EPISODE Ⅱ ALL YOU NEED IS DRAG


「なんで、こうなるのよーー!」


テーブル上の餃子と油淋鶏が、複数の銃弾を浴びて、空中で散り散りになっていく。


座席の下で、片田(へんでん)と共にしゃがんだ状態でユーコが絶叫している。


ユーコと片田は、唖々噛對ああかむ四宮しのみやの間にある、小規模なチャイナタウン南南町なんなんまちにある熊猫飯店パンダはんてんで、ご機嫌なディナーを楽しむはずだった……はずであった……


    ──────二時間前─────


ユーコが田島の件で、魚家(うおいえ)と経費が合わないと口論を繰り広げていた。


「ユーコさん、この銃火器、衣類、交通費等etc……」


「はい、成功報酬と別途、経費で戴かないとうち《幽合会》儲けないんで」


「衣類と交通費はいいんですけど、銃火器、特にこの、バスターライフル代がえげつないですね?」


魚家は、顰めっ面でユーコに聞いた。


「バスターライフルは、良い判断だったと思います、私、死にかけたし」


何か問題でも?とユーコは、キョトンと真顔で答える。


いや、あんた死なないだろ!すぐ身体再生するだろ!という言葉をぐっと喉奥に溜飲させ、冷静になるように魚家は努めたが、二人の話は平行線だ。


魚家が何か逡巡して頭を掻き、煙草に火をつけて、事務所の天井に煙を吐き出し、困り顔で悩んだ末に、ある提案をしてきた。


「じゃあ、ユーコさん、毒蜘蛛どくぐもというチャイニーズマフィアグループをご存知ですか?」


PCで作業をしていた片田の手が止まり、ユーコ達の方へ視線を向ける。


南南町なんなんまちの?」


「そうです、最近、毒蜘蛛の構成員一名が、

凶商に殺されたんですが、どうやらある薬を使って、身体能力を著しく向上させた、強化人間になるようなんですよ」

「ドーピングで変異体と同等の力ね……」


魚家が資料をユーコに手渡した。


資料には、五毒将軍と書かれた五人の幹部達、赤毒あかどく青毒あおどく白毒はくどく黒毒こくどく黄毒おうどくと構成員約1134名、準構成員、約2895名と書かれている。


「なるほど、そのうちの通称、黄毒おうどくのオウが、南南町に潜伏してるって事ね……」


ユーコは、暗い表情で資料を観ながら、思慮している。


「ユーコさん、このままだと今月、厳しいです」


鋭い眼差しで、片田が請求書と書かれた紙を、ユーコに手渡した。


「……で、何をすればいいの?」


請求書に視線を落としたユーコが、少し間をおいてから魚家に問いかける。


「単刀直入に言って、幹部の一人、オウが標的です、勿論、生死不問で」


「マフィアでしょ毒蜘蛛って、しかも、手下は薬キメてぶっ飛び強化人間、尚且つ、幹部はヤバい変異体って所かしら?」


魚家はゆっくり頷き、フィルターまで火が近づいた煙草を、灰皿にねじ込んだ。


バスターライフルの件は何とかするからとごり押して、魚家はそのまま帰り支度を始める。


「話し変わるんですけど、田島の居場所、

よく分かりましたね」


唐突に魚家がユーコに尋ねた。


「あ、あれね、田島の職場に行って元同僚やらに聞いたら、何か問題を起こしてとかじゃなくて、無断欠勤が続いてリストラされてたの、自宅に行ったら部屋の中に何もなかったわ」


