第60話 「記憶戻ったんだわ」

「殺す」

「自業自得だろう」


 今は五人、小屋の中に入りそれぞれソファーや木製の椅子などに座っていた。


 カクリ、明人、音禰はソファーに座り、小さな椅子にはベルゼ。真陽留は座る所がないため、ソファーの肘掛に腰をかけていた。


「つーか、マジで、よく思い出したな。三年で思い出すとは思わなかったわ」


 いまだ脛に痛みが残り、今も擦りながら明人は二人に問いかけている。その姿が情けなく見え、問いかけられた二人は苦笑いを浮かべながらも答えた。


「さっき自分で言っていたじゃない。相想に会いたかったのよ」

「そうそう。僕達は明人がダイスキだからな。いやぁ、僕達の絆はすごいなぁ。自分でも驚きだ」


 きざったらしく口にする真陽留に、明人は今までにないほど苦い顔を浮かべた。


「言葉に出来ないほど気持ち悪いって事かよ」

「よく分かってくれたな。馬鹿でもそれぐらいは察する事が出来るって事か、安心したわ」

「やっぱり、あの時殺しておけばよかったか」

「やってみろよ、返り討ちにしてやるわ」


 二人の冷淡な会話に音禰は溜息を吐き頭を抱え、カクリはもう慣れたため無視している。

 ベルゼはもっとやれというように、ウキウキしながら二人を見ていた。


 このままでは話が進まないと思った音禰は、無理やり話を切り出した。


「え、えっと。今はその話はいいから、質問させて? 相想はこの三年間、どのような生活をしていたの?」

「今までと変わらん生活をしてたわ。匣を抜き取るとかはしてなかったけどな」


 明人が一拍置き、再度口を開いた。


「俺は半分この世の人間ではなくなってっから、お前らと同じ生活は送れない。まぁ、それだから、お前らの記憶を消したんだけどな。じゃねぇと気にするだろうし」

「半分この世の人間じゃない──って……」


 明人からの簡単な説明に、二人は顔を悲しげに曇らせる。


 明人は長い間カクリと契約をしていた。それだけではなく、片足以上に足を踏み入れているため、危うい存在になりつつある。


 人間の体から徐々に離れていき、今では妖と言っても間違いではない。


「なら、なんで僕は普通に生活が出来ているんだ? 僕もベルゼと契約をしていたんだ。人間の体から離れていてもおかしくないと思うんだが」

「確かにそうだな。だが、お前はベルゼとの契約を解除した時点で徐々に戻っているはずだ。妖の力は使えば使うほど体に影響を与え、逆に使わなければ徐々に薄れていく。これが自然な流れだろ」

「それをわかっていたなら、相想はなんでカクリちゃんと契約を解除しなかったの? 記憶を取り戻した時点で解除すればまだ間に合ったんじゃ?」

「間に合ったかもしれねぇが、俺には餓鬼二人の面倒を見るという使命が課せられた。それに俺自身、身分証、住民票、本籍などなど。俺がこの世にいるという証明が何もねぇんだよ。そんな中、お前らんとこに戻ったところで面倒事が待っているだけ。だったら人間ではなく、半人として生活した方が色々楽だろ?」


