第19話 「それは我にふさわしい」

 病院を飛び出し、明人は人通りの少ない裏手に回り走る。


 周りは建物に囲まれた細道。幅は狭く、人がギリギリ二人横に並べる程度。


 高い建物に囲まれている為、太陽の光が遮られてうす暗い。


 明人は希子と別れ、カクリの気配を頼りに走って病院へと向かっていた。

 そのため、体力の限界は近い。息が荒く、体が重い。汗もしたたり落ち、走るだけでも辛そうな表情を浮かべている。


 抱えられているカクリは、明人を見上げつつ、ちらっと後ろを振り向いた。


「明人、私はもう走れる。下ろせ」


 言うと、明人はカクリを横目で見て足を止めた。

 脇に抱えていたカクリを足から下ろし、膝に手を付き息を整える。

 膝はガクガクと震え、今にも崩れ落ちそうになっていた。


「明人よ、大丈夫か?」

「これで問題ないように見えるか? はぁ、血の味が気持ちわるいっつーの」


 荒い息は簡単には収まらず、服の中の空気を入れ替えるように胸辺りをパタパタと動かす。

 そんな時、カツン、カツンと。明人達とはまた別の足音が聞こえ始めた。


 後ろを振り向き、警戒する。


 目を細め奥を見ると、闇に浮かぶ藍と赤の瞳。口元には余裕な笑みが浮かび、腰まで長い緑の髪を翻しながら革靴を鳴らし明人達に近付いて行く。


「人がいない所を選んだようだな。そこはしっかり考えているらしい。我としても存分に力を振るう事が出来るからありがたいぞ」

「お前のために選んだ訳じゃねぇよ、勘違いすんな」

「そうか、まぁ良い」


 闇に浮かぶように立つベルゼは、右手をゆっくりと上げ、明人へと伸ばす。

 何が起きてもいいように警戒していた明人だったが、体に来た急な衝撃に何も対応できなかった。


「ガッ……」

「っ、明人!?」


 何処から現れたのか。明人の右肩に黒い大きな槍が突き刺さり、貫通していた。


「闇は我の独壇場だ。ここを選んだ貴様の選択を恨むんだな」


 その場に崩れ落ちる明人の肩から槍を遠隔操作で引き抜き、ベルゼは掴み勝ち誇ったような表情を浮かべた。

 カクリが明人を支え、涙を浮かべながら名前を呼ぶ。


「明人、大丈夫か!?」

「大丈夫ではないな……。くそ、さすがにここまでは考えてなかったわ」


 血が流れ落ちないように肩を支えるが、指の隙間から流れ地面に落ちる。

 カクリは明人の怪我の深さを察し、不安と怒りと焦りで疲労とは別で息が荒くなってきた。


「このままじゃまずいな、カクリ。ここを移動するぞ――カクリ?」


 明人が隣に立つカクリに言うが、返答がない。ベルゼも目を細めカクリを見るが、動こうとしない。


 肩で息をし始め、顔を俯かせている。


「カクリ? どうした…………」


 明人でさえ今のカクリは見た事がないため、困惑する。

 カクリの肩に手を置こうとした時、カクリがやっと動き出した。


 明人とベルゼが見ていると、カクリはやっと顔を上げた。


 カクリの表情を見た明人は目を大きく開き、ベルゼは楽し気に見続けた。


「っ、カ、クリ?」

「ほぉ。これは、もしかして――」


 明人の目に映る今のカクリは、別人のように変貌していた。


 漆黒だった瞳は深紅色になり、肩までだったはずの銀髪が腰まで伸びている。

 爪はするどく尖り、口からは八重歯が覗き見えた。


 無表情のカクリは、明人から目を離し、楽し気に笑っているベルゼへと顔を向けた。


 何が起きたのかわからない明人は、カクリを見続ける事しか出来ず、動けない。

 そんな視線や空気感など気にせず、カクリはベルゼへと歩き始めた。


「力が増幅しているな。今まで抑え込められていた物があふれ出ている感じか」


 冷静に観察しているベルゼだが、目線は近づいて来るカクリから離さない。

 何も口にしないカクリがベルゼにゆっくり近づいていると、突如足を止める。何の前触れもなく止まったため、ベルゼは困惑の声を上げ首を傾げた。


 その、数秒後、瞬きをした一瞬。ベルゼの視界に映っていたはずのカクリが姿を消した。


 驚いていると、ベルゼの背後に気配を感じ振り返る。そこには、真紅の瞳を光らせ、鋭い爪を向けているカクリの姿。


「っ!」


 反射で体を横に傾かせるが、遅く頬を掠る。血が流れ、すぐにカクリから距離を取った。


「これが、子狐の力か。やはり、それは我にふさわしい」


 興奮するように呟くベルゼを無視し、カクリは地面を蹴り一瞬でベルゼと距離を詰める。

 鋭く尖った爪でベルゼに攻撃をし続けた。


 明人が唖然と二人の攻防を見続けていると、急に苦し気な声を上げ始めた。


「何が……っ、今、嘘だろ…………」


 いきなり刺されたのと別の痛みが走り、同時に睡魔が襲い掛かる。

 今、意識を失う訳にはいかない。そう思うが、瞼が落ちるのを止められない。


 まるで、誰かが明人を夢の中に引っ張り込もうとしているように感じで、抗う事が出来ず、そのまま瞼が完全に落ち意識を失ってしまった。

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