「何もない?」


「そうよ、何もないの、田島は誰かを恨んでた訳じゃない、ただ、神解公園付近で無差別に殺してた、空っぽなの」 


でもそれじゃあと、魚家が納得がいかない顔でユーコに視線を向ける。


「理由なんていらないのよ、変異体になって強い力を手に入れ、人々を蹂躙する快感が

田島にとって、初めて感じたやりたい事」


ユーコが淡々と語りだす。


「だから、とりあえず事件現場付近に行ったら、バスから降りて来たの、血塗れで……偶然よ」


「そうですか……」


憤りを心の内にしまい、魚家は毒蜘蛛がよく出入りしている熊猫飯店の住所が書かれた資料をユーコに渡して、幽合会事務所から出て行った。


「まったく……公安の連中、やっかいな仕事ばっかり回してきて……」


ユーコが不機嫌に碧い目をカッと開き、片田の顔を見ながら嫌悪感を露わにして、不満を吐き捨てる。


「毒蜘蛛は、たいした武装をしてないですね」


ざっと資料に目を通した片田が呟いた。


「ふーん、それよりあんた、お昼食べた?」


「食べてないです」


ユーコは、それなら丁度いいと熊猫飯店で、ディナーを食べながら探りを入れてみようと、事務所を後にした。



銃撃戦が始まったのは、ユーコ達が注文した油淋鶏と餃子、それに老酒がニ人前づつ、テーブルに運ばれた直後だった。


入り口から、黒いスーツに身を包み、

頭に虚無僧笠を被った五人組が入って来て、店員を呼んだ。


鳳凰の刺繍がほどこされた、紫色のチャイナドレスが印象的な、スタイルの良い黒髪ロング店員に何か尋ねる。


少々お待ち下さいと、その店員が厨房の方へ入って行った。


暫くして、店奥のバックヤード出入り口から柄の悪そうなチンピラ達が、ぞろぞろと出てきた。


「杀了它 《やっちまえ!》」


先頭に立つ、赤い柄シャツの男がそう叫んだ時、他のチンピラ達が腰から拳銃を抜いて構える。


そして、躊躇なく虚無僧達に向けて発砲し出した。


虚無僧達も、サブマシンガンでそれに応戦し、チンピラ達に向けて乱射する。


店内は、一瞬で騒然となり、逃げ惑う客達が次々と流れ弾に当たり、悲鳴と共に絶命して地獄と化した。


熊猫飯店マスコットの、噛噛かむかむを模した立像が、飛び交う銃弾で跡形もなく破壊されていく。


絶え間ない銃声と悲鳴が轟き、硝煙で店内がぼやける。


銃声が止み、銃弾をあちこち喰らって血を流し、ボロボロになったチンピラ達の身体が、徐々に変化していく。


全身の皮膚や毛髪が剥がれ落ち、

衣服が内側から裂けて、真っ赤な内部が露わになり、全身が薄い紫色に変色した屈強な身体に変貌した。


ザラザラした硬い皮膚に、なんともグロテスクな見た目に成り果て、蛇の様な長い舌を垂らして凶悪な眼差しでジロリと睨んでいる。


サブマシンガンの銃口を向けている、虚無僧達を警戒しているようだ。


「ベムっぽいな、あれが強化人間か……」


虚無僧の一人がそう小さく呟いた時、

グロテスクなチンピラの容姿に怯える虚無僧達の背後から、腰に総長140cmぐらいの大太刀をぶら下げた、190cm以上ある長身に、黒いスーツの上からでも分かる筋骨隆々のゴリマッチョな虚無僧が現れ、サブマシンガンを構えた虚無僧達の間に割って入って来た。 


