第14話 「人間は面白いな」

 レーツェルは明人が目を覚ますまで小屋にいる事にし、カクリを膝に乗せ木製の椅子に座り本を読んでいた。だが、いつまで経っても目を覚まさない明人の体が心配になり、ソファーからベッドのある奥の部屋へ運ぼうと立ち上がる。


「レーツェル様?」

「人間の体が心配になってな、奥に確かベッドがあるだろう? そこに連れて行く」


 明人を軽々と横抱きし、奥の部屋へ向かおうとした。


 だが──……


「んっ…………あ?」

「お? 目を覚ましたか人間。だが、残念だ。タイミングが極めて悪いぞ」


 ニコッと笑みを向けるレーツェルを見て、明人は自身の置かれている状況を瞬時に把握。

 何も発することなく、小屋の中には乾いた破裂音のような音が響き渡った。


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「目を覚ました瞬間、横抱きにされどこかに連れて行かれそうになった俺の気持ちを述べよ」

「それを言うなら、さすがにソファーでずっと寝ているのもかわいそうだと思った俺が、ベッドへ運ぼうとした瞬間殴られたこちらの気持ちも述べてほしいものだな」


 レーツェルはヘラヘラしながら、紅葉が出来ている頬を摩り、ソファーに座っている明人を見下ろす。隣には、今にも明人に飛び掛かろうとしているカクリが簡単に抑え込まれている姿があった。


「つーか、おめぇ誰だ? カクリと顔見知りか?」

「おっと、そうか。主はまだ記憶が戻っておらぬのか……ふむ」


 レーツェルの言葉に明人は眉を顰め、次の言葉を待った。


「では、自己紹介をしよう。俺はレーツェル、よろしく頼むぞ人間」

「よろしくするつもりはないが、色々聞かせてもらうぞ。俺の知らん事、沢山知っていそうだしな」

「釣れんこと言うな、悲しいだろう?」


 レーツェルの纏っている独特な空気感を察した明人は、警戒を解かずに彼を見つめ質問をした。


「聞きたいことは山ほどあるが、まず一つ目。なぜここに来た、現状を把握しているのか?」

「しているぞ、悪魔と、悪魔と契約をした人間がここに訪れたことなどな」

「狙いなんかは知らんのか?」

「人間の方は俺ではわからん」

「その言い方だと、悪魔の方は見当ついているという事になるが、どうなんだ?」

「悪魔の狙いはわかりやすい。より強い力を求め、ここへと来た。これだけでわかるだろう?」

「なるほどな、カクリの力が狙いか。確かに使いようによっては、生き物全てを統べる事が出来そうだからな。そりゃ、欲しがるか」


 二人はレーツェルの手に抑え込められているカクリを見る。いきなり二人に見つめられたカクリは、なぜ見られているのかわからず、きょとんとした。


「な、なんだ、明人よ」

「俺だけが見ていたわけではないんだけどな、まぁいい。悪魔の狙いはわかった。次は魔蛭の方か。俺の命が狙いなのは明らかだが、理由がわからん。俺の事を狙っていたが、今の俺にはあいつの記憶がない」

「過去の主にはあるということだな」

「あぁ。呪いの事も考えると、今まで通り依頼人を待っている時間はない。記憶を取り戻すより、魔蛭について知った方が時間短縮になりそうだ」


 淡々と会話していると、明人が急に黙りこくってしまった。

 彼の姿を見て、カクリは「あ」と、言葉を零した。


「ん? どうしたんだ、カクリよ」

「いえ、明人が自身の世界に入ってしまったなと思っただけです」

「自身の世界?」

「はい。明人は、一度考え込んでしまうと周りの声や音が一切聞こえなくなってしまうのです。どんなに呼びかけても返答はなく、明人の考えがまとまるまで待つしかないのです」


 肩を落とし説明するカクリに、レーツェルも「ふむ」っと明後日の方向を向き考え込む。だが、すぐに口角を上げ楽しげに笑った。


「これも、何か関係がありそうだな」

「え、明人の集中力が今回の件に関係あるのですか?」

「人間の考える事だ。関係が全くないとも言えない。情報が少ないから何とも言えんがな」

「そう、なんですか……」


 よくわからず首を傾げるカクリの頭を撫で、明人の考えがまとまるのを待つことにした。


 ☆


 数十分後、明人はやっと思考がまとまり、息を吐き動き出す。

 レーツェルは再度、カクリを膝の上に乗せ、一緒に本を読み時間を潰していた。


「なにか良い物でも思いついたか?」

「まぁな」


 言いながら立ち上がる明人。カクリも慌てて立ち上がり、彼の元へと駆け寄る。


「どこに行くのだ?」

「今回の依頼人」

「? 今回の依頼人なら、もう解決したのではないかい?」

「まぁな、あとは時間が解決するだろう。だが、一人だけ。俺が何もしていない奴がいる」


 言いながら、小屋を出ようとドアを開けた明人は、首を傾げるカクリを無視し、小屋の中から動こうとしないレーツェルを見る。


「最後に一つ」

「なんだ?」

「悪魔の力は、人の感情や記憶でも増幅できるんか?」

「出来るぞ。その感情が黒かったら、涎が出るほど欲する事だろうな」

「そうか」


 それだけ聞くと、明人は今度こそ小屋を出て行ってしまった。カクリはレーツェルと明人を交互に見た後、レーツェルに一礼をし小屋を飛び出す。


 残されたレーツェルは二人の後ろ姿を見送った後、眉を下げ困ったような笑みを浮かべた。


「今回の出来事と俺の言葉のみで、相手の目的、普段の行動。これから起こるであろうことまで予想し動き出すとはな。やはり、人間は面白い」


 クククッと笑い、煙管を吹かそうとした。瞬間、音もなくレーツェルの後ろに黒い霧が現れ始める。


「おや? っ――……」


 気づいた時には遅く、振り向いた瞬間目に映ったのは、自身に伸ばされた両手と、笑顔を浮かべている左右非対称の瞳を持つ、少年の顔だった。

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