第32話 「どっちだ」
小屋の中では、カクリが倒れた明人の隣に座り、心配そうに名前を呼んでいた。不安を少しでもなくそうと、彼の手を握っている。だが、その手にはいつもの温もりはなく、いつものように動いてくれない。
信じると誓ったが、それでも嫌な記憶が頭を過り、最悪な事態を想像してしまう。カクリがが溢れそうになるのを必死に堪え、ただひたすらに願う。
その時、明人の手の指先が、ピクリと動いた。
「んっ……」
「っ、明人!」
明人が唸り声をあげた事により、カクリは咄嗟に顔を上げ彼を見る。
カクリの手からするりと抜け、床に手を付きゆっくりと明人が起き上がった。頭痛が走るのか、眉間に皺を寄せ頭を支えている。
「大丈夫なのか明人よ、頭が痛いのか? 他に痛いところはあるかい」
明人が起きた事によりカクリは喜びつつ、痛みがないか、呪いはどうか、魔蛭はどうなったかを次々と問い詰めた。だが、その質問に返答はなく、彼は頭を支えながらまだ目の覚めない魔蛭を見下ろしている。
苦しんでいる様子はない、ただ寝ているだけ。
その様子にむかつき、明人は魔蛭の鼻をつまむ。その際「フガッ」という変な声が聞こえ、軽く笑った。
「明人?」
カクリが首を傾げていると、魔蛭が目を開けた。
咄嗟に明人を守るように前に立ち、魔蛭の行動を見る。
明人がカクリを自身へと引き寄せ、魔蛭に話しかけた。
「おい、起きたんなら答えろ。今のお前はどっちだ?」
彼をよく見ると、肌は元の色に戻っており、見た目も普通の人間の姿。
目を覚ました魔蛭は、上半身をゆっくりと起こしぼぉっと一点を見つめていたが、呼ばれた事に気づき明人に目線を向けた。
「…………僕は、真陽留だ」
質問に答えた真陽留だが、カクリは信じられず警戒する。
明人はそんなカクリを安心させるため、頭を優しく撫で大丈夫だと伝えた。
「安心しろ、カクリ。こいつからはもう、悪魔の気配を感じないだろう。おそらくだが、悪魔が魔蛭との契約を切ったんだ」
「そうなのか……。なら、今のあやつは……」
「あぁ、今はただの変哲もない普通の人間。俺の幼馴染である、
明人から放たれた言葉に、真陽留は目を見張る。カクリはそんな彼の表情を見た時、不満があるらしく明人に縋り服を掴む。
「どうした、カクリ」
「人間だろうと、私はあやつが嫌いだ。今すぐにでも匣を抜いてやろうぞ」
喉を鳴らし威嚇するカクリ。明人は思わず笑ってしまい、口を押える。真陽留は警戒されてもおかしくないことを今までしてきたため何も言えず、口を引きつらせ二人を見ていた。
「いやぁ、久しぶりにここまで笑ったわ」
「それならよかったよ……、僕は複雑だけど」
「お前の感情はどうでもいいわ」
「際ですか」
真陽留はこれ以上何も言えず、明人は大きく息を吐き、穴の開いているソファーへ横になった。
「壊れたドアと穴の開いたソファーの弁償、しっかりとしてもらうからな」
「うっ、はい」
最後に放たれた言葉に、真陽留は撃沈。肩を落とし、その場に項垂れた。
カクリにはまだ不安が残っており、ソファーで横になった明人を見上げる。彼の身体が大丈夫か確認するため、手に触れ温もりを確認した。
カクリの珍しい行動に、明人はバツが悪そうな顔を浮かべ横を向く。触れられている手を動かし、カクリの頭に乗せた。
「ほれ、俺は生きてるだろ? いいかげんしっかりしろ、これからはもっと大変なことになるんだからな」
「…………わかっておる」
明人から伝わる温もりに安堵し、カクリは両手を下ろす。後ろで二人の会話を聞いていた真陽留は、自身がやってしまった行いに酷く後悔し、胸を強く抑えた。
そんな彼に、明人はなんてことはないというように、適当な言葉を投げかける。。
「おい、なにぼぉっとしてやがる。俺はか弱くて儚い可哀想な人間なんだぞ、労われ」
「……………………か弱い人間はここにいないし、労わる相手もいないから特に気にしなくてもいいな」
「何だと?」
今までの出来事が嘘のような態度で話す明人に、真陽留は拍子抜け。心配の言葉が出ず、逆に憎まれ口がぽろっと自然と出てきてしまった。
彼の言葉に明人は片眼を開け、わざとらしく唇を尖らせる。だが、すぐに顔を背け何も話さなくなった。
まだ気まずさは残るものの、真陽留は昔のような関係に戻りたいと強く願い、明後日の方向を向いた。
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