第47話 「覗かせてもらうぞ」
「真陽留は大丈夫かしら」
「いいから、お前はカクリの傷を治す事に集中しろ」
「う、うん……」
カクリの傷は酷い物。胸に大穴が開いており、普通の人間なら即死していてもおかしくはない。生きているのすら疑う程の傷に、音禰は息を飲み手をかざす。
淡い光がカクリの傷口を照らしだした。
「生きて、いるのよね?」
「微かに息がある。今すぐに治せば間に合うかもしれない。早く治してくれ、カクリが居なければ、悪魔を無力化させるのは不可能だ」
言い切る明人は、ポロシャツの袖を噛みちぎり、血が溢れている肩口に巻き付け止血していた。
音禰が光を当て始めてから数秒、徐々にカクリの傷は塞がり、血が止まり始めた。
息を一定に死、油断しない。集中を切らさず照らし続けていると、深かったはずの傷は、完全に塞がれた。
完全に塞がったことを確認すると気が抜け、音禰の体が横に傾き倒れそうになる。すぐに明人が受け止め自身に抱き寄せたため、地面に倒れ込まずに済んだ。
「あ、ありがとう」
「体は大丈夫なのか?」
「大丈夫。次に相想、貴方の傷を治すわ。肩の方ではなく、太ももでいいの?」
「あぁ、頼む」
ほんのり頬を染めた音禰は直ぐに起き上がり、明人の太ももに手をかざす。
傷を治す事が出来るのは残り一回。明人は自身の太ももを治すように指示した。
再度集中しようとするが、音禰の体は限界に近い。息が荒く、顔色が悪い。それでも、何とか集中し、明人の太ももの傷を治した。
「…………大丈夫か」
「大丈夫、私は大丈夫よ。次は何をすればいいの?」
音禰の質問に、明人は真陽留と戦闘を行っているベルゼを見上げた。
ベルゼが上に行けば、ファルシーの紫の霧で動きを止め、下に逃げれば真陽留の拳が待っている。
いら立ちが募り、ベルゼは顔を赤くする。思うように動くことが出来ない、自分が見下していた人間にいいようにやられている。それだけでベルゼのプライドはもうズタズタ。今すぐにでも殺してやりたいと思っていた。
「カクリさえ目を覚ませば…………」
苦い顔を浮かべる明人。真陽留達の戦闘に目を向け、今すぐ何かできないかを考える。だが、今は接戦状態。変に中に入れば、真陽留のリズムを崩す可能性もある為、迂闊に動くことが出来ない。
今の真陽留は、ベルゼの動きに集中していた。
片方が仕掛ければ、避け。カウンターを仕掛ける。息を吐くのすら戸惑われる状況だが、焦る事は絶対にしないように努めた。
冷静さを失えば、状況が酷くなる。頭では理解しているが、それでも徐々に焦りが募り始める。理由は、拳を振るっても振るっても意味はなく、当たらないから。
体をひねったり、影で真陽留を貫こうとしてくるベルゼ。一瞬でも気を抜けば、命までもが危ない。
一切油断することなく、ベルゼを見続けていた。
だが、それが良くなかった。
真陽留は自身の影が動き始めているのに気づかない。背後に黒い影が二本、作られる。
それにいち早く気づいた明人は、真陽留の名前を叫ぼうと身を乗り出した。その時、視界の端で、カクリが少し体を動かしたのが映る。
真陽留は気配で気づき振り向くが、刃先は目前。体を咄嗟に動かす事が出来ず、避けきれない。
そう、誰もが思った時だった。
真陽留に突き刺さる一歩手前だった影は、微かに震えその場から動かなくなっていた。
「やれやれ、きっちり五分かよ。さすがだなぁ、自分の言葉に責任を持っているんだな、褒めてやるよ」
「…………嫌味かよ」
明人が困惑している真陽留の隣に立ち、嫌味を言う。
彼を見上げ真陽留はため息を吐いた後、目の前に立つ少年、暴走した時と同じ姿をしているカクリを見た。
ベルゼも同じく、影へと手を伸ばし動きを封じているカクリを見下ろし、歯を食いしばった。
「なぜ、力は我が吸い取ったはず。どこにそんな力を隠し持っていた」
「隠し持ってなどおらん。私の力は、この空間が関係しているのだろう。力が漲っておる、主を封じ込めるくらい簡単に出来そうだ」
九本の尾を揺らし、耳をピクピクと動かしながら言い放つ。カクリから発せられているとは思えない程の圧と、赤い瞳に見つめられ、ベルゼは無意識に体を震わせた。
震えている自身の手を見て、驚愕。拳を作り、見上げて来るカクリを見下ろした。
「まさか、まさか我がこんな、こんな、人間どもに、こんな……。怖がっているというのか? いや、ありえん、ありえる訳がない。我が、この、最恐と言われたベルゼ様が、この、人間どもに脅かされているだと?? 許さぬ、許さぬぞ、人間がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!!!!」
怒りにより我を忘れ、四方に黒い影を大量に作り出す。十、二十ではない。五十以上はありそうなほどの黒い槍に囲まれ、明人とカクリ、真陽留と音禰は戸惑い身を寄せ合った。
「あ、明人…………」
「相想…………」
二人から名前を呼ばれ、明人はにやりと笑う。まるで、この時を待っていたかのような笑みに、二人は困惑した。
「くくくっ、視野が狭くなった悪魔程、容易い物はないな。なぁ、カクリ」
「まったくだ。私を見くびり過ぎだ、悪魔」
会話が聞こえていたベルゼは、再度怒りに任せ右手を振り上げた。
「しねぇぇぇぇぇぇぇぇえええええ」
叫びと同時に右手が下ろされた。四方から放たれた尖った影、逃げ道がない。
向かってくる影に真陽留と音禰は顔を抑え身構えた。
だが、ここで響き渡ったのは四人の悲鳴ではなく、ベルゼの困惑の声だった。
「――――――なんだと!?」
「っ、これって……」
影が明人達の刺さる直前で全て、完全に止まった。
驚きで固まっているベルゼの頭上には、いつの間にか出入口から姿を現していたファルシー。右足を上げ、ベルゼの頭を蹴り落とす。
「ガッ!!!!」
地面に叩き落されたベルゼは直ぐに姿勢を整える事が出来ず、震える体を起こす。
隣に人の気配を感じ、横目で確認すると、自身を見下ろしてくる明人が映る。
何かされる前に動かなければ、そう思いすぐ立ち上がろうとしたが、それは明人の手によって叶わなかった。
「さぁ、覗かせてもらうぞ。お前の心にある、真っ黒な匣をな――……」
頭を鷲掴みされ、明人の五芒星が刻まれた左目と目が合う。何も抵抗できないうちにベルゼの意識は遠のき、そのうち明人と共に失った。
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