第23話 「死んではいないんだろう」

「さて、まずお前について教えてもらおうか」

「そうね。私の名前はファルシー、レーツェル様に言われ貴方達を助けに来たわ」


 空中で胡坐を作り、腕を組みながら名前を伝える。


「ファルシー……。ファル──ルシファー……。あぁ、なるほど、堕天使って事ね」

「堕天使なんて言わないでほしいわね。私は他のモノとはちがっ――……」

「んで、お前がここに来た理由だが、何故レーツェルとやらがお前に頼み俺達の元へと寄越したんだ?」


 ファルシーの自慢気に話し出した言葉を一刀両断。明人は次の話に移り、ファルシーは固まった。


「…………貴方って、そんな人だったのね」

「質問に答えろ。俺には時間が無ければ、お前の無駄話に付き合う余裕もない。質問に端的で明確に答えろ」

「…………はぁ、わかったわよ。今回、私はレーツェル様に貴方達の話を聞いて、ここに来るように頼まれたの。理由は、レーツェル様が悪魔に負けたから」


 ファルシーから放たれた言葉にカクリは言葉を失うが、明人は表情一つ変えない。


「死んだのか?」

「まさか。たかが悪魔に、レーツェル様が負ける訳ないじゃない。レーツェル様の力を逆に利用されただけよ」

「利用?」

「レーツェル様は強い恨みによって人間から妖になったの。その恨みは今だにレーツェル様の身体に残っており、自身だけでは押さえつける事が出来ないわ」

「何かを利用し力を抑え込んでいたからこそ、今まで普通に生活できていたという事か。利用されてと言うのは、力を抑え込んでいた物を取られたとかか?」

「そうよ。レーツェル様の顔についている狐面。あれが、力を抑えるための面だったの。あれを手放してしまうと、力を溢れ意識がなくなってしまうらしいわよ」

「なるほど、悪魔も考えたもんだな。おそらく、俺達と関わっていたから狙われたんだろう」


 後悔したように明人は下唇を噛み、拳を握る。隣に座るカクリは何も言わず、顔を俯かせた。

 明人はカクリの様子を横目で見て声をかけるが、聞こえていないのか返答はない。

 俯かせている顔を覗き込むと、今にも泣き出しそうに歪められており、膝に置かれていた手はカタカタと震えていた。


「…………話は分かった。だからおめぇが来たわけか。人選を疑うが、まぁいい」

「どういう意味よ」

「言葉のまんまだ。そんで、レーツェル事は、問題ないと考える。あいつは底が知れねぇから自分で何とかするだろ。それより、お前は何をしてくれるんだ? 何が出来る」


 レーツェルの事を詳しく知らない明人だが、ただでは死なないと考えていた。

 そのため、今回も一人で何とかすると思い、話を先に進ませた。

 ファルシーも、レーツェルは大丈夫と心から信じ切っている為、明人の質問に素直に答える。


「貴方のやりたい事に手を貸すように言われただけ。出来る事は、相手を誘惑するとかかしら。この、美しい美貌で周りにいる者達を私にメロメロっ――……」

「どうでもいいもんを持っているな。カクリの方が利用価値はあるぞ、他にないのか役立たず」

「……………………相手の物を溶かしたり、眠らせたり。あとは多少の傷を治したり。そんな事が出来るわよ」

「バフを与える事が出来るという考えでよさそうだな」

「そんな物よ。それと、これを使う事が出来るわ」


 言うと、ファルシーは握られている右手を前に出す。明人が見つめていると、紫色の霧が漂い始め、一つの弓を作り出した。


「弓か」

「えぇ、これは人間と契約をすると、引き継ぐことが出来るほど弱い物ではあるのだけれど。視線誘導くらいは出来ると思うわ」

「なるほどな」


 明人は考え込み、口を閉ざす。いきなり黙ってしまった彼に、ファルシーは首を傾げカクリを見る。何が言いたいのかわかったカクリは首を横に振り、肩を落とした。


「もう、周りの言葉は聞こえん」

「あぁ、なるほどね。これがレーツェル様の言っていた、この人間の特性…………あら?」

「これは………」


 明人が考え込むと同時に、邪悪な気配が近寄ってくることを察した二人。視線を合わせた後、明人の方を見た。


「この気配でも、気づかないのね」

「仕方がない事だ」


 目を細め、ファルシーは先ほど出した弓を構え、ドアを向く。下唇を舐め、警戒態勢を作った。


「子狐ちゃんは何が出来るのかしら。この場で人間を守る事は可能?」

「私には戦闘能力はない。今までは明人の作戦で乗り越えられてきたものだ」

「なら、子狐ちゃんは自分の世界に入ってしまった人間を起こす事に集中してほしいわ。私でも少しくらいなら時間を稼ぐことが可能だから」

「任せても、良いのか?」

「仕方がないでしょ? 私は貴方達を守らなければならないの。それとも、貴方が私の立ち位置になってくれるのかしら」

「それは…………」

「冗談よ。いいから、その人間をどうにかしなさい、話はそれからよ」


 ふっと笑い、ファルシーは微笑みをカクリに向ける。安心してというような表情にカクリは頷き、「わかった」と言う。

 確認すると、ファルシーは「良かったわ」と呟き、ドアへ向き直す。


 どんどん近づく気配。体が竦みそうになる邪悪な魔力。


「悪魔……とは、また違う気がするのだけれど」


 眉間に皺を寄せ、今から来るであろう人物を警戒。カクリも明人を揺さぶったり声をかけたりと意識を戻そうとした。


「…………あ?」

「明人!!」


 今回は考え始めてすぐだったため、いつもより早くに意識がこっちに戻ってきた。

 だが、喜んだのもつかの間。ドアが壊され、土煙と共に黒い槍が明人に向けて放たれた。

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