第18話 「逃げるぞ!!」
魔蛭が明人と別れ、一人で向かった先は○○病院。
中に入り、受付と話し真っすぐ一つの病室に向かった。
魔蛭が向かった病室のプレートには”
迷わず中に入ると、真っ白な空間が広がっていた。
シンプルな部屋の中央には、女性が一人眠っているベッドが一つ、置かれていた。
魔蛭が近づき、近くに置かれているパイプ椅子に腰かけた。
「遅くなってごめんな、ちょっと用事があってさ」
先程の出来事などなかったかのように、魔蛭は優し気に目を細め、柔らかい口調で言った。だが、当たり前だが彼女からの返答はない。
悲し気に俯き、かけ布団から出ている手をきゅっと握る。
「まったく、早く諦めてくれればいいものの。そうすれば、
優しげな声から憎しみの籠った声に変わり、歯を食いしばった。
「音禰が目を覚まさなくなってから約四年。俺は早く、もう一度君の声が聞きたいよ。そのためには、必ずあいつを殺さなければならない。あの、憎き幼馴染、
呟いたとき、魔蛭の頭には先ほどの光景が蘇る。
憎しみと怒りで明人を傷つけた自分の姿、傷ついた彼の姿が魔蛭の頭に浮かび、瞳を揺らす。
その瞳に浮かんでいるのは、先ほどまで呟かれていた言葉とは真逆の感情、後悔。
彼女の手を握る彼の手に力が込められ、魔蛭は震える声で呟いた。
「本当に、これで良かったのか……? 俺は、本当にあいつを殺しても…………」
そう呟いた時、彼の背後にある影がモゾモゾと動き出す。そこから、緑色のパーマかかった髪に、左右非対称の瞳を持つ悪魔、ベルゼが姿を現した。
「どうした、ベルゼ」
驚くことなく魔蛭が問いかけると、ベルゼはため息を吐き腕を組む。
「主がそこまで優柔不断だとは思わなんだ。出会った頃の決断力、復讐の炎。それはどこに行った? 今の主に、我の力はもったいない。生きているのすら、もったいないだろう。だから、最後に我の力になってもらうぞ」
「は? それはどういう事っ――」
ベルゼは小さな手を伸ばし、魔蛭の顔に付きつけた。
「実に残念だ、魔蛭。ここまで迷いが大きくなり、覚悟の消えた主にもう用はない。主は我の人形、せいぜいご主人様の為命を使い、あの男を殺せ」
耳まで裂けているように見えるほど口を横へ引き伸ばせ、魔蛭の怖がる様子を楽しむように目元が歪む。
見ているしか出来ない魔蛭は、下からゆっくりと伸びる黒い触手に包まれ始める。逃げる事も出来ず、ただただベルゼを見るのみ。
「ベルっ――……」
最後に名前を呼ぼうとした言葉が途切れる。
影の隙間から見えるベルゼは、いつの間にか少年の姿ではなくなっていた。
身長が伸び、髪も長くなっている。
大人のような姿で、包み込まれていく魔蛭を見続けた。
完全に包み込まれた魔蛭。瞬間、悲痛の叫びが辺りに響き渡った。
痛みに苦しむ声、地面を揺らすような叫び声が響き、聞いているだけでも頭がおかしくなりそうになる。
ベルゼはそんな声を楽しみ、「クックックッ」と喉を鳴らした。
やがて声はなくなり、数秒後には完全に聞こえなくなった。
魔蛭が居たところには、パイプ椅子だけが残される。
最後に、ベッドで寝ている音禰を見てその場から消えようとしたが、ドアから気配を感じ、振り返った。
なぜか病室のドアが少しだけ開けられている。
「…………ほぅ、飛んで火にいる夏の虫。ちょうどいいな」
言いながら右手を伸ばし、影を操った。
病院の廊下を息を切らし走っているのはカクリ。自身の影が不自然に動き出していることに気づかず走り続ける。すると、急に地面が柔らかくなり、水たまりにでも入ったかのような感触に足を止めてしまった。
その時、カクリの足が影の中に沈み始める。
眉を顰め、もがき抜け出そうとするが、底なし沼にでもはまったかのように、どんどん沈むだけ。
周りの人に助けを求めようにも、病院内とは思えない程に誰もいない。
カクリは顔を青くし、腰まで埋まった自分自身の身体を見て涙が浮かぶ。
誰か、助けて。そう願い、誰もいない所に手を伸ばした。
腰まで沈んでいた体は肩まで沈み、顔まで埋まりそうになる。それでも、誰かに助けを求めるように小さな手は伸ばされ続ける。
徐々に沈む体は、とうとう顔まで埋まり、伸ばされた右手すら影に埋まりかけた。
その時。
――――――ガシッ
カクリは手を掴まれ、勢いよく影から引っ張り出された。
闇から開放されたカクリが最初に見たのは、大事な相棒、明人の姿。
「っ、あ、あきっ――」
「何やってんだてめぇ。危なかっただろうが」
カクリの手を引っ張ったのは、汗を流し、必死に走ってきた明人。
「逃げるぞ!!」
現状をすぐに察した明人はカクリを抱え、病院の外へと駆けだした。
病室に残って影を操っていたベルゼは、明人の登場を察し青筋を立て怒りを露わにする。
「くそ、あの男。いい所で…………」
逃がすわけにはいかないと、ベルゼは窓から外に出て明人達を捕まえようと飛び出す。
病室に残された女性は、閉じられている瞼から、一粒の涙が流れ落ちていた。
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