EPISODE Ⅸ ALL YOU NEED IS BLOOD

I


「だいたいですね〜ユーコさんは、いっつも後先考えないから」


「も〜分かった、分かったからさ〜」


「にゃにが分かったんですか!何が?」


唖々噛對ああかむ四丁目、焼き鳥へるふぁい屋のカウンターでハイボール十杯を飲み、日頃の鬱憤を溜め込んだ片田(へんでん)が、やれやれまた始まったよと辟易したユーコに絡んでいた。


ユーコの視線の先に頬を赤らめユーコを睨む片田の顔があった。


「だからですねー、あっ」


片田が酔って隣の客の肩に触れた。


「す、すいません、大丈夫れすか?」


「私は大丈夫です、だいぶ良い酒を飲んでらっしゃるようで」


片田の隣りには、黒いレザーコートの上からでも分かる程、屈強な肉体をしているおそらく黒人男性が座っていた。


その水平な角刈りと夜なのにサングラスをかけている異様な風体が印象的だ。


「すいません、うちのポンコツがご迷惑をおかけしました」


「迷惑だなんて、私は別にかまいませんよ」


ユーコが片田を雑に自分が座っていた席と入れ替えて、ぺこりと謝罪した。


角刈りの男が纏う一種独特な匂いにおそらく同業者かそれ以上の何かに反応する。


「私、こういうものです」


「ほう、ユーゴーカイ。クリーナーの方達でしたか」


「はい、私がユーコ•那加毛でこっちの酔っ払いが助手の片田です」


「私はエリックといいます、合衆国ステイツでフリーランスクリーナーをやっているものです」


ユーコが渡した名刺を受け取ったエリックがユーコに自分の名刺を渡し返す。


「エリック•権田さん」


「そうです、エリックと呼んでいただいてけっこう」


隻腕の店員が運んできた砂ずりを、片田がコリコリと食べながらユーコ達のやりとりを聞いている。


エリックのジョッキが空になり、店員がエリックに視線を向けると、片田が飲んでいた物とユーコが食べている皿と同じ物を注文した。


「エリックさんは日本に何しに来たんですか?」


ユーコが単刀直入に聞いた。


「オフに余り仕事の話はしないんですが、同業者なら話は別だ。まあ余り詳しくは話せないですがある男を追ってまして」


「ああ、すいません。そうですか」


エリックが隻腕の店員からハイボールのジョッキとユーコが食べていた梅肉ささみとこころ (タレ) を受取り、話しを続ける。


「まあよくあるケースですよ、そいつが日本に潜伏しているみたいで」


ユーコはふむふむと首を縦に振りながら、ビールの入ったコップを口に近づけてエリックの話しに耳を傾ける。 


そんな他愛もない話しを一時間ぐらい繰り広げていた所、


「おっと、ヘンデンさんでしたか、大丈夫ですか?」


「え、あ、ああ、ちょ、ちょっとあんた」


目が座った片田の顔色が土色に変わり果て、今にも吐きそうな雰囲気を醸し出している。


「すいません、エリックさん、私達はこれで…」


「かまいませんよ」


ユーコはいそいそと泥酔して動かなくなった片田を担いで会計を済ませて店を出た。


店先まで送ってくれたエリックの、ニカっと笑った時に見せるセラミックの白い歯がユーコの記憶に残った。


そして、ユーコは心の中でエリックに限界角刈りと勝手に渾名をつけてほくそ笑んでいた。



深夜の歩道、流れる様な長いブロンドヘアーにホットパンツからすらりと伸びた生足が綺麗な女性と若い男性が楽しそうに歩いている。


「で、今から何処に行くの?」


「いいから着いてきて、ヤバいから」


女性の屈託のない笑顔に心を奪われた男は、ニヤニヤしながら女性に着いて行く。


二人は唖々噛對駅から南へ下った所にある大角デパート裏のオフィス街を東へ進む。


金髪の女性が着ている黒いTシャツの背中に、赤い文字でD.E.A.Dと描かれているのが男の視界にチラリと入った。


「何処まで行くの?」


「もうすぐ、あ、着いた、ここ、ここ」


金髪の女性が地下へ降りる入り口を微笑を浮かべながら指差している。


入り口の前に、ゴツい体つきのセキュリティが仁王立ちしている。


「大丈夫、大丈夫、私と来れば顔パスよ」


そう言う女性に促されるがまま、男は苦々しい表情を浮かべてセキュリティの前まで行くと、女性がイカついセキュリティに左目でウインクすると難なく通過させてくれた。


そして、地下へ二人で階段を降りて行った。


二人はクラブの入り口を通過すると、会場奥にある競り上がったステージ中央に設置されたDJブースの方へ大勢の客を掻き分けながら進んだ。


ドレッドヘアーにサイバーなサングラス、ヘッドホンを片耳だけに掛けたDJが鳴らす爆音と、激しい照明の洪水、大勢の男女が入り乱れて踊り、飲み、会話している。


男はこんなオフィス街の真ん中に地下クラブがあったのは知らなかったし、何かすげー盛り上がってんじゃん最高、良い夜になりそうだと金髪の女性の背中を追ってどんどん奥へと入って行く。 


