第58話 「分かり合えるわ」
「ねぇ、何年か前に流行ってた噂知ってる?」
「あ? 噂? なんだよそれ」
「もしかして、それって三年くらい前まで流行っていた『どんなに固く閉じられた箱でも開けてくれる』ってやつかい?」
よくある噂の話かなと、音禰は特段気にしてはいなかった。
頂いたケーキと珈琲を楽しもうと思った時、気になる言葉が聞こえ耳を傾けた。
「そうそれ!! 最近だと聞かなくなったけど、前に友達が試しに林の中に行ったみたいなの。そしたら、あったらしいよ!! 噂に出ていた古い小屋!!」
「え、嘘だろ。そいつが嘘ついてんじゃねぇの?」
「そんな事ないよ!! でも、中に入ろうとしたら鍵が閉まっていたみたいで入れなかったんだって」
「それって、噂の小屋じゃなくて、ただ捨てられた小屋なんじゃないのかい?」
「うーん。わかんないけど。ねぇ、私達も確かめるため明日行ってみない?」
「そうだな。暇つぶしがてら行ってみるか」
「明日はちょうど学校も休みだから、いいかもしれないね」
「そうと決まれば、明日行ってみよう!!」
三人がそんな会話をしていると、ちょうど真陽留がケーキの箱を手に戻ってきた。
お会計を済ませ、三人がお店を出て行く。その時、女子生徒が「あの人めっちゃかっこよかったね!!」と口にしていたのを音禰は耳にし微笑んだ。
今時の女子生徒にかっこいいと呼ばれていた真陽留は、大きく伸びをして、腰をポンポンと叩いていた。
その姿を音禰はぼぉっと見ており「確かに、見た目はかっこいいのよねぇ」とこぼす。
「お仕事をしている真陽留君に見惚れちゃった?」
「そ、そんな事ありませんよ」
「ふふっ、冗談よ。それにしてもさっきの噂──」
沙恵が音禰に近付き、先程の学生達の会話を思い出していた。
「あの、沙恵さんももしかして聞いた事ありますか? 先程の噂」
「えぇ、大学の時にね。その時、私は結構悩んでいて、その小屋に行った事があるのよね」
沙恵の言葉に音禰は「えっ」と驚き、目を丸くした。
「それで、確かに小屋はあったはずなの。でも、思い出せないわ。まるで、その小屋であった出来事だけ、綺麗に抜き取られている感じ」
何とか思い出そうと、沙恵は顎に手を当て唸っているが、どうしても思い出せず諦めてしまった。
「ダメだわ、全然思い出せない」
「思い出せないのは無理もない気が……」
「あっ!!!」
諦めたかと思ったら、沙恵が大きな声を出し顔を勢いよく上げたため、音禰は驚き肩を震わせた。
「ど、どうしたんですか」
「思い出したわ!! 確か、そこにはイケメン男子とすごく綺麗な少年が居たはずよ」
思い出した事に感動し、音禰の困惑など気にせず、どんどん彼女は話を進めていく。
「少年は名前を名乗ってくれなかったから分からないけど、確かイケメン男子は──えっと……。きょ……きょう……。うーん。きょう──なんとか明人さんだった気がするわ!!!」
名前を聞いた瞬間、音禰は目を見開き、真陽留はレジスターの周りを拭いていたタオルを落としてしまった。
二人とも動揺を隠す事が出来ず、動きを止めた。
「あ、きと?」
「えぇ。苗字は忘れてしまったけれど、名前は思い出したわ。でも、なんでいきなり思い出せたのかしら」
頬に手を当て「不思議ねぇ」と呟く沙恵を気にせず、音禰と真陽留は目を合わせた。
「明人、きょう、がい……。
「そうだ、明人。あいつの、仮の名前!!」
真陽留はレジから音禰達が居るくつろぎスペースに小走りで移動し、興奮気味に名前を口にした。そんな二人を、沙恵はキョトンとしたような顔で見る。
「あ、あぁ。なんで、なんで忘れていたの。明人──いえ、私達の大事な幼馴染で、友人で、親友!!」
「くそっ、なんで今の今まで出てこなかった。記憶にもなかったぞ!!」
二人の気の動転ように、沙恵はよく分からず瞬きをしていたが、すぐに我に返り問いかけた。
「えっと、よく分からないけど。幼馴染? って人を今まで忘れていたって事かしら?」
「そうです!! あぁ、私なんて馬鹿なんだろう。何年忘れていたの。それすら曖昧……」
頭を抱え、音禰は項垂れる。真陽留も同じく頭を抱え「くそっ」と嘆いていた。
「あの、どうしてそんなに落ち込む必要が……」
「なんでって、さっきまで幼馴染の名前や顔。存在すら忘れていたんですよ。もう、最悪です……」
「あぁ、僕達は最低だ……」
落ち込む二人に、沙恵はなんて事ないと言うような口調で二人の肩を掴み、目を細め優しげな笑みを浮かべた。
「なんかよくわからないけれど、思い出したのならいいじゃない。会いに行ってあげなさい」
「無理ですよ。今の今まで忘れていて、思い出したから会いに来ましたって……。失礼すぎる」
「それに、どんな顔して会いに行けばいいのか分かんねぇ…………」
顔を俯かせ、弱気なことを言う二人に、沙恵は首を横に振り笑みを浮かべた。
「決まっているじゃない」
沙恵の言葉に顔を上げ、二人は彼女に悲しんでいるような怯えているような。複雑な表情のまま顔を上げた。
「どんな顔も何も無いわ。貴方達のめいっぱいの笑顔を幼馴染に見せてあげればいいのよ。そうすればきっと、分かり合えるわ」
彼女の言葉に音禰と真陽留は悩み、顔を見合せる。眉を吊り上げ、二人は同時に頷き立ち上がった。
そんな二人を沙恵は安心したように、ホッと息を吐きながら見つめる。
「あ、お金を──」
「今日は私の奢りよ。行ってきなさい」
沙恵の言葉に二人は大きな声でお礼をし、音禰は荷物を手にし、真陽留は手に持っていたタオルをテーブルに置き、慌てて外へと走り出した。
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