第42話 「信じてくれないか」
明人から放たれたのは否定の言葉。音禰はやっぱりかというように眉を下げ、明人を見た。
否定されたが、音禰の覚悟は一言だけで消えるほど弱くはない。すぐに眉を吊り上げ、明人を説得しようと言い返す。
「私は、少しでも貴方の役に立ちたいの。そのために必要な力なのなら、私は受け取るわ。何を払ってでも、絶対に」
「それを俺は許さんと言っているんだ。大体、寿命を縮め、力をゲットしたところで、それが悪魔に通用するかなんてわからん。もし通用しなかったらどうする。お前は無駄に寿命を縮めた事になるんだぞ。それをわかっているのか?」
「確かに、悪魔相手に人間に分けても大丈夫なほど弱い力が通用するかなんてわからないし、少しも役に立たないかもしれない。それでも、私はやるわ」
「無駄使いするほどお前の寿命が残っているのか誰にもわからん。人によって寿命は異なり、いつ死ぬかわからないんだぞ。それが、人の命だろうが」
明人の言葉に言葉が詰まる音禰。何とか説得したく頭を使い、思いつく言葉を口にする。
「……………………今回のはそれを考えていると、何もできないと思う」
小さく呟かれた言葉に、明人がまた言い返そうとする。だが、それより先に音禰が言葉を続けた。
「安全を考えているだけでは、今回の件は解決できない。どこかで必ず覚悟を決めなければならない時が来る。今回、私が最初にそれをしなければならないだけ。相想もそれはわかるでしょ?」
「お前はそこまでしなくてもいいだろ。なんだったら、今すぐ辞退してもいいくらいだ。お前はただ、巻き込まれただけだからな」
「それを言うなら、今ここに居る人はみんな、悪魔の企みに巻き込まれた被害者じゃない。それなのに、私だけ逃げるなんてできないわ」
明人が何を言っても引かず、食らいつく音禰。二人の攻防を外で見ていた真陽留は浅く息を吐き、ファルシーに近付いた。
「力って、例えばどんな力を分けるつもりなんだ?」
「回復を持っているから、次に渡すとしたら武器ね。弓を渡す事になると思うわ」
「それは悪魔に効くのか?」
「殺傷力は高くないけれど、少しは役に立つと思うわよ」
「寿命を使う価値はあると、お前は思うか?」
「それはわからないわ、人と堕天使の感覚は違うもの。人間は直ぐに死ぬけれど、私達人外の寿命は何百何千よ。私に聞くのは間違えているわ」
「そうか、それもそうだな」
真陽留はそれ以上何も言わなくなり、まだ言い争っている二人を見る。ファルシーが横目で真陽留を見ると、何故か自然と目が合った。
「な、何かしら」
「お前が僕を見たんだろうと言いたいが、今はいい。堕天使の力、寿命を使ってもいいから僕にも分けてくれぇか?」
真陽留からも申し出に驚き、ファルシーは微かに目を開く。こちらの会話など聞こえていない明人は、まだ説得してくる音禰に集中している為、判断を仰ぐことが出来ない。
腕を組み、空中でどうするべきか考えるファルシー。天井を仰ぎ、ふと何かを思い出し「あ」と真陽留を見た。
「もしかしたら、代償なしで力を分ける事が出来るかも」
「え、どういう事だ?」
「説明するのなら、あの二人にも聞いてもらいたいわね。同じことを二回も言うのはめんどくさいもの」
明人達を見ながらファルシーは言う。真陽留も同じ考えだったため、素直に頷き明人の名前を呼んだ。
「明人」
「あ?」
「言い争っているところ悪いが、このままでは時間が過ぎるだけの平行線となる。ファルシーが何かを思い出したみたいだから、それを聞いてからまた考えないか?」
真陽留の言葉を聞くと、二人は顔を一度見合わせ、空中を飛んでいるファルシーを見た。
「これは私一人ではできないけれど、レーツェル様なら出来るかもしれないことがあるの。それはね、”代償の巻き戻し”」
「代償の巻き戻し? 何だそれ」
「言葉のまま受け取ってもらって構わないわ。私が渡した力による代償を元の持ち主に戻す事が出来るの。私が許せば、だけれどね」
「それは確実な話なのか?」
「確実なものは言えないわ。前にぼそっとレーツェル様が言っていたような気がするだけ」
「確実なものじゃねぇのなら、やはりお前にはここで待機してもらうしかないな」
またしても明人は音禰を見て、今回の作戦からは身を引いてもらおうと試みる。だが、彼女の意志も固いためまたしても平行線。真陽留は頭を抱えどうしたものかと考えた。
その時、ファルシーの頭に一つの疑問が浮上。明人に問いかけた。
「ところでなのだけれど、なぜそこまでして音禰ちゃんの参加を固く拒否するのかしら?」
「当たり前だ、こいつはもう関係ない。二番目の被害者だ、もう俺達に関わる必要はない」
「…………関係ない話かもしれないのだけれど、一番の被害者は?」
「俺」
「貴方は本当に面白い人間ね、レーツェル様に言われなかったら絶対に関わりたくない人種よ」
「お褒めの言葉をどうもありがとう。お前に褒められたところでなんも嬉しくないけどな」
苦笑を浮かべるファルシーは、息を吐き話を戻した。
「えっと、真陽留ちゃんも力が欲しいと言っているのだけれど、それに関してはどうするのかしら?」
「それは好きにすればいいだろ、そいつの面倒まで見れるか。やりたきゃやればいい。それで寿命が縮まろうと俺は知らん」
明人の言葉に真陽留は何も言わない。怒りも芽生える事はなく、しっかりと受け止めていた。
「なら、私も好きにさせてよ相想。私は、何を言われても諦めないわよ」
「何度も言ってんだろ、お前はもう部外者。これ以上俺達と関わろうとするな、早く病院に戻りやがれ」
顔を逸らし、きつい口調で言い放つ。音禰は口を閉ざし目を伏せ、何も言わなくなった。
真陽留は、今の光景がいつの日かの光景に見えかぶりを振り、もう一度二人を見る。だが、やはり過去の光景が頭を過り、悲しみや不安が胸をかき乱す。
過去、明人が自身に音禰が告白しないように牽制した校舎裏での出来事。あれは明人もわざと音禰を傷つけたわけではなく、明人なりの思いやりであんなことを言っていた。
自分では音禰を幸せにしてあげられない。その気持ちからの、あの言葉だった。
今だからこそわかる彼の態度に、真陽留は覚悟を決めたように二人の会話に割り込んだ。
「明人、今回は僕達を信じてくれないか?」
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