ファルシー

第22話 「レーツェル様によって」

 裏路地での出来事以来、明人はほとんどの時間を寝る事に使っていた。


 傷ついた腕と肩は、痕が残ってしまったがもう痛みはない。呪いはまだ残っており、体が疲弊し思うように動かない。

 まともに日常生活を送れない中でも、依頼人が来たら体の不調など一切感じさせることなどせず、毅然とした態度で振舞っている。

 それが逆にカクリの不安を煽り、依頼人が帰るとすぐに駆け寄り心配の声をかけていた。


 今回も依頼人を帰らせた後、すぐにソファーへと横になり目を閉じる。話を聞いただけで辛そうに顔を歪め、息を大きく吐く。

 カクリがいつものように奥のドアから出てきて、明人に近付いた。


「明人よ、さすがにもう限界ではないのかい?」

「だから何だ」

「依頼人が来ないようにするとかはしないのかい?」

「ない」

「休まなくても良いのかい?」

「今の俺は休んでいるようには見えないのか? お前の目には今の俺がどんな風に映っている。見てわかる事をいちいち聞くな」

「しかし…………」


 目を閉じながら返す彼に、カクリは眉を下げ心配そうに見つめる。心なしか、狐の耳まで垂れているように見え、相当不安なのが見て取れる。


 カクリからの視線に、明人はどんどん深く眉間に皺が刻まれ、わざとらしく大きなため息を吐いた。


「おい、休ませたいのか、休ませたくないのか、どっちなんだ」

「休んでほしいに決まっておろうが」

「なら、んな顔浮かべてんじゃねぇわ」


 ソファーの隣に立つカクリに手を伸ばし、頭を撫でてあげる。少し乱暴な手つき、大きくて温かい安心する温もり。


 カクリはもう何十年と生きているが、まだまだ妖の中では子供。しかも、今まで人の死や命に関わる経験をしてこなかった、

 いつもレーツェルに守られ、大事にされて生きてきたカクリにとって、今の状況は辛いもの。


 明人とは数年の時を共に過ごしていた。お互い、相棒と思っており、大事な存在。そんな相方が今、命の危機になっている。不安になるのも仕方がない。


 明人もそれはわかっており、安心させるように笑みを浮かべとわしゃわしゃと撫でた。


「俺はそう簡単に死なん、知ってんだろ。人間様の図太さ」

「確かにそうだが……」

「死ぬなら、死ぬで、ただでは死なん。死ぬなら何かを残してから死ぬわ」

「死なないでほしいのだが…………」


 起き上がり、明人は体を思いっきり伸ばす。「んー」と伸ばした後、脱力し首を鳴らした。


「今は静かだし、何かあれば気配でわかるだろ」

「なぜそう思う?」

「そこまでの事態になっているってこ……と……」


 話していると、急に言葉を止める。カクリも明人がなぜ言葉を止めたのか、小屋の外から感じる気配でわかった。


「こんな風にな」

「この気配は、今まで感じた事がない。人ではないことは確かなのだが…………」

「みたいだな。害をなす気配ではない。なんだ?」


 二人でドアを見つめていると、気配はどんどん強くなる。

 お互い目を合わせたのち、明人は立ち上がり、ドア付近に移動。背中を壁に付け、気配を探った。


 徐々に近づいて来る気配。明人はドアノブに手を添え、カクリは木製の椅子を持つ。



 気配が小屋にたどり着くまで、あと、数秒――……



 ドアの前で止まった気配。明人がドアノブを回し、勢いよく開けた。



 ――――――バンッ!!!!!



「きゃぁ!!!!!」

「……………………はぁ?」


 明人がドアを開けると、女性の甲高い驚愕の声が聞こえた。


 目の前には、明人を怯えるように見ている一人の少女。ウェーブのかかった金髪に、緑色の瞳。右目の下には星マークが書いてある。

 白いベストに、中は黄緑色の長袖。緑色の長ズボンに、膝まで長い革のブーツを履いていた。

 背中には、人では絶対に生えているはずもない白い翼。ヒラヒラと揺れ、少女の身体を浮かせていた。


「……………………誰だお前」

「え、あ。こ、コホン。いい質問よ、人間。私の姿を見ても驚かないなんて、話に聞いていた通り、こちらの世界に慣れているようね」


 顔にかかる金髪を手で払い、切れ長の瞳で明人に言い放つ。お嬢様のような立ち居振る舞いをしている彼女に、明人は唖然。眉を顰め、何事もなかったかのようにドアを閉じた。



 ――――――バンバン!!!!



 明人が背中でドアを抑え、少女が中に入らないように抑え込む。そんな時でも、外からは「ちょっと!!」や「開けて!!」などの金木り声が響く。バンバンとドアを叩き、中に入り込もうとしていた。


「何が起きたのだ?」

「わからん、わからん。もう、嫌だ…………」

「だ、大丈夫か?」

「嫌だ……」


 明人の珍しい様子に、カクリはアワアワとしながら問いかける。それでも明人は顔を片手で押さえ、「嫌だ」と呟き続けた。


『本当に私を追い出してもいいの!? レーツェル様に言われて私はここに来たのよ!!』


 少女から放たれた言葉に、明人は俯かせていた顔を上げ、目線をドアの方へと向けた。


「レーツェル、だと?」


 明人の声が聞こえ、少女は必死に説明をし始めた。


『そうよ、私はレーツェル様によってここに来たの。貴方達に手を貸すように言われたわ。貴方はそれでも私を追い返すの!? もう、貴方を助けてくれる人はいないわよ!!』


 顔を覆ていた手を口元に移動させ、考える。眉間には深い皺、呪いにより思考が鈍っている明人には、今の少女の言葉を全て理解するのは難しかった。


 目を閉じ、息を吐く明人。仕方がないというように、ドアから背中を離しドアノブを握り、開けた。


「……まったく、手間を取らせないでほしいものね」

「んじゃ、手間を取らせた俺はこのまま部屋に戻ろう」

「ごめんなさい、ごめんさない。貴方達を助けないと私が怒られるの、お願いだから話を聞いてください」

「しょうがねぇから聞いてやるよ。早く中に入れ、俺は体がだるいんだ。これ以上余計な事をさせるな」

「…………」

「帰ってもいいんだぞ?」

「入るわよ!!」


 怒りながら少女は、明人の言う通りに中へと入った。カクリを見ると目を細め、何も言わずに逸らす。

 何故見られたのかわからず、その場に佇む。二人の背中を見て、カクリはソファーに座った明人の隣に腰を下ろした。

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