2話『勇者の誕生、その裏で』
「どうだ、落ち着いたか?」
「ええ、ご配慮。ありがとうございました」
30分たって、呼びに来た秘書の人に連れられまた先ほどの部屋に来た。
先ほどと同じ顔ぶれが並ぶ、値踏みするような視線も同じだ。けど、敵意があるわけではない。
代表として、俺らの中で一番社交性のある照に王様と話してもらう。随所で話す必要があれば俺も口をはさむことにするが。
「気にするな、恐らくそなたらはここに来る直前死にかけていただろう?」
「……ええ、なぜわかるのですか?」
「難しい話ではない。最初からそのような人物を召喚したのだからな」
「召喚?」
「そうだ、下を見るがいい」
促され、下に向く。先ほどは気付かなかったが何かの文様のようなものが刻まれていた。……端的に言うと魔法陣が。
「これは……」
「我が国に伝わる、異世界から転移できる素養を持つものを召喚する魔方陣だ。世界を隔てても崩れない強い魂を持つ者を呼び寄せる」
「異世界……ですか」
照が面食らったようにつぶやく言葉に俺も同意する。異世界か、謎が1つ解けた。
「だから、聞いたことのない地名だったんだ」
「みたいだな、彼の話が本当ならだけど」
「……とりあえず、もう少し聞いてみるよ」
照が王様に向き直る。
「とりあえず、僕達がここにいる理由は理解しました。ですが何故死の直前だったと?」
「魔法陣が呼び寄せる人物の条件に『死に瀕し、なお強く生きたいと願う魂』と言う条件があるのだ。ここに招かれた時点でそなたらはその条件を満たしていることになる」
「なるほど……」
確かに、俺達は他人よりもはるかに生に貪欲だ。貪欲に生きていかなければいけない、そんな世界で生きてきたから。
「……それではなぜ、僕達をここに呼び寄せたのですか?」
「うむ。ようやく本題に入れるな。何度か話したとおり、そなたらには我々と共に帝国の軍勢と戦ってもらいたいのだ」
「……死にかけていた僕達を救ってくれたのは感謝しています。ですが、所詮僕達はしがない学生にすぎません。戦争の経験など勿論ないし武器を扱ったこともないのです」
「うむ、そうだろう。だが問題はない。先ほど『世界を隔てても崩れない強い魂を持つ者』を呼び寄せた、と言っただろう?」
「ええ」
「この世界に転移した際に、その魂はこの世界と同質のものとなるのだ。故に、器から零れた魂の持つ力が削ぎ落される。……では、その力はどうなるのか?」
「それは……わかりませんが」
「はは、であろうな。器から零れた魂の力はそなたらに能力となって残っておるはずだ。……このプレートに触れるがいい」
王様がそう言うと、俺達の横で控えていたメイドが薄い鉄の板のようなものを持ってくる。
「これは?」
「ステータスプレート、と言うらしい。我が国の女神様が残した物だ」
「……ゲームかよ」
ぼそっと空が呟くが、俺も全く同じ思いだ。その小さなプレートを受け取ってみるが何も変化は起こらない。
「これを、どうすれば?」
「念じてみるといい。何でもよい、自分のステータスを表示するように願えば反応する」
(随分と大雑把だな)
そんな風に思うが、取り敢えず言われた通り念じてみる。
――ステータスオープン
「お?」
すると、プレートが強い光を発して、収まった時にはそこにはこう書かれていた。
種族:吸血鬼 能力:なし(種族能力に準ずる)
「なんだ……これ?」
名前、年齢、そこまではいい。けど種族だ、なんだよ吸血鬼って。
「照、なんて出た?」
「僕はこうだった」
照のステータスプレートを渡され見る。
種族:人間 能力:
「なんか能力にいっぱい書いてあるな」
「よくわからん」
照にプレートを返す。
「どうだ、そこに書かれている能力がそなたらの魂からもたらされた力だ。世界を渡るほどの魂、その力は想像を絶する力を持っているはずだ」
「って言われてもな」
生憎と、俺にはその能力が1つもないわけだが。……吸血鬼ってなんだよ。
「この能力と言うのはどういう基準で付与されているのです?」