「役立たずどもが、脳みそ丸出しの薬漬け相手にビビりやがって……雑魚は、すっこんでろ!」


大柄な虚無僧はそう吐き捨てると、ゆっくりグロテスクなチンピラ達の方へ進んだ。


梵字が刻まれた鞘を、チンピラ達の先頭に立っている、赤い柄シャツを着ていたチンピラに向ける。


ゆっくり半身で腰を落としつつ、左手で鍔下を握り、スーッと鞘を前に突き出していく。


「ヅァオッッ!」


チンピラが低い声で咆哮したその時、斬るというより薙ぎ払う様な一撃。


余りの速さに何事か分からず、ぽかんとした雰囲気が流れた後、


「ギギャグアアアアアアアアアィャー」


断末魔と共に黒い血飛沫が上がり、チンピラの首が床にゴトンと転がり、長い舌だけがビチビチと痙攣している。


「チャンバラさんだ……」


と端にいた虚無僧が小さく呟いた。


サブマシンガンを構えたまま、チャンバラの背後に立っていた虚無僧達が、ヒソヒソと話し出した。


どうやらこの大柄な虚無僧は、チャンバラと呼ばれているらしい。


「バカが、鞘を突き出した時点で八割こっちは抜いてんだよ、てめぇら、喋ってねぇで仕事しろ!」


チャンバラが大声で叱責すると、背後の虚無僧達がサブマシンガンを撃ちまくる。


化け物に変貌したチンピラ達に銃弾は当たるが、皮膚が鎧のように硬く、軽傷程度で弾丸が床に跳ね返されて、致命傷にはならない。


チンピラ達は、サブマシンガンを乱射する虚無僧達には目もくれず、伸びた鋭い爪や、かなり鋭利な牙で、大太刀に手を這わせるチャンバラ目掛けて、一斉に襲いかかった。


一つ深い呼吸を整え、思い切り鞘から大太刀を横に振り抜くと、斬るというより薙ぎ払うようにチンピラ達の身体が、ビシャアと嫌な音と共に切断されて床に転がる。


生き残ったチンピラ一人が、聴き取れない中国語で喚きながら、厨房の方へ逃げていく。


「よぉ、毒蜘蛛さんよ、雑魚に用はねぇんだわー、いるんだろう?黄毒のオウって奴を出しやがれ!」


大声で叫びながら、チャンバラが刀をくるりと回して鞘に戻した。


カラカラとキッチンワゴンを押して、先ほど厨房に入って行った紫色のチャイナドレスを着た女が、チンピラ達の死体や巻き添えで死んで床に転がった客を避けながら、チャンバラの前に出て来た。


