第13話 「貫くしかないと我は考える」

 突如小屋の中に姿を現した青年を見て、カクリは体に入っていた力がすべて抜け、腰を抜かしその場に座り込む。そして、彼の名前を口にした。


「レーツェル、様……」

「よく頑張ったな、カクリよ。主のおかげで、人間はまだ生きる事が出来るぞ」


 青年の名前は、レーツェル。カクリが明人と共に暮らす前まで共に行動をしていた狐の妖。

 明人にカクリが持っていた力を分け与えたのも、レーツェルがしたこと。

 それをした理由は、明人の記憶を取り戻し、呪いを解くため。


 レーツェルが明人に手をかざした瞬間、淡い光が彼を照らす。

 なんの効果があるのかと見ていると、明人の表情に変化が現れた。


 荒かった息が徐々に落ち着き始め、眉間に深く刻まれていた皺がなくなっていく。

 汗はまだ流れ落ちているが、先ほどよりだいぶ良くなった。


「一体、何をしたのですか、レーツェル様」

「呪いの浸食をほんの少しだけ遅らせただけだ。今は体力も削られている為、目を覚ます事はないが、明日には回復しているはず。それまで待てるか、カクリ」


 明人から離れカクリの隣にしゃがみ、安心させるように頭を優しく撫でる。すると、今まで我慢していた感情がすべて吐き出されるように、カクリの黒い瞳から大粒の涙が流れ落ちた。


「レ、レーツェル様。あの、明人は、明人は死なないのですか。明人は、大丈夫なのでしょうか」

「今はまだわからん。我が出来るのは、呪いの進行を遅らせる事のみ。呪いを浄化することなどは出来ん。このままだと、人間の身体は限界を迎え、呪いに負けるだろう」


 言い切った彼の言葉に、カクリは顔を真っ青にし口をわなわなと震わせる。目を見開き、助けを求めるようにレーツェルに縋るように両手で服を掴んだ。


「あの、どうすれば、どうすればいいのですか。このままでは、明人が死んでしまう……。どうすれば、いいのですか……」


 服を掴んでいるカクリの小さな手を優しく包み、安心させるように笑みを浮かべカクリを見た。


「今回の出来事で、様々な事がわかったはずだ。人間は……主の相棒は、ただでは転ばん。必ず、何かを見つけておるはずだ。信じて目を覚ますのを待て」


 笑みを向けるレーツェルに、カクリは忙しなく動く心臓を押え俯く。

 

 今まで、どんな事があっても明人は難なくこなしてきた。

 カクリと出会った当初から、明人は最後まで諦めるということはせず、何かしらの方法で自ら道を開き歩み続けていた。


 二人が初めて出会い、レーツェルから与えられた試練の時も、明人は出会ったばかりのカクリを信じ、最後まで諦めなかった。


 カクリは、そんな明人の背中を見つめ、共に生活している。

 そんな彼の後ろ姿を思い出し、自身の服を強く掴み顔を上げた。


「いい子だ。やはり、主に頼んで正解であった」


 優しく微笑むレーツェルにだき抱えられ、カクリは一瞬固まった。

 背中をポンポンと、一定のリズムで叩かれる。すると、考える間もなく睡魔が訪れ、カクリは意識を飛ばした。


 寝息を立て始めたカクリを目に、今まで浮かべていた微笑みを消し、レーツェルはドアの方へと目を向けた。


「悪魔に目を付けられた哀れな人間よ。ただで済むとは思わぬことだな……」


 誰に言っているのか。


 レーツェルの言葉は、誰の耳にも届かずそのまま消えてしまった。


 ☆


 夜闇が深まる町。人気はなく、光すら届かない路地裏に二人の影が現れた。


 一人は、明人の命を狙い、カッターナイフを振りかぶった青年、魔蛭。

 もう一人は、カクリの力を狙っている悪魔、ベルゼ。


「くそっ、むかつく。何で、動くことが出来たんだよ。おいベルゼ、話が違うじゃねぇか。今のあいつなら、呪いによって体が動かず、簡単に殺す事が出来るって言っていただろうが」

「さすがに想定外だった。まさか、あそこまで人間の身体が持つなど。あやつは本当に人間か?」


 闇の中を歩きながら、二人はお互いに責任を押し付けあう。不機嫌そうに眉を顰め、魔蛭は大きなため息を吐いた。

 頭を掻き、建物で見えにくい夜空を見上げる。


「…………明日、病院に行く」

「また、あの女に会いに行くのか。眠っている女の所に行って意味はあるのか? 人間のやることはわからぬな」

「俺が会いたいんだ。あと、巻き込んじまった責任は取らねぇと」

「ふむ。契約とはいえ、大事な奴を数年も眠らせるなど。よく、決断出来たな」

「それしか俺に残された道はなかった。俺の復讐を成功させるには、それしかなかったんだ」


 先程まで淡々と話していた魔蛭だったが、急に力がなくなり顔に影が差す。足を止め、苦し気に胸元を抑えた。


「俺は、復讐のために、幼馴染であり、初恋の相手を巻き込んだ。初恋相手の好きな奴を殺すため、俺は、お前と契約した」

「そうらしいな。だが、それがなんだ?」


 魔蛭と同じく足を止め、べるぜは振り返り問いかけた。


「俺は、間違えていない。俺は、俺のやっていることは、間違えていない。そうだろう? ベルゼ」


 困惑、焦り、怒り。様々な感情が入り混じれ、魔蛭は支離滅裂な言葉をベルゼに投げかける。


 彼の表情に呆れ、ため息を吐くベルゼだったが、自身にも目的がある。達成するには、魔蛭にも動いてもらわなければならない。


 魔蛭が何に対し、今の言葉を吐いているのか理解出来ていないが、出来る限り言葉を選び、彼を説得しようと試みた。


「的が得ている、いないは、誰かが判断するものではない。自身がやりたいと思ったのなら、それを行動に移すしかないだろう。誰かに間違いだと言われても、お前は強い意志でここまで来た。貫くしかないと我は考える」


 抑揚のない言葉を投げかけられた魔蛭は、波立っていた心臓が落ち着き、歪めていた表情が元に戻る。頭が冷静になり「悪い」と謝罪し、歩き出した。


 隣を通り過ぎた魔蛭を横目に、ベルゼも歩みを再開させる。


 前を歩く彼の背中を蔑むような瞳で見つめ、ベルゼは浅いため息を吐いた。


「人間とは、めんどくさい生き物だ。早く子狐の力を我の物にし、今回関わった人間全員を殺さねばな――……」

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