11話『ヴァンパイアという種族』


「……血の覚醒、か」


「うん……ヴァンパイアはね、覚醒を迎えるまでは人とそう変わらないんだ。せいぜいが少し高い身体能力と、夜目が効くことぐらい……今のキミと同じだね」


「そうだな。俺の感覚と相違ない」


 言われた通り、俺は自身がヴァンパイアであるという事実をどこか信じきれないでいた。



「血の覚醒を迎えた日はヴァンパイアにとって第2の誕生日みたいなものなんだ……大体は誕生日に覚醒を迎えるから同じ日になるんだけど」


「俺は今日が誕生日ではないな」


「そういう子も一定数いるよ。親がいなくて儀を迎えられなかったり、儀を迎える前に何らかの原因で覚醒してしまったり」


「それが異端として爪はじきものにされたりってことはないのか?」


「うん、別に不名誉なことではないから。……ただ」


 ミルが目を伏せる。なにか都合の悪い事実でもあるのか。


「……覚醒を迎えれば、キミは格段に強くなる。けれど、覚醒を迎えるということはつまり、よりヴァンパイアらしい姿になるということでもある」


「……バレる危険性が高まるってことか」


「うん……勿論、それを隠すことはできるよ。ヴァンパイアであるボクがこうして王国に入れたみたいに」



「けど、それはあくまで"隠している"だけなんだ。覚醒することで現れる特徴が……この翼や瞳がなくなるわけじゃない」


「……なるほどね」


 今のままなら、俺には翼も、赤い瞳もない。


 吸血鬼として半端者と言うことはつまり、それだけ人間に近いということの証左でもある。

 人の営みを送る上で楽なのはどちらかなど、言うまでもない。



「……だから、私の案を飲めば否応なしにキミが人として生きるのは難しくなる」


 ミルは不安げな表情のままだ。目を伏せ俺と顔を合わせるのを躊躇っている。


「……」


 改めて、少女の姿を見回す。腰辺りから生えた蝙蝠のような黒い翼、伏せられた瞳は怪しげな赤で灯されている。


 外見から判断できるヴァンパイアの特徴はこの2つが一番大きな物だろう。あとは精々犬歯が長い程度で、それ以外の見た目は人間と大差ない。


 ――だからこそ、その2つが大きな差異として目に映る。



「……1つ聞きたい」


「なんだい?」


「覚醒を迎えれば……俺はどれだけ強くなれる?」


 ……結局のところ、俺が彼女の案を飲むかどうかはそれ以上のメリットがあるかどうかにかかっている。


 俺は力が欲しい。家族を守れるだけの力が。



「……そうだね。覚醒を迎えていない状態でキミはこの場所で生き残っている……そして、恐らくだけど、キミは純血のヴァンパイアだろう」


「純血?」


「うん。話を聞いた限りだとね……キミはこの世界へ渡るときに、ヴァンパイアに成ったんだろう?だとするなら肉体を1から再構成されていたのだとしてもおかしくな――


「ああ、いや、そうじゃない。純血ってのはどういうことだ?」


「……えっと……?」


 ミルが首を傾げる。何を聞かれているのか分からない。と言った顔だ。それほど不思議なことを聞いた覚えはないのだが……


「……あ、ああそうか。そういうことか」


 間もなく、ミルの表情に理解の色が浮かんだ。


「いや、ヴァンパイアはね、他種族と血を交わらせても種の特徴を色濃く残す種族なんだ」


「血を扱う種族だからだろうね、どれだけ血が薄くなってもヴァンパイアはヴァンパイアのままだ」


「そうなのか」


 それは納得出来るような出来ないような……まあわからない話ではない。


「代わりに、かどうかは知らないけどヴァンパイアは繁殖能力が低い。ヴァンパイア同士では1人子供が出来るかどうか……なんて言われるぐらいには」


「……だから、他種族と交わったのか?」


「話が早くて助かるよ……そう、ヴァンパイアは種の繁栄のために、他種族の血を取り込んだ……それが自分たちの力を薄めていると気付いた時には、もう純血のヴァンパイアなんて貴族以外に残っていなかったけれど」


 ミルが悲しげに目を伏せる。そしてギュッと自分の手を握って見つめている。


「ヴァンパイアはどの種族と交わってもその特徴を失うことはない……けれど、その力は血が薄くなるたびに失われていった」


「今のヴァンパイアのほとんどは何かしらの種族との混血だ。純血のヴァンパイアはほとんど残っていない……ほぼ全てガイナース戦争の時に滅ぼされた」


「……ミルもそうなのか?」


「うん。ボクは夢魔と人間との混血児だ。母が夢魔と人間のハーフで、父が純血のヴァンパイアだったよ……一応、地方領主を務める貴族だったから」


 ……そうか、この世界の吸血鬼は、そういうものなのか。

 だが、だとするなら確かに俺が純血のヴァンパイアである可能性はある。


 憶測に過ぎない話ではあるが、状況的に一定の信憑性はあった。


「……だとするなら、もし俺が純血だとしたらどれくらい違うものなんだ?」


「身体能力的、外見的にはほぼ差異はないよ。変わりにヴァンパイアの固有能力が混血よりもはるかに強力だ」


「――あの鬼も倒せるぐらいには強くなれると思う」


「……そうか」


 壁に背を預け、目を瞑る。ミルの開示した情報と俺の持つ知識。

 現状を鑑見て、自分にとってのメリットとデメリットを考える。



 ……この世界で一般的に、ヴァンパイアはとても強力な種族だとされている。

 実際強かったのだろう。ヴァンパイアを知るトレジャーハンターは、皆一様にヴァンパイアを恐れていた。



 ……さて、どうするか。


「……」

「……どう……かな?」


 薄目を開けてミルを見る。今此処で、彼女を助ける事のメリットとデメリット……ああ、そうか。そう考えるなら……選択肢はもう1つしかないのか。


 ――ここで彼女を見捨てるデメリットは計り知れない。



「……いいよ」


「!……それじゃあ」


「ああ、ミルの案を飲もう」


 ぱあぁぁとそんな擬音が付きそうなぐらいにミルの表情が明るくなる。

 そんなに嬉しいのだろうか。そうまで喜ばれれば流石に悪い気分はしないな。


「で、どうするんだ?血を吸うって言ってたが……」


「え、ああ、そうだね……えっと」


 途端にミルが俯いて赤くなる。……吸血行為はヴァンパイアにとってそれほど恥ずかしい行為なんだろうか。


「……うん。牙に血を吸うための管が通ってるんだけど……そこから血液を取り込める」


「どうやるんだ?」


「意識すれば自然とできるはずだよ。ヴァンパイアの本能だから」


「そうか……」


 自分の牙を触ってみる。歯の感触だ、恐らく吸ってみるまで分からない感覚だろうな。


「……それじゃあ……どう……ぞ?」


 ミルが恥ずかしそうにしながら自分の服の首元をはだける。


 真っ白な肌が俺の目に映った、うるんだ瞳でこちらを見ている。ヴァンパイアが首筋に噛みつくのはこちらの世界でも同じなのか。


「……やるぞ」


 ミルの腕を掴む。ビクっとミルの肩が震える。


「……うん」


 そしてそう頷いて、俺に委ねてくるミルの肩に……牙を突き立てた。

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