第8話 魔法使いとぼく
子供の頃から夢は魔法使いになる事だった。
「・・・光よ!闇よ!全てを切り裂け!!」
手をかざし掌に力を集める。
そこに熱いものが集まってくるのが分かる。それを抑え込み圧縮させながら、僕は叫んだ。
「サフェールオール!」
圧縮された魔力が轟音と共に打ち出され、眩い閃光が衝撃波を伴い僕の眼前に広がる光景を打ち砕いた。
数千数万もの蠢く魔物達は一瞬にして光と闇に浄化され飲み込まれ、消滅してゆく。
背筋がゾクゾクした。
ああ!なんて気持ちが良いんだ!
煙が晴れると1匹残らず魔物の姿は消え去っていた。それもそうだろう、聖魔混合最強の技なのだ、生半可な魔物は耐えることすら出来ないだろう。
むしろ、これを習得する為にありとあらゆる努力をしてきたのだから、効いてもらわねば困るのだ。
「魔法って・・・やっぱ良いなあ」
ウットリと悦に入っていると、スパーンと後頭部を凄まじい勢いで叩かれた。
「痛ってえ!何すんの!」
「何すんのじゃねえ!どーしてくれんだ、向こう全滅させやがって!」
「いいじゃん別に。敵なんだから」
「良くない!
あわあわと焦った様子でそいつは言った。僕は呑気に首を傾げ腰に据えていたロッドを手に取る。何慌ててるんだ、こいつは。てか、
「
なんだそれ?
「バッカ、お前!聞いてなかったのか!?・・マジでやばいぞ、逃げ」
その瞬間音もなく、しかし桁外れの圧倒的な存在感を伴ってそれは地平線の彼方から現れた。
見えない波動を受け、全身を冷や汗が流れ落ちていく。しかしそれ以上に、
「うわぁキモ・・、てかデカッ」
地平線の向こうからそれは姿を現した。
それは天使の顔をしていた。むしろ顔だけと言ってもいいのかもしれない。
ほらあれだ、名作○○○ダースの犬の最終話で主人公の少年が天国へ召される時に出てくるあのちっこい天使がいるだろう?あれの顔だけがとんでもなく巨大化したやつ、それがまるで窓から顔を覗かせるように突如地平線から現れ、そして見つけたのだ。
僕たちを。
「逃げろ、メサイアだ!」
それは大口を開けながらジリジリと僕たちの方へ近づいてくる。
動きは遅く見えるがそのデカさ故、猛烈なスピードで、近づいてくる。
僕たちは魔法を使い全力で空を飛んで逃げた。
訳がわからない、あれは何なのだ。こんなのがあるなんて聞いていない。
それにあれマジでキモいし。
ホントにキモいし。
「ねえ!あれに捕まったらどうなるの!?」
飛びながら僕はもう一人に大声で聞いた。彼は必死の形相で後ろを振り返ることもなく、僕の問いに答えもしない。
「ねえったら!」
「うるせぇ!いいから逃げろ!捕まったら終わりだぞ!」
「何何何何怖い怖い怖い!どうなるのよ!」
景色は勢いよく流れていく。と言うか景色として認識できなかった。ただの色のついた線でしかない世界の中を泳ぐように猛烈なスピードでただ飛び続ける。
「おい!お前フェイク二体出せ!んでそっちに魔力乗せろ!」
「へっ?何が何が!?」
「いーからやれや!」
「分かったってば!」
僕は最高速度で飛行しながら呪文を詠唱し、自分と彼をもう一人ずつ作り出した。
フェイクとはつまり分身体を作り出すということなのだが。
「やったよ!」
自分と同じ姿で飛行するフェイクに言われた通り魔力を移す。
「よし、そいつを左に飛ばせ!俺らは右に逃げる!行くぞ、3、2、1、GO!」
合図と共に僕は分身体を左に飛ばした。そして僕らは右に逃げる。