その途中、踊り狂う誰かに押されて金髪の女性とはぐれた。


男は少し焦ったがまあ楽しむかと、その場で流れるエレクトリックなビートに身を任せて踊る事にした。


馴染めない、自分の周りで踊り狂う男女と何回か視線が合うが何か別の生き物を見る様な視線を送られる。


男は自分を連れてきた金髪の女性の姿を目で探すが何処にも見当たらなかった。


とりあえず酒でも飲むかと踊るのを中断してバーカウンターへと踵を返した。


その時、誰かと肩がぶつかった、男がチッと舌打ちして振り返ると、ストロボ照明の中、金髪に蒼白い顔、氷の様な冷たい視線を碧眼から浴びせてくる堀の深い白人男性と目があった。


何なんだここは、感じ悪い奴等ばっかだなと心の中で叫び、男は再びバーカウンターへと進み出す。


The prodigy の Firestarter のビートが男の耳穴から流れ込み脳内へと鳴り響く。


「イェーイェー、盛り上がって来たな、じゃあそろそろいつもの奴やるか、準備はいいかみんな?レッツパーティー!」


DJの男がマイクで何か叫ぶ声が、男の背後から聞こえた。


その瞬間、クラブ中から客達の大歓声が上がると共に、クラブの天井にあるスプリンクラーから大量の血の雨が客達の頭上に降り注がれる。


血のシャワーで頭から真っ赤に濡れた客達の下顎がすっと縦に割れ、横に開いた左右の口から長い舌をベロンと垂らし、頭上から降り注ぐ血を舐めている。 


その場にいた客達が次々と異形の化け物へと変貌していく。


「うわあああああああああ」


絶叫した男が余りの衝撃に血で濡れた床で足を滑らせて前のめりに転けた。


「ノームがいるぞ」


「へへへ、踊り食いにでもするか?」


男が血の海の床から顔を上げると異形の化け物達が男を取り囲んでいた。


「わああああ、やめろ、やめてくれ」


男が半べそをかきながら命乞いをしていると背中と下半身に激痛が走り、急激な眩暈に襲われた。


最後に男の視界に入ったのは、大きく横に開かれた口から突き出た左右の牙、そして男の鼻っ柱目掛けてギザギザの触手が化け物の開いた口の喉奥から伸びて来たのが見えた。



「ID?」


クラブの入り口でゴツい体つきのセキュリティが眉間に皺を寄せて睨みつける顔が、黒いサングラスのレンズに反射している。


水平な角刈りに黒いレザーコートを着たエリックは、ニカっと左側の口角を上げるとセラミックの白い歯が闇夜に光った。 


地下にあるクラブへと降りて行く階段をセキュリティのデカい図体が、エリックの不意打ちの回し蹴りでぶっ飛ばされて呻き声を上げながら落下していった。


「探したぜ、ブラッドサッカー共、今からお望み通りミンチパーティーを開催してやる」


エリックはサッと腰から抜いたコンパクトなサブマシンガンを両手に握りクラブへと続く階段をゆっくり下りて行く。


「誰だ貴様は?クリーナーか?」


エリックの回し蹴りを喰らいクラブの入り口扉前に倒れこんだセキュリティの男が、エリックに叫んだ。


エリックは笑顔でその男にサブマシンガンの弾丸を叩き込んで動かない肉塊に変える。


銃声に気付いた異形の客達がクラブ入り口から出てくる所をエリックが無慈悲にサブマシンガンの餌食にしていく。


「ハメ技は、好みじゃないんだ」


ニカっと笑ったエリックが、軽く中腰になってタメの様な動作をとった後、クラブの入り口扉を飛び回し蹴りでぶち破って壊した。


「クリーナーか、クソッたれ」


クラブ内に入ると、血塗れの異形の化け物と化した大勢の客達が下顎が割れて、横に開いた口から長い舌を出して進入して来たエリックを威嚇し、勢いよく飛びかかって来る。


「フルハウスじゃないか景気が良いな」


そう言いながら飛びかかって来た、化け物達を蹴り倒しながら素早くサブマシンガンのマガジンを器用にリロードし、銃撃で次々に化け物と化した客達を薙ぎ払い、肉塊にしていく。


