7話『出会い』



『は!?おい!どういうことだよそりゃ!?』


 俺の言葉に空の混乱した声が響く。無理もない。


「いや、迷宮探索してたら少しドジっちまってさ。出れなくなった」


『はぁ!?地図とかあったろ!?』


「いや、今いる場所地図に載ってなくてさ。その上穴から落ちた場所にいるからよじ登って帰ることも出来なくて……」


『マジかよ……その場所は安全なのか?』


「一応はね。ただここから出たらやべー魔物が1匹いる。恐らく今の俺じゃ手も足も出ない」


『……他の脱出経路は?』


「無い。縦穴に脇道が一つあるだけの場所なんだ。よじ登って脱出するか、魔物がいる場所まで出るかしかない」


『……マジかぁ』


 空が悲痛な声を上げる。俺も死にたくはない。……がどうしようもなさそうな気配があるのも確かだった。

 けど空からの連絡が来たことで1つ希望が見えた。


「誰でもいいから他の人に連絡して救援寄越すことって出来ないか?脱出用の縄さえ持って来てくれれば場所は教えられるんだが」


 そう、こうして外に俺の状況を伝えることができたのだから、そこから助けを呼んでもらえればいい。そう考えて空にお願いをするが……


『……すまねえ碧、今俺ら王都離れてんだよ』


「何処に?」


『帝国との国境線に視察。比較的近いけど、そっちまで行こうとすれば少なくとも1週間はかかる』


「マジか……こっちの近くに誰か回線繋いでる人はいないのか?」


『いねぇ。お前らと王様の秘書のレイナさんと、後は団長、副団長に繋いでるけど……いま皆ここにいる』


「マジかぁ」


 となると完全に万策尽きたか。大人しくここで救助を待つのが得策かもしれない。あの鬼や他の魔物が入ってくるかもしれないが……それなら外に出ても同じことだろう。


『とにかく、俺らが戻るまで待っててくれ。戻ったらすぐに助けに行く!』


「ああ、頼む。悪いな」


『何言ってんだ。家族を助けるのに悪いもクソもあるかよ』


「……はは」


 そうだな。俺たちは家族だ。


 あの施設で同じ飯を食って、同じ時を過ごして、互いに助け合って生きてきた。


 今更迷惑をかけることが何だ、助けられたならその分助ければいい。4人で一丸になって生きて来たんだから。


『そんじゃあ一旦切るぜ。また王都に着いたら連絡する』


「ああ、頼んだ」


 フッと、俺に繋がっていた何かが切れたような感覚が訪れる。空が魂の声の回線を切ったのだろう。

 

 1週間。大丈夫だ、それくらいならば生きていける。幸いにも水は少しだがある。食料は残念ながら持って来ていないが、水さえあれば人は2週間は平気で生きていけると聞いた。


 ここでじっとしてなるべく体力を使わないようにしていれば問題はない。


「……よし」


 思い至れば早めに行動を起こそう。

 背負っていた素材鞄と腰のポーチを外して荷物を広げる。基本的に日帰りのトレジャーハントなのでそれほど多くの物は持って来ていなかった。

 今、俺が持っているのは以下の通りだ。



短刀:主武装。刃渡り20センチ程度のナイフ。柄の部分に魔石をはめ込む穴がある。現在は何もついていない。


財布:所持金が入っている。大半は宿屋の金庫にしまってあるので、せいぜいが一日生きていける程度の金額しかないが。


水筒:1日分の水が入っている水筒。中身は7割ほど残っている。


地図:ルバンダートのダンジョンの地図。今は役に立たない。


メモ帳とペン:常備している物。雑多なことが書いてある。


マッチ:火を起こすために持ってきた。数は残っている。


ピッカー:鉱石を掘るための道具。金槌。


ロアーバットの素材:皮、羽根、爪、牙、拡声器官


カルラス鉱石:鉄に相当する扱いのできる硬い鉱石。主にダンジョン内で生成される。


マズライト鉱石:魔力を通すと光る鉱石。ダンジョンのあちこちに存在する。


火の魔術石:詠唱を告げることにより爆発して火を放つ鉱石。だが小さいので爆発範囲も狭い。




「いやしかし少ねぇな。夜目が効くからランタンもいらんし」


 普通のハンターならまだいくつか必要なものはあるが、俺は日帰りの上、吸血鬼という特性上必要なものが少ない。

 他の人と比べても特別所持品は少ない方だろう。


「さて、この中で使えるのは……」


 まず最初にロアーバットの素材の中で、腐敗が進みそうなものは捨てるしかない。自分に処理技術なんてないし持っていれば臭いで他の魔物をおびき寄せかねない。

 鉱石類はまあいいだろう、魔術石に関しては切り札であった光の魔術石を使ってしまったので代わりに付けておく。トレジャーハンターになってすぐのころギルド職員に貰ったものだ。気休め程度の物なので使うこともなくしまっていたが、無いよりはいい。


「短刀、水筒……ぐらいしかないよなやっぱ」


 ほかに考えてみるがそもそも長期滞在を見据えていないので役に立ちそうなものはなかった。もう生存が絶望的という状況なら、誰かに遺言と忠告を残すって意味でメモ帳は悪くなかったかもな。


「……まあ、大人しく待つとしよう」


 取り敢えずロアーバットの素材は廃棄しよう。俺は牙と爪を残してそれ以外の素材をもって慎重に洞穴からでた。

 生きよう。こんなところで死んでやるわけにはいかないから。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





