EPISODE Ⅴ ALL YOU NEED IS DEMIGOD


銃対じゅうたいの連中がメサイアセンターに突入を開始しました」


「潜入している二人は?」


「昨日から連絡が取れていません」


「クソッ、銃対の連中、余計な事をしてくれる」


短く刈られた銀髪の頭を掻きながら、吸いかけの煙草を灰皿にねじ込んで魚家 (うおいえ)が言った。


阿部は三十代にしては童顔で、せいぜい二十五歳ぐらいにしか見えない程若く見えた。


七三分けの整えられた黒髪に、骨伝導メガネ型イヤホンを耳に掛け、手に持った双眼鏡で助手席からメサイアセンターの敷地に接近していく。


ヘルメットや防弾ベストで身を固め、手には特殊小銃HK416で武装した銃対の隊員達の動向を注視している。


メサイアセンターの上空に、銃対のドローン三機が飛んでいた。


隊員達の後方には銃対の装甲バスニ台が待機しているのが見えた。


魚家は、部下の阿部と共に神解こうかい市北区王河町おうごちょうにある、救世魔神教会本部施設、通称メサイアセンターから約500mぐらい離れた場所に停めた車内にいた。


ほぼ誰も住んでいない見渡す限りの田園風景の中に巨大な白い宗教施設、メサイアセンターがぽつんとある。


ニ階建てで多くの窓があり、建物の中央に塔屋というには高すぎる塔があり、高地に存在していた。


公安が潜入捜査官二名を送り込んで調査中だった救世魔神教会本部に、銃対が百万発を越える弾薬と違法製造されたマシンガンを、本部内に隠し持っている情報を理由に捜索に踏み切った。