DJブースの辺りから長い爪をシャッと指先から伸ばした女性の化け物が、恐ろしい唸り声を上げてエリックに向かって突っ込んで来た。


「まだ踊り足りないのか?」


「死ね、クソクリーナー」


エリックはサブマシンガンを腰にしまって、女の長い爪から放たれる斬撃を余裕の体捌きでかわしていなす。


エリックの両手には、鋭く湾曲しトラの爪の形をした両刃で、グリップエンドに人差し指の保持リングがあるのが特徴的なカランビットナイフが握られていた。


「爪が長過ぎるなお前、俺がカットしてやるよ」


「は?」


エリックの指がナイフの輪っかに通ると、くるりと回転させ、鮮やかなナイフ捌きと圧倒的な速さで異形の女に斬りかかった。


「死、ね、、、、ク」


女の視界が歪む、無数のラインが異形の女に走り、床にバラバラとスライスされ、鈍い音と共に崩れて血溜まりの床に落下した。 


「Yo dj give me a Biggie Smalls (ヨーディージェイ、ビニースモールスをかけてくれよ)」


「…wait wait OK (…まて、まて、オーケー)」


すっかり静寂に包まれたフロアに、エリックのリクエストがドレッドヘアーのDJに告げられると、DJの男が少し焦る様な仕草をした。


DJの男はエリックのリクエストに応えるフリをして、ショットガンの銃口をエリックに向けようとした瞬間、エリックのサブマシンガンの銃弾に倒れた。


「DJならdigっとけよBiggieはよ」


エリックはニカっと口角を上げて、その隙間から見えるセラミックの白い歯を出して、周囲の客達の動向を左右に視線を送り警戒している。


エリックの左右にはまだ数十人の異形の化け物に変貌した客達が様子を伺っている。


暫く膠着状態が続いたその後、エリックがステージに向かって走り出した瞬間に左右の客達が襲いかかって来る。


「悪いな、今日はファンサービスは無しだ」


ステージに向かって走るエリックのコートの裾から、黒い球体が三つ床に転げ落ちた。


「ドーーーーーーン」


炸裂する轟音と炎を背にエリックはステージ袖に頭から飛び込んだ。


飛び散る肉片、業火に焼かれ、苦しみ断末魔を上げて生き絶えていく客達の方を振り返らずにエリックはバックヤードへと進んだ。


「クソッ、時間をかけ過ぎたか」


肩を落としてそう吐き捨てたエリックの前には、すでにもぬけの殻になって誰もいない楽屋と、地上へ通じる搬入用エレベーターが見えた。



「実録、とある掃除屋 (クリーナー)のモーニングルーティン、さて今回のモーニングルーティンを紹介していただけるのは、フリーランスクリーナーのハヤブサさんです」


ユーコのスマホから某超有名動画サイトが再生される音が聴こえる。


AM/5:00 起床──────


ハヤブサが目を瞑って腕を組んだまま部屋の壁に寄りかかっている。すると、


「ぷおおおん、ふぉぉぉん…」


法螺貝の音色が響くとハヤブサの瞼が開いた。


忍刀をゆっくり背中に装着すると余りの速い動きに残像を残してフレームアウトした。


「ギャハハハ、あー腹痛い、無理無理、ちょっと片田、これ見てよ」


ユーコが目の端に涙を溜めてスマホのディスプレイをノートPCで作業中の片田に近づけて見せた。


「目覚ましのアラーム音、法螺貝なんですね、え、ええ、動き速っ、終わり?これがハヤブサさんのモーニングルーティンですか」


二人でその動画を見ながらケタケタ笑っていると、事務所の扉が開いた。


「いやー厄介な事になりましたよ、ユーコさん」


「え、聞きたくないんですけど」


「まあまあ、そう言わずにこれを見て下さいよ」


頭をボリボリ掻きながら、魚家 (うおいえ)がユーコに資料を手渡した。


「D.E.A.D…ね、知らないわ、ヤバいの?」


「ヤバいなんてもんじゃないですよ、世界中で暗躍する闇組織です」


「で、それがどうしたの」


資料を読みながらユーコの視線が眉間に皺を寄せていつもよりいっそう老けて見える魚家に向けられた。


「それがですね、昨夜未明、唖々噛對と四宮の間にある地下ナイトクラブでそのD.E.A.Dと思われるグループがあるクリーナーに殺られたんですよ」


ふーんと資料に目を通してユーコが片田に渡した。


「それで?」


「その、D.E.A.Dの死体を見に行ったんですけど変異体というか連中、全員、毒蜘蛛と一緒で強化人間の類いでして」

「で、私達に何か関係があるのかしら?」


「はい、近々D.E.A.Dと毒蜘蛛のある幹部同士が南南町の近くにあるドラゴンビルで何らかの取り引きを行う情報を掴みまして、その、一網打尽に出来ないかと」


はあ〜と大きな溜め息をついたユーコを、資料を見終えた片田が絶対受けないで下さいという強い眼差しを送っている。


「またチャイニーズマフィアとドンパチ、私達だけじゃやれないわよ」


「はい勿論、ユーコさん達以外にもクリーナーに依頼してます。ユーコさん達にやってもらいたいのは毒蜘蛛の幹部、青毒ことチィンの方です。D.E.A.Dの方は米国から来たクリーナーの」


魚家が言いかけたその時、事務所の扉が開いて見覚えのある角刈りサングラスに黒いレザーコートを着たエリックが入って来た。


「久しぶりですね、ユーコさん!あ、魚家さんに片田さん」


「ああ、焼き鳥屋の…エリックさんどーも」


「すでにお知り合いですか?」


「飲みニケーションしただけですよ、数日前にね、片田さん酔いは覚めましたか?」


「すいません、全然覚えてなくて、もう、だ、大丈夫です」


ニカっと口角を上げながら片田の方を見るエリックに対して、少し恥ずかしそうに視線を逸らして下を向いた片田の耳が紅く染まる。


「それで、エリックさんの方は誰が標的なの?」


「はは、私の標的はオークインという主に薬の密売や誘拐、殺人をやってるクソ野郎ですよ」


ユーコがこくっと頷き難しいなと顔を顰めて、熟慮している。


「お願いします、ユーコさん」


「そうね、高いわよ?」


「ああ、常識の範囲内でお願いします」


魚家の眉間の皺が徐々にゆるんでユーコに微笑んだ。


「そういえばユーコさん、この前の玉重の診療所の件こちらで調べたんですけどゾンビの死体以外、何も出て来ませんでしたよ、何もね」


「そう」


「じゃあユーコさんとエリックさん、お願いします、取り引きは今週土曜の夜、ドラゴンビル付近で落ち合うという事で、詳細はまたこちらから連絡します」


そういうと魚家は携帯を取り出して、何処に連絡しながら事務所を出て行った。


「まさかユーコさん達と仕事をするとは、どーかお手柔らかに」


「こちらこそよろしくお願いします」


片田がすっと立ち上がりエリックの方を向いてユーコと共にお辞儀をする。


エリックが事務所を後にしてからユーコがスマホで誰かに連絡している。片田は魚家から貰った資料を元にドラゴンビルや青毒のチィんの事、D.E.A.Dの事をノートPCを使って調べている。