「ある程度は本人が以前の世界で抱いていた願望を反映していると聞いた。何しろ異世界召喚なぞこれが初めてでな、詳しくわかっているわけではない」
「そうですか……」
願望、願望とは。俺は吸血鬼になりたい願望などなかったはずだが。
(……ああ、いやアレか)
そういえば1つだけ、子供の頃に見たアニメで主人公が吸血鬼の物があった。俺はそのアニメが好きで主人公みたいになりたいと子供の頃は言っていた記憶がある。
(それでも、そんな強い思いじゃないはずだ。なんでこれが選ばれたのか……)
そんな風に考えてみるが……実のところ理由は明白だろう。
(……それ以外に何もないほど、俺が薄い人間だったってだけか)
思い返してみても、あの時から強い願いなど抱いたこともない。流されるままの毎日を送ってきた俺にはお似合いかもな。
「それではそなたらの能力を見せて欲しい。恐らく、それがどんなものかもわからぬだろう?」
「ええ、そうですね。じゃあ僕から」
照が王様の下へ行ってプレートを差し出す。
「ふむ……おお!?これは、統率者のスキルだと!?」
おお!と周りが盛り上がる。どことなく安心したような雰囲気がある。
「どういうものなんです?」
「うむ、それぞれ解説するとしよう」
「統率者は多数での戦闘において味方を大きく強化してくれるスキルだ。身体能力を上げ、また能力の持ち主には近くにいる味方の位置と状態がわかる。文字通り統率するものに相応しいスキルだ。この国でもこのスキルを持っている者はおらぬ」
「そう、ですか」
「次に金剛体。これは肉体の強度を限界まで上げ、まるで金剛石の様な強さと頑強さを手に入れることのできるスキルだ。最後の焔陽に関してだが――」
ここで、興奮気味に話していた王の言葉が止まる。
「……すまんが、これについてはわからぬ。文字から見るに炎系のスキルであろうが」
「なるほど……わかりました、他の三人も見てみてください」
「うむ、こちらへ来るがいい」
照が下りてくる入れ替わるように俺達も王の下へ向かった。
そして、理央と空のステータスはこうだった。
種族:人間 能力:領域魔法化・回復増加・再動の魂
種族:人間 能力:隠密・構造解析・跳躍・敏捷・魂の声
――ふむ。ゲーム的に言うなら『聖女』と『忍者』ってとこだろうか。
領域魔法化は文字通り魔法を広域に展開できるようになるスキル、回復増加もそのまんまだな、再動の魂はどうやら死んだ者ですら一度だけ蘇生できる力らしい。
空の方は、隠密、構造解析、跳躍、敏捷は読んで字の如くだな、気付かれにくくなる、物の構造が分かる、良く飛ぶ、速く走れる……これだけ言ってると馬鹿みたいだが。
最後は所謂念話のようなもの、繋がりを持った相手とどれだけ離れていても心の中で会話できるものだそうだ。
「素晴らしい!どれもこれも今の王国に足りぬ力ばかりだ!」
王は三人のステータスを見てかなり興奮し喜んでいる。……えー、この状況であれを出すのか。嫌だな最初に見せればよかった。
「さて、次はそなたか。ステータスプレートを見せてくれ」
「……」
とはいえ逃れられるものでもない。そう思ってプレートを王に渡した所で
「……吸血鬼……だと?」
王の顔色が変わった。それに驚く間もなく、背後からガチャガチャと音が鳴り響く。
振り向くと控えていた魔法使いや兵士たちが俺の方に向けて各々の武器を構えていた。
「っ!何を!」
照が何かを言おうとするが、兵士に咎められ口を紡ぐ。
何がどうなったって……
「……そなた、1つ問いたい」
「な、なんですか?」
「そなたはこの世界に来る前から吸血鬼だったのか?」
「……いえ、人間です」
「嘘をつくな吸血鬼。今此処で貴様の首を――」
「控えろレイナ。私が命令を下すまで待て」
「……御意」
王のそばで控えていた秘書が俺の言葉に憎悪をむき出しにして突っかかってくる、が王様が咎めてそれを諫めた。
「そうか……この国はな……いや、この世界はな、かつて1人の吸血鬼に滅ぶ寸前まで追い込まれたのだ。故にこの国の誰もが吸血鬼を憎悪し、嫌っておる」
