EPISODE Ⅹ ALL YOU NEED IS HATE
I
「追い詰めたわ、駐車場の中よ」
「了解」
片田 (へんでん)に無線で知らせた後、ユーコは両手に握られたハンドガンの弾を再装填し、駐車してある車の裏に屈んで身を潜めた。
「畜生、クソクリーナーどもがぁ、ぶっ殺してやる。お前を切り刻んで食ってや、ガァア」
醜く異様に変貌していく顔、ザラザラとした爬虫類の様な皮膚に野島の身体が変貌していく。
「アギエゲウガアラアァァア」
筋骨隆々、凶々しい肉体にサイズアップした野島の咆哮を背に、姿勢を低くして駐車された車の影から銃を構えて野島の背後に気付かれない様にユーコが接近していく。
「終わりよ、野島」
ユーコが躊躇なく引き金を引いて、ハンドガンの銃口が火を吹いた。
背後から撃たれた野島の身体がビクビクっと跳ねる、しかし倒れない。
「グルォガガ、オマエハ、ダレダ?」
野島が下を向いたまま、銃を構えるユーコの方を振り向くと、眼球をぐりぐり左右に動かしてぎろりと睨んだ。
「私は、ユー…」
そうユーコが言いかけた瞬間、バァンという激しい破裂音と共に野島の頭が爆散した。
真っ黒い血飛沫と、野島の頭部の肉片や
「最悪…ちょっと、片田あんた」
「私じゃないです、ユーコさん、後ろ!」
「は?」
野島の肉片と黒い血液を頭から被って、かなり不機嫌なユーコが振り返ると、上下迷彩柄のコンバットスーツにヘルメットとマスク、胸には防弾チョッキを装備した四人の兵士達が、アサルトライフルの銃口をユーコに向けて取り囲む様に立っていた。
「あんた達なんなの?」
「武器を捨てろ、そして、両手を上げてゆっくりこっちを向いたまま腹這いになれ」
ユーコが手に持っていたハンドガンを地面に落として、両手を上げた。
「よし、そのままゆっくり腹這いになれ」
ゆっくり屈もうとしたユーコが腰に左手を伸ばした瞬間、四人の兵士達が一斉掃射を開始した。
ユーコの身体が激しく揺れて、血飛沫と硝煙が立ち昇りそのまま後ろに倒れた。
身体中に空いた銃槍が黒いスーツの内側で徐々に塞がり、再生していく。
ユーコは左手を腰に伸ばした状態で、かっと夜空を睨む様に碧眼が見開かれ、血塗れで仰向けに倒れている。
兵士の一人がアサルトライフルの銃口を向けて、倒れたユーコの元へ警戒しながらにじり寄って来た。
仰向けのまま夜空を見つめた状態のユーコが腰の下辺りで、カランビットナイフのリングに人差し指を入れて左手を強く握り締めた。
兵士の銃口が虚空を見つめる碧眼の奥を通過した時、ユーコの左側の口角が上がった。
左手に握られたカランビットナイフの刃が、兵士の足首に押し当てられすっと引かれる。
刃が兵士のアキレス腱を切り裂いて、邪悪な笑みを浮かべたユーコが、両足で兵士の足を挟んでそのまま地面に前のめりに倒した。
ユーコの脇腹に激痛が走る、被弾したようだ。
銃を乱射しながら覆い被さる体勢で倒れてきた兵士の喉に、ユーコは左手の端から突き出たナイフの刃を当て思い切り引いた。
兵士が言葉にならない呻き声を上げながら喉から血液を垂れ流す。
そのまま喉を掻っ切った兵士に、ユーコの右肘が相手の顔の前に来るようにして左右の頚動脈を絞めた。
兵士を盾にした状態で立ち上がるユーコに、残りの三人の兵士が躊躇なくアサルトライフルを発砲する。
無数の銃弾を肉盾にした兵士の身体が揺れている。
そして、盾にした兵士の腰辺りをユーコは、銃撃している兵士達の方へ蹴り飛ばした。
正面にいた兵士にユーコが盾にした兵士が抱きつくように押し出される。
左側にいた兵士の銃口から射出される火花がユーコの視界を遮る。
乾いた重い音と共に放たれる銃弾を、ユーコは抜群の体捌きでかわしながら、兵士の右腕をカランビットナイフで何度も刺した。