「あんた、男たちの挽歌観た?」


連絡を終えてスマホをポケットにしまったユーコが片田に聞いた。


「あの、ジョンウーとチョウユンファの奴ですよね」 


「そうそう、楽しめそうね」


大きく見開かれた碧眼を妖しく輝かせたユーコがニチャリと片田に微笑んだ。


V

深夜、霧雨が降る夜、四宮にある教会。


教会の大きな扉を開けて中に入って行くのは、大きなスポーツバックを重そうに肩からぶら下げたキャップに長髪、黒いパーカーを着た武器屋の店員だった。


教会の中は無数の蝋燭が煌々と炎を灯している。


武器屋の店員は教会奥の中央にある十字架から左側、四列目に座る美しい金髪ミディアムボブの後頭部を見つけて横に座った。


「教徒か?」 


「いいや、ここは落ち着くの」


武器屋の店員とユーコが顔を見合わせて二人でニヤリと微笑を浮かべて天井を見上げた。


合言葉だったようだ。


「それで、用意してくれた?」


「勿論、見てくれ」


武器屋の店員が黒い大きなスポーツバックのファスナーを開けると大量の弾丸とベレッタ92FSが二丁、散弾銃、日本刀、手榴弾等が入っていた。


「弾丸に細工はしてくれた?」


「注文通りだ、この弾丸なら強化人間でも耐えられないだろう。ブラッドサッカーの方に効くかわ知らんがな」


「最高ね、いつもありがとう」


「いやいや、ユーコさんは分かってらっしゃる、トレンチコートにマッチ棒、サングラスまで。ユーコさんこそいつも最高ですよ」


マッチ棒を唇の端で咥えニヤリと口角をあげるユーコが武器屋の店員に微笑んだ。  


「支払いはいつも通り公安につけといてね」


「毎度ありがとうございます」


キャップの鍔を指で掴んでユーコに向かってペコリと頭を下げる武器屋の店員。


そして、ユーコは受け取ったスポーツバックを肩に掛け十字架を背にして教会を後にした。



Saturday PM.8:00──────


「それでお願いします、ユーコさん、片田さん、エリックさん、御武運を。じゃあ、私はこれで失礼します」


南南町広場でエリック、ユーコ達と打ち合わせを終えて魚家の姿が観光客で賑わう人混みに紛れていく。


「作戦て結局、真っ正面から乗り込むだけじゃないですか」


「いいじゃない、シンプルな方が私は好きだけど」


「私もユーコさんに同意します、シンプルにブラッドサッカー共と毒蜘蛛の連中をやっちまえばいいだけ、ナイスな作戦だ」


ユーコとエリックがニヤリと微笑んでいるのを片田は肩をすくめて見ている。


ドラゴンビルは南南町からやや南にある、栄町通り沿いにある、表向きは普通の会社の様な何の変哲もないビルだ。


三人はドラゴンビルの正面入り口まで来ると武装の確認を再度行い、エリックを先頭にその後をユーコと片田が着いて行く。


「ド派手にかまそうぜ!」


エリックの言葉にユーコがマッチ棒を唇の端に転がしながらニヤリと口角を上げた。


二人共、夜なのになんでニヤニヤしながらサングラスをしているのかと心の中でツッコむ片田は、やれやれだと小さく溜め息をついた。


「ガシャーーン」


ドラゴンビル入り口のガラスの自動扉をエリックが回し蹴りでかち割った。


受付カウンターには誰もおらず、両脇の通路からD.E.A.Dの構成員と思われる下顎が割れて左右に開いた者たちと青龍刀や銃を持った毒蜘蛛のチンピラ達が出てくる。


ユーコは、何の躊躇もなくチンピラ達に両手で構えたベレッタ92FSの銃口を向けて発砲し出した。


片田も散弾銃を発砲する。


エリックは両手で構えたサブマシンガンをブラッドサッカー達に向けて銃弾を連射し薙ぎ払う。


「クソッ、クリーナーか」


「让老板知道 《ボスに知らせろ》」


ブラッドサッカーと毒蜘蛛のチンピラ、両方の最後尾にいた者達が奥に走り出した。


「逃がすかよブラッドサッカー」


エリックがサブマシンガンを乱射しながら他のブラッドサッカー達を肉塊に変えて、逃げるブラッドサッカーの生き残りに向かって背後から突進した。


両手に握られたカランビットナイフで抵抗するブラッドサッカーの首を切り落とし、身体を細かくスライスした。


「片田っ!」


ユーコの叫びに呼応して、片田が逃げるチンピラを追って突進する。


ユーコは他のチンピラの銃弾を何発も肩や脇腹に被弾しながら二丁拳銃の連射で撃破していく。


逃げるチンピラの背後から、片田がすっと背中の鞘から刀を抜いて斬りかかると、チンピラの頭の先から真っ二つに身体を斬り裂いた。


