12話『血の覚醒』
「それじゃあ、いくぞ」
「……うん」
頬を紅潮させて、目を伏せるミルの方を極力視界に映さないようにしながら、その綺麗なうなじに牙を立てる。
「……う、っく……あっ」
鋭く尖った牙がミルの皮膚を食い破る。鼻腔を擽る甘い香りはこの少女の物か、それともこの血の匂いだろうか。
ミルが嬌声を上げ、掴んでいた肩が大きく震える。俺はそれを確認して、収まってからより深く牙を突き立てた。
「あ……う……」
(……本能で分かるとか言っていたが……そう言うことか)
身悶えるミルを尻目に俺は自分自身の知らない感覚を感じて、先ほどミルの言っていたことを理解する。
なるほど、確かに。
どこに牙を突き立てて、どうすれば他者の血が吸えるのか……上手くは言えないが、その手順を、方法を理解できる。
確かに、これは本能と言うほかない。
俺は、その本能に従ってミルの血を吸う。牙を通して他者の血液が俺の体内に入ってくる。
得も言われぬ感覚だ。俺はそれを悦んでいるのか……曖昧で、よくわからない。
そうして吸血を続けてはみるが……少女の方はどうにも吸われているだけ、ともいかないらしい。
「……大丈夫か?」
「……う、っん。平気……気に、あっ、しない、で」
とは言うが、ミルの様相は尋常ではない。
熱の篭った吐息を零し、服の裾を強く握って何かに耐えるように体を震わせている。
瞳は熱く潤んで、宿した光が激しく明滅していた。
……端的に言うなら、まるで発情しているようだ。
彼女の名誉のために、それを口にすることはないが……吸血という行為はそれほどまでに性的興奮や、それに準ずる感覚を呼び覚ます行為なのか。
(だから、吸血行為を恥ずかしがっていたのか……)
こうして実際に行為に及んでみて、初めて彼女の行動の真意を知る。俺の方は何ともないので、吸血される側だけが得る感覚なのだろう。
推測するなら、血を吸うときに痛みを隠すための物なのかもしれない。地球での吸血虫の代表ともいえる蚊は血を吸うときに痛覚を誤魔化すための物質を先に注入する。
それが所謂、吸われた後のかゆみの原因なのだが、吸血鬼のこれも、もしかしたらその類の副作用的な物なのだろうか。
「は、あっ……あ、うぅ……」
(……ともかく、目に悪いな)
パニックを起こして、思考を放棄するような質ではないが、それを差し引いても目に毒だ。ミルは傍目に見ても美しい。
美少女と呼んでも差し支えないだろう、そんな彼女をこうしてほかならぬ俺の手で身悶えさせている……何も感じないわけではない。
「……っ……」
「あっ!」
ミルの首筋から牙を抜く。それに反応してミルの体が大きく跳ねた、首元には牙が刺さっていた穴から少量の血が漏れ出している。
「……おい、取り敢えず血は飲んだが……何か変わってるのか?」
口の端から零れた涎と血を拭う。感覚的にはそれなりの量の血を飲んだ。これ以上はミルが危ないと、そう判断したので吸血行為を中断して牙を引き抜いたのだが。
「はぁ……はぁ……う、ん。少しすればすぐに始まるはずだよ」
「……お前は大丈夫なのか?随分消耗してるが」
「あっ!大丈夫!大丈夫だから!今は近寄らないで!」
肩で息をするミルを介抱しようと手を伸ばすが、直ぐに真っ赤になったミルに止められる。
「そ、そうか……すまん」
「……あ、ごめん。別にキミが嫌なわけじゃないんだ……ただ、今は、その、汗をかいているから……」
だんだんと、尻すぼみになりながら、ミルが言葉を紡ぐ。どうやら、嫌われたり、怯えられたりしていたわけではないらしい。ホッとした。
「じゃあまあ、取り敢えず俺は離れとくよ。何かあったら呼ん――
ドクン
そこまで口にして、唐突に何か、大きな心音が聞こえた。
世界が暗転し、ミルの声が遠くなっていく。
ドクンドクンと、心臓が早鐘を打つ。全身の血液がものすごい速度で身体中を駆け巡っているのが分かった。
(な、んだ、これ……)
自分の体が、作り替えられていくかのような、奇妙な感覚に襲われる。
意識を、保っていられない。
「ミ……ル……」
ぐらりと、視界が傾いた。
そしてそのまま深い海の底へ沈んでいくように、俺は意識を手放した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……う、あ……」
ぼんやりと、意識が浮上してくる。乱雑に散らばった視界がだんだんと集まってくる。
岩に囲まれた洞穴と……俺を覗き込むミルの顔が見えた。
「……ミル?」
「起きたかミドリ……ボクが分かるかい?自分の名前はちゃんと言えるか?」