刺されて体勢を崩した兵士を、ユーコは右手で手繰り寄せ、右側にいた兵士に銃口を向けさせて引き金を引かせる。
右側にいた兵士もユーコに向かってアサルトライフルを連射したが、盾にした兵士に着弾して左右の兵士達を同志撃ちにした。
抱きつく様に持たれかかった兵士の死体を、蹴り飛ばした正面にいる兵士が、ユーコに銃口を向けて引き金を引こうとした瞬間、兵士の視界がホワイトアウトし意識が消失した。
ユーコは背後から迫る熱風を感じて中腰になり、咄嗟に左側に飛んで避けた。
「あっぶなー」
片田が後方からバスターライフルで兵士を狙撃した。
頭部を狙撃された兵士の胸から上がごっそり消失している。
徐に立ち上がったユーコは、左手の中でくるくる回したカランビットナイフを腰のホルダーにしまった。
そして、喉から血を流している兵士の死体からアサルトライフルを奪い取ると、
「いったぁ〜、舐めた真似してくれんじゃないの」
ユーコは被弾した脇腹にやや遅れて激痛を感じながら、奪ったアサルトライフルのマガジンを取り外し、残弾数を確認してから慣れた手つきで再装填する。
ユーコが兵士の死体を弄って身元が分かる物を探したが何も確認出来なかった。
「で、状況は?」
「はい、もう大丈夫そうです」
無線を切ったユーコが、他の兵士の死体からアサルトライフルのマガジンと、手榴弾を全て回収して駐車場の角に停車した車に乗る片田と合流し、助手席側のリヤドアーを開けて乗り込んだ。
「私達、ハメられたって事?」
「今の状況だと野島は私達を誘き出すための囮で、ハメられた可能性が高いですね」
「目的が分から…」
ユーコの声を遮ったのは、ポケットの中で揺れるスマホだった。
「ユーコさん今、大丈夫ですか?魚家 (うおいえ)です」
「どーも魚家さん、ええ、大丈夫じゃないけど大丈夫」
「今、どちらですか?」
「税関前の駐車場だけど」
「無事なら良かった、ハヤブサ君がやられました。ちょっと不味い事が起きまして、今から事務所で会えますか?」
「15分ぐらいあれば戻れると思います」
「じゃあ、詳しい事は事務所で」
「了解」
II
ユーコがスマホの通話を切ると、片田に幽合会事務所へ戻ろうと話していた時、車のヘッドライトの光を遮る様に先程ユーコに殺された三人の兵士達の人影が浮かんでいる。
「嘘、タフな奴等ね」
「どうしますユーコさん?」
ユーコに殺されたはずの兵士達が、首から注射器を抜き取ると、ナイフを構えてユーコ達が乗った車に向かってゆっくり歩いて来た。
「しゃらくさいわね、この死に損ないども」
ウインドウを全開にしたユーコが、兵士の死体から奪い取ったアサルトライフルを構えて撃ちまくる。
兵士達の身体が激しく揺れるが、後ろに倒れる事はなく再び前進し出した。
「ユーコさん、全然アイツらに効いてません」
「これならどう?」
そう言うと、ユーコが手榴弾を兵士達に向けてぶん投げた。
爆発の破裂音が駐車場内に響き渡る。
兵士達の手足や半身を吹っ飛ばしたが、細かいミミズの様な筋繊維がニョロニョロ伸びて、みるみるうちに欠損した肉体を再構築していく。
「あちゃー、出られそうにないわね」
そうですねと片田がユーコに言って、ブラストグローブを両手にしっかり装着した。
「殴り殺せる?アイツら再生するわよ?」
「このブラストグローブ試してみたかったんで、丁度良いです」
運転席のドアを開けて片田が車から降りると、ボクサーの様な軽いステップを踏んで身体のウォームアップを開始した。
ユーコもアサルトライフルを携え、車から降りるとナイフを構えて迫ってくる兵士達に銃口を向けた。
「行きます」
