EPISODE Ⅶ ALL YOU NEED IS MEMORIES


ノース•幅戸(はばと)


彼は、私にとって大学時代の唯一の友達であり親友だった。


私は、彼の様な研究者をこれまで見たことが、いや知らなかった。


神解こうかい大学医学部三回生に籍を置いていた時に知り合い、私がすっかり彼の研究に魅せられてしまったのだ。


小柄で金髪、やけに痩せ細り、邪悪なあの吸い込まれる様な碧い眼に屈従くつじゅうしたのだった。


「人間の生命を進化させる研究」


の片棒を担ぐ羽目になった。


医学部長の安藤博士を説得しようとしたが余りにも危険だと安藤博士や、他の教授達に止められた。


大学側と対立を深めたノースは、大学でやらなければいいだけだと私に言って、唖々噛對ああかむから少し離れた場所にある町、玉重たまおもで小さな診療所の廃屋を研究所としてと使い始めた。


大学卒業後、私は彼と共にあの悍ましい研究を続ける事になった。


その小さな診療所で彼は、死体を蘇らせる研究していたのだ。


「死んだばかりの新鮮な死体、防腐処理が施されていない死体が必要だ」


そう私に述べた彼のよどんだ狂気の碧い瞳に私は逆らえなかった。


数多のあらゆる動物や昆虫を殺し、色々な種類の爬虫類やクマムシの様な不死に近い生物から抽出した溶液を、死んだばかりの新鮮な死体に注入すれば爬虫類の皮膚組織が再生する。


蜥蜴の尻尾切りの様な原理で人間の皮膚組織や手足を再生出来るようになる事を彼は、信じて疑わなかった。


彼の厄介な要求は次々にエスカレートしていったのだった。


大学経由で入手した死体に何度も試したが結果は特に出なかった。


ノースは、死体の鮮度が損なわれていて防腐処理のせいで結果が出ないと私に吐き捨て、用済みの死体を二人で何度も焼却炉にぶち込んだ。


そして、二人で研究を始めて3年が経った頃、研究所からすぐ近くの建設現場で事故があり、身寄りのない作業員の新鮮な死体が手に入る事になった。


その連絡を受けた彼は、興奮気味に、


ようやく実験が出来る、膠着した研究状況が進捗するぞ」


と私の肩を叩いて、すぐさまその死体を引き取りに向かった。


「素晴らしい」


彼は、死体になった若い作業員の死体を見て思わず呟いた。


死体回収に協力的だった建設現場関係者の怪訝な顔が忘れられない。


医者の卵が解剖の練習にでも使うつもりだろうとしか思ってなかった関係者達。


遺体の譲渡に立ち会った者達にこれ以上いらぬ疑念を抱かせないために、私が警察や救急車を呼ばすに事故を隠蔽しようとしている関係者達に一芝居打って無事に死体を回収してきたのだ。