極限まで魔力をフェイクに移したので飛行魔法が維持できなくなりそうになる。が、すんでのところで何とか拾ってもらい、二人して岩場の陰に墜落するように、落ちた。
「隠れろ!」
岩陰に身を隠し気配と魔力を限界まで消す。
「ジャミングかけるぞ」
「え、そこまですんの?」
「バレたら終わりだっつっただろ」
悲壮な顔をしながらそいつは自分と僕にジャミングをかけた。これで余程のことがない限り外部に僕らの存在は判らないはず。
「ねえ」
「・・・・・」
「ねえったら」
「ぅるせえんだよ!ちっと黙ってろ!」
巻き舌で怒鳴られた。怖い。
それからの僕らは小一時間そこに蹲っていた。ひたすらに蹲っていた。
「もう・・・いいか?」
彼が言って僅かに上体を起こす。僕もそれにならい体を起こした。
そこは荒野と草原が入り混じったような場所だ。柔らかな風がそよそよと僕の頬を撫で、静まり返ったそこに僕たち以外のものはみとめられなかった。
「あれ、いなくなったの?」
「わからん。だが、見る限りはいなさそうだな」
ホッと一息つく。
「ところであれってなんなの?」
「だからメサイアだって言ってんだろ。お前初めの説明聞いてなかったのか?」
「・・・・えへ」
首を傾げて可愛こぶる。次の瞬間左頬に強烈な右フックを喰らい僕はぶっ飛ばされた。
ズザザザザーと地面に転がり砂埃が舞った。
「痛い!」
「痛いじゃねえ!お前説明くらい聞いとけ!次同じことやったらお前とのパーティ解消するからな!」
「ええ〜」
「いいか!メサイアが発動して捕獲されたらそれまでの経験値が全没収されるんだよ!装備も全部だ!丸裸にされて放り出される。ここでだ!分かってんのかその意味が!」
彼の説明に僕は真っ青になる。
つまり、
「魔法が使えなくなるじゃん!」
「アホか!使えなくなるどころじゃねえ!こんな所でそんな状況で放り出されたら死ぬだろうが!即死だ即死!」
「えー!死んだらダメじゃん!」
あわわわわと僕が慌てふためくとやっと溜飲が下がったのか彼はため息をついた。しかし苦虫を噛み潰したような顔のまま。
「いいか。マジで、もう二度と、均衡崩すような真似、すんなよ!」
「・・・はぃ」
「声が小さい!」
「はいぃ!」
気をつけの姿勢になり、僕は叫ぶように返事をした。彼は憮然としていたが、もう一度盛大にため息をつくと、ブーツの底を数度地面に擦り付け、
「よし、じゃあとりあえず、近くの町に行くぞ。」
「・・・はい」
危機は脱したようなので遠見で近くの町を探し、その方向へ踵を返した、その時。
「みーつけた」
一歩を踏み出した時、背後から可愛らしい少年の声が聞こえた。
僕たちは振り返った。
そこには一人の可愛らしい少年がたっていた。
金髪のクルクルとした髪、白い頬には赤みが差していて、瞳の色は澄んだ青。
プックリとした唇は思わず触れたくなるような。
そして白いローブのようなものを身に纏っていた。
「は?」
「こんにちは。僕はメサイアです。先ほどの大量虐殺の件で君たちを探してました」
「・・・・・・・・・・・・」
血の気が引くとはこのことか。
僕は言葉を失った。
「残念ながら君たちのルール違反に対し罰が下されます」
少年はかわらずニコニコしながら、言った。
見た目はただの少年だった。
しかしこの得体の知れない感覚は何なのだろう、この少年はあり得ないほど禍々しい妖気のようなモノをその小さな体から発していた。
体が強張って指先すら動かせないのだ。
「EXP及びMPと詠唱可能術式の剥奪。全装備没収、同スキルへの進化禁止、有期行動制限、そして・・パーティの解散です」
ヒドイ!あんまりだ!
