悪陣 魔蛭
第11話 「それは叶わぬ願いだな」
足音を鳴らし、青年が明人へと近づく。だが、簡単に近付かせてやるかと。カクリが震える体を無理やり動かし、青年の前に立ち塞がった。
小さな体で懸命に明人を守ろうとする姿に、青年は一度足を止める。
「はぁ、おい、餓鬼。悪いことは言わねぇ、怪我をしたくなければ今すぐどけろ」
「それより、ぬしらは何ものだ。なぜここに来た」
「あー、確かに。それは答えてもいいか。俺の名前は
魔蛭の返答にカクリは黒い瞳大きく開く。
何も言えないカクリに、魔蛭の隣に立っていた少年が呆れ声を上げた。
「
「あぁ? もしかしてこいつが、お前が狙っていた子狐か?」
「そうだ、そやつは我の獲物じゃ。主は何もせんで良い」
「へいへい」
二人の会話が理解できないカクリ。眉を顰め、距離を測る。
肩口に明人を見るが、今だ目を覚ます気配を感じない。息が荒いまま、目を閉ざし続けていた。
「そーいや、今回俺達がここに来た理由を知りたいんだったな。隠す必要もねぇし、答えてやるよ。後ろの奴を俺達に引き渡してもらうためだ」
手を差し出し、口角を上げ魔蛭は口にする。
そんなこと、カクリが了承するわけがなく、絶対に渡さないと明人の前に立つ。
渡す意思がないカクリの様子を見て、ベルゼが追い打ちをかけるように言い放つ。
「そやつはそう簡単には目覚めんだろう。呪いが体の半分まで浸食しておる、ただの人間が起きていられるほど、甘いものではない。たとえ、主のような、妖と契約をしている者だとしてもな。だから、主が何を考えても無駄だ。諦めろ」
現状、確かにベルゼが言うようにカクリ一人では何も出来ない。
明人のように言葉を使い相手の行動、思考、目的などが出来ればまだ道はあるが、焦りで視野が狭くなっているカクリには無理。
今まで経験したことがない、感じた事がない現状に頭が回らず、カクリ口を閉ざし続けた。
「ふむ、諦めぬか。なら、良い。我の目的を果たさせてもらうだけだ」
「目的……だと?」
「そうだ。我の目的は一つ、この、悪魔の中でも上位に立っている我に、貴様の力を寄越せ、子狐よ」
右手を前に差し出し、カクリへと伸ばす。八重歯を赤い唇から覗かせ、にやりと笑った。
「……私の力とはなんだ。先ほどから意味わからん事ばかり、いい加減にせい」
「これでもわからぬか。かみ砕いて説明したつもりなんだけれどな」
「この際、貴様の言い分など知らん。今は貴様らに構っている時間などない、今すぐに去ってくれ」
「それは叶わぬ願いだな」
冷静を装い、カクリは何とか言葉を返す。だが、今の空気は完璧に主導権を握られている状態。何か一つでも間違えたことを言ってしまえば、今のカクリではすぐにつぶされてしまう。
緊張の中、慎重に言葉を選び、言葉を交わし続けた。
少年二人が話している間、魔蛭と呼ばれた青年はずっとカクリの後ろで倒れている明人を見下ろしていた。
黒く濁っているその眼には、憎しみの業火が広がり、今にも明人へ食って掛かりそうに思える。
魔蛭は、二人が話している横を気配なく歩き出し、倒れている明人へと近づいた。
狭められたカクリの死角を取るのはたやすく、明人の隣で膝をつき、髪で表情を確認できない彼を見下ろす。
ゆっくりと右手を動かしたかと思えば、藍色の髪を横へと流した。
気を失っている明人を見た魔蛭は、何を思ったのか。左手をポケットに入れ、真新しいカッターナイフを取り出した。
何の躊躇もなく取り出したそれを、魔蛭はギギギと音を鳴らし、銀色に輝く刃を突き出した。
カクリはやっと魔蛭が明人の近くにいることに気づき、手に持っているものを見て驚愕。すぐに助けに入ろうと駆け出すが、魔蛭の方が早かった。
「終わりだ」
振り上げられた左手を、明人の体目掛けて振り下ろされた──……
そう、思った刹那、魔蛭の視界が反転する。
「っ、は?」
魔蛭は体に走る衝撃と、視界に映る木製の天井で、自分は誰かによって床に倒された。そう、理解出来た。
隣には、大きなため息を吐き床に転ばされた魔蛭を見下ろす明人の姿。
魔蛭がカッターナイフを振り下ろした時、明人は運良く目を覚ますことができ彼の腕を瞬時に掴み、すぐに自身に引き寄せ、床へと転ばせた。
その際に、魔蛭が持っていたカッターナイフを力の抜けた彼の手から奪い取った。
「はぁ……、たく。なんだよ、これ……」
理解が追いつかない明人は、現状を理解するため周りを静かに見回した。
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