不安げに瞳を揺らし、俺の頬に手を当ててくるミル。その時に身じろぎをして、俺は初めてミルに膝枕をされているのだと理解した。
「……大丈夫だ、名前は天津碧……ああ、大丈夫。直前の事もちゃんと思い出せる」
後頭部の柔らかな感触と別れるのは名残惜しいが、いつまでも世話になっている訳にもいかない。
俺はミルにそう告げると上半身を起こし胡坐をかいた。頭を振って霞がかった思考を振り払う。
「……本当に大丈夫かい?」
「ああ……問題ない」
ああ、思い出した。大丈夫だ。俺はミルの血を飲んで、血の覚醒を迎えようとして……体に変調をきたして倒れたんだった。
あれは、覚醒を迎えるために必要な変化だったのだろうか。
「なあミル、これは覚醒出来たってことでいいのか?……まだいまいち掴み切れてないんだが……」
「……それは、自分で確認するといい」
薄く笑って、ミルが自分の腰のポーチを探る。中から一枚の薄い板を取り出した。
取っ手のついたそれを、ミルは俺の方に向ける。
「ほら、一目瞭然だ」
そこには、赤い目をした。見知った、けれど何か違和感を感じる顔が写っていた。
――紛れもない、俺自身の顔だった。
「これは……鏡か」
「うん。見て見なよ、自分の目を」
「……赤い、な」
ミルと同じだ。赤く輝く瞳が、見覚えのある顔に付いて、こちらを見つめている。
「……ってことは、成功したのか」
「ああ。無事成功だ。自分の内側に意識を向けてごらん。今までとは比べられないくらいの力が自身の内側にみなぎっているのを感じられるはずだ」
「……」
言われた通り、目を瞑って自分自身に意識を向ける。
すると……なるほど。これはすごいな。
「……確かに、別人と入れ替わったかってぐらいには違うな。無限に力が湧き出てくるような気がする」
「だろう?覚醒迎えた瞬間のヴァンパイアはみんなそんな風な感想を抱く……かく言うボクもそうだった、あの瞬間は何だってできる気がしたよ」
恥ずかし気に、そう告げるミル。だが、気持ちはわかる。この全能感は確かにすさまじい。何でもできる……と、そう錯覚するのも理解できる。
「ともかく、これで俺は、正しく吸血鬼に成った訳だ」
「ああ、そうだね」
そんなことを口にして、自分の手を見つめる俺にミルが優しく笑って相槌を打つ。
「……覚醒おめでとう、ミドリ。これで、キミも一人前のヴァンパイアだ」
「……喜んでいいのかどうか、微妙な所だな」
「ボクとしては、素直に喜んで欲しいけどね……けどまあ、ミドリの気持ちもわかるよ」
苦笑して、ミルは翼をはためかせる。
そういえば、俺にも翼が生えていた。ミルのとは違い、より獣のような……蝙蝠よりも、鳥に近い見た目の翼だった。
構造としては、ミルのとそう大差はなさそうだが、見た目は大きく違う。
「ヴァンパイアの翼ってのは、皆こんな風に差があるものなのか?」
「いや、基本的にはボクみたいな翼だよ。形や大きさに多少の差はあるけど……ミルみたいな翼は見たことないね」
「……俺が、異世界人だからか?」
「いや、どうだろう……始祖って呼ばれてる、ヴァンパイアのトップの人たちなんかはそれぞれに固有の翼を持ってたって言うし、ミルが純血ならおかしくないのかもしれない……何とも言えないけどね」
「そうか……まあ、その差が軋轢を生まないのであれば、何でもいい」
そこで話を切って、俺は翼を動かしてみる。意識を向ければ、翼は俺の意志に沿って自在に動いた。腕や、足を動かすのと変わらない。
「しかし、これでどうやって飛ぶんだ?こんなちっさい翼で飛べる気がせんのだが」
小さいとは言っても、ミルの翼よりは大きい。けれど、人ひとりを飛ばすほどの力はなさそうだった。
「ああ、基本的にヴァンパイアは魔力で飛行するんだ。翼は方向を決めて進むための物だよ」
「……推進力になってるってことか」
それならばまあわからなくはない。魔力なんて使ったこともないし、また練習が必要そうだな。
「……ともかく、これで目的を果たすための準備は整ったね」
ミルがコホンと、一度咳払いして俺の方に向かって居住まいをただす。俺もそれを見て翼を弄っていた手を止めてミルを見た。
強い意志を宿す赤い瞳が、俺の視線と交差する。
「……あらためて、依頼するよ……どうかボクと共に、このダンジョンから脱出するためにあの鬼と戦ってほしい」
「……そして、共にヴァンパイアの復興を手伝ってください」
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