第20話 「一番の親友を助けて」

 明人が次に目を開けると、薄暗い空間に立たされていた。

 周りには何も無く、なんの音も聞こえない。まるでここは、明人が依頼人の黒く染った匣を抜き取る際の空間にも似ていた。


「…………ここは、誰かの想いの空間──か?」

「そうよ。ここは、私の想いで作られた空間」


 明人の後ろにいきなり女性が現れ、咄嗟に反応し振り向いた。


 そこに立っていたのは、真陽留が訪れた病室で寝ていた女性、神霧音禰しんむおとね

 腰まで長い茶髪に、透明感のある綺麗な肌。そして、今まで閉じられていて分からなかった目は開かれており、黄色く澄んでいる、綺麗な瞳が明人を映していた。


 白いノースリーブのワンピースを着ており、靴は何も履いていなく裸足。首には楕円状のロケットペンダントが、光を纏い立っていた。


「誰だ…………」

「私は神霧音禰。貴方との関係は幼馴染よ」


 少し高めの声で、聞き取りやすく優しい。ガラス細工のように美しく儚い声が、暗闇の空間に響き渡る。眉を下げ悲しげな笑みを浮かべながら、音禰は何故か頭を下げ、彼に謝罪を述べた。


 明人は音禰の言葉に眉を顰め、苦い顔を浮かべる。その時、音禰が急に明人へ向けて腰を折り謝罪を口にした。


「ごめんなさい」

「なぜ謝る。俺はお前とはしょたいめ──」


 いつものように冷たく返答しようとしたが、明人は何故か途中で言葉を詰まらせた。


 謝罪をするために下げた顔を、音禰はゆっくりと上げる。その時、綺麗な雫が揺れている瞳から流れ、頬を伝い、空中へと落ちた。そんな姿の彼女を目にし、明人は片眉を上げる。


「なぜ泣く。情緒不安定か、お前」

「ごめんなさい。ごめんなさい……」


 何度も謝る音禰に、明人は苛立ち始めた。顔を歪め、怒りを隠しもせず口を開く。


「さっきから何に対して謝ってんだよてめぇ。謝罪だけ口にして終わると思ってんのか? それさえすれば許されると。だがな、お前に意味もわからず謝罪されし続けられている俺の気持ちを考えないのか? 許すどころか逆に苛立ち始めている。まずは、理由を話すのが普通なんじゃねぇの?」


 遠慮なく明人が鋭く言い放つ。その言葉に、音禰は涙を拭く手を止め、彼へと向き直した。


「そうね。今の貴方には記憶が無いもの、仕方がないわ。でも、ごめんなさい。今、細かく説明している時間が無いの」

「はぁ? 謝罪する時間はあって、説明する時間はないと。お前、頭沸いてんじゃねぇの?」

「ごめんなさい。でも、本当に時間が無いの。貴方の大事な友人が、危険だわ」

「幼馴染? 友人? ……友人じゃねぇが、カクリの事か。なんでわかんだよ」


 友人という言葉に最初は眉を顰めるが、直ぐにカクリの事だとわかり、再度明人は問いかけた。


「感覚よ、細かくは言えないけれど、わかるの。それで、早く助けなければ、も危ないわ」

「…………俺の知ってる魔蛭は、助ける価値のない人間だけどな」

「そんな事ない、そんな事ないわ!! 貴方達は幼馴染で、友達で。そして、だったもの。何か誤解があるのよ。だからお願い、あの子を助けてあげて欲しい。黒い心を、想いを、白くしてあげて欲しい。本当は優しく、他人を一番に考える人。貴方の、一番の親友を助けて!!」


 先程まで冷静に会話をしていた音禰が、徐々に息を荒くし、強い口調になっていく。そんな彼女に、明人は何も返す事が出来ない。


 明人が困惑の表情を浮かべていると、いきなり周りが白く輝き出した。そのため、明人は咄嗟に手で目を覆い、閉じてしまう。そこに、優しく暖かい。それでいて悲しく、今にも消えそうな涙声が彼の頭に直接響いた。


『貴方は荒木相思あらきそうし。そして、貴方と親友の人生を狂わせた人物は────』


 その言葉を最後に、明人は白い輝く空間から姿を消した。

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