「じゃあ、ユーコさん俺はこっちから行くよ、最上階でまた会おう」


ニカっと口角を上げたエリックの口からセラミックの白い歯が光って見えた。


「ええ、私達はこっちから行きます、また後で」


マッチ棒を歯でコロコロ転がしてニ丁拳銃を構えたユーコが、ニヤリとエリックの方を向いて笑顔で返答した。


エリックとユーコ達は二手に分かれて、アークインとチィンが居るであろう最上階を目指して床に転がる、ブラッドサッカーやチンピラの死体を避けて歩き出した。


最上階、応接室──────


「何の騒ぎだ、侵入者だと?またあのクリーナーか、しつこい奴め」 


「清洁工? 赶快摆脱它 《クリーナー?さっさと始末しろ》」


防犯カメラの映像を確認した毒蜘蛛の手下が、D.E.A.Dの手下とチィンにユーコ達とエリックがビルに侵入して来た事を告げた。


「ほう、クリーナー三人でここに乗り込んで来るとは相当腕が立つんでしょうな?まあ、それは良いとして、おそらく公安にこの取引がバレていますね、そちらの方が問題ありだが」


金髪をセンター分けにした髪に、透き通る様な碧眼を凶々しくギラつかせ、肌は蒼白く生気が全く感じられないまるで死人の様な表情をした不気味な黒いスーツ姿の男が焦るアークインとチィンに言った。


「内通者か」


長髪にサングラス顎髭を蓄えた、顔半分にトライバルのタトゥーがひしめく悪い面構えに黒いスーツを着た、アークインがチィンの背後に並ぶ護衛の手下達の方へサングラスの黒いレンズ越しに視線をやる。


「へんないいかかりはよせ、まだうちにうらきりものかいると分かってないな」 


銀色の長髪を頭の後ろで束ね、深い切り傷が顔半分に刻まれた顔、暗い青色のスーツに身を包んだチィンがアークインに辿々しい言葉で言い返した。


「まあまあ、そんな事を今考えている場合じゃないですよ、話を取り引きに戻しましょう。我が社が提供するこの薬で何とかなるでしょう、サンプルをお二人にお渡ししておきますから」


金髪の男がテーブル中央に薬が入ったアタッシュケースをすっと開いて左右のソファーに座るアークインとチィン達の前に差し出す。


「これが例の奴か、楽しみだ」 


「さそく、使わせていたたきます」


金髪の男から薬を受け取ってアークインとチィンの間に流れていたピリついた雰囲気が少し和らいだ。


「一時的に身体の再生能力をかなり向上させる薬です。副作用で化け…」


凄まじい爆発音と銃撃音に会話が遮られた。 


どんどんその音が応接室のソファーに座る三人に近づいて来るのが分かった。


「相手はたった三人だぞ、さっさと始末しろ」


「照这样下去,我们的面子就要丢了,赶紧除掉吧。《このままでは我々の面子が丸潰れだ、早く始末しろ》」


アークインとチィンが背後に立つ部下達に怒声を上げた。


「おそらくあなた達の部下では無理でしょう、今差し上げたサンプルを試す良い機会ですよ、是非お試しください」


ニチャリと左側の口角をあげて凶々しい碧眼で男は、アークインとチィンの顔に視線をゆっくり左右に移動させながら言った。



エリックは、最上階に着いたエレベーターのドアが開くと同時に両手に構えたサブマシンガンを連射して、待ち構えていたブラッドサッカー達を蜂の巣にした。


細くて狭い廊下を進みながら襲いかかって来る、ブラッドサッカー達をカランビットナイフで斬り裂いていく。


そして、白虎の間と標示されたプレートの横の白い扉を回し蹴りでぶち破ると広くて真っ白な内装の部屋に辿り着いた。


「しつこいにも程があるってもんだぜ、ハンターエリック」


声が聞こえたと思った瞬間、エリックに向かって銃撃音が何度も炸裂した。


「アークインやっと会えたな、こんな遠い国にまで逃げやがって」


アークインの撃ったショットガンの弾を横に素早い側転で避け、両手にカランビットナイフを握りしめたエリックが立っている。


「まあ、鬼ごっこもここで終わりだハンターエリック、お前はここで死ぬんだからな」


再びショットガンの引き金に指をかけたアークインの背後から、手下のブラッドサッカー達がわらわらと出てきてエリックを取り囲んだ。


「ぶっ殺せ」


はぁ〜と深い溜め息を着いて下を向いたエリックに、ブラッドサッカー達が襲いかかる。


エリックは、両手に握られたカランビットナイフでブラッドサッカー達の首を次々と斬り落とし、回し蹴りで背後にいたブラッドサッカーを蹴り飛ばして距離を取ってから、再度接近して首を斬り落とした。


