13話『決着』



 彼は、自らが喰らうに相応しい餌を求めて迷宮をさ迷っていた。

 その道は彼のテリトリー。この領域内で生命活動を行うものは、皆彼の許しを得なければいけない。



 彼は、迷宮の王だった。



 迷宮から生れ落ちる同胞を喰らい、その力を取り込み続けた。

 時には同胞ではない者……この領域に迷い込んだ人間も喰らった。


 彼は馬鹿ではなかった。仮にも迷宮の王として君臨していたのだ。知性もあれば、不遜な侵入者を殺すためにどうすればいいのかを考えることも出来た。


グゥゥ……


 ズリズリと重苦しい音を響かせながら、彼は長く鋭い岩を引きずっている。

 先ほどの獲物が逃げ隠れた穴は、彼の体格では奥まで届かない。だからこの岩を穴の奥まで突き刺せば殺すことが出来る……彼はそう考えた。


ガァア……


 岩の先に獲物が突き刺さった時のことを想像して、彼の口が大きく歪む。

 あの矮小な存在を、どうやって喰おうか。そんなことを考えて。


 やがて彼は獲物が逃げ込んだ小さな横穴に辿り着いた。持ってきた岩を穴の入り口に当て縋る。


ガァッ!!


 そのまま勢いよく突き入れた。ガツンと鈍い音が響き硬い感触が手に伝わる。横穴の最奥の壁まで柱が到達したようだ。


 彼の顔が喜悦に歪む。柱に突き刺さった愚かな贄の姿を想像しながら、付き差した柱を引き抜いた。



…………?


 果たして柱の先には肉片は愚か、衣類の1つもついていなかった。


 確かに壁に当たる感触があった、と彼は思い返す。普通に考えればこんな狭い横穴で、穴の幅とほぼ同等の柱を躱せるはずがない。

 もう一度彼はその柱を突き出す。先ほどと同様に壁らしき硬い何かに当たった感触が手に伝わってきた。

 今度は念入りに穴の中を穿り回した後、ゆっくりと柱を引き抜くが……変わらず岩は岩のままだった。

 さては既に逃げたのか。そう考え柱から手を放して、自分が来たのとは逆方向の道に向き直る。


 そのまま歩を進めようとして、


「おい。無視するなんてひどいな筋肉ダルマ」


 そんなのんきな声が足元から聞こえてきて、気付けば彼の視界は大きく右に歪んでいた。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「おい。無視するなんてひどいな筋肉ダルマ」


 命のやり取りを経て、逆に緊張が無くなったのか何なのか、臆することもなく鬼に対してそう息巻く。

 それと同時に鬼の左足付近に埋め込んでいた、種を起動させる。


 煙の出ない爆発と共に、鬼の足元から水晶かと見紛うような、巨大な赤い棘が突き出した。

 いくつかは皮膚を突き破り足に深い傷を刻み込んだ。鬼は何が起こったのか理解できずにいるようだ。

 キョトンとした顔で足元に突如現れたように感じている獲物を見つめている。


 ぐらりと鬼の体が大きく傾く。知っている、これだけであの巨体に致命傷を与えることはできないだろう。多少のダメージは残るだろうが……



ガァアアアアアアア!!!!!


「ほら来た!」


 一気に怒りの沸点を飛び越えたのか、鬼が吠えて洞窟が揺れる。それを聞いたと同時に反転して走りだす。

 直ぐに追いかけてくるのが背後に迫る振動で分かる。

 そこかしこに埋め込んだ種へ振動が近づいたその瞬間に――


「喰らっとけ!」


 先ほどと同じ要領で魔力を送り込み起爆させた。


 鬼の視界を遮るように赤い結晶が突き出したかと思えば、それに気を取られた鬼の後方から同じ結晶が飛びだし、鬼の背中に突き刺さる。


 ……正直俺も自分でどうしているのかはわかってない。起爆している種は自分自身の血を固めて凝縮させたものだ。


 限界まで圧縮したその爆弾に、魔力と言う起爆剤を流し込んで、無理やり暴発させている。

 覚醒したばかりでは細かい操作は出来ないが故の苦肉の策だ。血の圧縮や魔力の操作すらおぼつかなかったのでそれらもミルに補助してもらった。


「情けないことこの上ないな」


 とは言え、この方法が目下最大火力の出る戦い方だ。自分だけで種を用意できない以上、手持ちの7つと埋め込んだ残りの種が、こいつにダメージを与えられる唯一の手段と言うことになる。

 勿論ナイフや爪で切りかかっても多少のダメージを与えることはできるだろうが、残念ながらすぐに捕まって殺されるのが関の山だ。リスクがリターンに見合わなさすぎる。


 背後から迫る死の気配に、嫌な汗が流れていくのが分かる。鬼は効いているのかいないのか、怒気を滲ませながら全く勢いが緩むこともなく近づいてくる。

 いくら身体能力が強化されているとは言え、それでも元々の体格差が違い過ぎる。じわじわと距離を詰められていくが、


グァッ!


