第10話『今を生きる為に』



「と、言うかだ。その前に俺たちの状況を整理しないか?」


「……そうだね。探していたヴァンパイアを見つけて舞い上がってしまった。すまない」


「別にいいよ」


 申し訳なさそうに俯くミルにそう告げる。ミルに流されて状況把握が遅れたのは俺も同じだ。それよりも、これから先の事を考えなくては。


「まずは目的を明確にしよう」


 座りなおして、指を立ててミルにそう提案する。ミルも俺のその言葉に頷いて、翼を一度はためかせて腰を下ろす。


 黒い翼が腰の周りに据えられてクッションのように添えられる。……便利そうだな、あれ。


「ミルの最終目的はヴァンパイアの復興。そのために各地でヴァンパイアを探し出して保護している」


「うん」


「この迷宮に来たのは俺の噂を聞いたから。その噂の出所は……まあ十中八九王城からだろうな」


「話を聞いた限りだとそうだろうね」


「そして、俺の目的は、この世界での生存権の確立と、家族を守る術を得る事」


 何よりも、生きていくために今の状況はよろしくない。

 いつまでも自分の正体がバレる恐怖と、隣り合わせの生活を続けているわけにもいかないだろう。


 そして、そんなことに気を取られている状態で、家族を守るための力なんて手に入るわけがない。


 自分も守れない半端者に、他人を守る資格も力もない。


「……ミドリは、家族思いなんだね」


「……俺にとっての全てだからな。あいつらが」


 そう言って、寂しそうな表情で俯くミルを見て思い至る。そういえばミルは家族を……




「……悪い。ミルの気持ちを考えてなかったな」


「え?……ああ、いや気にしなくていいよ。……それそのものは、もう割り切ったことだ」


「……なら、いいが」


 ……失敗したな。本人がどう言おうと、俺自身の中でしこりは残る。次は気を付けよう。


「……話を戻すよ。取り敢えず、俺の目的を考えれば、同じヴァンパイアの協力者を得られること、そしてヴァンパイアの立場向上は願ったり叶ったりだ」


「けど、その活動が必ず成功するとは限らない……と、言うより周りの反応を見てきた限り、成功確率は非常に低いと言わざるを得ない」


「……否定はしないよ」


「だろうな。そしてそもそもの話として、俺にとってミルが、その話を実現できるだけの力を持っていると判断できない」



 俺のその言葉で、ミルも理解したようだった。


「……だから、ここからの脱出を条件に据えたのか。……ボクに窮地を脱する力があるのかを図るために」


「ご名答……恐らく、この場所に来てしまったことは君の意志じゃないだろう?」


「うん。5層で地図に無い道を見つけてね。その先の扉を開いたら……穴に落ちてこの様さ」


「俺も概ね同じ感じだ……けど、5層?」


「うん」


「……俺が落ちたのは4層だった。5層からも落ちたってことはやっぱりここは5層より下だったのか」


「みたいだ。……正直、ここに落ちてからもう1週間は経っている。水も食料も尽きたしそろそろ限界だったんだ」


 ミルはそう言って腰に掛けていた水筒を掲げる。蓋を開けてひっくり返すが、確かにその水筒からは水の一滴も零れなかった。


「それは……その状況でよくあんなのと戦ったな」


 あの鬼がいる中で、よく一週間も大した食事もせずに持ったものだ。到底俺にはできない。


「ボクが落ちた場所が広場でね。ここみたいなちょうどいい隠れ場所がなかったんだよ」


「戦うしかなかったってことか」


「うん。どうやら、あいつはこの場所をずっと徘徊してるらしい。どれくらいの広さなのかはわからないけど、徘徊頻度的にそれほど広大ではないみたいだった」


「……となると、やっぱりこの穴以外に外に出る道はなさそうか」


 あれが通常の魔物なのだとすれば、その広さの場所をずっと出ていかないというのはありえない。寝床がある様子でもなかったし……そうなるとつまり、そもそも外に通じる道が無いということなのだろう。


「うん。多分そうだと思う。ボクも逃げながら探してたんだけど……どこまで行っても一本道だ。所々脇道や壁のくぼみなんかはあったからあの魔物をやり過ごすことはできたけど……」


「……やり過ごしてるだけじゃ、餓死して終わりって訳か」


 そうなると、もう手は2つしかない。


 どうにかして、この穴から脱出するか、或いは――


「アレを倒して、道を出現させるか。……多分、この迷宮のボスだろう?」


「……だと、おもう」


 ダンジョンには、ボスがいるというのは事前に話した通りだ。


 ボスには、他の魔物より強いという特徴の他に、2つ大きな特徴を持つ。


 1つは、ダンジョンの最深部に位置する場所にいると言うことと、ボスを倒すことで、最深部からダンジョン入口への道が作られると言うこと。


 原理はわからない。理由もわからない。ただ、そう言う物だとこの世界では受け入れられている。


「あいつがボスだと仮定するなら、この場所がこのダンジョンの最深部になるんだろう」


「あまりにも、聞いた話と違うから正直、そうあってくれって言う願望も交じってるけどな」


「それはボクも同じだ。……けど、あれほどの魔物がボスでも何でもないただのダンジョン個体だって言うのも無理がある」


「……そうだな」


 まあ正直、ボスであろうとなかろうとどちらでもいいのだ。結局、俺達に取れる選択肢は限られている。


 ……こうなってくるなら、あのことも話すか。


「……正直、俺一人であれば助かる手段はあるんだ」


「……そうなの?」


「ああ」


 最初は言うつもりはなかった。が、ミルの話を聞いていて彼女は信用できると判断した。

 だから、空の事も話すことにした。


 空の能力と、話したことミルにも伝える。


「……そっか、助けが来るまで、後4日……話が伝わって実際に来るのはもう少し後だから5日か」


「ああ、俺一人なら、何とかなる期間だ……けど」


「ボクは……どうだろうね。ヴァンパイアだから耐えられなくはないかもしれないけど……」


「けど、それでもう一週間経った後だろう?」


「……うん」


 意識して見てみれば、ミルの体は泥にまみれ、擦り傷切り傷が随所に残る痛々しい物だった。


 再生能力、回復能力に長けるヴァンパイアがこれだけ傷だらけになっている……それはつまり、それだけ力が衰えているという事に他ならない。


 もう気力だけで持っているような状態だろう。


「まあ、だからミルからすればこの選択肢は選べない……さて、どうする?」

「……」


 意地悪な質問だろうか。けれど、大切なことだ。


 この情報を知ったうえで、彼女の選ぶ道を知りたい。



「……あの魔物を倒そう」


「どうやって?」


「……方法は、ある……けれど、それはボク一人じゃできない……と、言うよりキミにしかできない」


 澄んだ瞳で、俺を見据えるミル。不安げに揺れる瞳は、どういう感情の表れだろうか。


「……その方法と言うのは?」


 そう聞いて、何故かミルが俺から目線を外して、顔を赤らめる。

 恥ずかしげに自分の首を抑えて、チラチラとこちらを伺って、やがてこう口にした。



「……ボクの血をキミに飲ませて、血の覚醒を迎えてもらう」


「成った吸血鬼二人でなら……あの魔物にも勝てると思う」

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