「お待たせせました」


舌足らずな日本語で女がそう言うと、ワゴンの上に置いてある銀色の丸い蓋をパカッと開けた。


「笑えねえチャイニーズジョークだな」


銀色の皿の上には、喚きながら厨房へ逃げて行った、脳味噌丸出しで蛇の様に長い舌を垂らす、チンピラの頭部が置いてある。


「这家餐厅没有笨猪菜 《愚かな豚共に出す料理はこの店にはない》」


女がそう中国語で言った瞬間、チャンバラが抜刀して斬りかかった。


女は、両手の五指の爪先から光る糸をしゅるりと出して、その光る糸束でたやすく斬撃を跳ね退ける。


「やるじゃねえか蜘蛛女、お前がオウか?」


チャンバラが刀を素早く鞘に戻しながら、

高圧的に聞いた。


「这是一只会说话的猪 《よく喋る豚だな》」


軽蔑した目で蜘蛛女が、チャンバラを睨みつける。


「わっかんねーよ中国語、お前がオウかって聞いてんだよ!」


チャンバラは、先程と比べものにならない速さの斬撃を蜘蛛女に叩きこむ。


しかし、当たる寸前でゆらりと避けられ蜘蛛女には当たらない。


「ちぃ……速いな……」


斬撃をかわした蜘蛛女が、チャンバラの背後に突進し、サブマシンガンを構えたまま、野次馬を決め込んでいた他の虚無僧達を、指先からゆらめく糸束で包んだ。


その絡めた糸を引っ張ると、虚無僧達の身体を細切れに切断した。


虚無僧達の輪切りにスライスされた肉塊が、ドサドサと床に落ちる。


「蜘蛛の糸か……」


そう呟いてチャンバラは、ふぅ〜と深い息を吐いて呼吸を整えた。


ゆっくりと抜刀の準備態勢を完了させ、深く、より深く、集中している。


緊張感がピークに到達した時、チャンバラの背後にある客席のテーブルが、ガタッという音を立てて動いた。


「何なのよこれは、一体?」


張り詰めた緊張感を破る声が、店内に響き渡る。


ユーコと片田がスーツに飛び散った汚れを払いながら立ち上がった。


「誰だ貴様達は?」


チャンバラが、蜘蛛女の方を向いたまま、背後に立つユーコ達に問いかける。


「あ、えーと、お疲れ様です、私、幽合会のユーコ•那加毛と申します」


緊張感の無いビジネススマイルで、ユーコ達がぺこりとチャンバラに頭を下げる。


「クリーナーか」


チャンバラがそう言った瞬間、蜘蛛女が足元に転がる、

バラバラに細断された虚無僧達の血に塗れた肉片を、チャンバラに向けて蹴り上げた。


まるでスローモーションの様に、時間がゆっくり流れる。


迫って来る肉片を避けて、一気に溜め込んだ深い集中をチャンバラが解き放つ。


電撃的速さで雷の如く放たれた斬撃を、紫色の残像がゆらめき、二人が交差した。


「切り札ってのは、最後にだすから、切り札なん……だ……な……」


身体中に無数に真っ赤な線が入ったチャンバラが、両手で強く握られた刀ごとバラバラに崩れ、スライスされた肉塊が床にドサドサと落ちて行く。


蜘蛛女は、両肩、両脇の下辺りから腕が生えて六本になり、凶々しい阿修羅像の様に立っていた。


五つの真っ赤な眼をグリグリ動かしてユーコ達を凝視している。



パトカーのサイレンと、赤色灯が騒がしく鳴り響いた。


ユーコは、ハンドガンの銃口をオウと思われる蜘蛛女に向けている。


「あんたがオウなの?」


「然后呢?《だったら何だ?》」


蜘蛛女は爪先から糸束を放出して、散乱したテーブルや椅子を、ユーコ達に向かって投げつける。


そして、バラバラにスライスされた虚無僧達が所持していたサブマシンガンを、床から糸で器用に引き寄せて、四丁を四本の腕で持ち、ユーコ達に向かって乱射しながら、

バックヤードの方へ走り去って行った。


「追わなくていいんですか?」


片田が、盾にしていた穴だらけのテーブル越しにユーコに問いかけた。


「ちょっと状況が変わった……あれは、手強いわ」 


ユーコは左腕、右脇腹に被弾していたが、

ささっと慣れた手つきで、弾丸を右手で摘み出して床に放り投げた。


驚くべき速さでユーコの傷口が塞がっていく。


碧眼に不穏な輝きを宿らせ、ニタリと不敵な笑みを浮かべた。


熊猫飯店に突入して来た警官達に、フリーランスクリーナー《対変異体民間個人事業者》のライセンスカードを見せ、事情を説明してからゆっくり店を出て、二人は黒い4WDに乗り込んだ。


後部座席でユーコは、魚家に電話をかけて相手が複数、尚且つ、ネームド級だから別途また銃火器がないと、これ以上この件に関われないと説明している。


魚家も食い下がったが、凶商が六人も犠牲者を出した報告を知って、渋々許可せざるを得ない。


ユーコが、不敵な笑み浮かべながら電話を切ると、片田に指示し、車は武器屋へ向かった。


「ふーん、ふーん、ふーん、ふーふふふふーん……」


鼻歌を歌い、ニヤニヤしたユーコの表情をルームミラー越しに見た片田が、深い溜息を吐く。


暫くして、片田が武器屋の前に車を停車させた。


「いいものを買ってくるわ」


意気揚々と後部座席のドアを開けて、ユーコは武器屋へ入って行く。


相変わらず客の姿が見当たらない店内を、

すたすた歩き、ユーコは店の奥にあるレジカウンターへ直行した。


キャップに長髪の男が椅子に座り、スマホのディスプレイを凝視している。


「何がやりたいんだコラ!紙面飾ってコラァ、何がやりたいんだ、ハッキリ言ってやれコラ……噛みつきたいのか?噛みつきたくないんか?どっちなんだコラァ!」


突然ユーコが舌足らずに怒鳴り込んだ。


すると、キャップに長髪の男が立ち上がり、ユーコを真っ直ぐ見つめて、

「何がコラじゃコラ、馬鹿野郎!」


と吐き捨てた、合言葉だったようだ。


男はスマホをズボンのポケットにしまい、店内に他の客が居ないのを確認してから、

レジカウンターの裏側にあるボタンを押した。


店の窓、入り口にシャッターが降りて、外から店内が見えない密室になった。


「で、今日は何が欲しい?」


「そうね、OYセットとJJMセットが欲しいの」


男はバックヤードへ続くのれんを潜り、

あーでもないこーでもないとゴソゴソ探して、大、中ハードケース二つをカウンターの上に持って来て、開ける。


「ナックルガード付きのファイティングソードと、ワイヤーアンカー付きアームパッド二つのOYセットと、スパス12《散弾銃》のJJMセットだ」


「最ッッッ高だわッ!!!」


ユーコがギラギラと碧い瞳を輝かせ、ケースの中から取り出した、ナックルガード付きのファイティングソードを握った。


「オリハルコンではないが、硬度は普通のナイフの10倍じゃ、ワイヤーアンカー付きアームパッドも超高性能モーター内臓で、人、二、三人ぐらいなら引っ張り上げる事も可能です」


