第35話 「せいぜい足掻けよ」
カクリが二人に飛びついた時、真陽留の書いた魔法陣が壁の役割を果たし大きな音を立てぶつかる。後ろによろめき片膝をついた。
「少しは役に立ったらしいな」
「黙れ」
それでもカクリは諦めず、立ち上がり何度も体当たりを繰り出す。魔法陣も時間の問題になってきた。早くカクリが意識を取り戻さなければ、二人の命が危ない。
「やっぱり無謀だったんじゃねぇのこれ……」
「まぁ、見てろ」
興奮状態のカクリを目の前にしてもなお、明人は余裕を崩さず見続ける。その表情が真陽留にとっては信じられなかった。
相棒がここまで苦しみ、暴れ回ろうとしているのに何故明人は余裕なのか。
「おい、何とかしろよ。お前の相棒だろうが」
「残念ながら俺はこいつの相棒になった覚えはない」
「そんな事言っている場合かよ!!」
そんな会話をしている時、カクリを囲っていた壁に小さなヒビが入る。あと何回か体当たりされれば完全に壊れ、二人に襲い掛かるだろう。
「おいおい……。本当にどうにかしろよお前!!」
「黙って見てろ」
明人はそれでも余裕を崩さない。カクリが体当たりをする度、小さかったヒビは蜘蛛の巣のように広がっていく。
真陽留は明人の余裕さ加減に苛立ち始め、文句をぶつけようとしたその瞬間──
「あっ……」
カクリを抑えていた光の壁が、嫌な音を立て割れてしまった。効力が消え、砕けた光の壁の欠片は床に溶け込むように消える。
まだ力を抑え込めていないカクリがとうとう野放しとなってしまった。
光の壁が消えた事により、カクリは明人と真陽留に目を向け、ゆっくりと四足歩行で近付く。
鋭い牙を見せ、ヨダレを垂らし。唸りながら近付いてくるカクリに、真陽留は恐怖の顔を浮かべ後ずさる。
明人も眉間に皺を寄せつつ、冷静な口調でカクリの名前を呼んだ。
「カクリ、俺の声は聞こえるか?」
────グゥゥウウウ
「聞こえてないか。なら、もうお前の小言を聞かなくてもいいらしい。それはそれで俺的にはいい事だな」
そんな事をあっけらかんと言い放つ。
真陽留はもう何を言えばいいのかわからず顔を青くし、横目で彼を見た。
数回、瞬きをすると、明人は語るようにカクリの名前を呼んだ。
「カクリ、お前は何も出来ねぇ餓鬼のままで終わる気か? レーツェルとやらがお前に期待していたはずだが、どうやら期待はずれだったらしいな」
────ぐっ……グゥゥウウウ
カクリは明人の言葉に微かな動揺を見せた。少しだけかもしれないが声は届いている。それに気付いた明人は、薄く笑みを浮かべつつ、言葉を続けた。
「もし、期待に応えたいならそんな力、自分で何とかしろ。俺達には何も出来ねぇからな」
明人の言葉は、カクリを突き放しているようにも感じるもの。だが、その声は力強く、暖かいものにも感じる。まるで、カクリなら必ず制御できると信じているような口振りだった。
「あとはお前次第だ。せいぜい足掻けよ、カクリ」
────ぐっ……グゥゥゥウウアアアア!!!
その場で縮こまり押さえ込んでいたカクリだったが、すぐに体勢を戻し明人目掛け勢いよく走り出してしまった。
真陽留は恐怖などを振り払い、咄嗟に明人の前に立つがそれを素早く避けられ、彼へと牙を剥く。
「まっ──」
顔を恐怖と不安で歪め、真陽留が手を伸ばしカクリの腕を掴もうとしたが、それより先に明人へ飛びついてしまった。鋭い爪を立て、低く苦しむように唸り続ける。
明人はカクリの様子を見ても一切焦る事はせず、静かに両手を広げた。
胸に飛び込んだカクリは明人の服を掴み、噛みつこうと大きく開き噛み付いた。
「っ!! ちっ、まったく……。こういう時だけ餓鬼に戻ってじゃねぇわ」
噛み付かれた肩に痛みが走り顔を歪ませるが、明人はカクリを広げた両手で優しく包み込む。
じたばたともがいているカクリの背中を、安心させるようにポンポンと摩ってあげる。
それはまるで、子供をあやす親のような姿だった。
唸り声をあげるカクリだが、噛み付いた肩から口を離し、大人しくなる。
真陽留はその様子を見て体に入っていた力が自然と抜け、何もせず見続けた。
カクリは、噛み付いてしまったところから出ている血を舐め、止血しようとしていた。
明人は最後に、カクリを元に戻すため優しく語りかけた。
「お前はカクリだ。他の誰でもねぇ、ただの餓鬼だ。餓鬼は餓鬼らしく、大人である俺の言う事を聞いておけ」
明人の言葉を耳にすると、カクリは舐めるのを辞め、彼の肩に顔を埋めた。
真陽留はおそるおそる近付き、明人に大丈夫か確認する。
「大丈夫、なのか?」
動きを止めただけで見た目は変わっていない。そのため、真陽留はいまだ警戒していた。
明人は少し顔を横にずらし、肩を少し動かしカクリの表情を確認する。
「…………はぁ。お前、そんな顔すんなら最初から暴れてんじゃねぇわ」
「──すまぬ」
カクリの、今にも泣き出しそうな表情を見た明人は、ため息を吐き天井を仰いだ。明人の言葉に、ぐぐもった声でカクリは謝り、彼の肩に顔を埋める。
「謝るんだったら俺の呪いをさっさと解け。マジでもうそろ体がだるくて仕方がねぇよ」
先程のカクリの暴走について気にする様子など見せない明人の軽い言葉に、カクリはゆっくりと体を起こし、小さな声で「分かった」と口にした。
真陽留はそんな二人を見て、羨ましそうな表情を浮かべる。
「俺にも、こんな──」
それ以上言葉が続く事はなく、真陽留は二人に近付きカクリの頭を撫でた。頭に乗っかる温かみのある手に、カクリは驚きすぎてすぐ反応が出来ず、彼をガン見しながら固まる。
明人も少し驚きの表情を浮かべたが、直ぐに消え、小さく舌打ちをした。
「な、なな、え」
「はぁ、とりあえず。早く呪いをどうかしろ」
真陽留の行動に、カクリはパクパクと口を動かすだけだったが、明人の言葉でやっと我に帰る事ができ、真陽留と明人を交互に忙しなく見たあと「────はぁ?」と、困惑の声をあげてしまった。
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