第51話 「忘れるな」

『終焉だと? こんな紙っきれで何が出来る』

「そうだな。できる事と言えば、お前を封印する事だろうな。カクリ、始めるぞ」

「あぁ」


 カクリは明人に言われ両手を前に出し、深呼吸。気持ちを落ち着かせ、集中し始めた。


「ここからが本当の勝負だぞ、お主の黒い匣を取り除く」

『なっ──』


 カクリが鋭い視線を向けると、ベルゼに張り付いた五芒星が光り出し浮かび上がる。

 光は徐々に上へと上がり、彼の頭上に移動し照らし出した。


『なんだ、これ』


 頭上にある五芒星を見上げ、ベルゼは疑問を零す。嫌な予感が頭を過り、その場から逃げようと足を踏み出そうとするが、金縛りのように体が動かなくなっていた。


『っ、貴様!!!! 何を──あの男、どこに行った?』


 カクリに怒りをぶつけようと顔を向けると、いつの間にか明人の姿が無くなっていた。

 忙しなく周りを見回すが、どこにも彼の姿はない。


 明人を野放しにしてしまえば、何が起きるのか予想が出来ないため、早く見つけ出さなければと焦る。


 喉が裂けてしまう程の声量で叫び散らし、おびき出そうした。


『どこに行った人間!!!』

『お前の匣は真っ黒で、俺好みだ。俺の娯楽のため、趣味のため、お前の匣を寄こしやがれ』


 姿はどこにもないが、明人の声だけが響き渡る。

 カクが必死に五芒星を操り、ベルゼの行動を制限している為身動きが取れない。


『何故だ。何故だ何故だ何故だ!!!! 何故だぁぁあああ!! 我は悪魔だ。完全なる悪魔となった!!! ただの人間に負けるはずない!! 許されぬぞ人間!!!』

「なにっ!?」


 ベルゼが叫び、その場から動こうと無理やり移動する。その事に対し、カクリは驚きの声を上げた。それでも、なんとか押さえつけようと歯を食いしばるが、彼は歩みを止めない。


『負けぬ、絶対に負けぬぞ!!!』


 重い体を無理やり動かし、五芒星から逃れようと手を伸ばした。

 カクリとベルゼがお互い引かず、力の押し合いとなる。


「くっ!」

『そうだ。我が人間になど、負けるわけがなっ──』


 今のカクリは力が半分、ベルゼの方が力を温存している状態なため、カクリが押され始めてしまった。

 

 注がれている光からベルゼの指先が出てしまう。その事に狂気的な笑顔を浮かべた。

 もう少しで出られる、そう思った時。どこからか悲しげな声でベルゼ純彦を呼ぶ声が聞こえた。


『もうやめて、純彦』

『純彦、頼む、やめてくれ』


 声と共に光の外、男女の人影が現れた。二人は、光から少しだけ出たベルゼの手を優しく包み込み、涙をこぼし名前および続けた。


 その男女は、ベルゼが人間だった頃の両親。間違った道へ歩もうとしている彼を必死に止めようとしていた。


『誰だ貴様ら!!!』


 今のベルゼには両親が分からない。怒りのままその手を払おうとするが、力強く握られており振り払えない。


『貴方は純彦、私達の大事な息子よ』

『忘れないでくれ。私達は、何時でも純彦が大事だ。何処へでもついて行く。例え地獄だとしても。だから、もうやめてくれ。優しい純彦に戻ってくれ』


 両親の声はベルゼに届いておらず、手を振り解こうとしたり、大きな声で『離せ』と叫びまくった。


『このまま、終わらせる訳にはいかぬのだ!!!』


 ベルゼの叫び声、強い思いに負けぬようにカクリが今以上に力を強め、ベルゼが自由にならないよう尽力を着くす。だが、体力の限界、半分になってしまった力。力の差が浮き始め、ベルゼが両親の手を払ってしまい、五芒星から出ようとした。

 

 とうとう、ベルゼの身体は片足だけを残し五芒星から出てしまう。あともう少しで自由の身を手に入れると思った時、ベルゼはまたしても動きを止めた。


『今度はなにが──』

『もう、やめて──』


 ベルゼの足元には、傷だらけの少年。純彦が足にしがみ付き立っていた。


『なぜ、貴様がここに──』

『もうやめて。これ以上、お父さんとお母さんを困らせないで』


 純彦は必死に掴み、訴えかけている。ベルゼなら簡単に蹴り飛ばす事が出来そうだが、動かない。

 少年を見下ろし、驚きの表情を浮かべ固まっていた。


『な、んで。弱虫が、やめろ。やめろ。我の前に貴様が現れるな!!! 我は悪魔だ!! 人間みたいな弱い生き物ではない!!!』

『違う。君も、僕と同じ弱い生き物だ。弱いから、人から力を奪うんだよ。強い人は、そんな事しない』

『黙れ!!! 貴様のような弱虫になどわからぬ事だ!! 貴様のような弱い生き物など存在する価値すらないのだ!!』


 ベルゼは叫ぶが、額には大粒の汗が流れ、なぜか怯えたような表情を浮かべている。声も微かに震えており、逃げるように足を動かそうとするが、それすら叶わない。


『確かに、僕は存在してはいけない存在だった。僕が産まれなければ、お母さんとお父さんは困らなかったし、死ぬ事は無かった。僕のせいでお父さんとお母さんは死んでしまった』


 顔を俯かせ、純彦はボソボソと呟く。


『だから、これ以上困らせないで。悲しませないで。もう、やめて。お願い……』


 純彦の訴えは、取り乱しているベルゼの耳にもしっかりと届き、先程まで暴れていた彼は徐々に大人しくなっていった。


 だが――――――


『我は悪魔だ。そのような事、貴様のような弱い者の言い分などに従う訳がないだろう!』


 今度こそベルゼは、から逃げるように純彦を蹴りあげようと動く。


 刹那、明人の声が響き、ベルゼは目を大きく見開き動きを止めた。

 


 ────忘れるな。ここは、お前の記憶の中だという事を

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