そう言うと片田が兵士との距離を一気に詰めて、ナイフの切先をダッキングで避けた。
「素手で不死身の俺に…」
兵士の懐に難なく入った片田が左右の猛烈なコンビネーションを叩き込む。
「だから不死身だっつんてンダ…ロ」
片田の打撃を受けた兵士の肉体が破裂した。
「次」
片田は左右から襲いかかってくる兵士にも素早い体捌きから打撃を叩き込んだ。
「身体が内部から…オロ」
「何をし…ガバスッ」
兵士達の身体が破裂して、黒い血飛沫と砕け散った肉片が辺りに降り注いだ。
「ヤバッ、北斗◯拳じゃない、さすがに破裂した身体を再生は出来ないみたいね、その薬じゃ」
ユーコがアサルトライフルを構えたまま、片田の近くまで歩み寄ろうとした時、
「さすがにただの傭兵ごときじゃ勝てないか、幽合会のユーコさんと片田さん」
「誰よ、あんた」
駐車場の出口の方から黒い人影が近付いて来る。
「私はここであなた方クリーナーを始末しに来た、
ニヤリと口角を上げ、大きな丸メガネを光らせ長い白髪に死人の様な蒼白な顔、不気味な西行と名乗る男がユーコと片田の前に現れた。
「アンチクリーナー?聞いた事ないわね、要するに唯の殺し屋かテロリストって所ね」
長い白髪を揺らしながら、黒いスーツの胸ポケットから小さな瓶を取り出した西行が、ぶつぶつ何か呟きながら瓶の中身の液体を一口で飲み干した。
じっと静観していた片田が、西行の瓶を飲み終える動作に反応して殴りかかろうとした瞬間、見慣れた忍刀が片田の拳を遮った。
「片田さん、あなたの相手はその忍者だ。そう怖い顔で睨まないでいただきたい」
「ハヤブサさん、なんで?」
真っ赤に染まったハヤブサの瞳は、片田に視線を据えたまま返答はない。
「私の相手は不死身の
「へぇ、あんたその忍者を操ってて、私の能力も知ってる。相当ヤバいわね」
「あなたよりはヤバくないですよユーコさん、殺しても死なない、いや死ねないか」
西行が喋り終わる前にユーコがアサルトライフルを撃ち始めた。
「無駄無駄」
西行は笑いながら、ユーコの撃った弾丸をまともに被弾して身体を揺らした。
片田が殴殺した傭兵達の、アスファルトの上に散らばる肉片が西行の身体に吸い寄せられる様に集まって来て、黒い血で濡れ欠損した身体を再構築していく。
「西行って、ネクロマンサー西行。五年前、市民病院で五百人以上殺して姿を消した…ネームドの」
「御名答」
アサルトライフルを構えたユーコの額に汗が滲んだ。
西行が両手の手指で印を結び呪詛を唱えると、口から紫煙をふぅーと吐いた。
頭部のない野島の死骸と片田が狙撃した傭兵の死骸が、西行の足元に磁石の様に吸い寄せられ西行と融合していく。
西行の身体を覆う肉片が鎧の様に変化した。
「何でもありね」
そう呟きながらユーコは、空になったマガジンを落として次のマガジンを再装填する。
「撃ってこないなら、こちらから行かせてもらおう」
西行が肉の鎧で固めた拳をユーコに大振りで振るうと、無数の肉の触手がユーコに向かって伸びて来た。
迫り来る触手に向けてアサルトライフルを乱射しながら走るユーコ。
「しつこい」
弾丸を掻い潜り伸びてくる触手を避けるために駐車された車の影にユーコが飛び込んだ。
「隠れても無駄だぞ」
西行がまた腕をブンと振るい肉の触手をユーコが隠れた車に向けて放ち、駐車された車を突き破り軽々と宙にぶん投げた。
「アホね」
西行の視界に飛び込んで来たのは、オーバースローで思い切り手榴弾を投げこむ金髪を靡かせ碧眼を光らせる、ニタリと邪悪に顔を歪めるユーコの表情だった。
「何だ?」
西行の足元で手榴弾が爆発した。
爆風を背にユーコは、乗って来た黒い4WDに向かって走り出した。
Ⅲ