 また先ほどと同じように埋め込んだ種を起爆させて、今度は膝を裏側から突き刺した。


(うわ、痛そ)


 流石に効いたのか鬼が顔から倒れ込む。――それがチャンスだった。


「ミル!」

「うん!!分かってるさ!!!」


 俺が言葉を上げるよりも速く、背後から猛スピードで駆け抜ける影。こんな暗闇でも、どれだけ汚れていても輝きを失わない髪が靡くのが見えた頃には、既に鬼の背中に辿りついていた。


「やぁああああ!!!!」


 雄たけびを上げて、ミルが手に持った俺の短剣を鬼の背中に突き立てる。

 渾身の力で突き立てたその刃は多少の抵抗と共に、鬼の背に深々と突き刺さった。



――――――――!!!!!


「きゃぁあ!!!!」


 形容しがたい咆哮が響いて、仰け反った鬼の背からミルが転がり落ちる。もう体力が残っていないのだろう。受け身もとれず地面に倒れ込んだ。

 鬼が物凄い形相で、自身の背中に異物を突き立てた忌々しい生物に振り返る。煌々と怒りの炎が燃えているのがこの距離でもわかった。


「あ――」


 ミルの顔が恐怖に歪む。自分の結末を想起して――勿論そんなことはさせないが。


「こっち向け!筋肉ダルマ!!」


 持っていた種を一気に3つ。鬼に向けて投げつける、ここが正念場だ、一気に追い詰める。

 鬼もさすがに学習したのだろう。投げた種を認識して防御姿勢をとった。直ぐに起爆させるが残念ながら有効なダメージは与えられたようには見えなかった。

 投げた種3つの内2つは腕に防がれ軌道を逸らされた。1つは体に突き刺さったが、筋肉に阻まれたのか深くは刺さらず抜け落ちた。


「まあいいさ」


 目的はあくまでミルの逃げる時間を稼ぐことと、鬼のヘイトをコチラに向けること。幸いにもそれは達成され、鬼は今度はこちらに向き直って咆哮を上げた。


「また鬼ごっこかよ!」


 それを最後まで確認することもなく、反転して走りだした。目的地は最後の種が埋めてある場所、そこまで行けばもう仕込みは終わっている。


 残った種たちを適時投げつけながら、鬼から逃げ続ける。鬼も何度も投げつけられて懲りたのか種を避けて速度を落とさずに追いかけてきた。


「そんなことされたら意味ねぇだろうがクソッ!!」


 悪態をつくが足は止めない、埋め込んだ最後の種はすぐそこだ。だが、今のアイツに下手な攻撃は届かない恐れがある。

 種の起爆までには少しタイムラグがある。油断している最初ならまだしも警戒している今のアイツに下手な攻撃が効くのかどうか……




 ――だが、言っただろう、仕込みは終わっていると。


 辿り着いたターニングポイント。埋め込んだ印を超えて、そのまま弾かれるように鬼に向き直る。


 近づいてくる足音。迫りくる巨躯との距離を測る。後2メートル、1メートル


「今!」


 魔力の栓を引き抜いた。溢れる得体のしれない力を流し込む。――鬼の背中へ刺さった短剣に。


 元々魔石を埋め込む穴があった。はめ込んでいた魔石は2つともこの鬼に使ってしまっていた。その穴に種を埋め込んだのだ。

 勿論そのまま爆発させれば短剣は壊れるだろう。一度限りだ。この一撃で致命傷が与えられる保証もない。


 だが、それでいいのだ。そもそもなんでこの場所まで走ってきたと思っている。


 背中で爆ぜた種に押され、鬼の巨躯が倒れ込む。走り込んできたそのままに、勢いよく倒れ込む鬼の顔は大きなバツ印の書かれた地面を捉えた。


「――爆ぜろよ」





 次の瞬間には、もう戦いは終わっていた。


 倒れ込んだ鬼の体はピクリとも動かない。


 背中と顔と、一目で致命傷とわかる巨大なクリスタルを2本。


 だが油断はまだできない。種はもう使い切ってしまったが、埋めた種はまだ1つ残っている。いざというときにはそこまで走って……そんな思考巡らせながら1秒、2秒。


 そのまま1分間動かずに鬼を凝視し続けて、そしてようやく警戒を解いた。


 もう大丈夫だ。こいつは死んでる。


「はぁ~~~」


 気が抜けてその場に座り込むと、どっと疲れが溢れていた。今すぐにでも倒れ込んでしまいたいが残念ながらそうもいかない。先に戦いが終わったことをミルに知らせなければ。



「ミドリ!!」

「ああ、いい所に」


 呼びに行くまでもなく、ミルが鬼の向こうから近づいてくる。恐る恐る動かない鬼の体を横切ってこちらまで来たミルは飛びつくように俺の手を取った。柔らかい感触が指先を通じて伝わってくる。


