第10話 『前払いでな』
次に目を覚ました時、希久は闇の中に立たされていた。
慌てて周りを見渡すが何もない。天井も壁も、日常生活に不可欠な物がなく困惑するのみ。
「ちょっと!!! 願いを叶えてくれるんじゃないの!? 早く叶えなさいよ!!!」
叫ぶが、希久の声が木霊するのみで欲しい返答は来ない。
じわっと汗が滲み、目を見開く。焦りのあまり体をわなわなと震わせた。
「なに、なんなのよ。これって一体、何のよ!!!!」
『これは、お前の願いを叶えるために作られた空間。お前の、黒く染まった
叫んだ瞬間、やっと明人の声が闇の中に聞こえた。だが、声の主をいくら見回しても存在せず、希久は歯を食いしばり怒りや焦り。恐怖心などを消そうとした。
「どういうことなの……」
『お前は願いを叶えてほしんだよな? なら、しっかりと代償は払ってもらうぞ』
見回していると、突如真後ろから声が聞こえ肩を大きく震わせる。
振り向きたいか、怖くて振り向くことが出来ない。だが、どんなに怖くても好奇心が勝り、希久は横目で確認しながらもゆっくりと後ろを振り向いた。
「ひっ!?!?!?」
振り向いた瞬間希久の瞳には、歪み、人を陥れる事を楽しむ明人の笑顔が映し出された。
『前払いでな』
見た瞬間、希久は叫び声を上げた。
「キャァァァァァァァァァァアアアアアア!!!!!!」
『アーハッハッハッハッハッ!!!!!!』
希久の身体は暗闇の飲まれ、残ったのは明人の笑い声だけだった――……
☆
小屋の中、床に倒れ込む希久の姿。
口角が微かに上がり、笑っているような表情だが、目は虚ろで、どこを見ているのかわからない。
彼女の近くで目を閉じていた明人が意識を取り戻した。
額から汗が流れ、服が体に張りついている。疲労を全て吐き出すように、大きく息を吐き出した。
「大丈夫か、明人よ」
カクリが少年の姿で近寄り、心配そうに声をかけた。すぐに返答はなく、明人は服をぱたぱたと動かし風を入れ替えている。
左手には、空だったはずの小瓶。中には、黒い液体が入っていた。
「無事に匣を抜き取る事が出来たようだな」
「そうだな、"無事に"かどうかは………わかっ――……」
「っ、明人!?」
汗を拭っていた明人だったが、いきなり視界が暗転。体がぐらりと傾き、そのまま床へと倒れ込んでしまった。
カクリが慌てて明人へと近づき、顔を覗き込むと、彼の顔は真っ青。先ほどまでとは非にならないくらいの汗が流れ落ちていた。
カクリはどうすればと悩み、ふと。明人の腹部に目線を向けた。
「呪い、どこまで進行しておるのだ……」
元々、明人の呪いは背中に刻まれていた。
その呪いのせいで、背中から腰までは黒く染っていたことをカクリは思い出す。
苦しそうに顔を歪ませている明人を横目に、カクリは彼の服の裾を掴み捲った。
「なっ?! これで明人は、動いていたというのか……?」
カクリが記憶している腰辺りではなく、明人のお腹辺りまで真っ黒に染められていた。
カクリはここまで広がっているとは思っておらず、驚愕。口をわなわなと震えさせ、腹部に触れようと手を伸ばした。その時、隣で横になっている希久が目に入る。
「まずは、こっちが優先か……」
苦々しく顔を歪め、希久の腕を自身の肩に回し、小屋の外へと向かう。
息を切らしながら、人目につきやすい一本の木に寄りかからせた。
彼女に変化がないことを確認すると、その場から足早に小屋へと戻ろうとした。だが、後ろからいつもとは違う。ただならぬ気配を感じ、狐の耳をピクっと動かした。
「こんな時に、何が近づいているというのだ……」
歯を食いしばり後ろを見るが、何も目に映らない。
疑問で眉を顰めるるが、それより小屋の中で倒れている明人が脳裏を掠める。
すぐさま駆け出し、小屋へと戻りドアを開け明人に近付いた。
今だ息は荒く、苦しげに顔を歪ませている。カクリは袖で汗を拭いてあげ、明人をソファーへ乗せようとした。だが、先程感じたどす黒い気配を小屋の外に感じ動きを止める。
「っ、付いて来た?」
カクリの身体に悪寒が走り、体を震わせた。冷や汗が滲み出て、頬を伝い流れ落ちる。
今の明人では、仮に目を覚ます事が出来たとしても、今近づいて来ている人物を追い払うことなど不可能。そう思ってしまう程、今近づいて来ている気配は邪悪で、近寄ることなど許されないと直感で感じる。
何をすればいいのか、どうすればいいのかわからない。それでも、カクリは後ろで倒れてしまっている明人を守らなければと体を奮い立たせ、立ち上がった。
小屋の外から聞こえる足音がカクリの耳に入るほどに近付き、体の震えが大きくなる。だが、怖がっていては駄目だと、下唇を噛み、恐怖を拭い落とした。
足音が一歩、また一歩と小屋へと近づく。
ドアの目の前まで足音が近づくと、ピタッと止まった。
数秒間、静かな時間が進むが、カクリはドアから目を離すことが出来ない。
足音は聞こえなくなったが、逆にそれがカクリにとって不気味でたまらない。
集中力を切らさず、カクリが何も聞こえなくなったドアを見つめる事数分、何も起こらない。
「もう、大丈夫……か?」
肩に入っていた力が自然と抜け、口から浅い息が零れ落ちた。
刹那――……
――――――ドカンッ!!!!
ドアが蹴破られ、土煙が舞い上がった。
ドアが勢いよく吹っ飛び、カクリの後ろにある壁に大きな音を立てぶち当たる。
何が起きたのか理解出来ないカクリの耳に入るのは、この場にそぐわないマイペースな声と、呆れたようなため息。
「おー? 結構古い小屋だったんだなぁ。一蹴りでドアが吹っ飛ぶなんて思わなかったぞ」
そんな声をあげながら入ってきたのは、明人と同じくらいの年齢に見える茶髪の青年。
濃いピンクでサイバー模様が入っている黒いダッフルコートに、同じ色と柄のズボン。
脛あたりまでのショートブーツを履いており、手には黒い手袋がはめられていた。
「当たり前じゃろう。
次に入ってきたのは、左右非対称の瞳が印象的な、カクリよりも身長がやや小さい少年。
肩辺りまで長い、緑色のパーマかかった髪に、白いワイシャツに赤いネクタイ。黒いロングジャケットに、同じ色のモンペズボン。マゼンタ色のタイツが、裾と靴の隙間から覗き見えた。
土煙が舞う中、カクリは咳き込みながらもドア付近に立つ人物を見る。
「さあて、呪いで体が蝕まれている俺の”元”幼馴染は、どうなったんかねぇ」
ポケットに両手を突っ込み、コツ、コツと。音を鳴らしながら茶髪の青年はカクリ達に近付いた。
意識を失っている明人を嘲笑うかのような、歪んだ笑みを浮かべながら。
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