第9話 「叶えてやろうか」
希子と敦が再度付き合う事になり、怖がりながらも彼が一緒に居るという安心感で学校に行くことを決意した。
二人は話し合い、待ち合わせ時間を決め、一緒に登校していた。
希久は、表面上は笑って二人を見送り、自身も遅れて学校に向かう。
玄関を出て、学校へ向かおうと足を一歩踏み出した。だが、すぐに止めてしまい逆側を向く。
「…………急変、しすぎだと思うんだけど……」
数秒間、同じ所を見つめていると、急に歩き出した。
向かっている先は学校ではなく、以前行った事がある林。
黒い匣を待っている、
☆
「絶対、絶対小屋だ。間違いない、あの豹変は、絶対におかしい」
血走らせた目を林の奥へと向け、肌が葉で切れる事なども気にせず進み続ける。何度か木の蔓により転びそうになるが、それでも歩みを止めず進み続けた。
陽光が葉の隙間から降り注いでいる為、辺りが明るいのが救い。道に迷うことなく、目的地である小屋へと辿り着いた。
「着いた、絶対に聞き出してやる」
憎しみに染められた黒い瞳を小屋へと向け、荒い足取りでドアへと進む。興奮しているのか肩で息をしており、ドアノブに伸ばす手は震えていた。
ガシッとドアノブを握ると、希久は勢いよくドアを開けた。
小屋の中に入り、辺りを見回す。だが、目的の人物はいない。部屋の中は薄暗く、少し肌寒い気もする。
希久は荒い息を整えながら、目線だけで部屋の中を何度も見回すが変化はない。
「どこよ、どこに……」
怒りの含まれた声を零すと、部屋の奥にあるドアに気づく。希久はドアを見つめ、動かなくなった。だが、すぐに止めていた足を動かしドアの方へと近づく。
部屋の奥にあるドアの前で足を止め、静かに見上げる。開けてもいいのか、それとも駄目なのか。
誰もいない部屋、人の気配もない。どうすればいいのかわからず、頼みの綱であるドアを見続けた。
見ていても開く気配はない。鼓動が早い心臓を抑え、意を決してドアノブを掴む。一瞬躊躇したが、ここで止まっていても仕方がないと自身を奮い立たせ、勢いよくドアを開けた。
ドアを開いた先は暗く、廊下が広がっているのがかろうじて見える程度。足を一歩前に出すと、奥の方からキィッという、ドアが開く音が聞こえた。どうやら、奥にも部屋があるらしく、希久は音が聞こえた瞬間肩を大きく震わせ、奥を見通そうと目を細めた。
奥から人が歩く音が聞こえ、ゆっくりと近づいて来る。途中、気だるげな欠伸の声まで聞こえ、希久は怪訝そうに眉を顰めた。
暗闇から出てきたのは、肩に白いタオルを巻き、大きな欠伸を零している明人だった。
白いポロシャツにジーンズ。服装は前回と同じだが、何故か藍色の髪が濡れており毛先から雫が落ちている。肩にかけられているタオルも濡れており、慌てて拭いたのだろうと察する事が出来た。
彼の姿を確認すると、一瞬唖然とした希久。だが、すぐさま気を取り直し、明人の元へ近づき胸ぐらを掴んだ。
「ねぇ、ここに敦が来たでしょ。来たわよね!?」
つま先で立ち、明人に顔を近づかせながら怒鳴り散らす。
明人は「あぁ?」と、苛立ちの込められた返事をし、思い出すように思考を巡らせる。だが、誰の事かわからずわざとらしく大きなため息を吐いた。
「はぁぁぁあああ、知らん。誰だそいつ、名前すら聞いたことがない」
「嘘よ、ありえないわ。ここに来たに違いない。だって、あそこまでの変貌はありえないもの」
「決めつけてんじゃねぇか。そう思うんだったらそう思えばいいんじゃねぇの? どうせ、何言っても信じないんならよ」
再度大きくため息を吐き、めんどくさそうに言い放つ。彼の態度が気に食わず、希久は怒りで顔を赤くし先ほどより大きな声で叫び散らした。
「何いよその態度!!! 私は間違えていない!! 私は正しいのよ!! 今回も、あんたが邪魔をしなければ、すべて私の思うがままだったのに!!」
言葉が支離滅裂。明人は何も言い返すことなく、今だに「私は間違えていない」と呟いている彼女を、蔑むような瞳で見ている。
呆れながら胸ぐらを掴んでいる手首を掴み、明人は無理やり離させ軽く押した。
ドタッと、希久は体に力が入らずその場にしりもちを付く。何が起きたのかわからず、左手をポケットに入れ見下ろしてくる明人を見開いた目で見上げた。
「な、なにすんのよ!!!」
喉が切れそうなほどの声量で叫び散らす彼女に、明人は手を差し伸べることなどせずその場にしゃがむ。彼女と目を合わせ、静かに口を開いた。
「お前は、双子であるもう一人、希子という女が好きなんだろ? 好きで好きでたまらない。今までは双子という関係もあり、一緒に行動していても違和感なく過ごせていた。だが、お前にとっての幸せは、ある人物により崩れる。その人物は、
「そうよ。敦が、あの糞男が。私の大切な人を奪ったの。私から、何よりも大切で、命よりも大事にしたい人を奪ったの。だから、取り返そうとしただけよ。私は何も悪くない、すべてはあの子のため。私達の平和のため。あの男は邪魔なのよ」
血走らせている目はどこを見ているのかすらわからず、焦点が合っていない。顔を俯かせ、ブツブツと何かを呟き続ける。
哀れな彼女の様子に、明人はなぜか口角を上げ右手を伸ばした。
「おい、お前の願い、叶えてやろうか?」
明人からの言葉に、希久は目を見開き驚く事しか出来ない。刹那、視界が暗闇に包まれ意識がなくなった。
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