キャップに長髪の男が、今回は真面目に説明する。


「支払いはいつも通り、公安にツケといて」


新しい玩具を手に入れた、子供みたいな無邪気な笑みで、ユーコがナックルガード付きのファイティングソードを、ハードケースに戻して蓋を閉めた。 


「飛ぶぞ?」


キャップに長髪の男が、そう舌足らずにユーコに言いながら、カウンターの裏側にあるボタンを押してシャッターロックを解除した。


ユーコが、OYとJJMと刻印された大中のハードケース二つを嬉しそうに持って店を出た。



税関本庁前交差点を直進して、新港第4突堤交差点へ。


道路案内(3ケ所)のうち右の案内(新港第4突堤 国際フェリー)に沿って右車線を、直進。


道なりに200m行けばポートピアターミナルに到着する。


と書かれた上解しゃんかい行きのフェリー会社のホームページにある道案内を、片田に伝えたユーコは銀色のスマホを操作しながらポートピアターミナルへ向かえと、黒い4WDの車内の後部座席から指示を出す。


「ポートピアターミナルから上解行きの船が出ててね、蜘蛛女とオウがそこで薬箱を受け取って、一緒にいるんじゃないかなーって」


ユーコが不敵な笑みを浮かべながら、

アームパッドを両腕に装着し、ナックルガード付きファイティングソードを握りしめ、不敵な笑みを浮かべた。


「え、蜘蛛女がオウじゃないんですか?」


「あんた聞いてなかったの?チャンバラの虚無僧が暴れてた時、雑魚一匹がリンの姉御ー!って、叫んで逃げてたのよ」


「中国語分かってたんですね?」


「まあねーあれぐらいはね……」


「それで、私はどっちを殺るんですか?」


ハンドルを握りながら周囲を警戒しながら、

ルームミラー越しに片田がユーコに聞いた。


「もちろん、このスパス12を持ってアシュラマン、いや、アシュラウーマンを殺ってもらうわ、私は、おそらくアシュラウーマンと一緒にいる標的の、オウを殺るわ」


ナックルガード付きファイティングソードに映るユーコの顔は、凶々しい狂気に満ちた表情でニチャリと笑う。


どっちが化け物か分からないぐらい悪党面のユーコを、ルームミラー越しに観た片田が深いため息を溢し、無言で長い黒髪をヘアバンドで括って、ポニーテールにした。


ポートピアターミナルへ向かって、突堤沿いに車を走らせている途中、物凄く人目を引く全身真っ黄色いカンフースーツに身を包んだ、かなり太った体型の丸いサングラスを掛けた、スキンヘッドの男を発見した。


紫色のチャイナドレスでその横を歩く蜘蛛女、手下のチンピラ達、十数名を車内から目視した。


「こんな夜中にあんな集団、分かりやすいにも程があるでしょ」


車内の時計は、00:23分を表示している。


込み上げてくる笑いを何とか押し殺し、

車を少し離れた場所に停車させて、片田がユーコに言った。


「あれじゃ見つからない訳がない、怪し過ぎるでしょ」


後部座席のドアを開け、てユーコが車から降りる。


片田も車のエンジンを止めてキーを抜き、

運転席から降りて、ユーコからスパス12を受け取った。


何かを言おうとした、ユーコのお腹がギューンと鳴る。


「あいつら片付けて、ちゃっちゃっとご飯食べに行こう」


「そうですね、結局、昼から何も食べてないですから」


片田が苦笑し、二人の間に和やかな雰囲気が流れていたその時、倉庫街の方へ進んでいたオウ達に対して、黒スーツに虚無僧笠を被った凶商の集団が、オウ達率いる毒蜘蛛に強襲をかけた。