忍刀を構えたハヤブサの、必殺の間合いに入らぬように片田は左腕を下げ、右拳を顎の横に持ってくるデトロイトスタイルの構えをとって間合いを測る。
ハヤブサが間合いを詰めた瞬間、袈裟斬りで片田を斬りつけた。
忍刀の斬撃をかわし、右拳をハヤブサに向かって突き抜ける様に伸ばそうとした瞬間、ハヤブサの左腕の肘から先がだらんと下がるモーションを視界に捉えた片田は、咄嗟に左側へ飛び避けた。
ハヤブサの変形した左腕の砲口から、凄まじい高熱と爆炎が放たれた。
「ブラストグローブじゃ勝てないか」
そう呟きながら片田は、頭の中でハヤブサとの戦闘展開をシュミレーションする。
左腕のレールキャノン砲を近距離で撃ち合えばお互い無事ではいられないだろう、こっちは一発だがハヤブサは両膝からも撃ってくる、何度シュミレーションしてもお互い消し炭になるイメージしか浮かばなかった。
片田は立ち上がり、体勢を整えてステップを踏みながら左腕を下げて、再びデトロイトスタイルの構えをとった。
ハヤブサの忍刀から放たれる斬撃をかわしながら、片田は左拳から鞭の様にしなるフリッカージャブを叩き込む。
熾烈な削り合い、刀をかわして懐に入ったとして、近づき過ぎるとキャノン砲の餌食になってしまう。
ぶが悪い、素手でどう間合いを詰めるかが鍵なのに、片田は接近出来ない。
暫く膠着状態が続いた後、先に動いたのはハヤブサだった。
ステップを踏みながら半身で弧を描く様にハヤブサの周りを移動する。
低く構えた姿勢からハヤブサが片田の足元を狙って斬りつけた。
片田は、バックステップで斬撃をかわそうとしたが駐車している車が邪魔で下がれず、車を乗り越える様に飛び上がった瞬間、
「クソッ」
飛び上がった片田に向けて両膝の部分が開いてキャノン砲を撃つ体勢に入り、強力な高熱と衝撃波を放った。
手遅れで不味いと思ったが、片田に出来る事は顔の前に両腕をクロスさせ両膝を胸に向かって上げ、出来るだけダメージを抑える為に防御の姿勢を取る事だけだ。
その時、片田の真下にあった車がハヤブサのキャノン砲を遮る様に横転した。
ユーコがアームパッドから伸びたワイヤーアンカーで、車を引っ張り起こしていたからだ。
「あんた何やってんの?本気でやりなさい、そいつはもう死んでんの」
爆風と破壊された車の残骸を身体に受けながら、片田は無線から鳴るユーコの声を聞いた。
左眼に飛び散る車の破片が当たって視界を奪われたようだ、後方に吹き飛ばされて倒れた片田が起き上がった時、周りの雑音が片田の耳から消えた。
全身が一つの
目標は、目の前のハヤブサを撃破する事。
ハヤブサのキャノン砲は、おそらく残り忍刀を握る右腕の一発だけ、あらゆる雑念を捨ててイメージする。
左眼を閉じたまま片田はステップを踏みながら再び、左腕を下げて右拳を顎の横に持ってくる、デトロイトスタイルの構えをとった。
ハヤブサが低い姿勢で近寄って来た。
見える、さっきよりもハヤブサの攻撃や動きが見えている。
ギリギリの所で斬撃を避けて、左腕から放つフリッカージャブを叩き込む。
当たる、しかし、ブラストグローブの効果でハヤブサの身体が破裂したりはしなかった。
徐々にハヤブサの忍刀を振る速さに慣れて、避けてはフリッカージャブを打つという迎撃行動が機械的に自動化されていく。
もう何発ハヤブサに打撃を叩き込んだだろうか、分からない、でも身体が勝手に動いている。
片田の打撃をまともに受け続けるハヤブサが、左肘から先をだらんと下ろしてキャノン砲を撃つ素振りを見せた、ブラフだ。
左肘から飛び出た砲口からはやはり何も出ない、ハヤブサは右手に握った忍刀を上段から振り下ろした。
片田はその上段から振り下ろされる忍刀を、両手で白刃取りして思い切りハヤブサの腹部に中段蹴りをぶち込んだ。
