22話『吸血鬼の力:後半』

「それじゃあ英気も養ったし、続きと行こう」


 15分ほど休憩をはさんで、ミルの血の力レクチャーが再開する。


「とは言っても、ここからはそもそものヴァンパイアの力についてレクチャーしていこうと思う」

「血を操る力以外の、ってことか」

「うん。勿論それも含むけどね」


 得意げに、ミルが言葉を紡いでいく。少し楽しそうだ。


「そもそも、なんでヴァンパイアが一般的に強い種族と言われているのか、その理由は知ってる?ジャスパー」

「ああ」


 それは、ルバンダートの人々から聞いた覚えがある。

 血を操る力、それ以上にヴァンパイアをヴァンパイアたらしめる力。


「眷属化、だな」

「ご名答」



 眷属化。

 読んで字のごとく、特定の条件を満たした相手を自身の眷属とし、その力を自分自身のものとしてしまう凶悪な能力。


「より厳密にいうと、ヴァンパイアの能力は6つに分かれるんだ」


「飛行、魅了チャーム、血の力、変貌、眷属化、及び吸収」

 

 1つ、2つと指折り数えるミル。

 

「多いな」

「そうだね、1つの種族に与えられる力としては破格の数だ」


 ミルも頷いて同意を返す。


「けれど、代わりにヴァンパイアは他の種族と違ってその個体固有の能力を持たない。人間種なら最低2つ、獣人ビーストやドワーフなんかも1つは持ってることが多いんだけど」

「……へぇ」


 いつぞやの、照達のステータスプレートを見たときのことを思い出す。確かに、あの時俺だけがスキルとやらを持っていなかった。

 種族能力に準ずると、そのような一文が記載されていたはずだ。


(……ん?よく考えたら、何であの時、日本語で表記されてたんだ?その後王も読めてたよな……?)


 まだあの時は、王国の言葉は覚えていなかったはずだ。つまるところ表記は日本語だったわけだが、それならなぜ王にステータスプレートを見せた際に読むことが出来たのか。

 

(……そもそも考えてみれば、なんで言葉が通じるんだって話なんだが)


 他の事で忙しくて、その辺の事情にはあまり目を向けていなかったな。


「どうかした?ジャスパー」

「……いや、少し考え事をしていた」


 思考の波に乗ろうとしたところで、ミルの言葉で現実に引き戻される。……まあ、後でいいか。


「大丈夫だ、続けてくれ」

「そう?……じゃあ話を戻すけど、ヴァンパイアは種族能力が多い代わりに固有能力がないことは話したね」

「けどもちろん、その能力ごとの強弱は差がある。例えばボクは飛行と、その、魅了が得意なスキルだ」


 少しだけ恥ずかしそうに、頬を赤らめてミルは告白する。


「逆に眷属化や吸収は得意じゃない……この得手不得手はある程度遺伝するから、飛行は父の、魅了は半分サキュバスだった母からの物だろうね」

「なるほどな」


 そうなると自身の得手不得手は早めに把握しておいた方がいいだろう。苦手なことを直すより、得意なことを伸ばしていった方が戦闘能力は上がりそうだ。


「それぞれの能力について詳しく聞いてもかまわないか?」

「もちろん」


 そうして、ミルから一通りの概要を聞いた。


 以下にそれを記す。


 飛行

 背中の翼に魔力を通して、1枚1枚の羽に通った魔力の管から魔力を噴出することで、それらを推進力に空を飛ぶ能力。

 飛ぶことそのものはほとんどの吸血鬼に可能だが、ミルがやったようなアクロバティックな軌道はなかなか難しいらしい。


 魅了チャーム

 自身の魔力を目から放ち、相手の感覚器に働きかける能力、異性に対してより大きな効果を発揮し、疑似的な恋愛感情を与えることが可能。

 一般的にヴァンパイアよりもサキュバス及びインキュバスが得意とする能力のため、ヴァンパイアがその力を持っていることはあまり知られていない。


 血の力

 ヴァンパイアの種族能力において、もっとも戦闘力に関与する力。

 大雑把な名前の通り、自身の血液に対するあらゆる操作が可能。体内の血流を調整したり、体外に出た血を変形させて武器のように使ったり。出来ることが広い分、使いこなすにはそれなり以上の習熟が必要で、ヴァンパイアの力の中で最も扱いが難しい。


 変貌

 自らの姿かたちを別の物へと変える力。ミルの使う羽と目を隠す魔法もこれ由来。

 自身の骨格に添わぬ変化も可能ではあるが、ヴァンパイアの力の中では最も繊細で、完全に別人に成りすますといったような使い方をするには、ある程度の才能が必要。

 

 眷属化

 ヴァンパイアが恐れられている原因の力。

 自身の血を分け与えた相手を眷属とし、自らの操り人形にする。生殺与奪の権を握るだけでなく、精神支配すら可能で一度眷属になった場合、その主人たるヴァンパイアに逆らうことはできない。


