第46話 「任せたぞ」

 血がしたたり落ち、明人は体をふらつかせ片膝をつく。

 動かなくなった彼を見下ろし、ベルゼは楽し気にくくくっと笑った。


「やっと動かなくなったか、手間取らせてくれたな人間。だが、これで終わりだ、足掻いても無駄だったな」


 またしても三本の影を明人へと向ける。顔を上げ影を捉えるが、体に力が入らず動くことが出来ない。

 痛みと焦りで汗が流れ落ち、眉間に深い皺を刻む。


「終わりだ」


 にやりと笑ったベルゼは右手を上げ、そのまま躊躇することなく下ろす。

 彼の手の動きに合わせ、黒い影は明人に向けて放たれた。


 迫ってくる影を目でとらえているのに、体がいう事を聞いてくれない。

 明人は項垂れ、諦めたように目を閉じた――…………



 ――――――カランッ!



 目を閉じた明人は、来るはずの衝撃が来ない事への疑問と、何かがぶつかり合う音にゆっくりと目を開けた。


 明人の目に映ったのは、相手を蔑むような目を浮かべているベルゼ。彼の視線の先を辿り振り返ると、そこには予想外の人物が弓矢を構え立っていた。


「お、とね?」


 明人が洞窟の出入り口に立っている音禰を捉えた直後、カクリが吊るされている壁から”ドゴン”と大きな音と共に、瓦礫が飛び散り土煙が舞い上がった。

 何が起きたのか理解できない明人とベルゼは土煙が舞う中、咳き込みつつも目を細め、カクリがどうなったのか見る。


 土埃に浮かぶのは、一人の男性のシルエット。マイペースな声と共に、ジャリっと石を踏みながら明人達へと近づいて来る。


「おーおー。これはいいなぁ。悪魔の力より使いやすい」


 土埃が落ち着き始めると、やっと壁を壊した人物を目視する事ができ、ベルゼは目を見開いた。


 明人とベルゼの視線の先には、カクリを脇に抱え、強気な笑みを浮かべている真陽留の姿。


「貴様……。何をしているのだ、魔蛭」

「僕はもう魔蛭じゃない。今の僕は、あいつらが呼んでくれている真陽留だ、間違えてんじゃねぇぞ、悪魔」


 困惑の表情を浮かべるベルゼに、真陽留は言い放った。


「この、小癪なっ――……」


 怒り任せ叫ぼうとしたベルゼに、弓矢が二本放たれた。

 直ぐ気づくにことができ、空中を飛び回り回避。その際明人から距離が離れてしまう。


「相想!!」

「明人!!」


 二人が、地面に座っている明人に近付き怪我の具合を確認する。

 影は深々と刺さり、肩は貫通していた。痛々しく血が流れ、二人は眉を顰めた。


「今すぐ治すね」

「いや、待て」


 急いで傷を治そうとした音禰を止め、明人は影を抜き取りカランと落とす。影がストッパーとなっていたため、止められていた血が溢れボタボタと地面を赤く染めていく。

 早く治さないとと、音禰は手をかざすが明人がまたしても止めた。


「真陽留、どのくらい時間を稼げる」


 明人が見上げ、真陽留に問いかける。一瞬何の質問かわからなかったが、すぐに理解し答えた。


「…………五分が限度。俺のは肉体を一時的に強化させるものなんだが、体に馴染む前にきちまったから、体が悲鳴を上げる可能性があって、五分らしい」

「それだけあれば十分だ、稼げ」

「っ、へいへい」


 明人はカクリを受け取り、真陽留に言う。鋭く光る瞳を向けられ、真陽留は一瞬息を飲むが、すぐに力強く頷き、明人からベルゼに視線を移した。


「任せたぞ、真陽留」

「任せろ。俺が招いちまった事態、必ずここで終わらせる」


 明人からの言葉に、拳を構え、真陽留は返す。


 地面を踏みしめ、空中を舞うベルゼを睨みつけた。そんな彼にベルゼは心底呆れ、軽蔑した。


「貴様にもう興味はない。憎しみの消えた貴様など、ただの役立たず。せっかく救われた命、今すぐにでも消してやろうか」

「消せるもんだったら消してみやがれ。俺達が必ず、お前を無力化してやるよ。人間と、一人の人外でな!!」


 言い放つと同時、どこからともなく紫色の霧が漂い始めベルゼを包み込む。

 見覚えのある紫の霧、自然と体が反応しベルゼは霧から逃げるように地面へと落ちた。


「これはっ――っ!」


 地面に急降下したことにより、真陽留の射程内に入ったベルゼ。近づいて来る拳を体を捻り回避。だが、ギリギリだったため頬を掠め、血が流れ出る。

 なんとか真陽留の射程外まで跳び、頬の傷を手の甲で拭った。


 見上げて来る真陽留を見て、ベルゼは彼の真っすぐな瞳を厭わしく感じ、体を怒りで震わせた。


「よくも、我をコケにしたな。ただの人間如きがぁぁぁぁあ!!!!」

「沸点が低いのはお前の欠点だと思うぞ、それでお前は視野が狭くなる。人間と一人の人外によって、お前は負ける。せいぜいあがけよ、糞悪魔」

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