力で大きな障害とはならないかもしれないが、生憎とこのダンジョンの蜘蛛たちは全て”毒蜘蛛”だ。小さな油断が命取りになりかねない。
4層からの道は、全てがずっとこのような通路、というわけでもないようだった。
各部屋に続く石造りの道と、少し開けた小部屋。3層で血の力のレクチャーを受けた場所のような、マップの端に位置する場所は、3層までのような剥き出しの土壁になっているところもあった。
時々、蜘蛛たちとエンカウントすることもあった。道中で出会ったヘテロベンティラを始めとした、いくつかの種類の蜘蛛が俺たちの進行を阻む。
ただ、蜘蛛が混在して出てくることはなかった。
複数出てくることはあったが、全て同じ種類で構成される一団だった。なにか、蜘蛛同士で縄張り争いでもあるんだろうか。
なんにせよ、こちらとしてはありがたい限りで、同じ行動パターンで動く敵の方が戦いやすいのも確かだ。
「ふぅ、あと少しで共通階段だね」
戦闘を終えて、素材の剥ぎ取りが終わった後、ミルと2人小休止する。
このダンジョンもルバンダートと同じように、下層への直通の階段が掘られている。
だが、ルバンダートと違って開通しているのは4層までだ。まだ迷宮が攻略されてからあまり時間が経ってない故だそうだが、直通階段を掘るのも意外と苦労するらしい。
ともかく、一旦そこまで辿り着けば今日の探索は一旦終わる予定だ。
ここまで来るのに、レクチャーの時間があったとはいえ、既に4時間は経過している。
そろそろ、明確に疲労を感じる頃合いだった。
「よし、いこう」
小休止を終えて、また2人で歩き出す。
そこから階段まで、新しくモンスターが出てくることはなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ただいまスクータヴ!」
「初日にしては、まあ進んだな」
探索を終え、地上へと帰還する。
建物の隙間から、落ちかけている太陽が顔を覗かせている。先ほどまで暗闇で活動していたので、少し眩しくて目を細めた。
直通階段では何人かのトレジャーハンターとすれ違った。みな一様にランタン1つ持たずに迷宮に潜っていた俺達をみて驚いた顔をしていたが、ミルの暗視魔法を使っているという説明を聞いて納得し、羨ましがっていた。
あまり意識していなかったが、意外と魔法を使える人間はこの世界では少ないようだった。
4~5人程度のパーティーで1人魔法使いがいるかどうか、といったところ。
魔法をメインに戦うトレジャーハンターは全体で見ても1割いるかどうかという話だった。
「意外とミルってスペック高いんだな」
「意外は余計じゃないかなぁ――まあでも嬉しいよ、ありがとう」
比較的血の濃いヴァンパイアで、飛行の力に長け、普通ではできない軌道でアクロバティックな戦闘をこなす。
その上で魔法も習得し、夜目が効き、多少の傷なら自力で治せる。
なるほど、ソロで活動してもBランクまで行くわけだ。
ギルドまで戻って、今回の素材をギルドに預ける。それに合った報酬を受け取ったミルがほくほく顔で帰ってきた。
「嬉しそうだな?」
「そりゃあソロで活動していた頃と比べても効率よく稼げてるから!2人いるっていいね」
「そうか、そりゃよかったよ。そのうち半分は俺がもらうことになるが」
「……まあそうだけどさ」
少し不貞腐れて、俯くミルが貰った金子の袋の片方を差し出す。
俺はそれを受け取ると、中に確かに半分の金額があることを確認して、その中から銀貨を1枚取り出すと、弾いてミルに寄越した。
「ジャスパー?」
慌ててそれを受け取ったミルは不思議そうな顔をしてこちらを見る。
「色々教えてくれた例だ。また明日からも頼む」
「――!……うん、任せて!」
そしてとても嬉しそうにそう言うのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ただいま」
「帰った」
ギルドを後にして、俺達はアマルディア修道院まで戻ってきていた。
と言うのも昼間こちらに顔を出した際にイザベラから、活動中の寝食を保証してくれると聞いていたのだ。
昼も通った門を潜り、中に入ると備考を擽る良い匂いが漂ってくる。
「ん、いい匂い」
