3話『ルバンダート迷宮街』




 照たちが、王国の剣として呼び出されてから1ヶ月。――王国領辺境、ルバンダート迷宮街にて



「それで? 結局その謎の人物ってのはどこにいるんだよ」

「迷宮の中で見たっつー奴が多いな。何でも黒いボロボロのフードを被ってて目が合ったら動けなくなるんだと」

「なんだそれ。新しいモンスターじゃねえのか?」

「そんなにどんどん新種のモンスターが現れてたまるかよ。おそらく人間だろうとは言われてる」

「曖昧な……」

「そんなに気になるなら自分で確認して来たらどうだ?どうせ今日も潜るんだろう?」

「そいつが目撃されてるのは下層だろう?俺がそこまで行けるわけないだろう」

「それもそうだな。ルーキー」


 俺は、城から追い出された後、自分の種族を隠して王国でトレジャーハンターとして活動していた。


 と、言うのもこの世界、戦争がどうこう言っていたから所謂ファンタジー的なモンスターなんかはあまりいないのかと思っていた。

 だが話を聞くとどうやら、モンスターが住み着いているダンジョンのようなものが至る所にあるそうなのだ。


 ダンジョンの中には雑多なモンスターと、そのダンジョン内を統べるボスがいる。それだけなら放置しておけばいい話だがダンジョン内で取れる鉱石やモンスターの素材が有用なものが多いというのもありダンジョンを中心にした街が作られる事が多いらしい。

 俺が今いるのもそんなダンジョンを中心に作られた街の1つで、そういう街は王国内では迷宮街と呼ばれている。

 王城から最も近い迷宮街であるここルバンダートではモンスターがそれほど強くなく初心者御用達の迷宮となっている。故に俺もここから始めることにしたのだ。

 

 まあ、そもそもなぜトレジャーハンターなんかになろうと思ったのかだが……


「そんで?今日はどれくらい稼ぐつもりなんだ?」

「今日はそこまで。日が暮れる前には戻るよ」


 至極単純。稼げるのだ。トレジャーハンターは。


 元の世界で見たファンタジー作品なんかに例えるなら冒険者が一番近いかもしれない。

 この世界で迷宮の外にモンスターはほぼいない。冒険し、開拓する者ではないため冒険者とは呼ばれない。だがやっていることは近い。

 人類の脅威になりえるモンスターたちを倒して、素材を集めて売って稼ぐ。時には自分の装備を強化するために素材を使用して、より強い迷宮に挑む。

 勿論命が脅かされることもある危険な職業だ。かつての俺であればこの職を選ぶことはなかっただろうが……


「それにしてもルーキーとは思えないほど稼いでくるよな、お前は」

「他の人より身体能力には自信があるからな」


 そう、今の俺は人間ではない。吸血鬼だ。身体能力も五感も今までの自分とは比較にならない。


「それじゃあそろそろ行くよ。また後で頼むバレル」

「ああ、行ってこい。死ぬなよ」

「わかってる」


 酒場の主人、禿げ頭のバレルに手を振って酒場を後にする。外に出ると中世じみた雰囲気のファンタジーな街並みが俺を出迎えた。


「……まだ慣れないな」


 周りの環境が大きく変わってまだ1ヶ月。馴染むには早すぎる時間だった。


「おや、ミドリじゃないか。これから迷宮探索かい?」

「ああ、今日の食い扶持を稼いでくるよ」

「なら、夜はうちで食べていってくれよ」

「ああ、そうさせてもらうよ」


 酒場を離れ歩き出す。カシャカシャと身に着けた装備が擦れて音を立てる。そんな俺の姿を見て声をかけてくるものもいる。今のは定期的に行ってる食事処の店主だ。

 この街においてトレジャーハンターミドリの名前は少しづつ浸透しているようだ。吸血鬼が憎まれていると聞いてから、いつバレるかとひやひやしていたが、生憎とほとんど姿が人間と変わらないというのもあってバレることはなかった。

 勿論部外者としてつまはじきにされることもなく、街の住人の1人として知られてきている。

 ありがたいことだ。


「いくか」


 今日も自分の生活のため、俺はルバンダートの迷宮に向けて歩き出した。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 そもそも吸血鬼とは何なのか。

 

 この世界で生活して、色々聞いて分かったことがいくつかある。

 この世界はどうやら6つの国で構成されていて、六女神と呼ばれる者らがそれぞれの国を統べているらしい。


 すなわち、王国領、帝国領、エルフ領、獣人領、竜人領、戦国領。


 その内俺がいるのが王国領。それぞれの国の中では最も大きい領地を持つ。次に大きいのが帝国領だ。

 王国領には基本的に人間しか住んでいないらしいが、帝国領、獣人領には人間の他にドワーフ族、獣人族がそれぞれ住んでおり、その他の領には逆に人間はほとんどいない。

 

 では今の俺の種族、吸血鬼はどの領に住んでいるのかと言うと……残念ながら吸血鬼が大手を振って存在できる領はないそうだ。これは1ヶ月前に王に聞いた話が関係してくる。

 

 30年ほど前、その吸血鬼と六女神が大規模な戦争を起こした。その際に吸血鬼を殺すのと引き換えに女神の内の半分が行方をくらませた。死んだのか、封印されたのか、はたまたどこかで生き延びているのかは定かではないが、今現在もその女神たちは戻ってきていない。かく言う王国領もその1つで、王国領の女神「守神レイトナ」は、領に結界を張る際に人柱となって国を国王に託して消えた。


 それだけのことがあって、吸血鬼はどの国からも蛇蝎の如く嫌われているのだ。話を聞いた後ではそれも仕方ないと思えるほど。


 特に王国の吸血鬼嫌いは有名で、吸血鬼だとバレればその場で死罪だし、何も売ってもらえないし迷宮に入る権利だってもらえない。俺に対する王の判決がどれほど有情だったのかがわかる。


 ……それはそれとして、納得のいかない部分はあるが。



(そもそもの話だ、無理やりこの世界に連れていたのはあんたらだろうに……)


 彼らの魔法でこちらに転移していなければ俺たちはそのままあのデパートで死んでいた。それはわかる。けれど『死なないだけマシ』な種族に転生させられて不満がないかと言えばそんなことはもちろんない。生きづらいし、バレた時のリスクが計り知れない。



「……この国を出るのも一考かなぁ」


 照達と会いにくくなるのは正直嫌だが、背に腹は代えられないかもな。


「なーにをぶつぶつ言ってんだミドリ」

「……っと、ラウルか」


 思考を巡らせながら歩いていれば、気付けば迷宮の入り口まで来ていたようだ。トレジャーハンター仲間のラウルが声をかけてくる。


「何でもない、考えごとだよ」

「ダンジョン内でそんな注意散漫になってたらすぐ殺されるぜ?」

「はは、気を付けるよ」


 そうだな、気をつけねば。弱い魔物しかいないとはいえそれでも魔物だ。気を抜けば簡単に殺される。


「ふぅー……よし」


 益体のない思考を止め、改めてダンジョン攻略に意識を向ける。今日は3層ぐらいまで行くかな。


「今日の晩飯分は稼ごうか」


 暗い洞穴が俺を出迎える。洞窟の内部はダンジョンによってまちまちだが入り口はみんなこんな感じだ。入り口から中は見通せないほど真っ暗だが、中に入れば鉱石等が光るおかげで意外と見える。

 まあ暗くとも今の俺は夜目が効くから問題ないのだが。


「そんじゃ、お先に」

「おう、俺もあとから行くぜ」


 ラウルに別れを告げ洞窟の内部に歩を進める。今日もトレジャーハンター稼業を始めよう。

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