第50話 「終焉の時間だ」

 映像はそこで途切れてしまい、闇の空間に戻った。


 明人は何も言わず、映像が途切れた空間を見続けている。手が白くなるほど強く握り、何もない空間を見つめ続けた。


 隣に立っている純彦は、死んだような瞳を浮かべながら立ち尽くし、動こうとしない。


「おい、お前はこの後生贄にされたのか? つーか、鬼神様ってなんだよ。んなもん、人間が妄想で作った偽神だろうが。んなもんのために生贄とか、とち狂ってるとしか思えねぇわ」


 愚痴と共に明人が問いかけると、今まで口を開かなかった純彦がポツポツと話し出した。


『僕は、生贄にされた。殺されたんだ。でも、なんで僕が殺されなければならなかった。なんで僕が死ななくちゃいけなかったの。なんで、僕のお母さんとお父さんは殺されなくちゃいけなかったの』


 最初は一定の口調で言う純彦だったが、感情が高ぶり始めどんどん荒くなっていく。


『どうして、僕が悪魔の子と呼ばれないといけなかったの?! 許せない、許せない。僕が悪魔なのなら、悪魔と呼ぶのなら。それなら、本当に──悪魔に、なってやる』

「おまっ──」


 純彦は俯いていた顔を上げ明人を見上げた。その表情は悲しみに満ちた子供の顔ではなく、口角が上がり、目を細め、楽しげな表情を浮かべていた。それはまるで、悪魔のよう。


 肌は黒く染まり、赤く光る瞳が浮き出ているように見える。


 明人を見上げ、狂ったように笑い声を上げた純彦。その笑い声は彼の鼓膜を揺らし、脳にまで響かせる。


『だから我は、悪魔に全てを捧げ、その力を手に入れた。我は悪魔になり、力を求め、人間を滅ぼす。我の邪魔する者全て、殺し尽くす。そのためには力が必要だ。貴様の力も貰うぞ』


 明人の隣に立っていた純彦は、徐々に姿を変えていき、見覚えのある姿へと変貌した。


 左右非対称の瞳はそのままに、髪は緑色になり、白いワイシャツに赤いネクタイ。黒いロングジャケットに、同じ色のモンペズボン。

 

 突如姿を現した悪魔、ベルゼを目にし、明人は舌打ちを零した。


「ベルゼ……」

『まさか、人間がここまで入ってくるとは思わなかったぞ。やはり、その力は我が使う方が良い。残り香すら残さず、今すぐ我に渡せ』


 ベルゼは手を差し出し明人を見るが、その手は握られ事は無い。憐れむような、軽蔑しているような。複雑な瞳でベルゼを睨んでいる。


「今のはお前の記憶か?」

『半分以上は忘れていたがな。今はどうでもよい記憶だ。それより力だ。我にもっと力を寄越せ。もっと、もっとだ。我に、寄越せ!!!!』


 明人に向かってベルゼが勢いよく走り出した。それを、すぐさま横に避けるが回り込まれてしまい、腕を掴まれる。力を込められてしまい、明人の右腕は簡単に折れてしまった。


「ぐっ!!! まったく、ふざけるのもいい加減にしやがれよ!!」


 ボキンという音が響き、痛みに唸り汗を滲ませる。

 痛みに耐え、叫びながら右足を蹴り上げた。すぐに明人の腕から手を離し、ベルゼは後ろに下がり距離を取る。


 折れてしまった右腕を支え、明人は痛みで顔を歪めながらもベルゼを睨みつけた。


「お前、人間を憎んでんじゃねぇのかよ」

『憎かったぞ。だが、それは昔の事だ。今はどうでも良い』

「そんなもんだったのか、お前の想いは。なら、簡単そうだな」

『なんだと?』


 先程まで何も出来なかった明人だが、今は何故か勝ち誇ったような笑みまで浮かべている。その態度と言葉に、ベルゼは険しい顔を浮かべた。


「想いという言葉を口にするのは簡単だ。想いがなければ俺達人間は動く事すら難しいだろう。やりたい事、楽しい事。嬉しい、悲しい、辛い、苦しい。それは全て、想いから生まれ出てくる感情だ」

『だから、なんだと言う』

「想いは、それだけ人間──いや。生き物の中で重要だという事だ。だが、軽い想いは簡単に他の奴により塗り替えられる。お前の憎しみという名の想いがその程度なら、簡単に塗り替えられる」


 明人の言葉が理解出来ず、ベルゼは怪訝な顔を浮かべ耳を傾け続けた。


「想いは、人を弱くする時もあれば、人を強くする時もあるんだよ。だから、を相手にするのは骨が折れた。今のお前の方がやりやすい」


 明人は言い切り、ベルゼを指さした。


「人の想いや記憶を無下に扱った報いを受けるがいいさ」


 勝ち誇ったように明人は言い放った。

 何を言いたいのか理解出来ないベルゼだが、明人の態度に嘲笑うような大きな笑い声を上げた。


『報いを受けろだと? そんな事ある訳が無いだろう。それに、貴様一人ではどうする事も出来ん。諦めるんだな』


 余裕な笑みを浮かべ、人を馬鹿にするように鼻で笑った。

 明人は彼の言葉に「ふむ」とわざとらしく考え、「なら」と提案した。


「一人だけが不服なのならしょうがねぇな。お前の要望通り、二人で相手をしてやるよ」

『なに?』


 明人がしたり顔で言うと、急に闇の空間が揺れる。

 何が起き追たのか、ベルゼが見回していると、目の端に何かが映り、咄嗟に振り返った。


 目の前には、鋭く尖った爪。

 反射的に体をひねったため、ベルゼには傷一つ付かなかった。


 だが、避けたベルゼの顔はこわばっており、自身が元居た場所を見る。そこには肩口までの銀髪を揺らし、黒い瞳をベルゼに向けている少年、カクリが無表情のまま爪を構え立っていた。


『このっ、子狐が!!!!』


 ベルゼの反応に、明人は大げさに笑い声をあげ、カクリの隣に移動した。

 明人を見上げたカクリは、構えていた爪を下ろし、冷静な口調で話しかけた。


「ベルゼよ、私はお主に力を渡す訳にはいかぬ。先程抜き取った力も返してもらうぞ」


 言い切ったカクリの瞳には、怒りや悲しみという負の感情ではなく、ただ真っ直ぐベルゼを見つめている。


「さぁ、悪魔よ。これで、二対一だ。勝てるかねぇ?」


 不敵な笑みを浮かべながら、明人はカクリの頭に手を乗せた。

 もう勝ちは決まったというような表情を浮かべる彼に、ベルゼも取り乱す事はせず冷静を必死に勤め言い返した。


『一人増えたところで死に損ないの子狐だろう。力は半分以上無くなっている、どうする事も出来んよ』

「いや、出来るぞ。これでな!!」


 明人は折れていない方の手でポケットから何かを取り出し、前方に投げた。


『なんだこれは──』


 投げられた物をベルゼは弾こうとしたが、ひらりと交わされそのまま腕に張り付く。

 それは、現実の世界で明人がレーツェルから受け取った、空の小瓶に貼られていた五芒星が書かれている小さな紙。


「なんだこれ……」


 ベルゼは剥がそうとするが、しっかりとくっついてしまい剥がす事が出来ない。


「さぁ、終焉の時間だ」

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