第39話 「難しいと思うけどな」

「真陽留、まだ諦めるのは早いよ。相想はまだ生きてる、まだ戻れるよ」


 力強く音禰は言い切った。だが、真陽留はその言葉より、何故彼女がここにいるのかが気になり、目を丸くし見続ける。

 それに気付いたファルシーが白い翼を動かしながら、小屋の中へと入った。


「私がここまで案内したのよ。連れてきた方が色々都合がいいと思ってね。事情も私が把握している程度の物を話しておいたわ」


 真陽留の様子を見たファルシーは、もう彼は大丈夫だと判断。簡単に現状を説明した。そんな中、音禰は明人に近付き、しゃがんだ。

 明人の手を握り目を伏せ、音禰は静かに呟いた。


「真陽留、後でゆっくりお話ししましょう」


 目すら合わせてくれない音禰の言葉に、真陽留は気まずそうに顔を逸らし「わかった」と頷いた。


「そうね、確かに話しは後の方が良さそう。早く治してしまいましょう」


 ファルシーの言葉に、真陽留は眉を顰めた。


「治すって、あんな深い傷をどうやって……」

「見ていればわかるわ」


 真陽留の言葉にファルシーが楽しげに返すと、音禰の方に顔を向けた。


「いいわね、音禰ちゃん。私達人外の力を人間が使うのは、本来やってはいけない事なの。私が貴方にはそこまで強いものでは無いけれど、精神力は随分持っていかれるわ。もしかすると、起きていられないかもしれない。それでもいいかしら?」


 ファルシーが最後の確認のように、音禰の耳元で小さく問いかけた。


「はい、大丈夫です。私に出来る事なら、何でもやります」


 強い眼差しを明人へ向け口にし、両手を腹部に添えた。


「そう。なら、私はもう止めないわ。頑張ってちょうだい」


 音禰から放たれる言葉と、強い意思。ファルシーは彼女の様子に笑みを浮かべ、その場から少しだけ後ろに下がり、真陽留の隣へと移動した。


 音禰は深呼吸し、意識を集中し始めた。


「相想、今まで本当にごめんなさい。どうか、どうか神様。お願いします。心優しい彼を、助けてください」


 音禰は目を瞑り、祈り始める。すると、明人の傷口に添えられている手から淡い、優し気な光が出始めた。呼吸を一定にし、目を閉じ集中力を切らさないように心掛ける。


 真陽留はその場から動かず、遠目から光を眺め、小さな声で「相想」と呟く。

 正気の失った瞳には、徐々に光が宿り始めた。


 集中し始めてから数秒間、音禰の手元は光り続けた。その光は徐々に弱くなっていき、消える。

 音禰は息を大きく吐くと、眩暈が起こり体が横に傾いた。

 すぐさま真陽留が動き、音禰へと手を伸ばし支えた。


「音禰、大丈夫か?」

「うん、大丈夫。ちょっと、眩暈がしただけ……」


 音禰の様子は、本当に疲れているのだとわかるもの。呼吸が乱れ、汗が額から頬を伝い床に落ちる。口角を上げている口元にも疲労が見えていた。


 真陽留は音禰を支えながら、心配そうに明人へと目を向ける。すると、なにかに気づき疑問が口から零れた。


「あれ、血が、止まってる?」


 先程までドクドクと流れていた血が、いつの間にか止まっており。大きく裂けていたはずの傷も、完全に塞がっていた。


 首を傾げながら何度も傷を確認するが完全に塞がっており、真陽留は口をあんぐり。音禰を横目で見た。


「一体なにが──」

「これは、音禰ちゃんが自ら望んだ力よ」


 ファルシーが真陽留の隣にフワフワと移動し、優しげな声色で話しかけた。


「自ら?」

「そうよ。私の力は前に話した通り、治癒と魅惑が主ね。どちらも人間には負担が大きいわ。だから、制限を付けて力を分ける事にしたの。それで、音禰ちゃんには〈治癒能力〉〈魅惑の吐息〉を提示したわ。すると、音禰ちゃんは迷わず治癒能力を選んだの。ふふっ、さすがよね」

「なんか、誘惑する吐息が気になるが……」


 ファルシーが説明をしながら控えめに笑みをこぼし、真陽留は再度音禰の方を振り向く。


 音禰は、傷を治したのに目を覚まさない明人を心配そうに見下ろしていた。その目には後悔や心配、不安などの感情が込められている。

 真陽留はまだ音禰に想いがあるため、その光景を見ているのは正直辛い。だが、明人が心配なのは彼も同じ事。


 気持ちを無理やり切り替え、明人に視線を移す。すると、先ほどまでずっと心配そうに見ていた音禰が、いつの間にか真陽留の方を見ており驚いた。


 彼女に後ろめたい気持ちのある真陽留は、何を言われてもおかしくないと目を逸らし、覚悟を決めていた。だが、音禰から発せられた言葉は予想していた物ではなかった為、またしても驚き目を開いた。


「真陽留、ごめんなさい」

「え、な、なんでお前が謝るんだよ。僕がすべて悪いのに…………」

「私、真陽留の気持ち全然知らなかった。気づく事も出来なくて、傷つけてしまった。本当に、ごめんなさい」


 頭を下げ、音禰は何度も謝罪する。

 今の彼女に何を言えばいいのわからず、真陽留はあたふたしていた。


「い、いや。今回の件は本当に僕が暴走してしまっただけというか、音禰は何も悪くいない。だから、謝らないでほしい。顔を上げて?」


 顔を下げている彼女の顔をあげさせ、真陽留は優しく微笑み問いかけた。


「音禰は、まだ相想の事が好きなのか?」


 その問いかけに、音禰は迷った挙句小さく頷いた。

 彼女の素直な返答に目を細め、小さく「そっか」と納得。音禰から明人に目を逸らし、意識を失っている彼を見た。


「…………僕はもう気持ちの整理はついている。もう、同じこともしない。こいつとも居てやってもいいかなって思ってる。だから、僕の気持ちは気にせず、相想を落とせるように頑張れよ。難しいと思うけどな」


 ケラケラと笑う真陽留に、音禰は気まずそうに再度顔を下げるが、下唇を噛み真陽留を見た。


「ありがとう、真陽留」

「こちらこそ。こんなことをしてしまった僕を許してくれてありがとう」


 二人が笑い合い、ファルシーも空中で笑みを浮かべる。


 その時、明人の手が少しだけ動き出す。握っていた音禰はハッとし、すぐさま振り向いた。


「んっ……」


 明人が声を上げ、眉を顰め動き出した。


「相想?」


 音禰が名前を呼ぶと、明人はゆっくりと目を開けた。

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