第12話 「命までもな……」

 明人は小屋の中を見回したが、眉間に皺を寄せるだけで現状把握が出来なかった。

 再度ため息を吐き、共に愚痴も零す。


「なんだこれ、ほんの少しだけ意識が飛んでいたうちに修羅場になってんじゃん。何が起きたんだ?」


 まだ汗は流れているにしろ、余裕な振る舞いを徹底する明人。

 奪い取ったカッターナイフを弄び、魔蛭を見下ろす。


 明人の声で魔蛭は、寝そべっていた体勢から体を起こし、立ち上がった。


「呪いによって、体はもう動かないはず。体の半分は呪いに蝕まれているというのに……。なぜ」

「俺だからな」

「理由になっていない!!」


 怒りのままに叫ぶ魔蛭。このままの勢いで襲いかかって来れば、体力的に今の明人では立ち向かうのは難しい。

 カクリが応援に入ろうとしたが、それすらベルゼによって叶わない。

 影を操り、助けに向かおうとしているカクリの退路を塞ぐ。


 魔蛭は歯を食いしばり、明人へと駆け出しカッターナイフを奪い取ろうと手を伸ばした。


 明人は彼の手をひらりとかわし、右足を引っ掛ける。

 勢いを殺すことができなかった魔蛭はまんまと引っかかり、その場で転けてしまい膝をついた。


 彼の後ろに周り、明人は蔑むような瞳を浮かべ彼を見下ろし口を開いた。


「おい、お前らは何が目的だ。なんで俺の命を狙う」

「……」

「無言か、それでもいい。だが、無言を貫くんならこちらも対処させてもらう」

「対処だと? 何をする気だ」

「お前の記憶を覗かせてもらう」


 明人の言葉に、魔蛭は呆気にとられ言葉が詰まる。だが、すぐに気を取り直し、立ち上がり目線を合わせた。


「そんなことを、させると思うのか?」

「させるさせないじゃねぇ、俺がやるかやらないかだ。お前の意思なんて関係ねぇよ」


 明人の自己中な言い分に、魔蛭は一瞬言葉を詰まらせた。だが、胸の奥にしまいこんでいた激しい怒りが徐々に溢れ、魔蛭は顔を真っ赤にした。


「昔から、お前はそうだったな」

「あ?」


 魔蛭は、顔を俯かせぶつぶつと呟く。聞き取りにくい彼の言葉に、明人は怪訝そうに眉を顰め、聞き返した。


「昔から、お前はそうだ。自分の考えが正しいと疑わない。人の気持ちなんて一切考えず、自分の考えを押し通す。そのように人生を送ってきたお前は、俺達にとって大事な奴を傷つけた。俺は、そんなお前を許す気はない。絶対に、復讐してやる。そして、あいつを、俺のものにする!!」


 言い放つと、魔蛭の影が突如動き出す。


 明人は彼の足元を目にし、咄嗟に距離を取った。


 動き出した影は魔蛭を包み込むように浮き出て来る。

 黒い影に包まれた魔蛭は、最後に明人を血走らせた目で見つめ、憎しみの込められた言葉を放った。


「必ず、お前の全てを奪いつくしてやる。命までもな……」


 今の言葉を最後に、魔蛭は影と共に地面に沈み込むように姿を消した。

 ハッと、カクリは明人に逸らしてしまっていた目線をドア付近に戻すと、そこには誰もおらず、ドアが風に煽られ揺れているのみになっていた。


 何が起きたのか理解するのに時間がかかっていた二人。

 現状を理解するべく、明人が魔蛭の消えた床へと近づき触れてみる。


 何も変化のない床に触れ、明人は目を細め、立ち上がる。何事もなかったかのようにドアを閉め、ソファーへと横になった。


 カクリは彼の動きを見届け、動かなくなったところを見計らい声をかけた。


「明人よ、体は……大丈夫ではないな」


 明人は横になったかと思うと、すぐさま気絶するように目を閉じ意識を飛ばした。


 顔は真っ青、息も荒く危険な状態。


「もう、時間がないという事か。先ほどの奴といい、なんなのだ…………」


 このまま、明人は死んでしまうんじゃないかと。そのような思考が頭を駆け巡り、体が震える。

 不安げに瞳が揺れ、今にも涙が出そうになっていた。


「明人よ、済まぬ。私では、どうする事も出来ん」


 自身の不甲斐なさに膝から崩れ落ち、顔を俯かせた。


 絶望の縁に立たされたカクリの銀髪が、かすかに揺れる。

 人の気配を感じ、カクリは俯かせた顔を上げ辺りを見回した。

 その時、ドアを見て首を傾げる。


「ドアが、開いておる……。先程、明人が閉めたはず……」


 一瞬ぽかんとするカクリだが、先ほどの二人が戻ってきたのではと、恐怖心が体を勝手に立ち上がらせた。


 目を見開き、歯をカチカチと震わせながらも明人を守らなければと警戒心をむき出しに気配をさぐった。


 そんなカクリを潜り抜け、ソファーで眠る明人の近くに、笑みを浮かべている一人の青年が姿を現した。


 深緑色の着物を着用し、中には灰色のシャツ。右手には煙管が握られ、顔の斜め上には白い狐面を付けていた。


 明人が寝ているソファーの背もたれに手を置きながら佇み、赤い瞳を向ける。八重歯が覗き見える口元には、悲しげな笑み。


「人間にしては耐えているな、少しだけ楽にしてやろう。話がしたいからな」


 言うと同時に青年の手が淡く光り、右手を明人の頭にかざした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る