泣き崩れたい。それ程の罰だった。
僕は少年の姿をしたメサイアの言葉を聞きながら、途中から涙を堪えるのに必死だった。
「それは・・余りにも厳し過ぎませんか」
僕でなく、彼が言った。
「経験値と装備の没収は聞いてますが、それ以外のものは聞いていません。撤回してもらえませんか」
「それは不可能です。罰は犯した罪により決定されます。あなた方は先ほど妖魔を11万8532体殲滅しました。相応の罰です」
え!そんなに居たの!
僕は半開きになる口を震える手で押さえると、体を震わせた。
隣で彼がチッと舌打ちしたのが聞こえる。
本当にごめんなさいと土下座したい気持ちと、僕の魔法一発でそれだけの妖魔を殲滅出来た喜びが体の中を渦巻く。
「それでは執行します」
メサイアがニコリと微笑んだ。
そして。
気がつくと僕と彼は二人でそこに佇んで居た。
所持していた武器と装備は忽然と消えており、試しに魔法を詠唱するが何も起こらなかった。
「ああああああぁぁぁ」
その場にしゃがみ込み頭を抱える。本当に全没収されてしまったのか。
辛い。泣きそうだ、てか泣いていいよね。
「泣きたいのはこっちだ」
彼が言った。
「俺はお前の巻き添えだろうが」
「ごめんなさい」
「・・・パーティも解散だ、じゃあな」
そして振り返りもせず行ってしまった。
残された僕はそこに一人佇んでいたが、おもむろに膝を立てて座る。
ぼんやりと空を見上げると青空が広がっている。
フッと影が僕を覆った。
もしかして彼が戻ってきた!?
勢いよく振り返るとそこには。
「わぁ」
音もなく、そこには数十体の妖魔が僕をギラギラした目で見ていた。
先頭に居た妖魔が大きな手を振りかぶり、振り下ろされる。
そこで、僕の意識は途絶えた。
「お目覚めですか?」
男の声が降ってきたがいまいち状況が把握出来ず、目をパチクリとさせる。
「山田さん、本日の冒険は終了されましたよ」
「・・・・・あぁ」
そうだ、夢だったんだ。さっきまでの冒険は。
僕はムクリと起き上がり大きく伸びをした。
「全滅かあ」
「全滅ですか。それは残念でしたね」
「あのメサイアって設定消せないですかね」
「無理ですね」
彼こと店主はニコリと微笑んだ。
「メサイアが発動したのでもし冒険を続けられるのでしたら初めからになりますが、次回はどうされますか?」
僕は考えた。しばらく悩みに悩んだ。
結果。
「・・・・やります」
レベルが下がろうが魔法が使えなかろうが、面白いのだ。この冒険は、例え夢であっても。
だって空飛べるしね。
「かしこまりました。それでは次回からまた違う方とパーティを組む方向で進めさせて頂きます」
「はい、お願いします」
そう言えばあの人とももう組めないのだ。シビアだな。
まあ、どこの誰だかも知らないんだけど。
山田はベッドから降り店主にペコリと頭を下げてから店を出た。
明日からまた仕事だ。
「はぁ」
魔法がこっちでも使えたらな、などと考えながらトボトボと歩き出した。
青柳有美は客が出て行った部屋に佇んでいた。
胸ポケットからタバコを取り出すと火をつけ大きく息を吸う。
「あいつマジで馬鹿だな」
最初に口酸っぱく説明をしたのにまるで分かって居なかった。
椅子にドカリと身を投げ天井を仰ぎ見る。
散々自分がフォローしたのにメサイアを発動させるとは。
『魔法が使いたい』
山田の単純明解な依頼は簡単だったが、最大の誤算は山田があり得ないほど馬鹿だったことだ。
魔法が使えることに有頂天になりルールをガン無視し、暴走を始めた。
何とか軌道修正しようとしたがまるで駄目だった。
最後はお手上げだった。
「次は所長殿に相手をしてもらおうかな」
自分はもういい。相手をするだけで疲労困憊だ。
「簡単なことほど難しいってことか・・・」
灰皿にタバコを押し付け、深いため息をついたのだった。
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