若々しい死んだばかりの作業員の死体を二人で診療所の手術台に乗せた。


LEDの強力な明かりに照らされたその死体はまだ眠っているかの様な表情に私には見えた。


私は、少し緊張し、焦りに苛まれたが、ノースは、入念に調合された溶液を大量に死体の血管に注入した。


死体に反応は特に診られなかった、彼と私は落胆したが、やるだけやったので、しこたま酒を煽ってから眠りについた。 


「ぐうぅぅぇぉうおぉぉぇぁあー」


男の苦痛に抗うような叫び声で私達は目覚めた。


急いで手術台のある部屋に駆けつけた私達の前には、爬虫類の様なザラザラした赤黒く変色した皮膚に、自我を失った

化け物に変わり果てた男が苦痛に床の上をのた打ち回っていた。


暫くその様子を二人で驚嘆し観察していたが、化け物はそのまま黒い血液を口から床にぶちまけながら息絶えて絶命してしまった。


ノースは、眉間に皺を寄せ残念そうに化け物の遺体を見ていたが、ギラギラと輝く碧眼に彼のニチャリと左側の口角を上げた凶々しい表情を私は、忘れる事はない。


──────ハワード•愛作(あいさく)手記



白い壁に囲まれた部屋。


ブロックを積み上げたブロック塀だろうか、冷たい灰色のコンクリートの床の上に座っていた。


白い壁の中央に一枚のフォトパネルが見える。


暗い目をした母と、何を考えているか分からない、頬がこけた凶々しい碧眼の父が写されている。


冷たいコンクリートの床から立ち上がり、フォトパネルに近づき、父と母に挟まれた、幼い真顔の私自身に手を伸ばしたその時、四方八方の白い壁から無数の黒い手が現れた。


「ユーコさん!ユーコさん!」


はっと瞼を上げて視界が開けると、運転席の片田(へんでん)がルームミラー越しに呼んでいた。


「あ、え、ごめん、どうしたの?」


「着きましたよ」


夢を見ていた。


ユーコは、車のリヤドアーを開けて後部座席から降りると、スマホをポケットから取り出してディスプレイに視線を落とした。 


「ここに間違いないんですね」


片田が停車した車から降りてユーコに問いかけた。唖々噛對から車で1時間ぐらい離れた所に玉重という町がある。


ユーコ達は、玉重にある診療所付近で行方不明になった公安が追っている、おそらく変異体で一般人三十七人を殺害したシリアルキラー、苦留賀(くるが)という男を探して欲しいと公安に依頼されていた。


そして、廃墟と化したノース診療所の前にユーコと片田は、到着した。


「もう誰も出入りしてないはずよ、ただの廃墟」


スマホのディスプレイから視線を外さずにユーコが答えた。


「ユーコさん、どうしてここに?」


「田島ひろし、覚えてる?あんたがバスターライフルでぶっ飛ばした奴」


「ああ、神解公園辺りで殺しまくってた奴ですね」


「そう、田島があんたにぶっ飛ばされる前に玉重の診療所でどうのこうのって言ってたんだけど、調べたけど玉重に開いてる診療所なんてなかったのよ、あるのは五年前に閉鎖されたこのノース診療所だけなの」