「敷地から出ていけ、入ってくるな」


顔面部分に救世と漢字で縦にかかれた白い頭巾を被り、白い袈裟のような衣服を纏った信徒達が、ぞろぞろ銃対隊員達の方へ出てきた。


「警察だ、捜査令状がある」


先頭にいた隊員が銃を構えたままで言い返した。


「我々は何も違法な事はしていない、敷地に入ってくるな」


「捜査令状がある、施設内を調べさせてもらう」


信徒達は、しばらく銃を構える銃対の約四十名ぐらいの隊員達を頭巾ごしに確認してから背を向け、メサイアセンターの中央入り口に向かってゆっくり引き返して行った。


武器は持っていないが頭に白い頭巾を被り、表情が読めない不気味な信徒達を、銃対の隊員達は銃を構えて警戒している。


「信徒達が施設内に戻って行きます、銃対がその後にぞろぞろ付いて行ってますね」


阿部が魚家に状況を報告する。


「やけに穏やかな展開だな、連中、捜査に協力的じゃないか」


先頭の信徒が施設の中央入り口付近に到達した時、


「止まれ、全員両手を上げて、跪いてからゆっくりそのまま腹這いになれ、振り向くな、その場にだ」


銃対の先頭の隊員の怒号が響いた。


他の隊員達が一斉に信徒達に銃口を向けて取り囲む。


「違法なのはお前達の方だ、令状をみせろ」


両手を上げたまま跪いた信徒が言った。


「黙れ、さっさと腹這いになれ」


銃対を指揮している隊員が、部下の六名の隊員に拘束した八名の信徒達のボディチェックを指示した。


ここに待機しろと命令し、他の隊員にハンドサインとアイコンタクトを送り、メサイアセンターの中央扉を開け、隊列を組んで素早く施設内へと突入した。


「銃対が中に入りました」


双眼鏡を観ながら阿部が言った。


「今日は早く帰れそうだな」


魚家が少し苦笑しながら煙草に火を点けてウインドウを開けて煙を吐いた。


「いつまで私達は這いつくばっていればいいんだ」


拘束され地面に腹這いになった信徒が言った。


「黙れ、捜査が終わるまでだ」 


銃口を喋った信徒にむけて銃対隊員が怒鳴る。


不気味な静寂の中、時間がゆっくり流れていく。


「よし、行くぞ、銃対のバスの後ろに付ける」


魚家が煙草を灰皿にねじ込み車のアクセルを踏んだ。


「お前達のような不信心な輩にこのような仕打ちを」


言葉を遮って銃対隊員が腹這いになった、信徒に銃を突きつけて、


「いいから黙ってろ」


と冷静なトーンで制した。


おかしい、もう五分、いや十分経っただろうか、何も通信が聞こえない。


中に入って行った隊員から報告はなかった。


魚家達が、銃対の装甲バスの後方に車を停車させて阿部と共に車から降り、ニ台目の装甲バスへと近づいたその時、


「パン、パン、パン、パン」


乾いた破裂音がして、凄まじい銃撃が始まった。


「ドシャ………」


双眼鏡でメサイアセンターの方を見ようとした阿部の頭部が破裂して、その場に倒れた。


首の傷口から夥しい量の血液が流れ、地面が赤く染まって行く。


「あ、あ、阿部ぇぇぇぇぇぇーーー」


凄まじい銃撃音の中絶叫しながら、阿部の頭部の無い遺体を引きずりながら、乗って来た車両を盾にするように裏側へと、魚家は阿部の遺体と共に必死の思いで身を隠した。


「クソッ、何だ、一体何が起きているんだ」


魚家は阿部の持っていた双眼鏡を探した。


銃対のバスと車の間に転がっている。


だが、この状況で取りに行くと自分も狙撃されるだろうと思い、銃を握りしめたまま音がしなくなるまで耐えろと自分に言い聞かせていた。


「カン、カン、カン」


甲高い金属音が空から聞こえた。


銃対隊員が操作する三台のドローンモニターがブラックアウトしていく、銃対のドローン三機が撃墜されたようだ。


「だ、誰か、応答しろ、誰でもいい、一体どうなっている、状況を報告しろ」


魚家の乗って来た車両の前方に停車された、ニ台目の装甲バスのバックドアが開いた。


ドローンを操作していた隊員達三名が慌てて銃を持って降車し、バスを盾にするようにバスの裏側へとすべり込んで来た。


「公安四課の魚家だ、状況は?」


視線が合った銃対隊員に魚家が聞いた。


「公安?状況は見ての通りだ、突入した隊員達と連絡がつかない、ドローンも落とされて状況が分からない」


銃対隊員達は焦り、取り乱していた。


「ドーン、ドーン、」


メサイアセンターに近い場所に停車してある先頭の装甲バスが重い衝撃音を響かせ狙撃されている。


さらに、もの凄い重低音と共に揺れている。


「どっかの窓からキャリバー50で撃ってきている、戦争でも始める気か?」


「クソカルト共が」


「息ができない、肺をやられた」


先頭の装甲バスのバックドアが開いた。


