第30話 「俺に力を貸してくれねぇか?」
明人は魔蛭の記憶の中で、今も尚苦しみ続けていた。
額からは大量の汗が流れ、体は半分以上黒く染っている。息遣いも荒く、極めて危ない状態。頭痛や耳鳴りまで発症し始め、意識が飛びそうになるのを必死にこらえていた。
────まずい。ここで意識を飛ばしてしまうと、この世界に取り残されちまう
一瞬でも意識を飛ばしてしまうと今いる空間に一人、取り残される。そうなれば、現実の世界で目を覚ます事がなくなり、植物状態となってしまう。
明人は何とか意識を飛ばさないように歯を食いしばり、重い瞼を落とさぬよう血走らせた目を開け続けた。
「くそっ……」
蹲っていては駄目だと。何とか立ち上がろうと地面に手を付き、震える腕で体を支えようとする。
うまく立ち上がれない彼の視界の端に、突如小さな女の子が姿を現した。
足しか見えていなかった人物を確認するために顔だけを上げると、悲しげな瞳で見下ろしている少女が目に映る。
その少女は先程見ていた映像の中で『おとちゃん』と呼ばれていた女の子。おそらく、病室で寝ている音禰の子供の頃。
音禰はその場にしゃがみ、明人の耳元で何かを囁く。その言葉を耳にした明人は、痛む体をやっと起こし、周りを見回した。
「──ちっ」
周りには、音禰以外にも二人の子供が明人を見ていた。心配そうに彼を見ている茶髪の少年と、顔を逸らしている藍色髪の少年。
先程の映像に出てきた、子供の頃の真陽留と相想だった。
三人は悲しげに明人を見ている。その目は、何かを訴えているようにも感じた。
「なにが、『真陽留を救って』だよ。どうしろってんだよ」
今の明人ではまともに動く事すら出来ない。カクリが一緒に入っていれば話は変わったかもしれないが、そんな事を考えても今の現状は変わらない。
明人はいまだ流れ落ちる汗を袖で拭きながら、三人に声をかけた。
「俺はまだ記憶を思い出してはいない。今の映像もどこか他人事のように見ていた。だが……っ。あれは紛れもなく俺の過去なんだろ?」
問いかけるが、三人は動かない。
「なんでこうなっちまったかは知らねぇし、俺がその時何を考えていたのか、それも──っ。わ、からねぇ。だから、っ。い、今俺に出来る事は、無い」
痛みで苦しみながらも、明人は冷静を保ちながら伝える。音禰は明人の言葉を聞き目を伏せ、その場から去ろうとしてしまった。だが、次の彼の言葉で足を止め、振り返る。
「だが、おそらく俺は、心地良かったんだと思う」
三人は明人に目線を向け、次の言葉を待った。
「三人の時間が心地よくて、そんな空間を俺は壊したくなかった。だから……っ、あんな事を言った。今の俺は、そう思っている。あの時の俺は、知らねぇけど」
再度汗を拭き、明人は三人に歩み寄る。
体はフラフラで、立っているのもやっとに見えるが、それでもゆっくりと歩みを進め、三人の前に座った。
「なぁ、俺に力を貸してくれねぇか? 頼む」
明人は三人を見つめながら力強く問いかける。三人は顔を見合せ、数秒後。少年二人は顔を背けてしまったが、音禰は小さく頷いた。
「んっ、ありがとう」
頭を撫でると、音禰は笑みを浮かべて口を動かす。声は聞こえなかったが、口の動きで何を言っているのかわかった。
『ありがとう、そうくん』
明人は薄く笑みを浮かべた。そして、また立ち上がり周りを見る。
「必ず俺の記憶を戻して、お前とあの映像の続きをしてやるよ。やり合おうじゃねぇか、一人の女の、取り合い喧嘩をよ」
明人は呼吸を整え、目を閉じた。まだ痛みはあるはずだが、それを感じさせないほど集中している。
何処からか声が聞こえるはず。そう信じ、目を瞑り耳を澄ませた。
すると、それから数分後――…………
『助けてくれ』
「っ!! 聞こえた!!!」
パッと目を開け、体の痛みなど気にせず走り出した。それを、三人も後からついて行く。
何も無い真っ暗な空間を、ただひたすら走る。前へ進めているか分からないが、先程の助けを求める声は徐々に大きくなる。近付いているのは確実だった。
──助けてくれ、俺は──
声が徐々に近づいてくる。その声を頼りに走り続け、声の主を探す。
──俺はただ、好きな奴には──
懺悔とも言えるその声は弱々しく、か細い。
──好きな奴には、幸せになって欲しかった──
その声を最後に、明人はその場に立ち止まった。
目の前には、肌を黒く染めた
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