集団同士の激しい銃撃戦が繰り広げられる最中、化け物に変異したチンピラが、長方形の木箱をオウに渡す。


木箱を開けてニヤリと笑ったオウは、突然身体を変異させ、2メートルを越える巨体になり、木箱からガトリング砲と弾が入ったデカいリュックを取り出して装備した。


靴の裏側から車輪を出して、地面を滑る様に移動する。

オウは被弾しても全く動じず、半時計周りでガトリング砲を撃ちまくっている。 


「バーーー、バーーー」


と乾いた連射音を鳴らしながら、凶商の連中を次々に肉塊に変えていく。


オウの手下達も変異して、グロテスクな化け物に姿を変えていた。


リンこと蜘蛛女は、手下達と共に逃げ惑う凶商の連中をバラバラに切断し、肉塊に変えて狩りを楽しんでいる。


「ドン、ドン」 


散弾銃の重い重低音が、変異した手下の化け物の上半身をバラバラに破裂させた。


「和流浪狗一起?《野良犬共か?》」


蜘蛛女が変異し、真っ赤な五つ目で片田の姿を追う。


片田が散弾銃を構えて、物凄い速さで接近してくる。


「凛!《リーン!》」


オウが、蜘蛛女の至近距離まで迫る片田の背後から、ガトリング砲を乱射してきた。


「お前の相手は、この私だ、あああおりゃああああ」


ユーコが、両腕のアームパッドからワイヤーを射出して、オウの身体に引っ掛け、思い切り引っ張るがオウは動かない。


虚無僧の一人が、ロケットランチャーをオウに向けて発射した。


重い爆裂音と爆風の勢いで、オウをユーコがコンテナエリアの方へ引き摺り、ぶん投げる。


「你是谁? 《何者だお前達は?》」


コンテナに激突したオウが、むくりと立ち上がり、ガトリング砲の残弾数を確認しながら言った。


「我只是个清洁工 《ただの掃除屋よ》」


ユーコが、狂気の表情を浮かべ、ニタリと左側の口角を上げて、中国語で返答する。


ナックルガード付きのファイティングソードを右手で構え、左右をコンテナに囲まれたエリアを、オウ目掛けて猛然と駆け出して行く。


蜘蛛女は、六本の腕から白い糸束をしゅるりと出して、片田に何度も襲いかかるが移動速度が違い過ぎた。


圧倒的な片田の移動速度と、至近距離からの精密な散弾銃の射撃に、徐々に体力を削られていく。


「你不是普通人,是吗? 《お前普通の人間じゃないな?》」


蜘蛛女が接近してきた片田に言う。


もの凄い移動速度で蜘蛛女と併走しながら、片田は、散弾銃の弾を冷静にリロードして、ガシャッと空の薬莢を排出する。


無表情で蜘蛛女の背後に周りこみ、片田が散弾銃の引き金に指をかけた瞬間、

黒い血塗れの手下の死体から、白い糸が片田の左腕に絡みついた。


「我会撕碎你,你这个流 《バラバラにしてやる、この野良犬め》」


二本の腕で糸を引っ張りながら、余った四本の指先から、さらに月夜に光る白い糸束を出して、片田の左胸部辺りに絡ませて、思い切り引き裂こうとした。 


「这个重量是多少? 《何だこの重量は?》」


見た目、170cmぐらいの細身の女性とは思えない程の重量、どれだけ引っ張ってもビクともしなかった。


「煩わしい……」


片田が、伸びて引っ付いている糸束に向けて散弾銃を炸裂させた。


その拍子に、片田の左肩辺りから黒いスーツが裂け、白い糸で皮膚が引き裂かれる。 


「机械人? 《機械化人間?》」


片田の左肩あたりにみえる腕は、筋肉や骨ではなく、鋼色のメカニカルアームだった。


「部分的、強化サイボーグです」


そう言いながら片田は突進して、至近距離から散弾銃を蜘蛛女の頭部に向けて炸裂させる。


蜘蛛女は、上部の四本の手で白束を何重にも折り重なる盾の様に形成して、致命傷を避けた。


そして、脇下の二本の手から白い糸束を出して、蜘蛛女が片田を仕留めにかかろうとした刹那、片田の鋼色に光る、散弾銃を支えていた左腕の肘外側下部から、腕に沿って銃口がスライドしてきて、とてつもない火力と閃光に蜘蛛女が包まれた。


「アシュラウーマン撃破……」  


片田だ小さく呟く。


蜘蛛女は、咄嗟の判断で4本の腕で頭部をガードしていたが、胸から下の身体は消し飛んでいた。


蜘蛛女は、爆風で海へとゆっくり吹き飛ばされながら、 


「ア、アア……」


言葉にならないくらい、小さな悲鳴を漏らした。


左腕から硝煙を上げながらも、すぐに散弾銃をリロードした片田は、さらに二発、追撃の速射、蜘蛛女の四本の腕が空中で破裂する。


残ったほぼ頭部しかない蜘蛛女は、無惨にそのまま漆黒の海へと落下して行った。


破れた衣服をチラッと一瞥して、しょうがないなと片田は、散弾銃を何事もなかった様に構えて、ユーコ達がいるコンテナエリアの方へ向かおうとした時、スマホのバイブ機能で片田の胸ポケットが振動している。