銃対隊員達が悪態を吐きながら出て来ようとしたが、メサイアセンター側からの銃撃が苛烈でバックドアから出られない。


「俺が、囮になる、俺が出たら走れ」


負傷した隊員を支えて外に運び出すため、

バックドアから一名の隊員が飛び出して、銃撃の注意を逸らすため囮になった。


中にいる隊員達を援護するため、メサイアセンターへ向けて銃を乱射しながら装甲バスから離れていった。


「ドシャ」


囮になった隊員がキャリバー50の餌食にされて阿部と同様に頭部をまるごと吹っ飛ばされ、真っ赤な鮮血を地面にぶちまけた。


囮になった隊員が命懸けで作ったその隙に、バックドアから他の隊員達が魚家達の所へ雪崩れ混んで来た。


銃対の隊員の一人が緊急信号弾を頭上に撃った。


「もっと高い保険に入っておくべきだった」


魚家は苦笑しながらスマホのディスプレイを血で汚れた指でなぞり、阿部の遺体を一瞥し呟いた。


メサイアセンターの中央入り口で信徒達を拘束していた銃対の隊員達の姿が見えない。


拘束され地面に腹這いになっていた信徒達の姿もなかった。


中央入り口の扉が僅かに開いた状態で通信もなく約四十名の銃対隊員は消失した。


ここまで四十五分間、銃撃は止んでいない。



「撤退命令だ、一旦戻って立て直しだ」


本部に状況報告し、生き残った隊員内で一番肩書きが上の銃対隊員が、生き残った他の銃対隊員達に指示を出し、匍匐前進でこの場から離れ、増援部隊と合流すると言っている。


飛び交う銃弾が、銃対隊員達の顔から僅か20cmぐらいを何度も掠めた。


「確かにこのままじゃ死ぬだけだな」


魚家も匍匐前進で銃対隊員達に付いて行こうとした時、


「ガシャン」


魚家達が乗って来た車両のルーフ上に、黒い翼を羽ばたかせた痩せ型で背の高い信徒が立っていた。


右手からニ名の男性の生首を魚家と銃対隊員の間に投げ捨てた。


生首は両目をえぐられて黒い空洞から蛆虫が湧いていた。


その生首が、公安の潜入捜査官の田中と山本だと魚家だけは気づいた。


匍匐前進の体勢から銃対隊員達が一斉に身体を反転させ、信徒に向かって銃口を向けて発砲する。


魚家も握った銃の弾がなくなるまで引き金を弾いた。


信徒は黒い翼に身を包み全ての銃弾を翼で弾き防いでいる、魚家は突然訪れた絶望と急な死を意識した。


「愚かな警察の犬共よ、私が神罰を与えてやろう」


黒い翼を羽ばたかせた信徒が、マシンガンを地面に這いつくばる銃対隊員達に乱射した。


「クソッたれ」


銃対隊員達が次々に被弾し血飛沫を上げて絶命していく、魚家は阿部の頭部のない死体を手繰り寄せて盾にした。


阿部の死体が上下に弾んだ、その近くにいた三名の隊員は、咄嗟に転がり被弾したが致命傷は何とか避けた。


それ以外の銃対隊員は被弾し即死した。


死んだ隊員の空虚な目が空を見つめている。


「ガシャ」


弾切れした違法マシンガンをゆっくり見ながら、黒い翼を広げる信徒が新たな弾丸をリロードする。


「公安の鼠が全部吐いたぞ、このマシンガンを捜査しに警察がくるかも知れないと」


黒い翼を羽ばたかせ、信徒が違法マシンガンの銃口を魚家達に向けながら言った。


魚家と銃対隊員はその威圧感、圧倒的な戦力差に動けず、仰向けになったままじっとしていた。


魚家は腰に隠した銃をいつでも抜ける様に左手を腰近くまで下げたまま、信徒の方を睨みつけていた。


そして、翼の生えた信徒が違法マシンガンの銃口を魚家達の方へ向けたその時、


「外道、滅殺」


違法マシンガンを構えた信徒の身体を、背後から不意に忍刀が一刀両断した。


信徒の体は真っ二つに別れて、大量の黒い血液が噴水のように飛び散る。


ドロドロした真っ黒い血液が、魚家が乗って来た車両の上から銃対隊員達が仰向けになっている地面に、黒い血のシャワーになって降り注いだ。


「魚家殿、お怪我は」


「私は大丈夫だ、ここから撤退だ、助かったよハヤブサ君」


ハヤブサの気配を銃対隊員も魚家も、そして黒い翼の信徒も、誰も全く気付かなかった。


こんなに忍者が格好良く見えた事はなかった。


魚家は真っ二つになった信徒、潜入捜査官だった田中と山本の生首、そして阿部の死骸の写真を素早くスマホに収めた。


地面に転がる黒い血で濡れた違法マシンガン、おそらく改造されたAK-47を銃対隊員に渡した。


「ハヤブサ君、私達を安全な所まで案内してもらえないか?」


「承知」


ハヤブサが囮になり銃撃の注意を惹きつけて、魚家達は死にものぐるいの匍匐前進で徐々にメサイアセンター付近から撤退して行った。


ハヤブサの超人的な活躍がなければ、魚家達は必ず死体として転がっていただろう。


何とか離れた場所まで来た時、増援の車両と合流して状況を説明して、装甲バスに乗り込んだ。


