神霧音禰

第33話 「呪いを解け」

 沈黙が続く中、魔蛭が思い出したかのように明人を見た。


「……ひとまず、お前の失った記憶を戻す。これ、貸しな」

「てめぇが勝手に暴走して、勝手に悪魔と契約して。勝手に俺の記憶を奪ったんだろうが。なにが貸しだよ。俺が貸しを作りまくってんだよ。そのうちの一つを返させてやるって言ってんだ。逆に感謝して欲しいものだな」


 明人の次から次へと溢れ出る言葉に、真陽留は何も言えず苦笑いを浮かべ握り拳を作る。そんな彼の事を無視し明人は立ち上がろうとしたが、なぜかソファーに戻ってしまった。


「……ちっ」

「何やってんだおま──ぃだっ!!!」


 真陽留が冷ややかな瞳を向けながら聞こうとした時、明人が間髪入れずに彼の腹部に蹴りを入れた。

 それにより真陽留はお腹を抑え、明人の前で蹲る。


「足に力が入らねぇ。完全に痛みも無くなった訳じゃないらしい、まだ痛む」


 真陽留の様子を一切気にせず、明人は自身の体の異変を気にしている。

 再度、確認するように肩を抑えながらもう一度立ち上がろうと試みるも、すぐにソファーへと逆戻り。立ち上がる事すら出来ない。


「力が入らない割に、僕を痛めつけられるのはどうなんだよクソがっ」

「溝内したからな」


 真陽留からの言葉を軽く流し、明人は考え込む。そんな二人を見ていたカクリはジト目で見続けながら、ぽつりと呟いた。


「似た者同士、気が合うという事か」


 カクリの独り言は二人には聞こえず、明人が聞き返しても「なんでもない」と返した。


 それから数分後、明人は自身の膝を叩き、宣言した。


「わかった、よし。カクリ、呪いを解け」

「無理だ」

「諦めんなよ。試合する前に諦める馬鹿がどこにいんだよ。根性で乗り越えろや」

「まさか明人の口からそのような言葉がな。根性など無縁な言葉だろう」

「当たり前だろ、今のは適当に言っただけだ。何でもかんでも根性や気合で何とかなるのならこの世は回らん」


 カクリはジトッとした目で明人を見て「結局、何がわかったのだ」と問いかける。


「とりあえず、奥にある黒い匣と記憶。あれを利用する」

「利用とは、何をする気なのだ?」

「元々、なぜ俺が記憶を集めているのか。お前、忘れてないか? 集めた記憶の中に俺の記憶の欠片があるかもしれないという理由と、呪いを解く事が出来るかもしれないという理由で集めてたんだろうが」


 明人の言葉に二人は苦笑、何も言わずに続きを待った。


「おい、真陽留。お前はなんで黒い匣を作り出してまで手に入れようとしていたんだ?」

「お前をおびき出すためと、ベルゼに渡すためだ」

「なるほどな。まぁ、当然か。うしっ、カクリ」


 明人は真陽留の言葉に頷くと、口角を上げカクリを見た。


「本当に呪いが解けるかもしれねぇぞ」

「本当か?!」


 カクリは嬉しそうに明人に近付き、目を輝かせた。


「僕のところにもこんな妖が来てくれたらな……」

「口うるさいだけの糞ガキだ、欲しけりゃくれてやるよ。俺の呪いを解いた後にな」

「私はものでは無い」


 そんな会話をしたあと、明人は二人に呪いを解く方法を話し出した。


「まず、ベルゼは集めさせていた負の感情、黒い匣によって力を蓄えていた。姿が変わっていたが、力を取り戻したんだろう。だったら、こちらも同じ事をすればいい。カクリに黒い匣を飲ませ、力を増幅させる。そして、記憶の欠片を利用し、俺にかかっている呪いを吸い取ってもらう。完全には無理だろうが、動けるぐらいにはなるだろ」


 ざっくりと言い切った明人のどや顔に、真陽留は横にいるカクリを見た。


「おいおい、子狐の顔が真っ青だぞ。大丈夫か?」

「安心しろ、いつもの事だ。それに、口で言ったように簡単ではない、正直上手くいくとは思ってねぇよ」

「ん? なんでだ?」


 明人の言葉に真陽留が聞き返すが、難しい顔を浮かべ口を閉じてしまい聞けなかった。それから、考えをまとめるようにボソボソと呟く。


「こいつはまだ餓鬼だ、力を強めれば暴走する恐れがある。そうなれば、今の俺では止めるのは不可能、詰みだ。それと、あいつは悪魔だから負の感情に耐性があると考えてもいい。だが、カクリは悪魔ではなく妖、こいつに耐性があるかまでは知らん」


 路地裏の出来事を思い出し、眉を顰める。


 元々カクリ自身の力も弱くなく、むしろ一般的な妖より多い。一発間違えれば、カクリは力が抑えきれず、周りにいる者を襲ってしまう、殺人兵器と化とかしてしまう可能性があった。


