第45話 「今すぐ消滅しろ」

 明人は洞窟の中を必死に走り、カクリを探していた。


 足音が響き、水の落ちる音が響く中、迷うことなく走り続けた。


「くそ、どんだけ長いんだよ」


 口の中に血の味が滲み、体はもう休めと訴えてくる。それでも、明人は文句を零しつつも、ふらつく体にムチを打走り続けた。


「はぁ、はぁ……」


 暗い洞窟を走り続けていると、やっと前方に光が見えてきた。

 最奥なんだと理解するのにあまり時間をかける事はなく、明人は疲労を隠しスピードを上げる。


 やっと最奥までたどり着いた事に安堵したのもつかの間、荒い息を気にせず、目の前に広がる光景に怒りが芽生えた。


「お、来たな。思ったより早かったな。しかも一人。貴様にしては、少々我を舐めすぐてはおらぬか?」

「うるせぇよ、しゃべるな黙れ」

「つれないな」


 わざとらしく肩を落とし、明人を哀れみの目で見るベルゼ。そんな彼の奥側に目を向けると、力なく吊るされているカクリの姿。彼付近は酷い有様となっていた。


 地面と壁は赤く染まり、血だまりが出来ている。相当暴れたらしく、カクリの両手首も鎖によりこすれてしまい肉が見えていた。

 青い顔は俯かれ、銀髪がさらりと垂れる。いつも見えていたはずの黒い瞳は、瞼で閉じられ見る事が出来ない。


 ピクリとも動かないカクリを目に、明人は横に垂らしていた拳を強く握った。


「ほぉ? まさか、貴様にも人を思いやる感情があるなんてな。さすがに驚いた」

「黙れ、いい加減うるせぇよ糞悪魔。今すぐそいつを返せ。そんで、今すぐ消滅しろ」


 今での余裕のある声ではない。聞いたことがない程低く、地面を這うように明人は言い放つ。

 ベルゼはなぜそこまで怒っているのか理解出来ず、きょとんと彼を見た。


「なぜそこまで怒っているのかわからんが、よいよい。我は今気分がいいからな、苦しまないよう殺してやろうぞ、人間」

「そんな簡単に死ぬ程、俺は甘くないぞ、悪魔が」


 地面に落ちている石を拾い上げ、ベルゼに狙いを定めた。


「まさか、そんな小石で我とやろうと? さすがに舐め過ぎだと思うのだが?」

「どうだろうな」


 言うと同時に、明人はベルゼに向けて走り出す。死角を取るわけでもなく、真正面から走ってきた明人に呆れ、ベルゼはつまらなさそうに一本の鋭く尖る影を作り出し、投げた。


 簡単に明人は横に避け、同時に地面に手を置く。すぐさま立ち上がりベルゼの目の前に駆け出した。

 簡単に避けようとするベルゼの顔めがけて、明人は握っていた手を広げ何かを投げつける。


「っ!? ぐっ!! なにを!!」


 投げつけたのはただの砂。目に入り涙を流すベルゼに、明人は何も言わず石を振り上げ叩きつけた。だが、歪む視界で明人を捉えたベルゼは、間一髪避ける事に成功。

 避けられるのは予想通り、すぐに再度振り上げ、明人はベルゼの頭を殴りつける。


「同じことを繰り返しても、意味はない!!」


 赤く充血した目を無理やり広げ、明人を見た。すると、先ほど避けたはずの黒い影が向きを変え、明人へと向かう。

 後ろからだったため気づくのが遅れたが、反射で横へと跳び回避に成功。だが、姿勢を崩してしまい、地面に膝をついた。


「痛みを感じないように殺してやろうぞ」


 一瞬目を離した隙に黒い影が三本に増え、刃先を明人に向ける。すぐに立ち上がろうとしたが、それより早く槍が彼めがけて降り注いだ。


 立ち上がる事を諦め、舌打ちを零しながら横へと転がりよけた。


 槍が三本地面に刺さったことを確認すると、転がった勢いを殺さず手を付き、体を起こす。


「さすがだな、人間。だが、気分が良かった我も、もうそろそろめんどくさくなってきたぞ。早く死んではくれないか」

「断る、お前が死ね」

「それこそ断る。せっかくほしかった力を手に入れる事が出来たんだぞ。ここで死ぬなど、考えたくもない」

「死ね」

「人の話はしっかり聞くことをだな」

「人じゃねぇもんの話を聞くのは時間の無駄だ」


 明人は周りを見て、何か武器に出来ないかと考える。


「まったく、口だけは達者だなぁ」


 ゆったりと話しつつ、ベルゼは刺さってしまった影を操り再度刃先を明人に向けた。

 三本の影が向けられ舌打ちをし、視覚から外れないように見続けた。


 微かに震える体を抑え、後ろに後ずさり距離を取ろうとする。だが、ベルゼは明人の行動を見てにやりと笑い、右手と人差し指と中指を上にくいっと上げた。


「――っ!? くそ!!!!」


 明人の真後ろ、彼の影から二本の鋭く尖った影が出現。気配を感じた明人は、振り向くのと同時に避けようとしたが、間に合わなかった。


「ぐっ!!!!!」


 黒い影は二本とも、明人の右肩と太ももに深く、突き刺さってしまった。

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