第29話 「お前はただの阿呆だな」

 明人はその姿を確認すると、その場から動かず、警戒するように目を離さない。


「どうだ、思い出したか? まぁ、今思い出したところで意味は無いだろうがな。どうせ、お前は呪いによって死ぬ。お前がどう足掻いたとしても、今の状況は変わらねぇんだよ! 残念だったな!!」


 魔蛭の悪魔のような笑い声が暗い空間に響き渡る。耳を塞ぎたくなるような笑い声に明人は下唇を噛んだ。


「──本当に、お前はただの阿呆だな」

「なにっ?」


 感情が読み取れないような明人の言葉に、彼は笑い声を抑え、睨みつけた。


「お前は、俺を本気で恨んでいたんだろ」

「そうだ。お前は人の気持ちなど一切考えない薄情者だ。自分の事しか考えられない糞人間だ」

「そう思うなら、俺がカクリと出会う前に殺せばよかっただろ。こんな遠回りなやり方をわざわざ選んで、何がしたいんだ?」

「それだとお前への復讐は果たされない。お前は俺の気持ちだけじゃなく、音禰の気持ちまでも無下にした。そんなお前を、俺は絶対に許さない」



 ────せいぜい苦しんでから、死んでくれ



 言い残し、魔蛭は暗闇の中に消えてしまった。


「人の想いは簡単には変わらない。関係が変わろうとも、変わらぬ想いは存在する……」


 冷静を保ちつつ、彼は顎に手を当てどのように魔蛭の匣を開けようか考え始めた。その時、何故かいきなり膝をつき、汗が滝のように流れ苦しみ始めた。


「っ!! な、なん、だよ。なんで、今──」


 明人は呪いに蝕まれている肩を抑え、その場に倒れ込み蹲る。汗がとめどなく流れ、目は焦点があっていない。息が荒く、危険な状態だ。


「カ、カクリ!!!」


 カクリの名を呼ぶが、聞こえておらず返答はない。


「なん、でだよ!!」


 肩を抑えながら何とか立ち上がろうとするが、痛みのあまり力が入らず、またしても倒れ込む。歯を食いしばり、耐え続けるしか出来ない。

 この状況でも徐々に呪いが広がり、明人の右顔が黒くなり始めた。それだけではなく、右手も黒くなり始める。


 自身の手を見て、明人は怒りを爆発させるように、地面を強く叩いた。


「クソッ。カ、クリ……。さっさと、俺を…………戻しやがれぇぇえええ!!!!」


 ☆


 いつものように明人と共に中へと入っていたカクリが、はじき出されるように目を開けた。

 明人を見ると、呪いが勢いよく広がり始めており体を蝕んでいく。このままでは、あと数分で死んでしまう。


 子狐姿だったカクリは慌てて少年の姿になり、明人を揺さぶった。


「明人!! 明人よ、しっかりするのだ!! さっさと戻れ明人よ!!」


 叫ぶように何度も名前を呼ぶが、明人は苦しむだけで起きる気配はなく、呪いは広がり続ける。


「明人!! 頼む、起きてくれ!! 明人!!!」


 叫ぶカクリの瞳から、一粒の涙が零れ落ちた。瞬間、どこからか安心するような声が聞こえ、カクリははっとする。

 顔を上げようとしたカクリの頭を押さえ、耳元で囁かれた。


「カクリよ、また力が暴走してしまうぞ」


 頭を押さえられている為、声の主の顔を見ることは出来ないが、カクリの視界には銀色の髪と、深緑色の着物が映った。


「カクリよ、これは人間がどうにかするしかない。だが、安心するがよい。こやつはそう簡単には死なん。それは一番近くで見ていたカクリがわかるだろう?」


 温かく、優しい声。溢れていた涙が止まり、下唇を噛む。拳を強く握り、ゆっくりと頷いた。

 カクリの反応を見た青年は、微かな笑みを浮かべる。頭を一撫ですると、その場から空気に溶け込むように姿を消した。


 やっと顔を上げる事が出来たカクリは、壊されたドアを見つめ、眉を下げながらある人の名前を呟いた。


「レーツェル様、大丈夫なのですか……」


 心配の言葉を零すカクリだが、明人に目線を戻し黒く染まってしまった右手を強く握る。見下ろしているカクリの目にはもう、先ほどのような不安はない。


「明人よ、早く戻ってくるのだ。いつものように、めんどくさかったと愚痴をこぼしながら。戻ってくるのだ…………」

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