第43話 「これを受け取ってほしくてな」

 真陽留の言葉に、明人は訳が分からないというように眉を寄せた。


「何を言っているんだお前、今回のは信じる信じないではないだろ。信じたところで失った寿命は戻らない、信じたところで誰かが死んじまったら、それは戻らない。信じたところで、今回の事態がどうにかなるなんてことはない。意味わからんことを言うな」

「いや、そういう事じゃなくてな……」


 明人の言葉を否定し、真陽留は真っすぐと彼の漆黒の瞳を見つめ言い切った。


「僕が言いたいのは、僕達が今回のことで今後の人生が不幸になろうとも、絶対に後悔しない。もう、同じ過ちは起こさない。それを信じてくれと言っているんだ」


 真陽留からの言葉を明人は受け止める事が出来ず、苦々しい表情を浮かべた。


「意味が分からん。お前らが後悔しようがしまいが俺には関係ねぇよ。ただ、俺の関わったところで命の危険に晒させたくねぇだけだ。後味が悪くなる」

「結局のところ、お前は僕達の今後を心配しているんだろう? おめぇは変なところで優しいから」

「お前に言われても何も嬉しくねぇし、勘違いをすんな。俺の関わっているところで死んでもらったら気分が悪いだけだ」

「今回は僕達の意思で言っているんだぞ。お前がやれと言ったわけじゃねぇ、後味悪くなる必要ないだろ」


 いつもは明人が押し通していたが、今回は真陽留も揺るがない。

 お互い目をそらさず、一触即発な雰囲気に音禰は固唾を飲み、ファルシーは楽し気に口角を上げながら見届ける。


 沈黙が続いてから数秒、先に折れたのは意外にも明人だった。


「はぁぁぁぁぁぁああ、何でこうも。ここには頑固な奴しかいないのか。もう、どうでもいいわ」


 頭をガシガシと掻き吐き捨て、明人は立ち上がり小屋の外に出た。

 いきなりの行動に反応が出来ず、二人は慌てた様子で明人の名前を呼んだ。


 振り返ることなく、明人は二人に言った。


「どうした、なにぼぉっとしてやがる。ファルシーと契約でもなんでもしろ、時間がないんだからよ」


 今の言葉で、真陽留と音禰は顔を見合わせ顔を綻ばせた。

 手を合わせ、「「やった!!!」」と大げさに喜ぶ。


 そんな二人に呆れ、明人がげんなりしたような顔を浮かべ空を見上げる。いつの間にか青空は消え、夕暮れ時になっており真っ赤に染まっていた。


 今だ小屋の中で喜んでいる二人をよそに、ファルシーは明人の元に移動し微笑みかけた。


「……何だよ」

「いえ、結局なところ、貴方は二人の人生を背負うのが怖かった。こういうことかしら?」

「違うわふざけんな。もう、命を落とそうと俺は何もしねぇよ」

「否定していた時なら責任を取るつもりだったのかしら。それはそれでなんとなく面白いわね」

「黙れ、早く契約でもなんでもしろ。俺は小屋の奥を見て来る」

「もう行くのかしら? 体力は大丈夫なの? 悪魔に一人で立ち向かう前に、何を分けたのか知ってからの方がいいんじゃないかしら」

「誰が一人で悪魔の所まで行くと言った。俺は小屋の奥に行くとは言ったが、悪魔に迎え撃つとは言ってねぇよ。勘違いしてねぇで早く行け」

「本当にむかつく人間ね…………」


 息を吐き、ファルシーは明人を残し小屋の中に戻る。二人に近付き、契約についての説明を始めた。

 明人は彼らの様子を肩越しに見た後、宣言通り小屋の裏手に回り確認に行く。


 夕暮れはあっという間にすぎ、闇が林を覆い隠す。風が草木を揺らし、カサカサと音を鳴らしていた。

 不気味な雰囲気を漂わせる中、明人は迷うことなく真っすぐ進む。


 歩き進めてから数分後、何かが視界に入り一度足を止めた。


「まさか、こんな所にこんなもんがあったなんてな、さすがに知らんかったわ」


 明人が歩みを進めると、木々の隙間から大きな洞窟が見えてきた。

 近づくと、藍色の髪が微かに揺れる。洞窟の中から冷たい風が吹き、明人の体を冷やす。

 ぶるっと体を震わせ、腕を摩る。

 

 中を見ようと腕を摩りながら目を細めるが、光源のない洞窟なため、奥を見通す事が出来ない。


 鼻を鳴らし、小屋に戻ろうと振り返る。歩き出そうとした瞬間、カサカサと、周りの木を揺らす音が聞こえ顔を向けた。


 警戒心むき出しに見つめていると、一人の青年がふらつく体を支え現れる。その人の息は荒く、汗がしたたり落ちていた。


 木に体を預け明人を見ているのは、狐面を失い溢れ出る力を必死に抑え込めているレーツェルだった。


「元気そうで何よりだ、人間」

「お前が死にそうじゃねぇか、化け狐」


 レーツェルの見た目は、明人が知っている姿と少し異なっていた。


 膝まで長い銀髪に、顔には黒い痣が出現している。

 爪は尖り、口から覗き見える八重歯は人の肉など簡単に嚙み切ってしまえるほど鋭く尖っていた。


 明人は眉をひそめレーツェルへと近づく。

 目の前まで行くと、引き攣らせた笑みを浮かべながら、レーツェルが懐から一つの小瓶を取り出した。


「これを受け取ってほしくてな」


 震える手から渡された小瓶には、五芒星が書かれてるメモが側面に貼られていた。

 明人は何も疑う事はせず素直に受け取り、小瓶をまじまじと見る。


「それに、悪魔の匣とやらを入れるがいい。そうすれば、人間が企んでいることが出来るだろう」

「なるほどな、今回ばかりは助かった。礼を言う」

「それならよかった。では、我は行く。このままここに居るのは極めて危険……っ、だからな」

「みたいだな。本当に大丈夫なのか?」

「問題はない。自身で何とかできる」


「では」と、レーツェルはその場から一瞬のうちに姿を消した。

 無言で夜空を見上げる明人だが、彼なら大丈夫だと信じ、再度小屋に戻ろうと歩き出す。



 その時だった。地面を許すほどの叫びが洞窟の中から聞こえたのは──……



『あぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!」



 声が聞こえ、目を大きく開き、勢いよく振り返った。その顔は驚愕、焦り、困惑。他にも様々な感情が込められている。


「――――――カクリ?」


 名前を呼ぶのと同時に、明人はファルシーとの会話をすっかりと忘れ、何も考える事はせず洞窟の中へと駆け出してしまった。

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