片田が徐ろに車のバックドアを開け、銃火器を取り出そうとした。


「ここは、スパス12A(散弾銃)でしょ?バイオハザードっぽいし」

「ならユーコさんは何を?」 


「そうね、ロケットランチャー持ってないからナイフかな」


ナックルガード付きファイティングソードを腰のホルスターから抜いて、碧眼をギラつかせたユーコは、片田を見ながら口元に近づけた刃にピンク色の舌を這わせた。


「ゾンビでもいるんですか、この診療所に?」


「いたら最高だけど、まあ、備えあれば憂いなしよ」 


片田は散弾銃の弾を補充してからユーコと共にノース診療所へと入って行った。



ノース診療所、正面の入り口は固く閉ざされていた。


ユーコが片田にほいっほいっとハンドサインで合図した。


「ガシャン」


片田が左腕で軽く扉を破壊して中へ入っていく。


特に異常はない、静寂に包まれた古びたボロい診療所内、思ったより暗い診療所内をLED懐中電灯と銃を二人共構えて、広角照射で捜索する。


「汚いだけね」


「埃が凄いですね」


診療所内の一階を隈なく捜索したが特に何も異常はない。


──血、血、血、血、吐、吐、吐、吐──


「次は、2階ね」


懐中電灯を散弾銃に装着した片田がユーコの方を向いて小さく頷いた。


2階に上がる階段を懐中電灯の光が照らして足元を確認しながらユーコと片田が登って行く。


「ガタッ」


階下から何か物音が聞こえた。ユーコと片田は、少し気になったがそのまま2階へと進んだ。


2階へ繋がる階段を登りきると、暗い廊下が光に照らされ、不気味さが増した。 


──血、血、血、血、吐、吐、吐、吐──


2階は入院患者用のベッドが幾つか並んでいる。


窓には板が貼られ外の様子は見えない、ベッドが並んだ部屋の中を懐中電灯で照らしながら二人が捜索しているとまた階下から、


「バシャ、ガタッ」


打撃音が聴こえた。


「下で何か起こっているんですかね?」


「確かに気持ち悪いわね」


ユーコは、片田に下に戻ろうと顎をくいっと動かし、懐中電灯を登ってきた階段の方へむけた。


階段の方へ片田を先頭に進む途中ユーコは、背後に微かに何か分からない気配を感じ懐中電灯を向けた。


光の先には、細長いロッカーがあるだけだ。


その時だった、


「誰ですかあなた?」


「…………………………」


ユーコがロッカーに懐中電灯の光を当てている間に、階段の方へ進んだ片田の前に斧と鉈を持ったかなり大柄な紫色の髪に茶色の鋭い瞳をした女が黒い血塗れで立っている。


「ここで何」


言いかけた片田に女が思い切り斧を振り下ろしてきた。


片田は、咄嗟にバックステップで振り下ろされた鉈の一撃から逃れた。


「ちょ、あんた」


散弾銃を構えた片田の背後からユーコが叫んだ。


片田が散弾銃の引き金にかけた指に力を入れようとした瞬間、


「ストーーーーーップ」


ユーコが大声で叫びながら片田と女の間に割って入った。


「片田ストップ、ストップ、ちょちょちょ」


片田に撃つな撃つなとユーコが手を振って銃撃を止めて、身長約180cmはあろうかと思われる大女の方を向いた。


「ジェシカ、あんたここで何してんの?」


「………………仕事」 


「あんたもこの診療所で化け物退治ってこと?」


ジェシカは小さく頷いた。


「知り合いですか?」  


「彼女、私達と同じクリーナーのジェシカ•棒歪 (ぼうひず)よ」


辺りに広がる緊張感が解けて片田は、散弾銃を下に向け、ユーコとジェシカの方へ歩み寄る。


「ジェシカ、その返り血は?下に何か居たの?」


「………………ゾンビが二体」


ぼそりとジェシカが呟くと、ユーコの後ろに立つ片田の背後に向かってジェシカが斧を突然ぶん投げた。


「ぐああああああ」


「え?」


ユーコと片田が斧が投げらた方へ振り返ると、頭に斧が突き刺さる身体中が腐敗したゾンビが仰向けに倒れていた。


ユーコと片田は、ベッドの下からがさがさと何かが這いつくばりながら動く気配を感じた。


「バシャーン」


片田の散弾銃の銃口が暗闇を照らす様に火を吹いた。


飛び散る肉片と血飛沫、ゾンビだ。


「面白くなってきたわね」


碧眼をギラつかせてユーコがベッドの下やロッカーから出てきたゾンビにハンドガンの銃弾を叩き込む。


ジェシカは、階段下から上がってきたゾンビの首を無表情で、虚無の視線を向けながら鉈で軽々と斬り落としていく。


ジェシカの打撃はいわゆる格闘技のそれではなく、大柄な体躯から繰り出される蹴りやパンチは、怪力で思いきり殴りつける感じで、余りの威力にゾンビの身体を貫通したり、スイカが破裂するようにビシャっと腐った肉が崩れて床に落ちた。


「相変わらずのバカ力ね」


ユーコと片田が板で閉ざされた窓に向かって発砲しながら突進して蹴破り、新鮮な空気が部屋中に広がっていく。


蹴破った窓から外をユーコが覗くとすっかり夜の帳が下りた、雑草が荒々しく生い茂る診療所の裏庭が見えた。


「外にはゾンビ、いなさそうね」 


片田が足首を掴んできたゾンビを、容赦なく散弾銃で肉塊に変えてユーコの顔を見てアイコンタクトを送ってきた。


「ジェシカ、ここ臭いから私達出るわ」


黙々とゾンビの首を鉈で斬り落とし、鉈の一撃を掻い潜り接近してくるゾンビをすかさず打撃で薙ぎ払うジェシカにユーコが言った。


ごゆっくり〜とゾンビをボコボコにしているジェシカの方へ手を振って、ユーコが片田と窓から裏庭に飛び降りた。



ユーコと片田が裏庭から診療所の様子を伺っていると、ユーコ達が蹴破ったガラスや塞いでいた木の板で、凸凹になった窓を首のないゾンビの身体を雑巾の様に当て、凹凸をさらえてから、鉈と斧を持ったジェシカが窓から飛び降りて来た。


「私、思うんだけど、お決まりの展開としてこういう施設には地下室があって…」


言いかけたユーコの身体を突風の様な衝撃波が切り裂き、仰向けに倒れた。


「く、ばはっ」


胸と口から吐血したユーコの口角が上がり、碧眼がすっかり暗くなった夜空に妖しく光る。


「何なの?今のは効いたわ、あんた達見えた?」


片田が散弾銃を構えて辺りに鋭い視線を走らせる。


ジェシカは、両手に斧と鉈を持ったまま目だけを動かして辺りの様子を伺っている。


ユーコが傷口を再生させて起きあがろうとした時、衝撃波が片田の背中を走り斬りつけた。


片田が衝撃波を背中に受けながら、前転してダメージを最小限に抑えて回避している直後、ユーコが起き上がる途中で体勢を整えられない状態から診療所の壁際に置いてある木箱辺りにハンドガンを連射した。 