 吸収

 戦争の主であった、ガイナースがもっとも得意とした能力。

 力ある生物を取り込むことで、その能力を自身のものとする力。

 種族固有の力まで奪うことは出来ないが、固有能力を持たないヴァンパイアが後天的に力を得る手段である。

 ガイナースは戦い、倒した相手の力を取り込み続けて手の付けられぬ怪物へと変容した。




「――以上が、ヴァンパイアの力の全てだよ」



「……なんというか……とんでもないな」

「あはは、そうだね」


 俺の言葉に、ミルも少し苦笑いで同意を示す。


「けれど、全ての力を使いこなすのは相当に難しい。それは先ほどの得手不得手の話もそうだし……」


 そこで言葉を切ったミルは少し目を伏せて、


「――以前話した、ヴァンパイア全体として血が薄くなっているという話とも関係してくる」

「ああ」


 そう言えば、ルバンダート迷宮でそんなことを言っていたな。

 他種族と交わったことで、種族としての力が弱まってしまったとかなんとか。


「まあだから、今話したヴァンパイアの力を全て持っているのは稀だ。大抵1つか2つ……その中でも直接戦闘力に関係してくるのは血の力、飛行、吸収くらい……」

「世間的に言われているほど強いヴァンパイアは、意外と少ないってことか」


 コクリと、ミルが首を縦に振った。


「……」


 考えるのは、種族復興について。

 敵意がない事、ヴァンパイアという種族の汚名を雪ぐこと。

 それを為すためには大前提として、相手と対等な立場にならなければならない。


 簡単に言えば、舐められないだけの力が必要・・・・・・・・・・・・・だった。


 いや、その言い方には少し語弊がある。相手が殺す気で来る以上、殺されないだけの力、が正しいか。

 抑止力になりえるものが必要な以上、ヴァンパイアが強い力を持つ種族であるというのは朗報だったわけだが、今の話を聞いていればすこし考えを改める必要がありそうだ。


「因みにミルはどうなんだ?」

「ボク?……どうだろう、父が純血だったというのもあるし力そのものはまだ強い方なんじゃないかな」

「そうか」


 なら、多くの吸血鬼はミルよりも下の力を持つと考えよう。

 そうなると、どうやって同じ土俵に立つかが課題だな……。


「……まあ、ともかく。第一に俺自身が強くならんと話にならんか」

「まあ、そうだね。前回の予測の通り、ミルが純血の吸血鬼なら、修練次第でどこまでも強くなれそうだ」

「そうなれることを願ってるよ」


 その言葉で、取り敢えず話すべきことは終わったのだろう。ミルが立ち上がり土ぼこりを払う。座学の時間は終わった。


「それじゃあ、ヴァンパイアについては今日はここまでだね」

「ああ、……迷宮攻略に戻るとしよう」


 随分と長話をしてしまったが、生憎とここは迷宮だ。

 全6層からなるスクータヴダンジョンの第3層。ちょうど真ん中の小部屋にいる。

 

「今日は一旦下層までいってみようか」


 ミルのその言葉に頷いて、迷宮探索を再開した。





「スクータヴ迷宮はね、既にボスが討伐されてる迷宮なんだ」


 行軍の道中、ミルがそうやって話し始める。


「そうなのか?」

「うん。イザベラさんが言ってた水晶蜘蛛、アレの巨大な個体がここのボスをしてたみたい」


 このぐらい、と手で大きなマルを作るミル、まあ実物はそれを優に超えるのだろう。


「もう10年以上は経つそうだけど、たまたまこの街に寄ってたS級のトレジャーハンターが倒したそうだよ」

「S級ねぇ……」


 今のところ、まだ雲をつかむような話だ。俺のいまのランクはF。Sまで行くのに一体どれだけのモンスターを狩ればいいのか。


「まあ地道に行くしかないねそれは」


 俺の考えを読んだのだろう、苦笑しながらミルはそう語る。

 そんな他愛ない話をしながら迷宮探索を続けていると、曲がり角に突き当たった。

 ひんやりとした空気が、角の先から流れてくる。


「うん、ここだね」


 迷宮の地図を出していたミルが、そう言って曲がり角を見つめた。


「この先は?」

「下層への階段がある」


 そう言って、先に歩き出すミルの後をついていく。角を曲がると確かにその先には階段が続いていて、肌寒い空気が肌を撫ぜる。


「スクータヴ迷宮は全6層からなるのは入る前に説明したよね」

「ああ」

「ルバンダートの迷宮は5層全部情景が変わることはなかったけど、ここは違う」


 カツ、カツと2人分の靴が階段を叩く音だけが木霊する。


「前半3層、後半3層大きく様相を変えるのが特徴的なんだ」

「へぇ……」


 3層までのスクータヴ迷宮はルバンダートとそう大きく変わっているようには見えなかった。

 剥き出しの土壁、人が数人通れる程度の普遍的な洞窟風景。

 違っていたのは所々に蜘蛛の巣が張っていたことと、光る鉱石が無いので真っ暗闇が続いていること。

 些細な変化だ。


「ほら、ついたよ」


 カツン、と。


 最後の一段を下りきって、足が石畳の地面をとらえる。

 右に向いて、その先に広がっていたのは、ピラミッドを彷彿とさせる石造りの遺跡の如き様相だった。


「ここからが本番だよ、この迷宮は」


 その言葉に、今一度気合を入れなおす。

 スクータヴ迷宮の探索はまだ続くようだった。

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