「ケガはないか!?」

「ああ、問題ない。世は全て事もなし、作戦は問題なく遂行した」

「そうか……よかった」


 そう言って安堵の息をつくミル。こちらとしてはあの巨体に短剣を刺すという一番危ない役割を背負ったミルの方が危険だと思うが……そう言うことではないのだろうな。

 やがて怪我がないのを確認したのかミルが俺の手を放して鬼に向き直る。


「……本当に、倒したんだ」

「ああ。間違いなく、な」


 確認がてら、鬼の体を転がすが、ピクリとも動く気配はない。まあ心臓も頭も潰されて生きているなら、それはハナから俺たちに勝ち目はなかったってことになるが。


「そっか……やったんだ、ボクたち」


 何か感じるものがあるのか、感慨深げに呟くミル。俺はそんな彼女の姿を横目に見ながら、爆発の影響で弾き飛ばされ壁に突き刺さっていた短剣を引き抜いた。

 柄から持ち手にかけての部分は完全に破壊されているが、刃は何とか残っている。もう今まで通り使うことは出来そうにないが、鬼の素材をはぎ取るぐらいのことはできるだろう。


「取り敢えず、素材として使えそうなモンは貰っておこう」

「あ、ボクも手伝うよ」

「ああ、頼む」


 二人で、鬼を解体していく。爪や皮、牙に骨。肉は筋張っていて喰えたもんじゃなさそうだが、別に素材は食材ばかりではない。

 特に骨はすごい。吸血鬼に成った俺の全力で折り曲げてもビクともしない。下手な攻撃じゃキズもつかなそうだ……その分加工するのも相当の労力がかかりそうだが。

 そんなことを考えてあらかた素材を片付ける。最後に額から生えた角を切り取った。

 手に持った途端、とてつもない魔力がその角から俺の体に流れ込んでくる。

 どうやら角自体が魔石のようになっているらしかった。確かに体内に魔石に相当する器官がなかったな……。


(骨もそうだが、こいつも加工できればものすごいものになりそうだ)


 そんなことを考えながら角を布でくるんで、他の素材と共に鞄に入れる。

 

「……よし、こんなもんかな」


 一通り素材になりそうなものを詰め込んだら残りはそのまま置いていく。このまま放置していればいずれダンジョンに吸収されまた魔力に分解されてこのダンジョンで新しいモンスターとして産み落とされるだろう。


「それじゃあいくか」

「うん。戻ろう。地上に!」


 そう言って、ミルが俺の手を引いて走りだす。地上に帰れるのがそんなに嬉しいのか。どこからそんな体力が出てくるのか分からないな。


「……あれ?」

「はしゃぎ過ぎだ、まったく」


 そんなことを考える前に、走りだそうとしたミルの体がぐらりと傾いた。慌てて受け止めた少女の体は軽く、全く力が入ってなかった。

 ……そりゃあそうだ。1週間以上ぶっ続けで戦って、その挙句に血を吸われてこんな戦闘だ。立てなくなっても仕方ない。


 仕方ないのでリュックを前に掛けなおして、ミルを背に背負う。重みすら感じない華奢な体のどこにあれだけの力が宿っているのか。そんな他愛もないことを考えていると急にミルが慌てだした。


「ちょ、ちょっとミドリ!?」

「なんだ?別に軽いしどうってことないぞ」

「いや、けど、臭いとか!」

「俺も似たようなもんだ。今更気にならんし、歩けないだろ」

「それは……そうだけどさぁ」


 ぶつくさと文句を言いながらもやがて諦めたのか、ミルは次第におとなしくなった。やがてポツリと呟いた。


「……勝ったんだね、ボクたち」

「ああ……勝った」


 事ここに至ってもまだ信じられない部分があるが、俺達は確かにあの化物に勝ったのだ。体力限界のボロボロの吸血鬼と、吸血鬼に成りたての半端者が1人。


 よく勝てたものだ。作戦勝ちと言えば聞こえはいいが、例えば鬼の耐久力が予想より高かったり、1つでも想定から外れていたらすぐに瓦解していたはずだ。

 薄氷を踏むような戦いの末に、辛うじてつかみ取ったこの生が、否応なしに向き合わなければと自らに語り掛けてくる。


「まぁ……約束したしな」

「?……何か言ったかい?ミドリ」

「いや、事ここに至ったなら覚悟は決めないとと思ってな」

「?」


 ミルは首を傾げてよくわからないと顔に出す。だからはっきりと口にする。


「――手伝うよ。ヴァンパイアの種族復興」

「!!」


 ああ、その時のミルの、花が咲いたような笑顔は一生忘れることが出来ないだろう。

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