さっとポケットからスマホを取り出して、

ディスプレイを見るとユーコからのメールだった。


テキストを確認した片田は、すぐに停車した車の方へ走り出した。



両腕をクロスさせた構えで、右手にナックルガード付きファイティングソード、左手にハンドガンを握って構えたユーコは、オウ目掛けて突進して行く。


オウは、ユーコに向けてガトリング砲を乱射している。


ユーコはコンテナの壁を駆け上がり、ガトリング砲をジグザグに避けながら、

乾いたハンドガンの射撃音を響かせ、オウを強襲する。


オウが、ガトリング砲をユーコに叩きつけようと振りかぶった瞬間、ユーコが右腕のアームパッドからワイヤーを射出して、オウの攻撃を避けて飛び上がった。


オウは、弾がなくなったガトリング砲を地面に叩きつけ、背負っていたリュックを地面に落とす。


「思ってたより硬いわね」


ユーコが何度も接近し、ファイティングソードで斬りつけるが、オウにはそれほどダメージは負わせられていなかった。


「ゴゴゴゴ•••ギギギィ•••」


極めて不愉快な鉄を引きずるような音がした後、暫くしてから、聴いた事のない、地震かと思う様な重低音が辺りに響いた。


ユーコが隠れている辺りに、オウがぶん投げたコンテナが、空から降ってきたのだ。


「ウソでしょ、コンテナぶん投げたっていうの?」


コンテナの影に身を潜めながらユーコが呟く。


「快点出去,你个混蛋 《さっさと出てこい鼠野郎》」


オウが威圧的に大声で叫んで、挑発しながら徐々にユーコの方へ近づいて来ている。


ユーコがオウの気配感じて飛び出した瞬間、長いオウの右腕がユーコを捕らえた。


「我抓住你的老鼠 《捕まえたぞ鼠ちゃん》」


オウが、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、

ユーコの首を物凄い力でへし折ろうとする。


ユーコは、ハンドガンの銃口をオウの頭部に向けて引き金を引いた。


オウの丸いサングラスが弾け飛んで、こめかみ辺りに黒い血を滴らせたまま、微動だにせず、徐々にユーコの意識が遠のいていく。


「结束了,混蛋 《終わりだ、クソ鼠》」


オウがさらに隠し持っていた青龍刀で、ユーコの右腕と下半身を斬りつけた。


地面にボトっと切断されたユーコの右腕と下半身が、大量の血液とともに地面に落下する。


オウがニヤリと笑いながら、ユーコの首に力を込めた瞬間、背中にもの凄い熱い風を浴びるのを感じた。


オウの背中をバスターライフルの衝撃波が走ったのだ。


カランと乾いた音をたて、オウの左手に握られていた青龍刀が溢れ落ちる。


「ごほっ、ごが、げほっ、危な〜」


オウの腕から力が抜けて、ユーコが解放された。


白い糸がユーコの切断部を急速に結合させて再生する。

オウの背中から、身体の八割ぐらいがえぐられて、内臓ごとごっそり黒い蒸気ともに蒸発していた。


「あんたには、聞きたい事が山ほどあんのよ」


膝から崩れ落ちて跪くオウの顔に、ファイティングソードを突きつけるユーコが言った。


背中から煙を出し、膝から崩れ落ちたオウは動かない。


「你从哪里弄来的药 《薬は何処で手に入れたの?》」


中国語でユーコがオウに聞いた。


「就算知道也不告诉你 《知ってたとしてもお前達には言わない》、亡灵怪物 《不死者の化け物め》」


「どっちが化け物よ、じゃあここで終わりね……」


ユーコがナックルガード付きファイティングソードを、

オウの右股下へ突き刺し、左肩へ向かって斜めに思いっきり掻っ捌いた。


「我相信你会后悔接触到 《お前達は必ず後悔する、毒蜘蛛に手を出した事を……》」


黒い血飛沫を大量に噴き出して、オウが前のめりにユーコの方へ倒れようとしたその瞬間、オウの口から槍のような鋭利な舌が、ユーコの胸部中央を貫いた。


ユーコは、右手に握られたナックルガード付きファイティングソードで槍状の舌を斬り裂いて左手で、胸に突き刺さった舌をぐっと握ると、眉間に深い皺の縦線を作り出してから、引き抜いた。


