第3話 お姉ちゃんができた日【前編】

僕には姉がいた。でも僕が生まれる前に死んだので会ったことはない。

だから居たとも思えない。

それに僕は長男で下には妹と弟がいたので姉が居なくても別に子供時代は寂しくはなかったし、その話を聞いたのも僕が成人してからなので、存在自体知ったのも本当につい最近の事なのだ。

知ったきっかけは母に写真を見せてもらったからだ。

可愛らしい女の子で年は三歳。妹とやはりどこか似ている気がした。

でも出てきた感情はそれくらいだった。

どうして死んだのか、母も父も話そうとはしなかったので聞かなかった。興味も沸かなかった。

過去の話だし、聞いてもきっとああそうかと思うくらいだったと思う。


二十五歳の時、僕は今の恋人と出会った。本当に好きだったしこのままいけば彼女と結婚するのだろう、そんな事を漠然と考えた。

その彼女に「三人兄弟っていいね」と言われたのでふと「もう一人姉が居たらしいよ」と言うと彼女は少し考える風にして、それから僅かに眉を顰めていた。

何故かそれは僕の記憶に引っかかった。

でも彼女とその話をしたのはそれきりだった。

それから二年が経った。



彼女と結婚をする事にした。

両家の顔合わせも滞りなく済み、全てが順風満帆に進んだ。

そんな中、ある日彼女が唐突に言い出したのだ。

「私はあなたのご家族全ての人に祝福されたいの」

「・・・うん?だから全員祝福してくれてるよね?」

「もう一人居るわ」

「え?誰?」

「あなたのお姉さんよ」

「・・・だからこの間お墓参り行っただろ?」

「私、あなたの家族には全員直接お祝いしてもらいたいのよ」

僕には彼女の言いたい事がまるで分からなかった。

「・・・うん、どうやって?」

だから聞いたのだが。

彼女の答えはこうだった。

「お姉さんに会ってちゃんと結婚の報告をしてきてくれる?」

意味不明だった。



三日後、僕はメモを片手に街中を歩いていた。

恋人である村野里美から言われてある店に行く所なのだ。

最後まで何の店か教えてくれなかったのが恐怖だが、行かねば怒られるので仕方がない。

「はぁ」

そこへ行けば姉に会えるとか、変な宗教じゃあないだろうな。

本当に怖かった。

「ん、ここか?」

メモに書かれている住所にたどり着いたようで、携帯のナビが案内を終了すると言ってきた。立ち止まりその住所が示す建物を見上げる。

普通のビルだった。

ここの三階か。僕は億劫な足取りで階段を登り始める。コツコツと足音が響いていた。

たどり着くと当たり前だがそこには扉があったのでインターホンを鳴らし、待った。

「いらっしゃいませ。ようこそ」

少ししてから扉が開かれ、中からは妙齢の綺麗な女性が出てきた。

「音無亮太様ですね。お待ちしておりました。どうぞお入りください」

女性は中に入るようにと半身を引く。僕は恐縮しながら中に入った。

中はよくある事務所のようだった。

本当に一体何の店なんだ?ここは・・全くと言っていいほど分からない。

「そちらへおかけください」

「はあ」

促されるまま僕は示されたソファに腰掛ける。落ち着かないのでソワソワと室内を見回していると、先ほどの女性がコーヒーを持ってきてくれた。

「間も無く参りますのでもう少しお待ち下さい」

「はい・・・あの!」

行ってしまいそうになる女性の背に声をかけた。

「はい」

「あの、ここは何のお店なんですか?」

すると女性は目を数度瞬かせてからニコリと微笑んだ。

「当店は夢見処 伽藍堂。お客様に最善の夢を提供させて頂いております」

「夢、ですか」

「はい。詳しくは間も無く参ります者へお尋ね下さい」

女性はそう言い残すと軽く頭を下げてから衝立の向こうへ消えてしまった。

怪しさ大爆発だ。僕は衝立の向こうに聞こえないように小さくため息をつく。

一つ分かったのは、ここは本当に何の店だか分からないという事だ。

夢って・・・なんだよ。里美め、変な所に来させやがって。

ため息しか出なかった。


しばらくしてから入口の扉が開く音がして、足音が近づいてきた。

「お待たせして申し訳ありませんでした」

声のした方を向くと若い男が立っていた。センスの良いスーツを着こなしている。

僕とたいして年が違わないんじゃないだろうか。

しかしイケメンだ。ムカつく。

「伽藍堂 所長の青柳です。音無様ですね?この度はお越し下さりありがとうございます」

「・・あ、はい。はじめまして」

青年は青柳と名乗った。面白い苗字だなどと考えていると、青柳は僕の向かいのソファに座った。

「村野里美様からのご紹介でよろしいですか?」

「はい」

「結構です。それでは早速依頼に取りかからせて頂きます」

「あのぅ、ちょっと聞きたい事があるんですが」

「はい、どうぞ?」