「ウォーミングアップは終わりか?さっさとかかって来いよクソ野郎。俺が怖いのか?」


斬り落とされて床に転がるブラッドサッカーの頭部をぐちゃっと踏み潰しながら、アークインの方へニカっと笑いながらエリックは顔を向けた。


「ちょ、ちょちょっと待ってくれ、エリック、俺は組織の命令で動いてるだけだよ、あんたの力になれる。何でも話すよだから見逃してくれ、お願いだ」


手に持っていたショットガンを床に落として、エリックにぶるぶる震えながら命乞いをするアークイン。


「最低だな。不愉快だお前は」


「待ってくれお願いだ、丸腰で無抵抗の俺を殺さないでくれ、頼む」


祈る様に両手を握り締めて跪いたアークインが、エリックに向かって頭を下げる。


「じゃあお前は、助けてくれと命乞いをした人々を助けたのか?誘拐した人達を一人でも救ったのか?」


エリックがカランビットナイフをしまった瞬間、アークインが握った手から注射器を出して自分の首に刺して液体を体内に注入した。


「助けなかったし、救わなかったな、たぶん」


かけていたサングラスが床に落ちて目が真っ赤に充血し、顔色が真っ青になり口から唾をたらしながらアークインが叫んだ。


それを聞いたエリックが腰からサブマシンガンを抜いてアークインに向けて発砲した。


アークインの身体が数回、痙攣するように弾んでから前のめりに倒れた。


「You bad matherfucker」


エリックは倒れたアークインに背を向けた。


「ハハ、ハハハ、全然効かねーよエリック、すげーなこの薬マジで不死身になれんじゃねぇかよ」


エリックが振り向くと血走った目で笑いながらショットガンを再び構えたアークインが立っていた。


西側非常階段──────


ユーコと片田はドラゴンビル西側の非常階段を登っていた。


「ユーコさんが撃ってる弾丸凄いですね、チンピラ達が前回みたいに強化人間にならないじゃないですか」


「そうね、今の所、雑魚には有効みたいね。あのブラッドサッカーっていう顎が割れたグロい奴に効くかわ、不明だけど」


「どんな細工がしてあるんですか?」


「アンチドーテよ、以前戦った時から強化人間のデータは取ってたの。変異体じゃなくてただのドーピング野郎には効くみたいだわ」


解毒剤的なやつが弾に仕込んであってそれが作用して身体の変化を止めているのか、なるほどなーと、ユーコの後ろ姿を見ながら片田は頭の中で思考を巡らせていた。


10Fの標示された扉をユーコが慎重に少し開けて中の様子をチラリと伺う。


「誰も居ないみたい」


静かに片田とアイコンタクトを取るとユーコは、銃を構えたまま扉から廊下にすっと入った。


片田もユーコの後に続いて廊下に出る。


狭くて細い廊下を二人で進むと大きな扉の横に、青龍の間と書かれたプレートを見つけた。


「ここじゃないんですか?チィンて奴がいるの」


無言で辺りを警戒してからユーコがトレンチコートの内側ある手榴弾を掴んでニヤリと笑う。


「ボンッよ」


「ちょ、待っ」


二人で扉から距離を取りユーコが手榴弾を扉に向かって放り投げた。


「ドーーーン」


爆発と共に生じる轟音が廊下に響き渡り、白煙が視界を白く染めてキーンという耳鳴りがユーコ達の平衡感覚を奪った。 


「凄ッ、火薬の量多過ぎない?」


半笑いで咥えたマッチ棒を歯でコロコロ転がしながら、ユーコが片田に戯けてみせる。


そして、ユーコが二丁拳銃をビシッと前に構え、爆発で壊れた扉から室内へと入っていく。


「杀 《殺せ》」


ユーコが銃の引き金を引くよりも速く、室内で待ち構えていたチンピラ達の銃口がユーコに向かって火を吹いた。


ユーコの身体が無数の銃弾で跳ね上がる、片田が刀を抜いてユーコの背後から低い姿勢のまま室内に入り、ユーコに向けて銃を発砲しているチンピラ達を横から撫で斬りにしていく。


「痛〜、最悪だわ」


「谁是不朽的? 《不死身かこいつ?》」


身体中のあちこちから流血したユーコが片田から逃げようとするチンピラ達に怒りの二丁拳銃を叩き込む、二人の周りにはチンピラ達の無惨な死体が転がっていた。


「ほう、いいうてた、ワタシのしたて働かないか?」


ユーコ達の背後から、銀色の髪を靡かせ、暗い青色のスーツを着た顔半分に深い傷があるチィンが壊れた扉から入って来た。


「あんたがチィンね」


「そのとおり、わたしにつかないか?」


「いいからそういうの、面倒くさいから」


ユーコが銃口をチィンに向けて発砲し出した。


チィンは横に移動しながら金属製の三節棍を器用に使い、ユーコの銃弾をいなして避けた。


「你真是个傻瓜,浪费了你的机会 《チャンスを無碍にするとは、愚かな奴だ》」


「大きなお世話よ」


ユーコが再び二丁拳銃をチィンに向かって乱射し出して、その銃声に呼応して片田がチィンに斬りかかる。


チィンが素早い身のこなしと三節棍で片田の斬撃を防いでいると、ユーコが片田にアイコンタクトを送った。


「你输了 《あなたの負けよ》」


「别傻了 《バカな事を言うな》」


ユーコが急に中国語で話しかけたのに反応したチィンが、ユーコの方へ気を取られた瞬間、片田の左腕が変形してレールキャノン砲から強い白い光が発生して轟音と共にチィンの身体を包んでいった。


