第59話 「よぉ」

 音禰と真陽留は、額から流れ落ちる汗など気にせず、ただひたすらに走り続けていた。道は体が覚えており、一切の迷いがない。


「林の奥、古い小屋!!」

「この町で林は一つだけだ、間違いない!!」


 夜のため人通りは少なく、街灯が二人を照らす。だが、それも街から離れていくにつれ薄暗くなっていき、周りは月明かりだけになった。


 そんな街灯の無い道を走り続けていると、二人の記憶の片隅にある林へと辿り着いた。


 風が吹くと高く立ちはだかる木が揺れ、葉と葉が重なり自然の音を鳴らす。

 周りには月明かり以外の光が無いため、人ではないなにかが出てきそうな、不気味な雰囲気を醸し出していた。


 この中に入ってしまえば、もう後戻りは出来ない。

 二人は息を飲み、眉を吊り上げ林の中を見る。


「行こう」

「うん」


 お互い力強く頷き、しっかりとした足取りで林の中へと踏み入れた。


 林の中の道は細く、分かれ道はない。

 二人が歩く度、カサカサと葉が音を鳴らし、周りにいる鳥達が静かな林で音楽を奏でるように鳴いている。


 離れないように気をつけながら二人が道を進むと、どんどん月光が二人まで届かなくなり、徐々に周りは暗くなっていった。

 何度か音禰が木の蔓などに引っかかり転びそうになっていたが、真陽留が支え転ばずに済む。


 お互い支え合い進むと、前方から、ほどよい風が吹き始め、彼女達の髪が後ろへ靡いた。


 真陽留は、目的の場所が近付いている事を感じ目を輝かせ、どんどん歩みの速さが早くなる。


 進むと徐々に道が開き始め、目的の場所にたどり着いた。


「──見つけた」

「うん、絶対にこれだね」


 二人の目の前には、古く、今にも崩れてしまいそうな小屋が建っていた。


 周りの木が小屋を隠すように覆いかぶさり、壁画も所々が黒く変色している。屋根に近い部分には大きな蜘蛛の巣が張っており、窓枠も虫に食われ欠けていた。


 今にも崩れそうなほど古い小屋なため、人が住んでいるようには到底見えない。でも、ドア付近だけは綺麗に掃除されており、人の出入りがある事が分かる。


「開けてみるか」


 真陽留はドアノブに手を伸ばし開けようとした。だが、鍵がかかっておりガチャガチャと音を鳴らすのみ、開ける事が出来ない。


「鍵が閉まってるの?」

「この小屋に鍵なんて立派な物、付いてないと思うけどな」


 小屋は近くで見るとボロさが際立ち、彼は思わず顔を歪めてしまった。


「────壊すか」

「やめておこう」

「ちっ」


 音禰が冷静に止めたため、真陽留は裏口など、他に出入口がないか小屋の裏へと回るが、期待の物は見つからない。


「小屋の奥に洞窟あったよな。そこに誰かいないかな」

「そうね。すれ違いになると困るから、私は小屋の出入口で待っているわ」

「一人で大丈夫か?」

「平気よ」

「わかった。なら、何かあれば必ず連絡しろ。電波は──連絡は、大きな声でやってくれ」

「そんな無茶な……」


 真陽留は電波が繋がっているか確認するため、ポケットの中から携帯を取りだし画面を見た。そこには圏外という文字が表示されていたため、苦笑いを浮かべながら彼女に無茶振りを言う。


「コホン。と、とりあえず行ってくるな」

「お願い」


 彼が奥の洞窟に進もうとすると、足元を何かが横切りバランスを崩してしまった。


「うわっ!!」


 その場に転びそうになってしまったが、なんとか手を地面につけ転ばずに済む。


「…………なんだよ」


 イラつきながら真陽留が後ろを向くと、音禰が真陽留の足元を見下ろしながら口元に手を当て、驚いている姿が目に映った。

 彼女の目線を追うと、そこには子狐が彼を振り向きながら四足で立っていた。


「お前。明人の傍に居た、子狐じゃねぇか?」


 真陽留が驚きながら聞くと、子狐の上空をコウモリが一匹飛び交い、一番近い木にぶら下がる。その表情は、困惑している真陽留を嘲笑っているよう。


「まさか、コウモリって……。おいおい、嘘だろ」


 嬉しいような悔しいような。そんな表情を浮かべ見上げる真陽留と、明らかに喜び、目をキラキラと輝かせて二匹を見る音禰。


「まさか、貴方達!!」


 彼女の言葉に返事をするように、子狐は小屋へと走り出しコウモリも飛び始めた。



 コーーーーーン────



 子狐が鳴くと、その声に応えるように小屋のドアが静かに開く。そこから一人の青年が口角を上げ、やれやれと言った感じの表情を浮かべながら姿を現した。

 

 見た目は何も変わっていない。二人の記憶にある姿のまま、その人物は立っていた。


「よぉ」

「「明人/相想!!」」


 噂の小屋に住んでいる青年、筺鍵明人きょうがいあきとが腕を組みながら二人を見つめる。

 風が吹く度、明人の左目を隠している髪が揺れ、隙間から五芒星の刻まれた瞳が見えた。


「相想、久しぶり。思い出すの遅くなってごめんなさい」

「安心しろ、もう少し遅いと思っていた。そんなに俺に会いたかったのか? 俺の事好きすぎだろおめぇら」


 明人はやれやれとわざとらしく肩を落とし、軽口をたたく。


「そうだったら悪いか?」

「私、無意識のうちに相想に会いたがってたのかもしれない!!」


 二人の素直な言葉に、明人はポカンと唖然とする。すぐに眉を顰め「気持ち悪」と愚痴をこぼした。


「お前、相変わらずだな……」

「人間そう簡単に変われるわけ無いだろう、アホが」

「ここまで変わらないのもすごいと思うけどね」


 三人で楽しく会話をしていると、子狐とコウモリが真陽留達に歩み寄った。


「確か、カクリちゃんにベルゼさん、だったわね」


 覚えている名前を彼女が呟くと、二匹は同時に少年の姿へと変化。


 カクリの見た目は変わらず綺麗で、黒い瞳で二人を見上げる。ベルゼも同じく変わっておらず、本当に時間が経ったのか疑問を抱いてしまう。


 そんな二人のうち一人が、不機嫌そうに彼女を睨みあげており、ベルゼは口元を押え笑った。


 不貞腐れたように彼女を見上げていたのは、ずっと明人と共に行動をして来たカクリ。

 音禰はカクリからの視線で怒っていると察し、狼狽える。


「あれ、なんで怒っているの??」


 困惑する音禰を見て、カクリの心情を察した明人と真陽留は、ため息と吐いた。


「そりゃーな」

「音禰、呼び方がなんでカクリとベルゼで違ったんだ?」

「え? だって、カクリちゃんは女の子っぽいから──」

「ぶっ!!!!」


 明人は呆れ、真陽留は苦笑いを浮かべながらおそるおそる問いかけると、意外な返答により明人は我慢する事が出来ず吹き出してしまった。


 音禰の言葉に明人が盛大に吹いため、それにイラつきカクリは彼の脛を思いっきり蹴り飛ばす。


 ずっと静かだった林に、明人の痛みに耐えるような悲鳴が響き渡った。

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