忍刀を取られ片田の蹴りで後方に飛ばされたハヤブサが、右肘から先をだらんと下げてキャノン砲を撃つ構えをとろうとした瞬間、ハヤブサの視界から片田が消えた。
「撃破」
片田の声がハヤブサの背後から聞こえた。
ハヤブサの上半身が下半身から切り離されてドサッとアスファルトの上に落ちた。
虚空を見つめるハヤブサの頭部、片田は握った忍刀をハヤブサの咽喉辺りに突き刺した。
Ⅳ
遠くでユーコが何か喚いている、だんだん聴覚が明瞭になってきた。
はっと我に帰った片田が辺りを見渡すと、忍刀が咽喉に突き刺さったハヤブサの上半身と、立ったままの下半身が視界に入った。
「助けてー、ちょっとー片田」
声のする方へ片田が視線をやると、西行の身体から伸びた肉の触手に両手両足を拘束されたユーコが見えた。
「忍者を屠ったか、こいつよりお前の方が厄介だな」
「え、ハヤブサさん」
片田の足首をハヤブサの手が握っている、するとハヤブサの赤い眼からレーザーが照射されて、
「32 04 61 04 23 98 63 03 49 5110」
という数字が片田の身体に写し出された。
「それがハヤブサさんの、…了解しました」
片田はハヤブサに突き刺した忍刀を引き抜いて、地面に横たわるハヤブサの上半身を右手で抱き抱えた。
「ありがとう、ハヤブサさん」
西行がユーコを触手で拘束したまま、片田の方へ新たな触手を伸ばして来た。
「お前達は良い傀儡になりそうだ」
伸びて来る肉の触手を忍刀でいなしながら、片田が西行へ向かって突進して行く。
西行の肉の触手を掻い潜る最中、片田の脳裏に誰かの記憶の断片が流れ込む。
少年とその父親が歩きながら話している。
「おとう、大きくなったら、おとうの様な立派な忍者になりたい」
「本当にそう思っておるのか?ハヤブサよ、忍者とは一体、何のために生きている?物心つくやつかぬ幼い頃から厳しい忍術の修行に駆り立てられ、標的の元へ差し向けられて命を的に働かねばならん。
もし捕らえられた時は、如何なる拷問を受けようとも実を吐かず、名を明かさず、ひたすら死を願うべし。
死地に行って脱する事、叶わざる時は、火を持って己の顔面を焼き、」
少年が続ける、
「火なき時は顔面を刃にて損ない、万に一つも何人たるかを知らせるべからず。
闇の最中に生まれ、闇の最中に死ぬ、これ忍者の生きる道、死する道と心得るべし」
父親が足を止めて少年の顔を見た。
「忍者には誇りも喜びも、許されないんだぞ」
「でも、おとうの様な立派な忍者になりたい」
「忍術をお前に伝えるべきではなかった。
どこか、争いのない静かな所で、お前と暮らしたかったな」
片田の閉じたられた左眼から、一筋の血が頬を降る。
「やるな小娘、片手では無理か、ならば…」
西行がユーコの触手による拘束を解いて、迫って来る片田の方へ集中させる。
片田はハヤブサの上半身を右腕で抱いたまま、西行との距離を詰めた。
西行は触手を壁のように変態させて片田の接近を阻んだ。
「斬れるものなら斬ってみろ、それ以上、近づけまい」
「外道、滅殺」
片田の唇が動いた時、ハヤブサの声が聴こえた気がした。
ハヤブサの右腕の肘から先がだらんと下がり、キャノン砲の砲口が高熱を帯びる。
片田は忍刀から手を離し、左腕のメカニカルアームを変形させてレールキャノンの砲口を、西行が作り出した肉の壁に向けた。
ハヤブサと片田が同時にキャノン砲を放った。
超高熱の熱線に西行の肉の壁が光に包まれ焼かれていく。
「危ないな、今のは危なかった」
西行が纏っていた死肉の鎧が溶かされ、腐肉が焼ける様なえげつない悪臭を身体全体から漂わせて膝をついている。
「今のが切り札なら、お前の負けだ」
