第7話 「なにかが来るな」

「あいつ!!」


 希久の表情を目にした彼は、拳を握り叫ぶ。怒りが心の底から浮上し、顔を赤くし睨みつけた。


「まだ確定するのは早いと思うがね」

「っ、でも、今の顔は確実に!!」

「証拠がなければ、こちらは何も言えんのだろう? 人間の世界では、証拠がなければ認められず、言い逃れされ終わり。そう聞いたが、違うのかい?」


 冷静なカクリの問いかけに、彼はうっと息を飲み何も言えなくなった。


 彼は再度映像を見て、ぽつりと言葉を零した。


「なら、証拠さえあれば…………」


 先程まで曇っていた目に光りが宿り、口調もしっかりとしたものになる。

 言い切った彼の言葉に、カクリは浅く息を吐き彼を見上げた。


「これからの行動、やるべきことはわかったかね」

「っ、うん」

「では、これからは私達の仕事だ。君の匣を開けよう」


 カクリの優しく、安心したような声に、彼は一瞬きょとんと見返す。そんな彼など気にせず、カクリは右手を動かし、中指と親指で乾いた音を鳴らした。



 ――――――パチンッ



 音と共に、暗闇の空間が崩れ始めた。


「な、なに!?」


 男性が叫び、蜘蛛の巣のようにひびが入る空間を見渡した。

 その時にはもう、カクリの姿は無くなっていた。


 どんどんヒビが広がり、盛れ始めた白い光が彼を照らし出す。徐々に明るくなる空間に、思わず彼は目を瞑り光から逃げた。


 闇が崩れ落ち、光に包まれた彼の背後に、半透明の黒い人影が姿を現した。


 気配を感じた彼は、咄嗟に目を開け振り向こうとするが、背中に添えられた温もりにより叶わない。

 人影が彼の背中に手を添えると、光の空間に明人の声が響き渡った。


『お前の匣は開けた。自身の思うがままに行動しろ』


 明人の声を最後に、彼は安心したように笑みを浮かべ、瞳を閉じた。



 暗闇で意識を飛ばした彼が目を覚ましたのは、小屋の中にある白いソファーの上。

 ぼやける視界の中体を起こし、眼を擦る。頭がぼぉっとしており、今自分がどこにいるのかを思い出せていない。


「お目覚めになりましたか」

「っ、あ……」


 木製の椅子に座っている明人を見て、彼はやっと現状を思い出し、慌てて姿勢を直した。

 ソファーに座り直した彼を目に、明人は「お疲れ様です」と労いの言葉を送る。


「あの、俺は一体……」

「貴方は自身の気持ちと向き合い、やるべきことを見出しました。あとは、行動するのみです」


 優しく微笑みながら彼を見送る明人。ドアが開く音が聞こえ振り向くと、カクリが彼を外へと誘うようにドアを開け立っていた。


「貴方はもう大丈夫です。自分の思うがままに行動してください。きっと、いい未来が訪れます」


 明人も立ち上がり、彼に手を伸ばす。差し出された手を握り立ち上がり、明人の誘導で小屋の外へと移動した。


 緑が覆い茂る林、風が吹き、彼の黒髪を揺らす。透き通るような青空を見上げ、彼の瞳が綺麗に輝いた。


「あの――あれ?」


 振り返り、お礼を口にしようとした彼は目を丸くし唖然とした。


 目の前にあったはずの小屋が跡形もなく無くなっており、緑だけが風に揺られていた。


「え、っと。え?」


 困惑の声を漏らすが、消えたものは現れず、彼は一人残された。


 恐怖などは感じない。それより、心にあった黒いモヤモヤが無くなった感覚が彼を安心させる。


 先程までの景色、経験は夢だったのかと思い始めた時、突風が彼を襲う。両手で顔を覆い目を閉じた。


 瞬間、明人の言葉がよみがえる。



『お前の匣は開けた。自身の思うがままに行動しろ』



 頭の中で再生された言葉により、彼は決意を固めた。

 突風が去り、また静かな林に戻る。顔を上げ、彼は林を駆けだした。


 目的は一つ。前を見ている彼に、もう迷いはない。真っすぐ前だけを見て、林を抜けた。



 決意を固め駆け出した彼を見送った明人は、一仕事終え息を吐いた。

 汗を拭い、ソファーへと移動。すぐさま横になり、目を閉じた。


 カクリは心配そうに明人へと近づき、当たり前のように服を捲る。疲労もあり、すぐ反応できなかった明人は服が捲られたことに驚き、思わずカクリの頭を押さえた。


「何をしてやがる」

「呪いを確認しようと思っただけだ、頭から手を離せ」


 頭を掴まれてしまい呪いを確認する事が出来ない。

 明人は空いている方の手で服を戻し、を隠した。


「一瞬だが、また呪いが広がっているいるように見えたぞ。大丈夫なのかい?」

「気にし過ぎだ、問題ねぇよ」

「しかし、最近では匣を開けるだけで辛そうではないか。匣を取り除いた時には、すぐに寝てしまう。確実に呪いは進行している、油断していると命が危ないぞ」


 カクリが明人の手を離させ、隠されてしまった腹部を見る。視線が煩わしく感じた明人は、眉を顰め体を逆側へと向けた。


「寝る、依頼人が来たら起こせ」

「わかった。しっかり休むのだぞ、明人」


 カクリはそれ以上何も言わず明人から離れ、奥の扉を潜り姿を消した。

 残された明人は、閉じた瞼を開き外に繋がるドアを見た。


「…………何かが来るな。めんどくせぇことにならんといいが……」


 目を閉じ、再度横になる。寝息を立て深い眠りについた。

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