ミルが目を閉じてそう言う。それがどこから漂ってきているのかと視線を巡らせて、匂いの発生源らしき場所に目が留まった。
昼間顔を出した談話室から少し離れた建物の端、煙突の付いたその場所から扉越しに顔を覗かせている人影がある。
イザベラでもソフィアでもない。ソフィアよりもさらに小さな少年が、きょろきょろと辺りを見回していた。
そして、俺達と視線が合うと、建物の中に『かえってきたー!』と叫んでから、こちらに走ってくる。
「2人が院長の病気治してくれるハンターさん?」
「うん、そうだよ。ボクはミルレア。こっちの不愛想なのはジャスパー」
「俺レオン!フィー姉が来たら呼んでって言ってたんだ!こっち!」
そう言って、レオンと名乗った少年は2人を先導して先ほどの建物へと走っていく。
「フィー姉?」
「ソフィアの事だろう」
ああ、とミルの納得した声が聞こえた。
レオンの後を追って建物の中へと入る。
その中は予想通り食事処で、食器を用意するために世話しなく駆けまわる子供たちと、厨房でエプロンを着てその子供たちに指示を飛ばすソフィアの姿があった。
「フィー姉!このお皿何枚いる?」
「大皿は真ん中に置くから3枚でいいわよ!あ、リィ1人じゃ危ないからベンも手伝ってあげて!」
「姉ちゃん!こっちのお鍋ってもうよそってもいいのー?」
「あ、そっちはちょっとまって!こっちから準備していって!」
「おなかすいたー」
「シャロ!皆準備してるんだから!あなたもお皿並べる手伝いしなさい!」
テキパキと、好き放題に暴れ回る子供たちを制御しながら厨房に立つソフィアは皆のリーダーなのだろうというのがありありとうかがえた。
「フィー姉!2人とも連れて来たよー!」
そんなソフィアにレオンが俺達が来たことを告げる。
「え、あ!ご、ごめんなさい気付かなくて……!」
その声でようやく俺達が入ってきたことに気づいたのか、驚いたソフィアが焦ってそう言う。
「気にしないでいい……大変だな」
「そうそう、気にしないで。逆に何か手伝えることはある?」
俺達の言葉に安堵して、ソフィアはほっと息をつく。
「ありがとう、ございます。準備は大丈夫――です。これはこの子たちの仕事だから」
ソフィアの視線が子供たちの方へと向く。
それにつられて俺もせわしなく動く少年少女たちへと目を向ける。
男児が3人、女児が2人。全員まだ背丈が俺の半分もないぐらいの小さな子供だった。この子たちは一体……
「あ、ふた、お2人の部屋はここを出て右に行った角の部屋2つ、もう準備してる――しています!荷物先に置いてきてください」
「そう、ありがとう……ねえソフィア」
「なんです、か……?」
「別にボクらに気を使う必要はないよ」
「え、っと……?」
ミルの言葉に戸惑うソフィア。
「敬語、無理に付けなくてもいいよそこまで年も離れてないんだし」
「けど……」
「ううん、寧ろボクらがそうして欲しいんだ、せっかくだし仲良くなりたいからね、他の子たちと同じように接してほしい」
「いいよね?ジャスパー」
ミルが同意を求めるようにこちらを見る。
「ああ、好きにするといい」
特に断る理由もなかったのでそう返す。
「どうかな?」
「……わかった。それなら、2人にはいつも通りにするわ」
「うん、ありがとうソフィア」
ミルが笑って手を差し出す。ソフィアもそれに対して少し恥ずかしそうに手を取った。
「おや、もう戻られていたのですね」
「あ、イザベラさん」
そんな中で、院長のイザベラが顔を見せた。車いすに乗って、ゆっくりと部屋の中に入ってくる。
「あ、院長!」
「こんにちわ!」
「はい、こんにちは皆。今日のお料理は何かしら」
「んーとね、今日はボラ―ジュ!」
「赤いほうー!」
「あら、それは楽しみだわ、ソフィアが作ってるの?」
「うん!フィー姉!」
「フィー姉が作る料理美味しいから好き」
子供たちはいっせいにイザベラの下に集まって口々に声をかける。イザベラはそんな子供たちに優しい目を向けながらそう会話を続ける。
ソフィアはそんな子供たちに一喝し、蜘蛛の子を散らすように子供たちは自分の持ち場に戻っていった。
子供たちの包囲網を抜けたイザベラがこちらへと車椅子を回してくる。