西行が印を結んで何か呟こうとした瞬間、轟音を伴った白い光と共に物凄い衝撃波が、膝をついたまま印を結んでいた西行の半身をごっそり消失させた。
「ちっ、少しズレた、やっぱこれ反動が強すぎて私にはキツい」
ユーコがバスターライフルで狙撃していた。
「まだよ、片田、仕留めなさい」
ユーコの声が無線から鳴った。
片田は地面の忍刀を拾い、バスターライフルにごっそり焼かれて半身を欠損した西行に、右手に抱いていたハヤブサの上半身を西行に重なる様に置いて、忍刀で串刺しにした。
「ぐわああああ、まだだ、まだ死なん、肉体なぞ幾らでも死肉を使って再生出来る。私が何年生きてるいるのか知ってるか小娘?」
「知るか、ボケ、です。」
そう吐き捨てた片田が踵を返して走り出した。
「ユーコさん!ここから出来るだけ離れて下さい!早く!」
「え、なんで、ええ!?」
片田が戸惑うユーコの腕を掴んで、西行から離れるように全力で駆けようとした瞬間、凄まじい衝撃波と熱風を伴う大爆発が起こった。
二人は吹き飛ばされ、地面に転がる様に倒れた。
キーンと嫌な耳鳴りと背中の辺りで衣服が焦げた臭いがする、ユーコと片田は脳が揺れて意識が朦朧とした状態で、目だけを動かして辺りを見る。
顔を歪めたユーコの碧い視線と片田の視線がぶつかった。
Ⅴ
「いったー、もう何なのよあの大爆発は?」
「あれは、ハヤブサさんです。私じゃないです」
「はあ?コスプレ忍者はあんたがぶった斬って殺したじゃない」
片田がユーコに耳打ちして告げた。
「32 04 61 04 23 98 63 03 49 5110、ポケベルのやつか、じ、ば、く、3、ふ、ん、至急、ファイト…なるほどね」
「あの、ユーコさん、私、傷だらけでこのクソ重いバスターライフル担いでるんですけど」
「あんたそのバスターライフルめっちゃ高いの、大事だからもう一回言うわ、めっちゃ高いの」
ユーコの歪んだ表情と、碧い瞳から片田に注がれる凄まじい圧力が片田を沈黙させた。
「Oh bye for now…」
ユーコのスマホが鳴った。
「えええ、着信音、T-BOLAN?」
片田が顔を顰めて、電話に出るユーコを見ている。
「はい、大丈夫、今向かってるわ」
事務所で待つ魚家からの連絡だった。
通話ボタンを押して電話を切ったユーコが、ポケットにスマホをねじ込み、二人とも寂しい表情のまま、黙って事務所の方向へと再び歩き出した。
「ユーコさん、片田さんも大丈夫ですか?お二人ともそんなにボロボロになって…」
事務所に帰ると魚家がおろおろしながら二人を出迎えた。
「アンチクリーナーだとかほざいた、ネクロマンサー西行ってネームド倒したわよ」
「えっ!?、ええ、ネクロマンサー西行って、五年前に市民病院で五百人以上殺した」
ピリッとした表情に変わった魚家が、頭を掻きながら吸いかけの煙草を灰皿にねじ込んだ。
「そうよ、そいつが忍者操って襲って来たのよ、それより野島を追って行ったらハメられたのよ!一体どうなってんのよ、説明して欲しいんだけど」
「それが、ハヤブサ君が襲われたのは、クリーナーの日常を動画サイトに投稿された事が原因で、おそらくその動画を制作していた関係者からクリーナー達の住所を聞き出して襲っていたらしいんですよ」
「あ、あの実録モーニングルーティンの奴、じゃあ忍者以外のクリーナーも?」
「はい、ハヤブサ君を入れて十名が殺害されていました。ハヤブサ君の遺体を病院に搬送している途中に遺体が消えたと報告を受けまして」
「ふーんそれで、野島の件は?」
「野島はおそらくユーコさん達、というかクリーナーを誘き出すための、ただの囮だった可能性が高いですね」
「そう、本当にクリーナーをハントする目的だったの、ネクロマンサー西行って何者なの?」