「もし、力に負け、カクリが暴走しちまった場合、俺達は生きていられるかわからん」


 降参というように頭を振り、肩を落とす明人。

 カクリは路地裏の出来事をぼやぁっと思い出し、バツが悪そうな顔を浮かべた。


「そんなにこいつやばいのか?」

「まぁな。だが、今回は暴走しちまっても盾があるから問題なさそうだ。俺に危害がなければそれでいい」

「…………ん? おい!! その盾って俺じゃねぇだろうな!?」


 明人の言い分にきょとんとするが、すぐに分かり勢いのまま声を荒げる。明人はそんな彼の様子など何処吹く風状態で、カクリも気にせず話しかけた。


「明人の呪いは、その方法でしか消す事ができぬのか?」

「今思いついている限りな」


 カクリは俯き考え込む。明人は急かすことなどせず、カクリの返答を待った。


 考え込み始めてから数秒後、カクリは顔を上げ明人を見た。

 漆黒の瞳は真っすぐ明人を捉え、決意の炎が燃え上がっている。


 カクリの表情を見た明人は、笑みを浮かべ真陽留の方へと振り向いた。


「覚悟は決まったらしい。真陽留、肩を貸せ」

「へいへい、これで貸しは返したぞー」

「そうだな。あと残り九十八回残っているから、利子つけて返しやがれ」

「どこから出てくんだよその数字!!」


 明人の腕を肩に回し、真陽留は彼の指示の元、奥の部屋にゆっくり進む。カクリもおいて行かれないようにその後ろを付いて行った。


 記憶保管部屋に辿り着き、真陽留がドアを開け中に入った。


 中は変わらず、幻想的な光景。小瓶の中に入っている記憶の液体が、煌々と輝いていた。

 真陽留は思わずその場に立ち止まり、綺麗に輝く光景に見惚れてしまった。


「おい、惚けてねぇで早く進め」

「……分かってる」


 言われた通り中へと足を踏み入れ、明人を壁側に座らせた。


「カクリ、まずは黒い匣を飲め。それが一番手っ取り早い」

「飲む……。それには少し抵抗があるが、それはさて置き、飲んだ上で力を抑える事が出来なかったらどうするつもりなんだい?」

「今回は盾がいるから問題いら──」

「おい」


 真陽留の怒りの籠った声に、カクリは苦笑いを浮かべる。

 ため息を吐きつつ、カクリは黒い匣が乗っている棚に向かった。


 今までの経験上、明人は本当に無理な事は口にしない。今までも、出来ると思う事しかカクリにやれと今までも言ってこなかった。

 それを踏まえ、今回も明人を信じ、カクリは棚に乗っている小瓶に手を伸ばす。だが、隣から大きな手が伸びてきて、カクリの手を止めてしまった。


「何だ」

「ちょっと待て」


 真陽留はカクリの手を掴み制止。明人は怪訝そうな顔で彼の次の動きを見ていた。

 カクリも怪しむような瞳で彼を見上げ、警戒するように眉を吊り上げる。


 二人の表情を無視し、真陽留は右手を口元に持っていくと、中指の黒い手袋を噛み引っ張った。

 黒い手袋から現れた手には、悪魔と契約をした証がうっすらと刻印されていた。


「契約は切れたのではなかったのか?」

「ほんの少し残っているみたいだな。残りかす程度だろうが」


 口に咥えた手袋を落とし、自身の親指の腹部分を少し噛みちぎり血を出した。

 親指を床に押付け、床に何かを書いていく。


 明人とカクリは何も言わず、真陽留を見続けた。


 徐々に床には、何かの魔法陣のようなものが描かれる。それを見ていた明人は「なるほどな」と何かに納得したような言葉を発した。


 最初は少し大きめな円を書き、その中に文字のような物を円にそって書く。

 それは日本語でなく、どこかの国の文字のようで、なんと書いてあるのか読めない。


「これは?」


 カクリが見ながら問いかけるが、真陽留は書く事に集中しているため答えず、代わりに明人が簡単に説明した。


「魔法陣と呼ばれる物だろうな。意味はあいつが書き終わってから聞け」


 明人の言葉にカクリは、頷き真陽留が書き終わるのを待った。




 書き始めてから数分後、真陽留は息を吐き汗を拭い、明人にドヤ顔を向けた。


「これならいけるだろ」

「きっしょい顔向けてんじゃねぇわ」

「お前、本当は体調万全だろ。体調悪いとか嘘ついて気を引きたいだけだろ、中学生かよ」

「俺の心はいつでも少年だ」

「言ってろ」


 床に書かれたのは明人の言った通り、魔法陣だった。


 血で書かれているため赤く、心做しか発光しているようにも見える。

 円は二重になっており、その間に仏教の文字が円にそって書かれ、真ん中には大きく片目が明人達を見上げているかのように描かれていた。


「これ、ベルゼが小瓶の匣を飲む時、毎度書いている魔法陣だったんだよ。俺でも使えるのかと聞いたら、契約している者の血を使えば使用可能と言ってた。多分、これで爆発的に増量する力を抑え、自身に馴染むまで時間をおいていたんだと思う。実際どんな効力があるかなんて聞いてないから、違うかもしれないけど……」


 説明をした後、真陽留は明人とカクリに力強い瞳を向け、その目を向けられた二人は魔法陣を見下ろしていた。

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