第6話 「君は逃げているだろう」

「向き合う? どういうこと?」

「前を見ればわかると思うがね」


 指をさし、前方を見る。彼もつられるように指されている方を見ると、先ほどまで暗闇だったはずの空間に、映画館のような映像が流れ始めた。


「あれって、学校?」


 映し出されたのは、彼が通っている学校。教室内でクラスの人達が楽しげに話している光景だ。


 何故、突如教室内が映し出されたのかわからない彼は困惑。すると、なにかに気づき「あ」っと、小さな声を零した。


 彼の目線の先には、友人と楽しげに話している自分の姿。でも、どこかぎこちなく、どこかを意識しているように見える。


 もっと教室内を見て回していると、一人でポツンといる希子の姿。机に置かれているのは、破かれているノート。もう使えない程破かれており、酷い有様になっていた。


 映像の中にいる彼は、何度も駆けだしてしまいそうになっているが、歯をかみしめ耐えている。そんな彼を不思議に思い、友人が声をかけた。すぐに笑顔を浮かべ「なんでもない」と返している。


 希子のいじめから目を逸らし、「これが彼女の為」と無理やり気持ちを押し殺している自身の姿を外から見て、胸を押さえ悲し気に顔を俯かせた。


 そんな彼に、カクリは映像を見ながらポツポツと話し出す。


「そのように君はまた、彼女から目を逸らすつもりなのかい?」

「え、いや。そういうつもりでは……」

「では、なんだい? なぜ今、映像から目を逸らしているんだい? なぜ、過去の自身を見ず、顔を俯かせるんだい? なぜ、向き合おうとしないんだい?」


 最後、問いかけながらカクリは彼を見上げた。


 黒い瞳に見られ、体が竦む。彼の震える唇から発せられる声は、言葉にならず聞き取れない。

 恐怖でなのか、それとも罪悪感でなのか。彼の瞳からは、透明な雫が零れ頬を伝った。


「君は、彼女が好きではないのかい?」

「…………好き、大好きだ。俺は、希子を愛している」

「それなら、なぜ逃げる? なぜ、一緒に抗おうとしない?」

「俺が何かをすれば、彼女への当たりはもっと強くなる。俺はそんな光景を見てきた。俺が原因で彼女を苦しめていると……」

「そのように考えるだけで、君だけは現状から逃げれる事が出来る。楽な考えをしているね」

「な、なんでそんなことをっ――……」


 彼の言葉を遮り、カクリが言い放った。

 

 なぜそんなことを言われなければならないのか、怒りが芽生え怒りをカクリにぶつけようと大きな声で反発した。

 だが、それすらカクリの静かで、芯のある声により最後まで続かなかった。


「現状、君は逃げているだろう」

「っ!」


 カクリの言葉に喉が絞まり、何も言えなくなる。


「彼女に別れを告げ、離れた。それを逃げと言わずなんと言う。彼女を守るため、離れた。君はそう言っていたが、君自身が彼女に何か危害を加えたのかい? 君自身が彼女をいじめていたのかい?」


 次々質問され、彼は何も言えなくなる。口を閉ざし、拳を強く握り怒りを我慢していた。


「君は、守り方を間違えた。ただ、それだけだろう」

「っ、守り……方?」

「そうだ。君は、自身が離れる事により、彼女への被害がなくなると思い込んだ。だが、それでは根本はそのまま残ることになる」


 彼を見上げていたカクリは、目の前に映し出されている映像に目を向けた。


「私が君と同じ立場に立っていた場合。まずは根本を見つけ出そうとするがね。今がそのチャンス、見つけ出す事は可能だろう」


 カクリの目線を追い、彼も映像を見る。

 先程と変わらず、彼は友人と話しており、希子は一人で静かにお弁当の準備をしていた。


 カクリが何を指しているのかわからず、目を凝らし見続ける。

 怪しいものはないか、不自然なところはないか。少しでも違和感がないか探し続けた。


 映像は進み、希子がお弁当に箸を持って行こうとした時、突然希久が近づき声をかけた。


『希子!! 今からお弁当? 私ごはんが少し足りなかったんだよね、ちょっとちょーだい!』

『あ』


 無理やり希子の白米を奪おうと、彼女の手に握られていた箸を奪い白米を口に運ぼうとする。その時、希久の手が止まり目が見開かれた。


 白米の中には、銀色に輝くカッターの刃が入っていた。

 一歩間違えていたら、白米と共に口に入れていた可能性があるほど小さい。


 希子は顔を真っ青にし、逃げるように後ろに下がる。ガタンと椅子が倒れ、周りの人が音につられるように二人を見た。

 だが、目を向けたクラスメイトは、希子と関わりたくないというように、すぐに目を逸らしてしまった。


 周りの人達を目にした希子は誰にも助けを求める事が出来ず、自身の制服を強く握る。そんな彼女に唯一手を差し伸べたのは、近くにいた希久だった。


 希子の身体を強く抱きしめ、『大丈夫、大丈夫だよ』と安心させるように彼女の背中を優しく摩る。


『大丈夫、大丈夫。私は、離れないから』


 彼女の言葉とは裏腹に、何故か口角が上がり、顔が醜く歪んでいた。


 抱きしめられている希子は彼女の表情を見る事が出来ず、絶望にくれる。微かに動く唇は、誰かの名前を呼び、救いを求めていた。


『助けて、あつし

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