僕は恐る恐る右手を上げ青柳に声をかけた。彼は爽やかな笑顔を僕に向けながら、持っていたA6サイズの高価そうな手帳を広げ、反対の手にペンを持った。

「姉に会えると聞いてきたんですが、一体どういう事なんですか?僕の姉は僕が生まれる前に亡くなっていて・・・」

「存じておりますよ。全て村野里美様から聞いております」

「そう、なんですか?」

「・・・」

青柳は手帳を閉じた。

「・・少しこの店についてのご説明をした方が良さそうですね」

そして手帳をテーブルに置くと両手を組んで膝の上に置く。

「よろしいですか?」

僕は頷いた。

「そうしてもらえると助かります」

「では説明させて頂きます。まず私共は、夢見処(ゆめみどころ)伽藍堂(がらんどう)という社名を名乗っています。名の通り、夢を扱う会社です」

「夢、ですか」

「はい、お客様の望む如何なる夢でもご覧になって頂けます。内容は大きく分けて2種類あり、ひとつはお客様が見たい夢を見る願望の夢。もうひとつは故人との対話、あるいは触れ合いを主としたものとなっています」

「はい」

「村野様より音無様のお姉様の夢を見せて欲しいとのご依頼を受けております。故に音無様には後者である故人との対話をして頂く夢を見て頂く事になります」

「はい」

「ここまではよろしいですか?」

「はい、大丈夫です」

そう答えた者の正直に言おう。なんで胡散臭いんだ。

説明は受けたが全くと言っていいほど信じられない。

それが顔に出ていたのだろう。青柳が目を細めジッと僕を見てくる。

「信じられないでしょう?」

そう言ってニコリと笑った。僕はカッと頬が熱くなり慌てて「いえその・・」と口籠る。

「当然です。ほとんどの方がそう感じられますから気になさらないで下さい」

青柳はテーブルに置いた手帳を手に取り直し、ページを開く。

そして何やら書き込んだ。

「お姉様の情報は前回、村野様からお聞きしていますのでその工程は今回省かせてもらいます」

「・・・え?里美も、その、夢を見たんですか?」

「はい。村野様も音無様のお姉様の夢をご覧になられましたよ」

うん、聞いてないぞ。何勝手なことをしてるんだあいつは。

僕は半笑いで相槌を打つ。

「それでは実際にお姉様にあって頂きましょう」

青柳はスッと席を立ち、僕にも手を差し出してくる。慌てて青柳に倣うと彼は奥の部屋へ続くだろう扉の前まで行った。

扉が開けられ中に入るように促された。僕は恐る恐るといった風体で中に入った。

「それではこちらで少しお待ち下さい」

青柳は笑顔でそこから姿を消した。

僕は部屋の中心に据えてあるベッドの所まで進み、そこで立ち尽くした。

「・・・マジか?」

部屋の中は必要なもの以外は一切ない、そんな室内だった。

ベッドとサイドテーブル、そしてその上には何やらゴチャゴチャと置いてある。

「わっけわかんねー」

思わず頭をガシガシと掻き毟るとほぼ同時に、部屋の奥から1人の人物が現れた。

その人物はニコリと微笑んだ。

「お待たせしました。音無様ですね?」

「・・・・?はい」

その人物は青柳だった。

間違いなく、さっき話していた人物と同じ顔をしていた。しかし今の言葉はなんだ?まるで初めて僕とあったかのような。

「それではどうぞこちらへ」

「あ、はい」

違和感を覚えたが、これから何が起こるのかが分からず不安にその違和感は直ぐに消えて無くなった。

「こちらに横になって下さい」

そう言われ僕は恐る恐るベッドに近づいて腰を下ろし、そこへ横になる。

それを確認した青柳はサイドテーブルの側へ行くとそこで何かをしだした。

カチャカチャと金属の触れ合う音がして、やがていい香りが部屋に充満してくる。

どうやらお香のようだ。

いい香りで気分が落ち着いてくる。

「それでは、始めます」

気がつくと真横に青柳が立っていた。本当に一体何が始まるのだろう。不安で胸がドキドキする。

「大丈夫ですよ。変なことはしませんので」

クスッと青柳が笑い、僕はまた頬を赤くした。

「あの、姉に会うって、本当にどういうことなんですか?」

「はい。これから音無様には眠りについてもらいその夢の中でお姉様に会って頂きます」

「はぁ」

まあ眠らないと夢は見られないから寝るんだろうが。

「薬物などの使用は一切ありませんから、心配なさらないで下さい」

「あ・・・・はい」

分かりました、と口の中でゴニョゴニョ呟くと、青柳が手の平で僕の目のあたりをそっと覆った。

「それではどうぞ、お姉様との良い時間をお過ごし下さい」

するとじんわりと目の辺りが熱くなってきて、強烈な睡魔が襲ってきた。

逆らう術もなく僕は眠りに落とされていった。

けれど、不思議とそれは安心の出来る、心地の良いものだった。

「良い夢を・・・おやすみ」

耳に届く心地良い声音が、聞こえた最後の音だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る