第31話 「あいつの事が好きだったよ」

「今は、まだらしいな」


 息を切らし、明人は立ち尽くしている人物に声をかける。だが、その声に返答はなく、彼と他の三人の息遣いだけが響く。


「おい、俺はてめぇがかけた呪いのせいで体がいてぇんだよ。聞こえてんのか?」


 苛立ち混じりに言うと、魔蛭はゆっくりと振り返り、彼を見る。肌は真っ黒で、目は赤い。悪魔のような姿は変わらずで、明人は一瞬息を飲んだ。


『お前は、許さない』


 魔蛭の声とは思えないほど低く、憎しみの籠った声。重苦しく、息をする事すら許されないような圧に、明人は直ぐ返答する事が出来なかった。


『俺は、お前を殺す。精神的にも、肉体的にもだ』


 本気で明人を殺そうとしているのが分かる声色だが、それが自身の本心では無い事は、明人自身分かっている。

 疑う事などはなく、下から見上げて来る三人を安心させるように笑みを見せた。


「それがお前の本心なら、俺は全力でやり合おう。負ける気しねぇけどな。でも、の本心じゃないのなら、俺はを許さない」


 顔を上げ、明人は無防備に魔蛭へと近づく。


『それ以上、近づくな』


 魔蛭は何かを操作するように手を動かし始める。すると、周りから鋭く尖った黒い影が現れ、明人に向けられた。


「ちっ、話をする気はねぇということか」


 迂闊に動けなくなった明人は、それでも向けられている黒い影を横目に一歩、足を前に出す。


『近づくなと言っている!!』

「悪いが、俺はここで負けるわけには行けねぇんだよ。頼まれちまったからなぁ」


 明人は震える体に鞭を打ち、近づく。

 魔蛭はこれ以上近寄られる訳にはいかないと、向けていた黒い刃を操り明人に向けて放った。


 簡単に避けようとした明人だったが、タイミング悪く体から力が抜け動けなくなった。


「なっ――」


 避けられない。そう悟った明人だが、視界に映る茶髪に驚愕した。

 黒い刃は明人ではなく、咄嗟に飛び出した子供時代の真陽留の胸に深く突き刺さった。


「な、にして──」


 目の前で広げられた光景に明人は、驚きのあまり言葉が出ない。

 真陽留は明人に振り向き口を動かす。すると、そのまま闇に溶け込むように消えてしまった。


 残された二人は、覚悟していたような表情を浮かべている。同じ状況になれば身代わりになるつもりで、いつでも動けるようにしていた。

 

『次動けば、今度こそ終わりだ』


 魔蛭が口にし、黒い刃を明人に向ける。

 四方にある黒い刃は、仮に二人が助けに入ったところで意味がないほどの数が用意されていた。


 明人は四方にある黒い刃を見回した後、魔蛭を見る。


 彼と目が合った明人は、ふいに笑みを浮かべた。


「終わらせられるかねぇ」


 限界の近い体、いつやられてもおかしくない状況の中で、明人は笑みを浮かべる。

 魔蛭は油断せず、彼を見続けていると、何を思ったのか。明人が姿勢を低くし急に走り出した。


 すぐに明人に向けて魔蛭が黒い刃を放つが、すべてを見切り掠る程度で済む。そのまま魔蛭へと走り続けた。


 どんどん距離を詰められ、焦りで顔を歪ませた魔蛭は、闇に溶け込ませ一本の黒い刃を静かに放つ。


「ぐっ!! くそっ」


 反応しきる事が出来ず、放たれた一本は明人の左肩に貫通した、だが、それでも走り続け魔蛭の腕を掴む。


 覚悟を決めたように口を大きく開け、思いっきり言い放った。


「俺も、あいつの事が好きだったよ!!!」


 この空間に響き渡るほどの声量、覚悟を決めたような声に、魔蛭は動きを止め目を開き明人を見た。


「まだ記憶を思い出した訳でもないし、あの時俺が何を思っていたかなんて知らねぇ。だが、おそらく俺は好きだった。だから、あいつを俺の隣に置きたくなかった。あいつを縛り付けたくなかった。多分だが、そう思っていたんだと思う。でも、それが正しいかは分からん」


 彼の言葉を聞いているのかわからない魔蛭だが、動きは止め、明人の目を見続ける。


「俺は、しっかりと記憶を思い出し、お前らに伝えたい。俺の本来の気持ち、想いを。だから、頼む。正気に、戻ってくれ──」


 今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら、魔蛭の腕を掴んでいる手に力を込めた。しかし、魔蛭はなんの反応も見せない。


 お互いが見つめ合っていると、後ろから叫ぶような、その時──


『僕が絶対、おとちゃんを幸せにする!!!』


 明人の後ろで、少年が大きな声で叫んだ。真剣な表情で、魔蛭を見ながら叫び続けた。


『お前は、負けを認めるな!! 僕とお前、いつも一緒に居た!! おとちゃんと三人で一緒にいた!! 逃げるな!! 僕達から逃げるな!!!』


 いじけているような、怒っているような。そんな涙声に明人は驚きつつ、乾いたような笑みを浮かべた。


「ませてんじゃねぇよ俺、餓鬼の分際で。何を言ってんだか……」


 呆れたように漏らすが、何か思いついたように。明人は、魔蛭を掴んでいた手を離した。


「改めて言うよ。俺、音禰が好きだった」


 優しく微笑みながら口にする彼に、魔蛭は赤い目を見開き、一筋の涙を零した。


 そして──


「……──おせぇよ、この阿呆が」


 笑いながら魔蛭ではなく、真陽留は口にした。すると、二人が立つ闇の空間に、光が差し込み始める

 ひび割れたように光が広がり、暗闇の空間が壊れた。


「お前の記憶、音禰が預かってる。仕方がねぇから返してやるよ」

「そうなのか……。まぁ、返すのは当たり前だわ。そんで、あいつを俺のもんにする」

「言ってろ、阿呆が」


 笑いながら言う真陽留の体は、徐々に薄くなっていく。明人の体も、同じように薄くなり始めた。


 明人は幸せそうに笑みを浮かべているが、なぜか少しだけ、悲しげにも見える。 まるで、何かを諦めているような表情をし、そのまま光に包まれ姿を消した。

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