 そして、それから3日が経った。


 いや、厳密には3日経ったと思う、だ。

 何せずっと真っ暗だから外の時間がわからない。ボーっとしながら寝ていて3日程は経っただろうかと推測しただけだ。


「空に、2日おきぐらいに連絡くれって言っといたほうがよかったかもしれないな」


 時間もわからず、何かすることもないので非常に退屈極まりない。簡易1億年ボタンみたいな感じだ。


「……ふむ」


 そして、長時間この場所にいていくつか分かったことがある。


 それは、恐らくこの場所は既存の5層ではない。


 何せ魔物があの鬼以外に全くいない。耳を凝らしてみても何も聞こえない。元々いないのか、あの魔物が喰ってしまうからなのかは定かではないが、5層がこれほど魔物がいないのは異常どころの話ではない。

 5層のまだ発見されていない区画なのか。……あるいはそれよりさらに下の層なのか。


「幻の6層……なんてもんが初心者向けのダンジョンに生成されんなよ……」


 初心者向けとは何だったのか。




「……ん?」


 そんなことを寝転がってのんびりと考えていたが、ふと微かな音が俺の耳に届く。

 まだ随分と遠い。だが、着実にこちらに近づいてきている。


「何だ?」


 またあの鬼だろうか。だが近づいてくる音は鬼の声や、歩いた時の振動ではない。


 これは……金属音?


「……人か?魔物か?」


 わからない、けど何故だか胸騒ぎがした。この音を逃してはいけない。そんな直感が俺の体を支配する。


「……行ってみよう」


 取り敢えず確認してみよう。そう思い到ると俺は横にのけていた荷物を背負いなおして洞穴の出口に向かった。









 そして、見た。




グルルルォァァアアアア!!!!!


「ああ、クソ!いい加減諦めてくれよ!つくづく運のない女だ!ボクは!!!」


 例の鬼と相対し剣を振るって悪態をつくハンターらしき少女。


 腰まで伸びるピンク色の髪がこんな洞窟の中でも鮮やかに俺の目に映った。赤い、紅い、吸い込まれそうなほどに赫い瞳に言葉を奪われる。

 

 絶世の美女と言うのはこういうことを言うのだろう。泥にまみれ、汗を流して一心不乱に戦うお世辞にも綺麗とは言えない状態の少女の姿。だがそれ故に彼女の持つ天性の美しさがより一層際立つ。


 自身の力量ではかなわない魔物が、美しい少女に襲い掛かっている。

 残った火の魔術石を使えば一瞬鬼の気を逸らす程度の事はできるだろう。助けようと思えば、彼女を助けることもできる。

 

 けれどもちろん危険も多い。鬼が予想より早く立ち直れば間に合わないし、少女を助けるのがもたつけば俺もまとめて死ぬだろう。

 見た所、少女は善戦をこそしているが追い詰められているのには間違いない。あのまま放置すればやがて致命的なミスを犯して殺されるだろう。



 漫画や、アニメの主人公であればこの時躊躇いもなく彼女を助けに行くだろう。自分が死ぬかもしれない。そんな状況でも、迷うことなく人助けを優先するはずだ。


 自分の憧れたアニメの吸血鬼も、そんな人物ではなかったか。


 弱者のために、虐げられている者たちを守るため立ち上がり、悪魔だ何だと揶揄されても人を助けることをやめなかった嫌われ者のヒーロー。

 誰からも必要とされず、誰とも徒党を組むこともなく、最後まで理解されなかったが、正義のために戦い続けた孤独な戦士。


 ――今の自分は、何か、憧れの彼に重なるものはないだろうか。


 嫌われ種族で、同じ吸血鬼。必要とされなくても、助けを求める声は聞こえないか。


「……はは、そうだな」


 思えば、笑いが込み上げる。……そっくりだ。


 憧れに、ヒーローになりたい。そんな夢は当の昔に忘れていた。

 けれど、今俺はかつてそう思っていた自分自身を思い出した。……なら、答えは1つだろう。







 俺は、あの少女を








 外道だと、悪魔だと罵られてもかまわない。誰かを助けたい?罪なき人々の力になりたい?……そんな希望モノ、家族を守ると決めた日にすべて捨てたよ。




 世界は、不条理だ。



 誰かを助けるために奔走したものが報われるとは限らないし、不条理に誰の下にでも不幸は落ちてくるものだ。


 生まれながらに、生れ落ちることを望まれない命だって存在する。


 この世界に、信じられる他人なんてそうそういるもんじゃない。




 なら、何も生み出さないかもしれないのに、見返りも求めず誰かを助けるなんてイカれた芸当、俺にはできない。

 俺は、俺達は、自分の身を守る事だけで精いっぱいだったから。




「ああ、








「まあだから、今は彼女を助けよう」







 見返りのない救いはしない。けれど、打算的に考えて、今彼女を助けることは俺にとって大きなメリットがある。

 何せ、




「何でヴァンパイアに優しくないこんな国まで来て、こんな目に合ってるんだよボクってやつは!!」



 涙目でそう叫ぶ少女の背には、黒い小さな翼が見えた。怪しく光る赤い目は、なるほど話の通りの特徴だ。





 ――そう、彼女は探し求めていた同胞、……吸血鬼ヴァンパイアだった。

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