第38話 「諦めるな!!」
ベルゼが小屋に張られた結界を破り、中へと侵入。気配が全く感じなかった為、その場にいる全員気づく事が出来なかった。
「明人、明人!!!」
カクリの必死な声で我に返り、真陽留は声が聞こえた方を見る。そこには、黒い鎖で体を縛られ、床に転がるカクリの姿があった。
必死にもがき抜け出そうとするが、体に鎖が食い込み上手く解くことが出来ない。
諦めずカクリが何度も何度も名前を呼ぶと、それが気に触り、明人を襲った物と同じ、鋭く尖っている黒い影をカクリの首筋に添えた。
「大人しくした方が身のためだ。死ぬ訳にはいかないだろう」
動けないカクリは歯を食いしばる事しか出来ず、ベルゼを憎しみの籠った血走った目で睨んでいる。
真陽留はベルゼを目視すると、体が大きく震え、恐怖のあまりかすれた声をあげた。
「な、んで。お前──」
「貴様には失望した。まさか、残りかす程度で我と同じ魔法陣を完成させるとは思わなかったが、それは現状どうでもいい事。その残りカスすら、今ここで奪いとろうか。そうすれば、貴様はこの男に記憶を戻す事など出来なくなり、ただただ自身の行いを悔やむ日々を過ごす事になるだろう。まぁ、どちらにしろ、この男はもう時期死ぬから意味はないか。人間は脆い生き物だからな。面白い余興を見られて楽しかったぞ」
ベルゼは真陽留に軽蔑のまなざしを向け、懐から一つの狐面を取り出した。
「そういえば、これはもういらんな。ついでにここで壊してやろうか」
カクリはベルゼが取り出した狐面を見ると、目を見開き顔を青くする。口を震わせ、悲観するような瞳を浮かべた。
「力を失った神など、我にとって赤子当然。それに、この面がなければあやつはただの化け狐。脅威になる存在であったが、もう我にはかなわんだろう」
床に狐面を落とすと、ベルゼはカクリの影を操りし始めた。
影は底なし沼のように柔らかくなり、カクリの身体がゆっくりと沈んでいく。突然の事に反応ができず、カクリは小さな悲鳴を残しそのまま影の中に沈み、姿を消した。
「ククッ。それじゃ、貴様にももう用はない。さっきの言葉通り、残りの力も返してもらうぞ。元々は我の物だからな」
ベルゼは真陽留に手を伸ばし「いい夜を過ごせ」と口にし、手を力強く握った。すると、真陽留は何かに気づき自身の右手を見下ろした。
刻まれていた契約の証が徐々に消えていく。
「なっ、ま、待てよベルゼ!! なんでこんな事をするんだよ!! 何でここまでするんだよ!」
「ただの暇つぶしだ。それと、子狐には大人しくなてもらわんとならん。少しでも大事なもんを奪た方が、力を奪い取りやすいだろう」
平然と言いのけるベルゼに、真陽留は恐怖より怒りが強まり、声を荒げた。
「なんで、なんでだよ。お前は、なんで僕と契約をした!! 子狐が狙いなのなら、僕と契約をしなくても良かっただろうが!!」
「それは、貴様の恨む相手の近くに、我の目的とする人物が居たからだ」
「そ、そんな…………。なら、お前は僕を利用して…………」
真陽留はベルゼと会話を交わしているうちに、自身の立場を理解してしまい、どんどん声が小さくなる。絶望したような表情を浮かべ、その場から崩れ落ちた。
「当たり前だろう。お主の事など最初からどうでも良い。だが、流石の我も、今まで共にした相棒を此処で殺すのは心が痛い。殺されないだけよしと思うのだな」
話している途中で、証は完全に消えてしまった。真陽留は自身の行い、浅はかな考え。他全てに絶望し、何も言えなくなる。
「悪魔を信じた自分を恨むんだな。クククッ、アハハハハハッ!!!!」
ベルゼは笑い声と共に、その場から影の中に入り姿を消した。
取り残された真陽留は動く事が出来ず、ゆっくりと顔を上げ、ベルゼが居た場所を生気を失った瞳で見続けた。
───なんで、こんな事に
真陽留は虚ろな瞳を明人に向ける。
改めて見ても、現状は変わらない。腹部からの出血が酷く、このままでは出血多量で死んでしまう。
──何が、間違いだった
──どこで道を間違えた
頭の中を疑問が埋め尽くす。今までの光景、やってしまった事実。放ってしまった罵詈雑言。後悔が真陽留の思考を鈍らせた。
──いや、違う。どこでではない
──全てが、間違えていたんだ
真陽留はもう全てに諦めてしまい、小屋の天井を仰ぎ、涙を堪えているように顔を歪ませた。
「僕は、一つの過ちで、全てを失った──」
懺悔のように真陽留は小さな声で呟く。その声には、悲しみや怒りなど。負の感情が混ざり合っており、自身の口から零れた言葉により堰を切るように涙が流れ出る。
自暴自棄になり、大きく口を開け笑い始めた。
「終わりだ、全て、全てが……。は、ははは、あははははは!!!!」
小屋の中には彼の悲しみに満ちた笑い声が響き渡る。
自分が犯してしまった罪。その罪によって三人の人生を狂わせてしまった。その事実が彼の心に深く刺さり、心にひびが入った。
ひとしきり笑ったあと、真陽留は床に手を付き床を涙で濡らす。
「僕は、本当に馬鹿だ。悪魔なんて信じるからこうなるんだ。馬鹿、大馬鹿だ」
今更後悔しても遅いし、したところで時間は戻ってくれない。それでも、真陽留は後悔ばかりを口にする。
「ごめん、ごめん相想。ごめん、音禰。僕が、僕が間違ってた……。ごめん、ごめん──」
何度も何度も謝罪を口にする。しゃくりをあげ、肩を震わせながら懺悔を口にし続ける。
そうしたところで、失った物は戻らない。自分の手によって失ってしまった大事な者は、もう──戻らない。
その場に蹲り、何度も、何度も。謝罪を繰り返す。
真陽留の泣き声。後悔の言葉と共に、草木が踏まれているような音が聞こえ始めた。それは走っているようで早い。音はおそらく一人分。人の息遣いがどんどん近づいてきた。
足音に気づかない真陽留の耳に、ガラス細工のような繊細な声が聞こえ目を見開いた。
「
芯のある声が聞こえた瞬間、真陽留はゆっくりと体を起こし、ドア付近に目を向ける。そこに立っていた人物を目にし、彼は止めどなく流れていた涙が止まった。
「お、とね?」
茶髪のロングヘアを風で靡かせ、病院の服を身に纏っている音禰。肩で息をしながら眉を吊り上げ、立っていた。
そんな彼女の隣には、楽しげに真陽留と明人を見る、ファルシーの姿。
一歩、音禰より前に出て、余裕の笑みを浮かべながら希望の言葉を真陽留に伝えた。
「まだ諦めるには早いわよ、悪魔に騙された哀れな人間ちゃん。私の力で、この絶望な展開に終止符をうつわ」
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