8話『同胞の少女』
動きが決まれば、行動は迅速に。短刀を取り出して柄に嵌めた魔術石を取り外す。
洞穴の影から少女の方を伺う。その華奢な見た目からは想像もできないような身体能力だ。あの圧倒的なまでの力を持つ鬼を相手に華麗な大立ち回りを続けている。
だが、少女からの攻撃もあの鬼にはほとんど効いている様子はない。手に持った両刃の剣を上手く使って、攻撃をいなしながら切り込むが、ほぼ刃は通らない。それどころか薄皮1枚でも切られたその場所が、瞬く間に修復していく。
つまりジリ貧だ。このままではいずれ負ける。
「けど……」
今俺が乱入したところで、せいぜいできることと言えば肉壁ぐらい。吸血鬼ゆえの耐久性で鬼の攻撃を引き付けることぐらいだった。結局攻撃手段がない以上どう足掻いてもあれには勝てない。
――けど、勝つ必要はないのだ。2人でこの場所まで逃げ帰ることが出来れば、鬼はこの穴を通れない。
「……よし」
一呼吸置く。決意は固く、自分にできる事を、最善をつかみ取るために。
グルァアア!!!
「あ、ぐぅぅ!!!」
少女が鬼の爪を躱しきれずに、咄嗟に剣で受ける。掬い上げるように放たれた鬼の剛腕から繰り出される膂力に少女は剣の防御ごと浮かせられ、弾き飛ばされた。
「……!」
その瞬間走りだす。けれど足音は最小限に、鬼に気付かれないように、最速で。
少女は体勢を崩されたまま痛みに怯んで蹲っている。鬼はまだこちらに気付いていない。少女の方に近寄って、今にもその腕を振り下ろそうかというところだった。
(……させるか)
鬼の腕が頂点まで上がって、ぴたりと止まる。少女が絶望したような表情で、倒れたままその光景を見ている。 ――誰も、俺には気づいていない。
「そんな……こんな、こん……な」
グ……ググ……ルルルァアア!!!
暴力が振り下ろされた。その刹那、鬼の脇を抜け、止まらぬままに少女の下へ。
ここでようやく少女が気付く。驚愕の表情でこちらを見ている。背後からは尋常じゃない圧が俺の体を貫いていく……動きを止めるな。
動けない少女の下に、そのままの勢いで手を差し込んで抱き上げる。見た目通りの軽い体が抵抗なく持ち上がる。そのまま止まらずに前へ。
ガァ!!!
次の瞬間には鬼の一撃が地面を抉る。土煙が上がり一瞬視界が確保できなくなった。
それを確認した瞬間、足で急ブレーキをかけて今度は鬼のいる方へ突っ込んだ。
「何を……!
「喋んな。舌噛むぞ」
それに驚く少女を宥め、また先ほどと同じように鬼の脇を通り過ぎようとする。ちょうど鬼の眼前に来た時に、左手で隠し持っていたあるものを鬼に向かって投げた。
鬼も俺たちに気付いて、直ぐに振り向き俺たちを追いかけようとしてくる。距離的に、このまま追いかけられれば洞穴まで間に合わない。
だから叫ぶ。
「
その瞬間だ、鬼の顔付近まで飛んでいた、
そして砕けた。光が一気に圧縮され、解放される。
ゴァアア!!
小さな爆発が鬼の顔を覆った。また同じ手にかかった怒りからか、爆発による痛みからか、鬼が顔を払って嫌悪の声を上げる。
(どうせダメージなんてないだろうが……十分だ)
あの攻撃では、稼げて1秒だろう。けど、今はその1秒が俺たちの運命を分ける。
ただ、走る。あの洞穴へ。背後から鬼が追ってくるのがわかる。足音は数瞬ごとに近づいてくる。……間に合うか。
「クッソがぁあ!!」
アキレス腱が切れそうになる。視野も狭く洞穴の入り口以外はもう見えていない。
後3歩、鬼の足音が真後ろに響く。
後2歩、鬼が大きく爪を振りかぶる、次の瞬間には俺を背中から切り刻むだろう。
後1歩、前のめりになって少女を洞穴の中に放り入れる。雑な扱いだが勘弁してくれ。鬼の爪はもう既に振り下ろすまでの堰を切った。
そして
ガァアアアアア!!!
爪が虚空ではない何かを引き裂いた。
グ……アアアアアアアア!!!!
ガン、ガンと鬼がそこに逃げ込んだ獲物を捕らえるために、爪で壁をひっかき、その太い腕を穴の奥に伸ばしてくる。……だが、爪はもう虚空を切るばかり。
そのまま1分ほどその行動を続けていた鬼だったが、やがて諦めたのか不機嫌な吐息を口から漏らしながらゆっくりと壁から離れていった。
……
…………
……………………
「…………ふぅ」
そこまでを確認して、俺はようやく息をついた。ボロボロに崩れた洞穴の入り口をみて改めて思う、化物だ。
だが、逃げ切れた。危ない賭けだったが、何とか目的は達成できた。……ミッションコンプリートだ。
――命を賭して助け出した少女が、此方に剣を向けていること以外は。
「……何で助けたのに、命を狙われているんだ?俺は」
「……助けてくれたことは礼を言う。キミがいなければボクはあの時確実に死んでた……ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
「けど、それとこれとは話が別だ。 ……何故、
そう言われて、改めて少女に向き直る。膝立ちで剣を構えて警戒心を剥き出しにしている少女。――黒い翼と、紅い瞳が特徴の、ピンクの髪のヴァンパイア。
「王国の人間が、何故ヴァンパイアのボクを助ける!」
「人を助けるのに、理由なんていらないだろ?」
どの口が言うのか。しらじらしい。
「だとしても!ボクはヴァンパイア!……王国の中でボクを助けたことがバレればキミも死ぬんだぞ!?メリットがなさ過ぎる!」
自分で言って、さらに警戒心が強まったのか少女がより強く剣を握り込む。
まあ、けれど少女が警戒しているのもわかる。王国の法律ではヴァンパイアだけでなく、ヴァンパイアであることを知って幇助していた者も共に死刑になる。
例えヴァンパイアの方がそれを口にしなくても魔術で自白させることもできるそうだ、恐ろしい。
俺が只の王国民のハンターであったなら、少女を助けるメリットが存在しなかっただろう。
けど、だ。
「そうだな、メリットならあるよ。俺にとって、それでも助けるに値する。と、判断できるだけのメリットが」
「……それは?」
「簡単だよ」
薄く笑って、少女の方を向き直って、右手を頬に掛けて引っ張った。
「!?」
伸びた頬の中に見えたのは、普通の人間にはありえないサイズの犬歯……吸血鬼特有の長い牙だった。
「そ、れは……」
カランカランと、少女が剣を落とした音が響く。
「そ。俺は君と同じさ――よろしく同胞。ヴァンパイア同士、仲良くしようぜ」
迫害され、存在するかどうかも定かではなかった国で、ようやく見つけたヴァンパイア。
深紅の瞳を驚愕に染め上げて、二の句を告げない少女に向けて、俺はそう笑いかけるのだった。
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