「そこね」


数発の乾いた銃声が暗闇に響いた後、ユーコが懐中電灯で照らした光から細長い影が木箱の横からにゅうっと見えた。


「お前達はあれか、クリーナーか?そうだなたぶん、ふ〜む俺の居場所がよく分かったな」


カチャカチャと嫌な金属音を、右手の指から伸びた鉄の爪を鳴らして、黒いスーツに身を包みハットを被った男がユーコ達の前に現れた。


「あんたが苦留賀なの?」


「ほう、私の名前を知っているか、そしてその身体能力と装備、警官ではないな、やはりクリーナーだなお前達、公安じゃないな」


「だったらここで終わりね」


ユーコがハンドガンを苦留賀に向けて発砲すると片田も散弾銃をぶっ放した。


「危ない、危ない」


苦留賀の姿が闇に溶けて視界から消えている。


「公安の連中もお前達もすぐ銃をやたらめったら撃ちやがる、そう、美学がない、殺しの美学がね、最低だ」


暗闇から微かに聴こえる苦留賀の声。


ユーコ達は、辺りを懐中電灯であちこち照らしながら銃を構えたまま警戒している。


「鬼ごっこは終わりよ」


ユーコがハンドガンを弾がなくなるまで乱射した。


銃口の火花が闇夜を幾度も照らしたが全く手応えがなかった。


「あっ」


小さなユーコの呟きが聴こえた瞬間懐中電灯を持ったユーコの左手ごと手首からぼとりと雑草の上に落ちた。


「ひとつ」


片田がユーコの側で警戒していると、今まで微動だにしていなかったジェシカが斧を振り上げ診療所の壁に向かって勢いよく放り投げた。


「ぐ、ああ、貴様…があああー」


斧が苦留賀の胸部に突き刺さっていた、さらに鉈を握りしめたジェシカが苦留賀の方へ歩いて行く。


「バシャーン」


左手を再生させたユーコを庇うようにそろりと移動する片田の散弾銃が火を吹いた。


ゾンビが裏庭にぞろぞろと入って来ていたからだ。


「どんだけいんのよ、ゾンビ」


弾が無くなったハンドガンを投げ捨てて、ナックルガード付きファイティングソードを抜いて握りしめたユーコが、片田に言った。


「私も弾切れです、一度車に戻りますか?」


「んー、ジェシカ!そいつ頼んだわよ!」


ユーコがそう叫び、片田に何か話しかけてからゾンビ達の群れに飛び込んで行った。



「こっちえ来るな!止めろ、やめてくれ」


苦留賀の命乞いの様な悲鳴はジェシカに届かない。


斧で壁に固定された苦留賀をジェシカが鉈で思い切り斬りつけた。


「ぎゃあああー…………なんちゃって」


ジェシカの振り下ろした鉈が壁に突き刺さって抜けない。


苦留賀の爪が何度もジェシカの背中を斬りつけた。


ジェシカの着ていた茶色の革ジャンが切り裂かれ赤い血液が噴き出す。


「まあ、人間なら死んでただろう、ただの人間ならね、きへ」


カチャカチャと嫌な金属音を鳴らしてジェシカの耳元で苦留賀が囁いた。


ようやく鉈を壁から引き抜いたジェシカが周りを見ると苦留賀の姿が見当たらない。


「どこを見ている」


また囁き声が聴こえたとジェシカがキョロキョロしているとジェシカの太腿に激痛と共に苦留賀の爪痕が刻まれた。


「落とし物だぞ、ほら」


ジェシカの左肩に斧が突き刺さった。


「…………ぐぐ」


左肩に斧が突き刺さったまま瞳を左右に動かして、ジェシカが右手に強く握られた鉈に力を込めて立ち尽くしている。


「お前みたいなデカい女より、さっきの小柄の女の方がわたしは好みだが、あの女は年増すぎる」


カカカと笑いながら苦留賀が爪を鳴らし、身体のあちこちから血を流すジェシカを挑発した。


ジェシカの目がぎろりと足元に動いた。


「けやー」


生い茂る雑草の中から苦留賀が右手の爪をジェシカの腹に突き刺した。


「ぶほっ、ばは……………」


ジェシカの唇から血液が流れた、苦留賀がニヤニヤしながらジェシカの綺麗に割れた腹に突き刺した。


爪をぐりぐりと回してジェシカの内臓を抉っていく。


「死ぬのは怖いか?なあどうなんだデカい女」


「………………………」


ジェシカの左手が苦留賀の右腕をがしっと掴んだ。


「なんだ?まだ抵抗する力があるのか?」


とぼけた口調でジェシカを挑発する苦留賀だが掴まれた右腕が全く動かない、凄まじい力だ。


「は、離せ、バカ力め、ぐああああ」


右手の爪をジェシカに突き刺したまま苦留賀が激しく抵抗していると、ヒュンと鋭い風が苦留賀の耳元をかすめた。


「ぎゃああ、あ、ああ」


ジェシカの鉈が苦留賀の左肩から腕を斬り落とした。


傷口から黒い血液が大量に吹き出す。


「待て、待ってくれ、仲良くしようじゃないか?」


「………………………」


ジェシカの鉈が苦留賀の右肩に振り下ろされると腹に突き刺さった右腕が苦留賀の身体から切り離された。


「ぎゃあああー、お終いだー、助けてくれ、私が悪かった、頼む」


「……………………」


両腕が無くなった苦留賀がジェシカに命乞いをしているが、腹に苦留賀の切り離された右腕が突き刺さったままジェシカは、黒い血を流して跪いた苦留賀の様子をじっと見ている。