「西行は、本名、西原行雄。百五十年前に凶異商会を創業した男です」
「ふーん、凶商の、はっ?百五十年前?どゆこと?」
「そうなんです、西行が凶商を興した後、三十年ぐらいして蒸発しまして、今の凶商に関わってないんですが五年前に突然現れて、市民病院で大虐殺を起こした、としか分からないです」
ユーコと魚家が眉間に皺を寄せて、頭を抱えていると、
「Oh bye for now…」
ユーコのスマホから流れるT-BOLANの着信音が事務所内に充満していく。
「はい、幽合会のユーコ•那加毛です。どちら様でしょうか?」
「もしもし、ユーコか、久しぶりだな、私だ、西行を始末したらしいな」
金髪碧眼、死人の様な蒼白い顔、ドラゴンビルで逃した、ユーコの父親、ノース•幅戸の忌々しい低い声がユーコの鼓膜を揺らした。
「は?まさかあんたの仕業なの?」
「まあ、彼は充分役に立ったよ、おかげで準備もすんだ、この電話を切った時、
「何言ってるか全然分かんないんだけど」
「すぐに分かるさ、じゃあエンジョイしてくれたまえ」
そこで通話が切れた。
すると事務所にいる全員のスマホが一斉に、緊急アラートを知らせる警報音をけたたましく響かせた。
「地震?一体何の警報だ?」
「まさか、これって…」
ユーコが言いかけた瞬間、強い振動が事務所全体、いや、ビル全体を揺らしている。
魚家が慌てて机の下に潜り込む、片田は冷静にノートPCを畳んで周囲を警戒している。
ユーコはスマホのディスプレイをじっと見ながら操作していた。
暫く揺れが続いた後、ゆっくり振動が治ってきた。
「もう、大丈夫ですかね?」
机の下から魚家が恐る恐る尋ねた。
「一応、治りましたね、揺れ」
「どういう事か全く分からないわ」
片田が窓の外を指差して目を見開いている。
「何?」
片田が指差す窓の方へユーコが視線を向けると、
「一体何が起こってるの、これは…」
三人は窓の外を見て驚愕した。
Ⅵ
税関前駐車場から立ち上る豪炎が、黒い夜空を茜色に染めている。
首辺りが酷く痛む、鼠が首の辺りを啄んでいる、頭だけになったらしい。
「ク、クソが、こ、小娘どもに遅れをとったわ、だがな、まだだ、まだ終わらんぞ、クソ鼠め、やめんか、ゴボァ…がっ」
西行の視界に、見覚えのある革靴がこちらへ向かってくるのが見える。
「ヤブ医者か」
「西行さんユーコにやられましたか?随分酷い有り様で」
「相方の
眼球を限界まで上の方へ向けると、片方の口角が上がった金髪碧眼の男、ノース•幅戸が私を見下ろしている。
「ヤブ医者、その辺の死体を持ってきてくれんか?後、こ、この鼠」
西行が言い終わる前に、ノース•幅戸の革靴が鼠をグチャっと踏み潰した。
そして、何処からか上半身しかない兵士の死体を西行の首に近づけて頭部をまた革靴で踏み潰して置いた。
「まあ仕方がない、応急処置って奴です」
西行が恐ろしく低い声で呪詛を唱えると、兵士の死体が西行の首に吸いつく様に重なり、死肉が縫合され融合した。
「いやぁしかし興味深い、あなたのその死体再利用技術、医療ではない呪術でしたか?研究したい」
ビクビクと融合した兵士の身体を痙攣させた西行が、両手を地面に突き立てて体勢を起き上がらせた。
「それで、これからどうすると?」
私はノース•幅戸を下から見上げて問いかけた。
「あなたのその死体再利用技術に、私の作ったこのホムンクルス石を足せば、次は勝てますか西行さん?」
手に持った赤い石を私に見せながら浮かべる気色の悪い邪悪な笑み、全く嫌な奴だ。
──────
See you in the final hell…
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