「……」
「そなたは恐らく魂の力によってこの世界する際に肉体が吸血鬼に変わったのだろう」
「そうですね、恐らくは」
状況から判断するにそれしかない。
「で、あるならばそなたが吸血鬼になったのは儂らが理由と言うことになるか……仕方あるまい」
「王よ、よろしいのですか?」
「ここで彼を殺してしまえば他の三人の協力を得られぬやもしれぬ。名を見るにそなたらは家族なのであろう?」
「ええ」
全員分のプレートを見たのだ流石に分かるか。そうだ、俺達は確かに家族だ。
「……それで、碧をどうするんです? そちらの事情は分かりましたが、僕達も家族を殺されるとなれば黙ってはいられない」
「わかっておる。だから提案しよう。本来であれば吸血鬼はこの国に入った時点で死罪だが、それでは我々にも不利益が大きすぎる。故にそなたらが協力するのであれば彼は吸血鬼であることを公表せずに街に放そう」
「……僕達が協力しなかったら?」
「……悪いがその場合は死罪だ。……どうか協力してほしい。儂とて無暗に命を奪いたいわけではない」
「……少し、待ってください」
照が俺を手招きしているのが見えて、俺は王の下から離れる。後ろから攻撃されたり、と言ったことはなかった。
「どうする?」
「どうする……と言われてもな。俺としてはお前らと離れたくはないんだけど」
「けど、彼らは碧をこの城に置いておくつもりはなさそうだ」
「……そもそも本当に吸血鬼になったのか?見た目は何も変わってないように見えるけど」
「それは俺も思う」
本当に俺の体は吸血鬼になったのだろうか。意識してみる。
「ん?おお?」
自分の体に意識を向けてみれば、違和感に気付いた。なんだこれは、自分の中に流れる血が雫の一滴まで感じられる。
「なんだこれ……変な感じだ」
「どうなってるんだ?」
「自分の体の中がわかるみてぇだ。……本当に吸血鬼になっちまったのかも」
「マジか……」
「……どうしよう照」
理央が不安そうに照に問いかける。
「……元々、僕は力を貸してもいいと思っていた。僕達にどれほどの力があるのかはわからないが、助けを求めている手を跳ね除けるのは僕の信念に反する」
「……だろうな、照ならそう言うと思った」
「けど、それは家族に害がない上での話だ。僕にとってお前ら以上に大切なものなどない」
それは家族全員同じ気持ちだろう。……だからこそ俺はこう動くしかない。
「……良いよ、照。俺は離れる」
「碧!だが……」
「元々他に選択肢なんてなさそうだしな。それに一生会えなくなるわけじゃない、死ぬよりはいいだろ」
「それは……そうだが」
「お前はそれでいいのかよ碧」
「お前らと離れるのは嫌だけど、まあ仕方ないな。どうにも譲ってくれる雰囲気でもなさそうだし」
横目にチラッと見るが兵士たちは警戒を解いていない。攻撃こそしてこないが目が合うと憎悪に染まった視線を向けてくる。
「……仕方がないか。碧すまないが……」
「ああ、ここで一旦お別れだな」
「碧……」
「そんな心配そうな顔すんなよ理央。また会えるさ」
不安そうにこちらを見上げる理央の頭をくしゃくしゃとなでる。理央はそれを跳ね除けることもなく受け入れた。
「……話はまとまったか?」
「ええ、私たちは協力します。なので……」
「ああ、分かった。そこの者は吸血鬼であることを公表せずに街に下ろそう。それでよいな?」
「ええ。問題ないです」
「……すまないな」
寧ろよく兵士たちを律してくれた。王が理性的な人物じゃなかったなら俺はもうすでに殺されていたのかもしれない。
「では、ようこそ異世界の少年少女よ。我が国、アルサローム王国領へ。そなたらの持つ力で帝国と戦ってもらいたい」
王が立ち上がり、照たちにそう告げる。
この時から、王国の勇者の誕生を尻目に、俺の異世界での物語も幕を開けたのだった。
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