第9話『少女の目的』



「……」


 少女が無言のまま俺の顔を見つめている。


 驚愕の張り付いた顔が次第に解けて、理解を示す。

 そして、喜悦の笑みが広がっていく。



 ……あら、その反応は予想外。


 そんなことを思ったと同時に少女が俺の下まで駆け寄って来て、俺の手を取った。


「噂のヴァンパイア……やっと見つけた!」


「お、おう……噂?」


 噂ってなんだ、噂って。


「ええ、ルバンダートの迷宮で吸血鬼がトレジャーハンターとして潜っているという話が王国に広まってて……」


「嘘でしょ……」


 まさかバレたのか……いや、多分違うな。王城の衛兵とかから情報が漏れたのだろう。

 今現在捕まってないのは、王様が見逃してくれているのか、それとも俺だとバレていないからか……後者であってほしい。


「いえ、そんなことは今はいいんだ!」


「俺は良くなかったんだけど」


 まあ、いいか。確かに彼女のこの後の話を聞けば、些事と言われても致し方ないと俺も思ったから。

 何せ――



「どうかボクと、ヴァンパイアの復興を手伝って下さい!!」


 そんなことを、言われたのだから。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「……復興?」


 それは予想だにしない言葉だった。


「うん。……ダメだろうか」


 少女は俺の反応が芳しくなかったからか不安そうな顔で俺の顔をのぞき込んでいる。

 手がぎゅっと強く握られて柔らかな感触が伝わってくる。


「いや……ちょっと待ってくれ。ダメとか以前にまず状況整理しよう」


「ああ、そうだね。ごめん探してた人物に会えて焦り過ぎたみたいだ」


 少女が俺の言葉に慌てて手を放す。そしてコホンと1つ咳払いした。


「最初に自己紹介をするべきだったね。ボクはミルレア=オースタイン。ヴァンパイアだ」

「おう。俺は碧。よろしくミルレア」

「ミルでいいよ。皆そう呼んでるし……珍しい名前だね?」


 ミルレア……ミルが不思議そうに小首をかしげる。かわいい。


「んー、それは……あー」


 話してもいいのだろうか。国の王に呼ばれた以上世界の禁忌に触れた訳でもないだろうが……


「あ、もしかして幼名だったりする?」


「幼名?」


 ミルの言葉に首をかしげる。意味は分かる……が、俺の知る言葉と同じかはわからない。


「うん。ヴァンパイアは生まれた時につけられた幼名と、成人の時につけられる成名があるんだ。成名は規則だった名前を一族の長からつけられるけど、幼名は親が好きに付けるんだ」