生き残った僅か三名の銃対隊員や魚家の顔は絶望に支配されていた。


PTSDを発症する者もいるだろう。


増援に来た銃対の装甲バスの車内で魚家は、下を向いたまましばらく沈黙した。


阿部や田中と山本の事を考えていた。


魚家は、暗く濁った眼線を自分の血や泥で汚れた両手に向けたまま、ハヤブサに力無く小さい声で言った。


「地獄だったな……」



「もしもし、こちらは交渉を任された公安の浜口だ、これから私が全交渉の窓口になる、君が教祖の品内浄 (しなないじょう)か?」


公安四課、対変異体課部長、浜口はデスクの上にあった物を全てその右腕で床に薙ぎ払うと、

救世魔神教会の教祖である品内浄へ電話をかけていた。


「そうだ、私が品内浄だ、警察は何故いきなり我々の敷地に武装して入って来た?」


「それは違法マシンガンの捜索で銃対が捜査令状を取り、行った事だ」


「まあいい、気になってるのはこいつらの事だろう?」


電話越しに何名かの呻き声が聞こえた。


「突入した銃対隊員は生きてるのかね?」


「勿論、生かしてある、何人かは勝手に死を選んだがな」


「具体的に何名生存しているか教えてくれないか?」


浜口の眉間の皺がより深くなった。


「おい、お前、名前はなんだ?」


電話の向こうで品内が誰かに呼びかけた。


「高田だ」


高田、突入した銃対の隊長だ。


「何人生きている、公安が教えて欲しいらしいぞ」


「よ、四名だ」


「だ、そうだ」


突入した銃対隊員の生き残りは高田を含め、四十名中、

四名、三十六名はすでに殺害されている事になる。


高田は顔面蒼白で両手を後ろ手に拘束され跪いている。


高田の声に浜口の額に汗が滲んだ。


「その四名を解放してくれるのか?」


「こちらの要求はシンプルだ、我々に干渉するな、その一点だけだ」


「こんな銃撃戦をして警察が黙っていられる訳にはいかないだろう」


魚家が提出した、田中、山本、阿部の無惨な死骸写真が浜口の脳裏にフラッシュバックした。


「そちらが武装して突入してこなければ誰も死なずに済んだ」


「そんな事がまかり通るわけがない」


「そうだな、浜口さんと言ったか、今から予言しよう、ん〜もうすぐお前の部下が書類か伝言をお前に持って来る、必ずだ、そしてそのメッセージを受け取ると警察はこれ以上我々に干渉しなくなる、だ」


ふざけた事を抜かしやがってと内心、腑が煮えくりかえる思いを浜口が抑えていると、


「部長」


と部下が一枚の書類を浜口に渡した。


外務省から捜査中止の圧力だった。


これから救世魔神教会へ干渉せずに何も起きなかった事にしろというものだった。


「く、バ、バカな………」


「予言は当たったようだな、この四人は解放してやる、そうだな一週間後でどうだ?それまでこいつらが生きてたらの話しだが」


「ふざけるな、このクソ野郎」


高田の叫ぶ声が電話越しに聞こえる。


「残念だ」


四人跪いた銃対隊員の、高田から一番離れた位置いた隊員を品内が指差した。


「ドシャ」


鈍い音が電話越しに聞こえる。


「何だ?何が起こってるんだ?」


「いやあ大事な会話を遮るマナー違反があったのでね」


高田は歯で下唇を噛んだ、唇から血を流しながら自分のミスで頭部をミンチにされた部下を見ていた。


「君達の目的は一体何だ?」


「救済だ」


「具体的に教えてくれないか?」


「私は神に選ばれた、信者達の魂を救済し導かなければならない」


「それに弾薬や改造銃が必要なのか?」


「それは我々を不当に滅ぼさんと違法に武装して突入してくる輩や変異体と呼ばれる哀れな者共の魂を救済するためだ」


一週間後に人質になった三名の隊員が帰ってくるかは分からない、帰って来ようが外務省から捜査中止命令が出た時点で、交渉もクソもない。


狂っている、ただそれだけを浜口は理解した。


しかし、どうやって品内は外務省を使って捜査中止の圧力を掛けてきたのかが分からなかった。


「もういいだろう、公安の浜口さん、全て忘れてくれたまえ、一週間後に四人、いや三人になってしまったな、三人は解放する」


電話越しでも品内がニヤついているのが浜口には感じるとれた。


「待ってくれ、最後に一つだけ聞いていいか」


「ああ、一つだけだぞ」


「君は神を信じているかね?」


沈黙───────


「私が神そのものだ」


そこで電話は切れてしまった。


浜口は目を瞑ったまま固まっていた。


────────

See you in the next hell…


Huh

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