第24話 「必ず見つけてやるよ」

 明人へと放たれた黒い槍は、彼の腹部近く、ソファーの背もたれに突き刺さる。

三人は突如飛んできた黒い槍に驚き、その場から動けない。


 足音がドアの方から聞こえ、ファルシーは弓を構えた。明人も槍を掴み引き抜きながら、ドアを見た。


「めんどくさいもんが来たな…………」


 やっと土煙が晴れ、誰が来たのかわかった時には、カクリとファルシーは唖然。明人は険しい顔を浮かべ、立ち上がった。


 小屋の中に土足で入り込んでいたのは、肌が黒く染まり、異様な雰囲気を醸し出している魔蛭。目は真っ赤になっており、真っすぐ明人を見ていた。


 袖のないインナーを着ている為、両腕が黒く染まっているのが一目でわかる。

 腕を染めている痣はただの痣ではなく、ウヨウヨと動き、まるで魔蛭の身体を包み込んでいるようにも見えた。


 右手は大きな手を黒い痣が作り出し、爪が鋭く伸びている。

 虚ろな赤い瞳は明人を見つめ、近づいて来る。


 今までとはまるっきり別人となった魔蛭に、カクリは開いた口が塞がらない。明人もすぐ反応できず見続ける。


「…………ファルシー」

「何かしら」

「病院に行ってくれ」

「え?」


 いきなりの言葉に、ファルシーは聞き返す。カクリもなぜ今その言葉が出てきたのかわからず、明人を横目で見た。


「魔蛭は一度、病院に行っている。おそらく、そこにいるはずだ。俺達と深い関係の女が。お前なら一瞬で行けるんだろ?」

「場所はわかっているから行けるわよ。でも、なぜ今? 女って、だれ?」

「悪魔が大きく動き出した。魔蛭を捨てごまに、俺を殺そうとしている。そうなると、病院にいる女、俺の幼馴染である音禰とやらも始末される可能性が出てきた。細かく話している余裕はない、早く行け!!」


 焦った様に言い放つ明人に押され、ファルシーは一瞬魔蛭を見た。


 今の彼は異様、疲労困憊の明人では到底かなう訳もない。

 それを明人自身がわからないわけがない。それなのに、ファルシーを病院へと向かわさえようとする。

 何か算段がるのか、勝ち筋は見えているのか。時間がない今、聞く事すら叶わない。


「――――――絶対に、死ぬんじゃないわよ」

「当たり前だ、さっさと行け」


 返答を聞いたファルシーは、その場から一瞬のうちに姿を消した。

 残された明人とカクリは、壊れたロボットのように近づいて来る魔蛭を見て、構えを取る。


「明人よ」

「あぁ、問題ねぇ。ただ、今回のは、匣が黒く染まり過ぎて暴走しているだけだ。俺達のやることはただ一つ、あいつの匣を開けるだけ」


 カクリと目を合わせ、頷き合う。


「依頼料、もらってやるからな。元、親友君」


 ☆


 姿を消したファルシーは、一瞬のうちに神霧音禰しんむおとねが眠っている病室に現れた。

 今は何も変化はない。白い部屋に大きな一つのベッド、女性が眠っているのみ。


 何も変化がないため、首を傾げるファルシー。なぜ明人があそこまで慌てていたのかわからず、疑問が過る。


「女って、この子でいいのよね? 微かだけれど、悪魔の気配を感じる……あら?」


 なにかに気づき、ファルシーは音禰へと近づく。


「? 魘され始めた? もしかして、この子の体も限界に近いのかしら」


 息が突如として乱れ、脂汗を流し前髪を濡らす。


 ファルシーは彼女の様子に眉を顰め、顔を覗き込む。音禰の顔付近に手を添えると、淡い光が徐々に彼女を照らしだした。すると、荒かった呼吸は治まり始め、彼女は落ち着きを取り戻した。


「これが。代償は大きいはずなのにね。これをやった魔蛭という男、一般的な思考の人間じゃない事は確かなようね。しかも、まさか。あの、史上最恐と呼ばれているベルッ──」


 ファルシーが悪魔の名前を口にしようとした時、どこからか黒いナイフが光の速さで彼女へと放たれた。

 反射的に避ける事が出来たファルシーの頬と腕を掠め、赤い血が流れ出る。


「まさか、本当に貴方が地上に来ていたなんて」


 避けられたことにより、放たれたナイフは円を描くように曲がり、窓付近に浮かぶ青年の元へと戻った。

 

「はて、主は我の事を知っているみたいだな。我は知らんが」


 藍色と赤色の左右非対称の瞳が特徴の悪魔、魔蛭の相棒であるベルゼが口角を上げファルシーを見つめていた。


 ファルシーは最初こそ驚いていたが、今は空中しっかりと体勢を立て直し、ベルゼを見る。


「今すぐそこから離れてもらうぞ。邪魔だからな、堕天使よ」


 楽しげに影を操り、ファルシーに向けて黒いナイフを放つ。

 ファルシーは翼を限界まで広げ空中を舞い、軽やかに全てのナイフを避けた。だが、病室の中は狭いため上手く動けず、最初こそ良かったが、徐々に削られ始める。


 頬、腕、足。徐々に掠め始め、舌打ちが零れた。


「くっ! 堕天使を舐めないで欲しいわよ!!」


 避けながら彼女は、紫色の霧を手に纏わせ、ベルゼに向かって放った。


「こんなもの──」


 黒いナイフで霧を消そうとしたが、それは無駄な行動。霧は一度霧散されたが、再度形を作りだしそのままベルゼへと突っ込んでいく。


「ふふっ、私は堕天使。そのような甘い攻撃は効かないわよ? 悪魔は悪魔らしく、地獄で自身の行いを嘆きなさい」


 妖艶な微笑みを浮かべ、右手を口元に持っていき、キスを投げかける。相手を誘惑するような姿だが、手から出しているのは黒い霧。

 紫色の霧で動きを制限したあと、ベルゼを包み込むように黒い霧が放たれた。


「それは堕天使である、貴様がやるべき事だろう?」


 ベルゼは先程より口角を上げ、八重歯を覗かせる。楽しげに笑いながら、ベルゼは自身の袖をめくり、腕を尖った爪で切り裂いた。


 血飛沫が舞い、白い病室を赤く染める。ファルシーが出した霧も、鮮血により完全に霧散してしまった。


「あら、私は私の行いに未練はないわ。自由を手に入れたかったんだもの。仕方がないでしょ?」


 霧を消された事など一切気にせず、どちらも楽しげに会話を交わす。


 ベルゼが出した鮮血は、霧を消し、白い病室を染めただけでなく。徐々に彼の右手に集まり始めた。


「そうだな。堕天使とはそういうものだ。嫉妬、傲慢、自由を求める意思。そのようなものを優先したばかりに、貴様は地上に落ち、人間にもなれず、悪魔となった。興味深い生き物だが、今は我の邪魔をする者。地獄へ落としてやろう」


 ベルゼの手に集まった鮮血は、少しずつ形を作り始める。その形は、死神がよく持っているような大鎌。

 赤く輝いている刃は、少し掠っただけでも深く切れてしまいそうに見える。


 悪魔であるベルゼがそのような武器を手にしている時点で、何をしでかすか分からない。これにはファルシーも余裕な笑みを浮かべる事などできず、引き攣らせ、ベルゼを見返した。


「それは、さすがにまずいかも」

「さぁ、堕天使。これで終わりだ」


 ベルゼは鮮血で作られた大鎌を、ファルシーへ狙いを定め大きく振りあげた──…………

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