再生結合して胸の穴が閉じると、オウの顔面にハンドガンの銃口を突きつけて、弾が切れるまで引き金を引いた。


少し間を置いて、オウの死体の背後から、

片田がバスターライフルを担いで、ユーコの方へ近づいて来る。


「今回はあんたに感謝するわ、助かった、ありがとう」


余りにも素直な反応に、片田はきょとんとして固まっている。


「何よ、あんた?」


片田の破れたスーツから、露わになった剥き出しのメカニカルアームにユーコが視線を送る。


「あーあれ使ったのね、何だっけ?F91のシュッて腕の下側から出る奴」


「可変速ビームライフル(=Variable Speed Beam Rifle)略してヴェスバー(V.S.B.R.)」


「ヴェスバー、ヴェスバー!」


「私のはビームライフルじゃなくて、レールガンなんですけどね」


それ!それ!みたいにユーコが、思い出したという眼差しで片田を見ているが、冷静に訂正する。


「いやー、マジ危なかったわー、やっぱオリハルコンじゃないから、上手くいかなくて」


黒い血で濡れた、ナックルガード付きファイティングソードの刀身に写る、碧い瞳がきらりと光った。


ユーコのポケットが振動して、スマホを取り出しディスプレイを見ると、魚家の表示。


公安が、上解行きの船から違法変異薬物を押収したとの連絡だった。


二人は、黒い血塗れでぼろぼろに汚れた服装を貶し合いながら、車へと戻って行った。



深夜午前2時過ぎ──────


メリケリルパーク内公衆女子トイレ。


傷口から細い触手が、うねうねと蛆虫の様に蠢いていた。


洗面台の鏡に蜘蛛女の顔が映る。


公園内を偶然散歩をしていた女性が、

公衆トイレに入ってきた所を、蜘蛛女の頭部が背後から首に飛びついて、噛みちぎった。


蜘蛛女の頭部は、首なしの女性死体と白い糸と触手で融合しようとしている。


「我一定会报复 《必ず復讐してやる》」


蜘蛛女は、まだ結合したての肉体の手足を自由に動かせず、低い唸り声を上げながら怨嗟の念を抱き、じっと鏡の前で醜い自分の姿を観ながら、回復に努めている。


すると背後に人の気配を感じた。


鏡越しに現れたのは、有刺鉄線がぐるぐると巻かれたバットを手にした、一人の虚無僧が立っている。


「 你是谁?《誰だお前は?》」


「よぉ、クソ蜘蛛女、探したぜ」


虚無僧は、有刺鉄線バットをまだ回復していない、ろくに動く事が出来ない蜘蛛女の頭部に、思い切りフルスイングした。


鈍い音がして、蜘蛛女の頭部が床に吹っ飛ぶ。


黒い血の中に、無数の細かい触手がうねうねと蠢いている。 


「きっしょ」


そう吐き捨て、何度かバットで蜘蛛女の頭部を殴りつけてから、黒い血に塗れたバットを入り口の隅に立て掛けた。



虚無僧は、水色のポリタンクからぐしゃぐしゃの蜘蛛女の頭部に灯油をぶちまけて、空の容器を乱雑に投げ捨てる。


虚無僧が被っていた笠をとると、顔には包帯がぐるぐる巻きにされており、凶々しい目でぐしゃぐしゃの肉片になった、蜘蛛女の頭部を睨みつけていた。


ポケットから煙草を取り出して口に咥えると、ジッポライターで火をつけて紫煙をふぅ〜と、ゆっくり味わうように吐く。


「お前がバラバラにしたチャンバラは、俺の兄貴やった」


そういうと、煙草を蜘蛛女の頭部に向けて放り投げた。


煙草の火が引火して、ドス黒い炎が燃えさかり、蜘蛛女は黒煙とともに焼滅した。


「仇はとったぜ、兄貴……」


そう言って、虚無僧は笠を被り、有刺鉄線が巻かれたバットを握りしめて、トイレの出入り口の闇の中へと消えていった。


繰り返す過ちが、いつも人々を愚かな生き物に変えていく……

 

──────

See you in the next hell…

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