「お疲れ様でした、ジャスパーさん、ミルレアさん」
「ありがとうイザベラさん」
「是非、一緒にお食事をしていってください。ソフィアの作る料理は美味しいですから」
「うん、匂いだけでも美味しそうなのが伝わってくるよ」
そう言って、料理の方へ向くミル。
「とりあえず、荷物を置きたい。一旦部屋に行こう」
「あ、そうだね」
「それでしたらこちらへ、案内します」
イザベラに手招かれその場所を後にする。部屋を出て子供たちの声が遠ざかると、移動しながらイザベラはゆっくりと口を開いた。
「……あの子たちは、孤児なんです」
少し暗い声音でそう告げるイザベラ。ある程度予想が出来ていた俺はやっぱりな、という感想だった。
(あいつらのあの雰囲気……見覚えがあったからな)
あの施設でのことを、少しだけ思い出した。
イザベラの言葉は続く。
「迷宮で親を亡くした子、借金の方に売られた子……望まれず生まれ、捨てられた子。……みんなそんな子たちなんです」
「……」
ミルが悲しげに目を伏せる。
「ここは、元々廃棄される予定の修道院でした。私はそれを買い取って修道院として再建させる時に、孤児院としても運営することにしたのです」
「元々、スクータヴを含めたこの周辺の町には孤児院がありませんでした」
「捨てられ、亡くなった子供たちを見るたびにどうにかできないかと思っていたものですから」
とつとつと語るイザベラの声音には、後悔の色がありありと滲んでいた。今までに助けられなかった子供たちの姿を思い返しているのだろう。
「彼女も、孤児だったんですか?」
ミルがイザベラにそう問う。
彼女……ソフィアのことだろう。イザベラもそれを理解して答えを返す。
「……ええ、ソフィアも他の子達と同じ孤児です」
「今この孤児院にいる子達の中で、彼女が1番年長でした。……他の子達を守るため、彼女は修道女になりたいと、そう申し出てきたのです」
「今何歳なんだ?」
「正確な年齢は分かりません。ですが、恐らくは12歳程だと思います」
「……そうか」
年齢も、あの時のアイツと同じ。
……どうしても、重なる。
「もし良かったら、お2人にはソフィアの相手をしてあげて欲しいのです」
「もちろん無理にとは申しません……空いた時間で構わないので、彼女の話し相手になってあげてください」
「うん、ボクらで良ければ喜んで」
ミルがドンと胸を叩く。
「ありがとうございます。彼女はほかの子供たちを守るために、私とこの修道院を守るために必死です。本来であればそれは私の役目でした。重荷を背負わせていると思います」
イザベラの足が止まる。どうやらすでに部屋の前まで来ていたようだ。
「ですが、彼女の意思を、蔑ろにはしたくなかったのです……だからどうか、お2人が彼女の支えになっていただきたいのです……どうか、よろしくお願いします」
イザベラは車椅子に乗ったまま、こちらに反転してそう言って頭を下げた。
目が見えないからだろう、少しだけ俺たちからズレた方向へのお辞儀は、けれど彼女の真摯な気持ちを俺とミルに伝えてきた。
「……理解はした」
だから、俺も答える。
「俺は俺のできることだけをやる」
そう言って、イザベラの横を通り過ぎる。そして角部屋のノブに手をかけた。
「おい、ジャスパー!」
ミルが少し怒気を孕ませて、詰め寄る。
俺はそれを一瞥して、そのまま何も言わず部屋へと入った。
ジャスパーが、居なくなったあとミルは消えていった扉を睨む。
「なんだよアイツ……」
ぶっきらぼうに、協力を拒否するような言葉を放った相棒に少しだけ腹が立つ。
「ごめんなさい、イザベラさん。アイツも悪いやつじゃないんだ」
どうにか謝ろうとするミルをみてイザベラは微笑んだ。
「いいえ、ミルレア様。……ジャスパー様はきちんとお返事をくれていますよ」
「え?」
イザベラはゆっくりと振り返って、ジャスパーが消えた扉の先を見つめる。
「彼なりに、『できること』をしてくれるでしょう」
イザベラはそう言ってジャスパーの扉へと再度お辞儀をした。
ミルは少しだけ疑問を感じながら、そんなイザベラを見つめていた。
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