「そうなのか、初耳だ」


 多少差異はあるが、俺の知る言葉のニュアンスと然程際はないようだ。

 ……ただ、今の言葉は少し迂闊だったか。


「うん。……何で知らないんだ?……ダンジョンに潜ってるんだから成人してないわけじゃないだろう?」

「あー、それは……」


 案の定、ミルが俺の言葉に疑念を抱く。……これは隠すのは無理だな。


「……いや、実は俺、ヴァンパイアだけど……この世界のヴァンパイアではないんだ」


「……この世界の?」


「ああ、……俺、異世界から来たんだ」


 観念して、ミルに俺の事情を告げる。これは賭けだ。ここでミルと友好関係を築かなければならない。





 ……って言うのが、ここまでのはなし」


 王様に異世界に召喚されてから、今日までの事を一通り話す。

 ミルは真剣に俺の話を聞いて、考え込んでいる。


 ……さて、どう転ぶか。


「……話は分かったよ。まだ信じ切れないけど、嘘を言っているわけではなさそうだ」


「……分かるのか?」


「ボクのスキルさ、ボクは他人の嘘がわかるんだ」


「へぇ……」


 驚いたような顔で流すが、内心少し焦った。

 嘘をつかなくてよかった。


「……しかし、にわかには信じがたいね……結局今の君はヴァンパイアに違いないのか?」


 一通り話したので、自分が元人間だというのも話している。

 スキルの力で信じてはくれているみたいだが、まあ信じきるには突拍子もない話だろう。


「ああ、恐らくは。……ただ、自分でも自分がどうなったのかわからねえんだよな」


「と、いうのは?」


「この世界で聞いたヴァンパイアの話と俺自身の状態が一致しないんだ。羽もないし、目の色も変わってない」


 名前の通りの、緑の目。ヴァンパイアになった今も、変わってない。


「ああ、それなら理由はわかるよ。……多分血の覚醒を迎えてないんだよ」


「血の……覚醒?」


 また知らない単語が出てきた。


「うん。ヴァンパイアはね、他の誰かの血を飲んで初めてヴァンパイアとして完成される」


「普通なら成名を戴いた時に、共に達成するんだけど、キミの場合は既に成人を迎えた後で吸血鬼になってしまったようだから……」


「覚醒前のまま、って事か」


 ふむ……そこら辺の話は前の世界で聞いたことはない。全て同じというわけでもないのだろう。


「……それで、そろそろ、ボクの方も話していいかな……?」


「あ、ああ、すまない。そうだったな。続けてくれ」


 少し申し訳なさそうに俺にそう問いかけるミル。そういえばそもそも最初はミルの言葉の意味を聞いていたんだった。


「うん。……ボクの目的は、最初に話した通りだ。どうか、ボクと共にヴァンパイアの復興を手伝ってほしい」


「復興……とは言うが、プランはあるのか?」


「一応、ヴァンパイアの集落が存在する……殆ど誰もいない廃棄寸前の場所だけどね」


 悲しげに、ミルは目を伏せる。そこがミルの生まれ故郷なのだろうか。

 外見年齢を見た限りでは14.5歳のように見えるが……吸血鬼の年齢が外見相応かはわからないな。


「ボクはいろんなとこを回ってヴァンパイアを探してるんだ。生き残りのヴァンパイアを探して集めてる」


「何故?」


「ヴァンパイアの汚名を晴らすため。迫害され、見つかれば石を投げつけられる現状を変えるために――」


「違うよ」


 俺が聞きたいのはそこじゃない。


「なんで、ミルがそんなことをする?」


 知りたいのは理由だ。彼女がこれほどまでに精力的に活動する動機だ。


「それは……」


 ミルは俺の目を見つめている。俺の真意を探っているのだろうか。……残念だが今の言葉に言外の意味は含まれていない。

 

 俺はこの世界の仕組みに詳しくない。

 ミルがやっていることが理にかなっていることなのか、それともありえないと一蹴されるようなことなのか、それすら今の俺には判断がつかない。

 だからかつての世界の常識で判断するしかない。

 彼女が俺にとって益となりえるのかどうか、俺はそれを見極めたい。


「……ボクの父と母は、とある地方の領主を務めていたんだ」


「そこはヴァンパイア以外にも多様な種族が住んでいて、種族間のすれ違いも多く統治の難しい地だった」


「父はそんな場所で完璧に統治者としての責務を全うしていて、領民からも信頼されていて、良い関係を気付けていた……そう、聞いてる」


「……聞いてる?」


「うん。ボクはまだ21なんだけど、ボクが生まれて物心ついた時には既に、父はもう領主としての信頼も、権力も失ってしまっていたから」


 彼女が俺よりだいぶ年上だったことも驚いたが、それよりも彼女の悲痛な表情が目に残った。


「……何があったんだ?」


「キミも聞いたことがあると思うよ……30年前のガイナース戦争のことは」


「……ああ、聞き覚えはある」


 ……なるほどな。理解できた。ガイナース戦争は六女神と一人の吸血鬼が起こした例の戦争の事だ。

 ガイナースはその吸血鬼の名前。あの悲劇を忘れないように、彼の大罪人の名前を消失してしまわないようにそう名付けられているそう。


「その戦争を皮切りに、吸血鬼は恐ろしい種族、人を殺し他種族を滅ぼそうとしている生まれながらの悪……そういう風に思われるようになったんだ」


「……それで、君の父君も?」


「うん。領民たちから恐れられるようになって、最後には裏切られて……」


「……いや、もういい。わかったよ」


 カタカタと肩を震わせるミルの姿を見て、俺は止めた。

 無理に嫌な記憶を掘り起こさせる必要もあるまい。


 ともかく、ミルの動機はわかった。


「つまるところ、両親が被った汚名を雪ぎたいってことか」

「うん。父は本当に領民の事を考えて動く優しい人物だった……ボクは父が裏切りの領主のままであることを望まない」


 ……強い瞳だ。自分の目的を、意思を明確に持った物だけが抱ける目だ。


 ……彼女なら、信じられるだろうか。



「……そうだな、話は分かったよ。……けど具体的にどうするつもりなんだ?汚名を雪ぐとはいっても、良いことをしていれば自然に晴れるだろう、なんてそんな簡単な問題じゃないだろう」


 部外者だった俺でもそれが分かる程度には、戦争でつけられた傷は深い。

 自分が吸血鬼であることを明かし、仲間を集めて「貴方たちを助けます」……なんて活動してもすぐに処刑台に送られるのがオチだ。


 俺がそう思って問いかけた言葉に、ミルはバツが悪そうに目をそらす。


「……正直に言うと、まだ明確な道筋は建てられていないんだ。ただ、まずは迫害されている仲間たちを集めようと思って活動してる」


「ここに来たのも?」


「うん。種族を偽ってトレジャーハンターとして活動してる吸血鬼がいる……って噂を王都の方で聞いたから探しに来たんだ」


「なるほどねぇ……」


 ミルから話を一通り聞いて、俺は背を壁に預けて考え込む。


 ――正直、彼女を手伝うのは俺にメリットが少ないし、リスクも大きい。

 吸血鬼であることを知ったうえで、協力してくれる仲間がいる、というのはこの世界で生きていくうえで非常に心強いことだが。

 残念ながら、それを差し引いても吸血鬼の一団と共に行動すれば、それだけ吸血鬼であるとバレた時に生存確率がガクンと下がる。


 誰かと共に行く、ということはそれだけ自分の情報をその誰かに明かすということに他ならない。


 その誰かが捕まり、何らかの方法で俺の居場所が暴かれる……なんてこともあるかもしれない。



 そのリスクを背負ってまで手伝う程には――俺は彼女を信用していない。


「……どう……だろうか」


 また不安そうに俺に返答を促すミル。


 まあ自分の提案がかなり突拍子もない事、そして俺の境遇から了承の意を示してくれる可能性が低いことは彼女もわかっているのだろう。


 俺はそんなミルの瞳を2.3秒ほど見て……答えを返した。








「いいよ。手伝おう」



「っ!?本当か!」



「ああ、けど条件がある」


「……それは?」


 ごくりと、ミルが唾を飲み込む。


「シンプルな事さ」


 俺は不敵に笑って左手人差し指を持ち上げ……そのまま、下に振り下ろした。




「二人で、ここを脱出出来たら、だ」

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