「ちっ、何か言えよ!だからデカい女は嫌いなんだ、可愛くねえからな」


そう苦留賀が悪態を吐き捨てた瞬間、苦留賀の頭に被るハットが弾かれて角の様に伸びた鋭利な先端がジェシカの胸部に突き刺さった。


「くはっ」


ジェシカが血を吐きながら後ろに倒れた。


苦留賀はニヤリと笑いながらその場にひれ伏し、切り落とされた左腕に左肩の傷口を合わせて結合させて立ち上がった。


頭から伸びた角の様なものが徐々に萎んでスキンヘッドの頭頂部に馴染んで見えなくなった。


苦留賀の顔は、全体的に火傷の後が凄く悍ましい容姿をしている。


くっついた左腕を振って馴染ませてからジェシカが落とした鉈を拾った。


「甘いなあ、甘い、実に甘ちゃんだなお前、舐めすぎだろ」


鉈をぶんぶん振って倒れたジェシカを挑発すると、苦留賀はトドメを刺そうとジェシカに近づいた。


「もっと苦痛を与えてからでもいいが、まだ二人クリーナーがいるからな、お前はもう用済みだ」


鉈をジェシカの顔面目掛けて振り上げた瞬間苦留賀の身体の動きぐ止まった。


「ががあ、あ、あ、あ、ああ」


「お前、気持ち悪いし、うるさいぞ」


ひどく黒く濁った目で苦留賀を睨みつけたジェシカが、腹に突き刺さっていた苦留賀の右腕を腹から引き抜いて苦留賀の胸部中央に突き刺して貫通させていた。  


「なんで、い、生きてん、だ、お、お前」


「タフだからだ、ユーコほどじゃないけど」


そう言って苦留賀の左手から鉈をとり、左肩に刺さった斧を引き抜いてジェシカは、両手に持った斧と鉈をビュンビュンと軽快な風を斬る音と共に振り回して苦留賀の首から胴体、下半身を横にスライスして肉塊に変える。


苦留賀の身体が黒い消し炭になって闇の中へ霧散した。



ユーコ達は迫り来る無数のゾンビを切り裂き、蹴り倒して車まで戻っていた。


「この前使ったやつは、と」


「ユーコさん早く」


ユーコが片田にサブマシンガンを渡して、のろのろと接近してくるゾンビ達に向けて発砲した。


「ジェシカさん、大丈夫ですかね?」


「ああ、ジェシカなら大丈夫よ、殺しても死なないから」


ゾンビをサブマシンガンの銃弾で駆逐しながらユーコはニヤニヤしながら笑っている。


二人は再び診療所の裏庭に進んだ。


「ああ、やったのね」


血塗れで斧と鉈を持ってユーコ達の元へ歩いてくるジェシカにユーコが言った。


「…………私の仕事はこれで終わりだ」


「あらそう、久しぶりに会ったのにもう帰っちゃうの琵琶レイクに?」


ジェシカは無言で首をこくんと縦に振る。


ユーコはじゃあ私達も今日は帰ろうと片田に話して、三人でしつこいゾンビを数体屠りながら診療所の正面に戻って行った。


「ドルルルルン」


ジェシカが乗ってきたハーレーに跨り、エンジンをかけた。


「ユーコ、またな」


「ええ、またね」


二人の短いやりとりを見て、片田は二人の間にある強い信頼関係に少し嫉妬した。


その感情を表に出さず、片田は車に乗り込んだ。


「いいんですか、地下室とか捜索しなくても?」 


「う〜んなんかもういいや、苦留賀はジェシカが倒したし、また服破れたし、ゾンビに襲われてあんたも私もどろどろだから帰りたい」


後部座席の窓からハーレーに乗って走りさるジェシカを観ながらルームミラー越しにユーコが答えた。


「仲良いですね」 


「ん?ジェシカの事?ああ、まあね古い付き合いなの、古いね」


片田は車のエンジンをかけて、ゆっくり診療所前から車を出した。

ユーコがスマホのディスプレイを操作すると、車内にシンセサイザーの荘厳な音色が充満して、ビートに合わせたエレキギターのソロから始まるイントロが流れ出す。


そして、銀色の海に熱い波が押し寄せていく。


──────

See you next in the hell…

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