 明人はケラケラと笑いながら言っているが、内容は笑って言えるものでは無い。


 簡単に言えば、相想明人はこの世に存在していない、という事になる。証明出来るものが何も無い為、彼は今の生活が一番楽という考えにいたり同じ生活を続けていた。


「そんな……」


 音禰は何か言おうと口を開くが、すぐに閉じてしまう。

 複雑な環境で生きてきた彼にとって、今の生活が一番最適だと理解してしまい二人は何も言えなくなる。だが、理解は出来ても納得は出来ず、気持ちが沈む。


 真陽留も、軽口を言えず口を開こうとしない。唇を噛むほど後悔していた。


「────はぁ。だから、なるべく言いたくなかったんだよな。俺は全く気にしてねぇ。だから、てめぇらもそんな顔してんじゃねぇわキモイ」

「ご、ごめんなさい」

「………悪い」


 音禰と真陽留は謝るが、悲しげな表情は消えない。それに対し、明人は困ったような顔を浮かべる。その表情はすぐに物悲しいような笑みに変わり、諭すように口を開いた。


「本当に、なんも気にしてねぇっつーの。だから、まじでその顔やめろ」


 彼の表情と言葉に、真陽留と音禰も気にしている訳にはいかないと奮い立たせ、無理やりにでも笑みを作り明人に笑いかけた。


「んじゃ、次の話に移るぞ。前置きなしに言う、俺、記憶戻ったんだわ」


 明人から放たれた言葉がすぐ理解できず、二人はぽかんと口をあんぐり。顔を見合わせた後、喜びやら困惑やらで目を見開いた。


「「え!?」」

「思った通りの反応してくれてどーも」


 ケラケラ笑う彼に、二人は唖然。どういうことかわからず、言葉すら出ない。

 二人の様子に、明人は爆笑していたが、付け加えるように説明を続けた。


「いやぁ、笑った笑った。えっとなぁ、細かく説明すると、レーツェルが抹消されてしまった記憶の欠片を復活させ、それをカクリが俺の中に戻したんだ」

「え。ど、どうやって?! 抹消された記憶の欠片を復活って……」

「化け狐が抹消された記憶を復活させる方法を探してきたんだ」


 明人が”化け狐”と呼ぶ相手は一人しかいない。二人もすぐにわかり、頭の中にニヤニヤと笑っているレーツェルの姿が思い浮かんだ。 


「音禰の中にあった記憶は抹消されたが、それを復活させる方法がいくつかあったらしい。お前らから記憶を奪った一年後、レーツェルが俺の目の前に突如として現れ、小瓶を五つ持ってきた」

「五つ? え、でも、レーツェルさんって、確かあの後この地を離れるって──」

「それは、俺の抹消された記憶の欠片を復活させるため、少しの間放浪するって意味だったらしいぞ。そして、一年の間で方法を見つけ、取り戻したらしい。本人である俺にも言わずにな。まったく、どこまでかっこつけたいんだかわからんキザ化け狐だったわ」


 明人の説明を受け、真陽留と音禰は納得したように頷いた。


「なるほど。確かにあの化け狐ならやりそうだな」

「レーツェルさんって、出来ない事あるのかしら……」

「神様らしいからな。専門外以外ならなんでも出来るんだろ。深くは知らねぇけど」


 謎が多い人物なため、三人は複雑そうな顔を浮かべた。


「つーか。その話だと、記憶を抹消したベルゼは結局、何もしてないじゃんか」


 真陽留はベルゼに何か言いたげな顔を向け、それを受けた彼は何も気にする様子を見せず、目を逸らす。


 明人が付け足すように説明を続けた。


「まぁ、確かに何もしていないな。分解された欠片を一つにまとめたぐらいか」

「それが無ければ、子狐が貴様の中に記憶を戻す事など出来なかったんだがな」


 今の会話で何となく察した二人は、なるほどと言うようにカクリの方を向いた。


 カクリは強気な顔を浮かべ、「ふん」と鼻を鳴らす。


「そんな事しなくても私は出来た」

「いや、我が欠片を一つにしなければ出来なかった事だ」

「出来た。お主の力など要らぬ」

「いや、出来なかった。我に感謝するが良い」

「感謝などしない」

「しろ」

「しない」


 二人の口喧嘩を音禰が慌てて止めようとするが、明人が手慣れたようにカクリの頭を撫で落ち着かせた。


「ほかに聞きたいことはあるか?」


 明人が聞くが、二人は今の情報だけで頭がいっぱい。

 顔を見合わせ、ひとまずといった感じで首を横に振った。


 二人の反応を見て、明人は頷く。


「わかった。なら、今度は俺がお前ら――いや、お前に言いたいことがある」


 音禰の方に振り向き、明人は彼女の手を握り言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る