チィンはバックステップすると同時に自分の首に注射器を刺した。


チィンの左半身がレールキャノン砲の高熱で焼けてごっそり欠落している。


「ぐあああああ」


チィンの低い呻き声が室内に響いた。


「言ったでしょ、あなたの負けよ」


銃口をチィンの頭部に向けたユーコが呟いた。


「ふは、ふふふ、最高ね」


仰向けに倒れたチィンが笑い出した。


ユーコが頭でもおかしくなったのかとチィンの様子を伺っていると、片田のレールキャノン砲で欠損した左半身がみるみるうちに再生していく。


驚いたユーコがチィンに銃を向け、即座に発砲してさらに追い撃ちをかけたが、チィンは笑い、全身の皮膚が青色に変色し真っ赤に目を充血させてゆっくり身体をユーコの銃弾で揺られながら立ち上がった。


「如果这是王牌的话我就赢了 《それが切り札なら私の勝ちだ》」


チィンは身体を完全に変異させていた、肌はザラザラした暗い青色になり、真っ赤な眼をギラギラさせてユーコと片田に視線を走らせてから手に握られた三節棍でユーコを思い切り横から薙ぎ払うように殴りつけた。


ユーコの身体が吹っ飛んで壁に思いきり激突してからそのままストンと床に落ちた。


「来点酷吧,机器人 《さあ、かかってこい、サイボーグ》」


片田は床に倒れたユーコに視線をチラッと向けて、目の前で三節棍を構えて立つチィンを冷たく細めた目で捉え、刀を握る指先に怒りを流し込んだ。



白虎の間──────


「どうしたハンターエリック、もうお終いかよ」


「ごはっ…クソ野郎」


「じゃあそろそろ終わりにしようや、俺も忙しいんでねビジネスの途中なんだ」


身体のあちこちから血を流して膝をつき、血を吐くエリックの苦悶の表情を見ていたアークインの下顎が割れ、左右に大きく開かれて長い舌をだらんと垂らしながらエリックを嘲笑している。


「お前のナイフも弾丸も俺を何度傷つけても意味がない、俺は不死身だからな」


ショットガンの弾をリロードしながらアークインがエリックに近づいくる。


「命乞いするなら俺の部下にしてやってもいいぜエリック、嫌ならここで死にな」


「断る、俺を殺してみろ」


「バカが」


アークインがショットガンの銃口をエリックに向けて発砲する、エリックはかろうじて動く右手に握られたカランビットナイフに力を込めたまま前転してアークインの横から斬りかかった。


「無駄だよバーカ、俺を切ってもすぐにくっついて元通りだ、痛くも痒くねぇ」


「なら良かったな」


エリックが斬りつけたアークインの身体はすぐに傷口が塞がって元通りになっていく。


エリックが斬りつけるスピードが徐々に増していきアークインに身体に無数の線が入っていった。


「だからなんだよ死ねよ角刈り」


斬りつけられているアークインが至近距離でショットガンの銃口を接近したエリックに鈍い低音と共に炸裂させた。


「がはっ」


身体から血飛沫を上げて後方へ飛ばされ、エリックはそのまま床に仰向けに倒れた。


「今のは効いたろ、クソ角刈り野郎」


「ハハ、効いたぜクソ野郎。だがお前の負けだ…」


「…何を言っ」


アークインは身体に異物感を感じた。


エリックはアークインの身体を無意味に斬り裂いていたのではなく、斬り裂きながらアークインの体内に隠し持っていた小型の丸い手榴弾を仕掛けていた。


「ハ?」


アークインの身体が爆発と共に四方八方に飛び散った、黒い血飛沫と肉片がバラバラと床に降り注ぐ。


呻き声を上げて腹の辺りを手で押さえながらエリックが立ち上がる。


「お前みたいなクソ野郎の部下に誰がなるんだ?給料全部ピンハネされんだろ」


エリックはよろよろと身体から血を流しながら床に転がるアークインの頭部へ近づいて、サブマシンガンを乱射しアークインの肉片が見えなくなるまで引き金を引き続けた。


青龍の間──────


「现在投降,这是你的损失 《もう降参しろ、お前の負けだ》」


片田がいくら刀で斬りつけてもチィンの三節棍に阻まれ蹴りや打撃も全く効いていない。


変異した事により著しく向上した身体の反射速度に片田の攻撃はチィンに、全くかすりもしていなかった。


片田はふぅーと息を吐き、低い姿勢で呼吸を整えると刀を構えてチィンをじっと見ている。


「好吧,再用左臂枪开一枪 《いいだろう、もう一度その左腕の銃を撃って来い》」


三節棍を構えてニヤリとチィンが微笑んだ瞬間、片田が猛然と斬りかかった。


チィンは三節棍で片田の刀から放たれる斬撃を余裕でいなして避ける。


片田が地面に弧を描く様に水面蹴りでチィンの足元をすくおうとしたが、ひょいと軽く飛び上がりかわした、その瞬間右手に強く握られた刀を斜め上に振り抜く斬撃をチィンは三節棍を凹の字にして防いだ。


刹那、片田の左腕が再び変形しレールキャノン砲の先端から白い光が放たれようとした時、チィンの口角が上がるのが片田の視界に入った。


三節棍を真ん中で分割し二つに分かれさせたチィンは、両手に持った金属製の棍から隠した刃を開かせて片田の左腕を斬りつけて完全に破壊した。


左腕のメカニカルアームがバラバラに床に飛び散り、右手で持った刀を握り締めて片田は後方に距離をとるために退いた。


「クソッ、誘われた」


「你要如何用一只手臂打我?《片腕でどうやって私に勝つつもりだ?》」


三節棍をまた結合させて構えるチィンに壁際からユーコが二丁拳銃を構えて撃ちまくる。


「你还活着吗?《お前まだ生きていたのか?》」


三節棍でユーコの放つ弾丸を弾きながらチィンは余裕の動きでいなして避ける。


カチ、カチと弾が切れたユーコがベレッタ92FSを床に落とした。


「闭嘴看着,我会杀了这个机器人然后再对付你 《黙って見ていろ、このサイボーグを殺してからお前の相手をしてやる》」


ユーコが片田に視線を送る、片田と視線が合うと片田の足下に横たわるチンピラ達の死体の脇の青龍刀にユーコの視線が片田を誘導した。


そして、ユーコが左眼の瞼を三回閉じてウインクした。


「来吧,这是最后一次,机器人 《さあ、最後だかかってこいサイボーグ》」


再び三節棍を構えるチィン、ふぅ〜とかなり深い息を吐いて、右手に強く握られた刀に片田は力を込めて低い姿勢で構える。


「シュッ」


ユーコが咥えていたマッチ棒を壁に擦りつける音がした瞬間、片田がこれまでより数段速くチィンに向かって駆け出した。


右手に握られた刀で床に転がるチンピラの持っていた青龍刀をニ本空中に跳ね上げる、そのまま驚くべき速さで右手でチィンを上段から斬りつけた。


チィンはその一撃をまた三節棍を凹の字にして防いだ。


刹那、空中から降ってきた青龍刀を掴み連続で斬りつける、チィンは三節棍を再び真ん中で分割した時、チィンの視界がスローモーションになり嫌な予感が脳裏を過ぎる、景色が歪んだ。


身体が無意識に反応して両手に持つ棍で防いでしまった。


片田は、さらに空中から降ってきた青龍刀を掴み頭の上で棍をXの字にして、ガラ空きになったチィンの眉間に思い切り青龍刀を突き刺してそのまま真っ二つに斬り下ろした。


チィンの二つに分かれた身体が再生しようとうねうね細い糸が結合し出した時、


「片田、離れなさい」


ユーコの叫び声が片田に聞こえた。


真っ二つになったチィンの身体の間に導火線に火がついたダイナマイトが投げ込まれた。


「ドーーーン」


という爆発音と煙、飛び散るチィンの肉片と黒い血の雨が辺りに降り注ぐ。


「無茶苦茶しすぎでしょユーコさん」


「これぞ、奥義、南斗爆殺拳よ」


「ただダイナマイト投げつけただけじゃないですか、どこが拳法なんですか?」


「まあ、いいじゃないあんた危なかったっしょ、マジで」 


刀を杖の様に床に刺してよろよろ立ち上がった片田に、ユーコが屈託のない笑顔でニヤリと視線を合わせた。



最上階、応接室──────


応接室の扉を開いたのはユーコ一人だけだった。


片田は後から行きますからと床にへたりこんだからだ。


「ん、おやおや、これは、ユーコじゃないか?久しぶりじゃないか、二十年振りぐらいか」


幅戸はばと、ノース•幅戸はばと…」


ユーコの前に立つのはユーコの父、ノース•幅戸だった。


ユーコは即座にリロードした二丁拳銃を幅戸に向けて引き金を引いた。


銃弾が幅戸の身体を揺らして血飛沫が上がったが全く動じていない。


「冷たいな、二十年振りぐらいに再会した父親に鉛玉をブチ込む娘がいるかね」


弾丸で穴が空いて血液で汚れた衣服を残念そうに見ながら幅戸はユーコに言った。


「なんであんたがここに?」


「まあ、ビジネスだよ、ビジネス、まずいな警察が時期に来るな、厄介だなー警察」


「母さんや私だけじゃない、ジェシカや数え切れない人々を実験材料にしたあんたを私が父親だと本当に思ってんの?」


「おかげで不死身になれたじゃないか、母さんは無理だったがね。そんなに怒らなくてもいいじゃないかユーコ」


悪びれる様子もなく何が気に食わないんだと苦笑する幅戸の顔を見てユーコはキレた。


腰にあるナックルガード付きファイティングソードを抜いて我を忘れて猛然と斬りかかったその時、


「今は忙しくてね、遊ぶのはまた今度だユーコ」


幅戸はいきなり窓ガラスを突き破り夜空にダイブした。


我を忘れていたユーコが突然目の前から消えた幅戸を見失い正気に戻ってぽかんとしていると、ヘリにワイヤーアンカーで引っ張り上げられる幅戸が視界に入った。


そして、暗い夜空に黒い点となり溶けていく。夜空を見つめるユーコの背後からエリックに右肩を貸して近寄る片田がいた。


「どうしたんですかユーコさん?ナイフ持ってめっちゃ怖い顔して」


「いや、何でもない、別に…」


「任務完了だな、焼き鳥でも食いに行こう」


血だらけでニカッと口角を少し上げたエリックの口からセラミックの白い歯が光った。


ノース•幅戸、あいつは必ず私が地獄に送ってやるとユーコは心の中で呟いた。


──────

See you in the next hell…

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